特別企画
知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

株式会社メルカリ 知的財産チーム ”メルペイ担当” 有定裕晶氏インタビュー
メルペイ知財担当が副業でスタートアップを支援する理由とは

文● 松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元

知財活動に力を入れたいが、なかなか自社に合う専門家が見つからない、という声をよく聞く。スタートアップにとって、専任の知財担当者を設置するのはなかなか難しい現状がある。そんな中、スタートアップ向けの知財支援の形として注目されているのが、プロボノ・副業という働き方だ。メルペイの知財担当として勤務する傍ら、副業でスタートアップの知財支援をしている有定 裕晶氏に、スタートアップを支援する理由と働き方についてお話を伺った。

株式会社メルカリ 知的財産チーム 有定 裕晶(ありさだ・ひろあき)氏

九州大学大学院工学修士修了。ルネサスエレクトロニクスで米国特許係争に従事後、LINEの知財チームで特許全般や国内外子会社の知財活動立ち上げに従事。2018年5月よりメルペイで知財全般をに従事。TwitterのDMで知財相談受付中。

大手半導体企業の知財部からLINEを経て、メルペイへ

弁理士資格こそ有さないものの、有定氏の職歴は知財に関するもので一貫している。新卒で半導体企業のルネサスエレクトロニクスにて欧米企業との特許係争業務に従事。その後LINEに転職し、知財の権利化、FTO調査(Freedom to Operate調査;他社を侵害することなく、知的財産に関する商品化などの動きを起こせるか判断するための調査)、特許係争、特許デューデリジェンスなどに従事。国内外の子会社の知財活動立ち上げなどにも従事した。

「良くも悪くもルネサスのような大手企業は、狭い範囲で専門性を追求していく仕事だと感じました。私の所属していたライセンスチームの場合、特許の内容や強さについては調査チームが作成した資料を根拠に交渉していました。その内容が合っているのか、相手の主張は正しいのかを検討しなくても業務が遂行できてしまう。このままでは、この業界でしか通用しないと思い、発明発掘から係争までを一貫して経験できると考えたLINEへ転職しました」(有定氏)

大企業の知財部での経験を積んだ場合は、特許出願、係争などの分野に特化して専門性が高くなる。だがスタートアップのような規模で知財を全部ひとりで見るなら、一通りの経験があるほうがマッチしている。まだ上場前だった2014年当時、LINEの知財チームは有定氏を含めて3人。成長過程にある国内有数のメガベンチャーで、発明発掘から係争まで一貫した経験を積むことができた。

2018年5月には、メルペイの知財活動立ち上げのタイミングでメルペイに入社。同サービスの特許・商標・意匠・著作権等の関連業務全てに携わっている。

メルペイへの転職は、招待してもらったミートアップに参加して、青柳 直樹氏(メルペイ代表取締役)、曾川 景介氏(メルペイ取締役CTO)、横田 淳氏(メルペイ取締役)らと出会ったのがきっかけだ。決め手は、経営陣が特許に強い関心をもっていたことだった。

「もともと興味のある技術分野でもあり、当時は他社競合が保有するフィンテック関連の特許がまだ少なかったので、特許で勝ちにいけると可能性があると考えて転職を決めました。ライセンス・訴訟しかやっていなかった頃は、特許の活用方法はライセンス・訴訟しかないと思っていたのが、LINEやメルペイでの経験を通して、いろいろな活用方法が見えてきた。例えば、無償ライセンスによって企業のブランディングが高くできることもある。活用方法がひとつじゃないことがわかると、いろいろな戦略が立てられるようになります」

有定氏によれば、ソフトウェア関連の特許侵害訴訟で原告側勝訴の判例はまだ少ない。そのため特許の使い道のひとつとしてメルペイが進めているのが、製品PRとの連携だ。製品のリリース時のプレスリリースなどで特許出願に言及することで、他社との差別化がなされていることを明示的にPRできる。

知財との接点を増やし、発明が生まれやすい文化をつくる

現在は、成長スタートアップに知財戦略が求められるケースも増えてきている。特許事務所の弁理士や大手企業の知財部からスタートアップ・ベンチャーへの転職を考えるようなケースも少なくないだろう。大手企業知財部からメガベンチャーへと転職した有定氏が実際に感じた、スタートアップ・ベンチャーのの知財担当者に求められるスキルとは何なのか。

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「知財の知識は当然として、業界のサービス・ビジネスモデルの変遷、国内外の競合の動きを知っておく必要があります。次に、いろいろな部署と連携するためのネットワークづくり。契約書は法務、報奨金の支給には財務や労務、出願には企画部門や開発部門、レポートには経営陣など、と実はとても関連部署が多い。うまく回すには、まず各部署とスムーズに情報交換できるように接点を増やし、普段からコミュニケーションを取っておくことも大事です。あと、レスは早くて当然という認識も必要だと思います」(有定氏)

ランチや飲み会で各部署の担当者と接触しておくだけでも、情報の流れはスムーズになる。さらにメルペイでは、入社当初から社内での知財勉強会も実施していたという。

「『特許性とは』といった基本的な話から特許活用の事例などを噛み砕いて説明しています。回数を重ねるにつれて知財レベルは確実に上がっていきます。勉強会を始めた当初は、報奨金制度も知らない社員が多かったのが、今では、自発的に発明提案や調査の依頼が上がってくるようになりました」

メガベンチャーでの知財実務の経験を活かし、副業支援へ

スタートアップも知財意識が高まり、特許を出願する企業は増えているが、「弁理士に勧められて特許を出願したが、費用がかかったわりに活用できていない」というケースも多い。

「スタートアップが出している特許や、その審査過程を見ると権利範囲が甘いことが多い。スタートアップには、明細書をレビューできる人が社内にいないことが多いため、弁理士が作成した明細書をレビューや修正することなく特許出願した結果、権利範囲が弱くなってしまっている事例が多くあります」(有定氏)

本来は、社内に知財担当者を置くのが理想だが、そもそもの出会いやスタートアップ側の需要も含めて、社内の知財担当者がいることはまれだ。スタート地点の知財の権利化からFTO調査、さらに係争までの経験がある人材となるとスタートアップには人件費が割高であり、年間の特許出願件数が少ないうちは、専任の知財担当者を雇うのは割に合わない。

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メルカリグループでは副業が推奨されており、有定氏は直後に副業でスタートアップの知財サポートを始めた。「上場前後のメガベンチャーで知財の実務を経験している人材はごく少数。LINEとメルペイの実務から得られた経験は、スタートアップにも役立てられると考えました」

基本的には紹介ベースで依頼を受けるが、興味のあるスタートアップには、有定氏からアプローチすることもあるそうだ。副業の仕事は、平日の業務終了後や、休日を利用してこなしているとのこと。

現在は3社と正式に契約し、クライアントの要望する内容に合わせて業務委託契約または雇用契約の形をとっている。有定氏は弁理士ではないため、弁理士法に抵触しないように、線引きをしている。

例えば、「知財戦略のコンサル」であれば、弁理士資格がない有定氏も行うことができる。ただし、「特許侵害の判断」など弁理士法に触れる可能性がある事項については、知り合いの弁理士に依頼したりすることで弁理士法に抵触しないように注意している。

スタートアップには、副業でのサポートがちょうどいい

有定氏が個人で他社の知財をサポートできるのは、弁理士法に触れない範囲までに限られる。

本来はスタートアップ向けに知財サービスを提供する弁理士の数が足りていればいいが、いまの弁理士業界は、事務所を維持するために収益の大きい大企業寄りになりがちだ。また、特許事務所の弁理士の場合、特許の明細書を作成するのが役割となりがちで、その特許によって企業が利益を回収できるかどうかまで考えてくれる弁理士が多いとは言い切れない。

他方、スタートアップには、特許の明細書を正当に評価できる人材がいないため、弁理士が作成した明細書をそのまま出願してしまう。これが前述した活用できていない特許ができてしまう原因だ。

スタートアップには、まず戦略の相談に乗ってくれるが必要だ。その点、有定氏のような企業内での知財実務に携わっている人材が、副業でサポートする形は国内の現状にフィットしていると言える。

「副業であっても、サポートしてくれる人がいれば、社内の知財のレベルは上がっていくと思います。例えば、週に数時間のサポートだったとしても、ある程度の成果は出ると思うし、お互いに負担が少なくて済む。企業で知財担当をしている知り合いのなかにも、副業にトライしたいという優秀な方はたくさんいます。とはいえ、企業側が副業を制限していたり、スタートアップとの人脈がなかったりするので、実際には副業できなかったりする。副業制度や、需要と供給をつなぐ道が整ってくれば、知財に関する働き方ももっと増えてくるのではないでしょうか」(有定氏)

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知財業務の多くは労働集約型。一定の時間を取られるが、今はコミュニケーションツールを使うことで、必ずしも出勤や面談をする必要はなくなっている。実際、有定氏が副業で契約しているクライアントに出向くことは月1回程度で、基本はSlackでやり取りしているとのこと。スキルさえあれば、働き方の場所や時間のバリエーションは、今後さらに広がっていくだろう。

またIT・ソフトウェア系のスタートアップは、特許に関心はありつつも、その価値を見出せずに、出願をためらっている企業も多い。

「弊社CTOの曾川が言っていた言葉で心に残っているのが、『技術のアウトプットのひとつとして特許出願があってもいい』という考えです。スタートアップが係争まで行くケースは稀ですが、資金調達やPRには一定の効果があるという話はよく耳にします。競合が自社よりも多くの特許をもっているなら特許出願の強化を検討すべきです。そのときに備えて、知財戦略をしっかりと相談できるパートナーを見つけておくことも重要です」

スタートアップに根ざした目線で的確なアドバイスがもらえるという点で、メガベンチャーの現役知財担当者によるサポートはまさに理想的だ。サポートする側にとっても、空き時間を利用して、報酬を得ながらスキルが磨けるメリットもある。最近は、副業を解禁する企業も増えており、有定氏のような活動に興味を持っている人は少なくない。パートナーを見つけるため、スタートアップコミュニティのイベントや企業の勉強会などに参加し、ネットワークを広げてみることからはじめてみてもいいだろう。

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