特別企画
CEOが語る知財

「知財アクセラレーションプログラム」(IPAS)特別座談会
冒頭15分でトップギアに入った特許庁発の知財メンタリングの成果とは

文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
■IPAS2020公募予告!
2020年4月末頃公募開始予定。詳細は”IP BASE”にて

特許庁では、スタートアップの事業を知財面から支援する「知財アクセラレーションプログラム」(IPAS)を2018年から実施している。本プログラムは、ビジネス専門家と知財専門家からなる知財メンタリングチームを派遣し、事業戦略に基づく知財戦略をサポートするものだ。約3ヵ月間という限られた時間のなか、どのようにメンターとの関係を築き、事業課題と解決策を探り、知財戦略の構築を進めていったのか。IPAS第一期生のソナス株式会社代表取締役/CEO大原壮太郎氏、同社のメンタリングチームとなったグレートジャーニー合同会社代表 安川 新一郎氏と株式会社IP Bridge 吉村岳雄氏の3者から具体的な取り組みとその成果を伺った。

【IPASとは】

特許庁は2018年度より「知財アクセラレーションプログラム」(IPAS:Intellectual Property Acceleration program for Startups)をスタート。

同プログラムでは、知財戦略構築の必要性を感じているけれど具体的な実行に移せていない、何から始めればいいかわからない、というスタートアップを対象に、知財やビジネスなどの複数分野の専門家を含む知財メンタリングチームが一定期間メンタリングを行う。ビジネスに対応した適切な知財戦略により、スタートアップの事業を加速させることをスタートアップと一緒に目指している。

対象分野もIT、ものづくり、医薬・バイオ・新素材など幅広く、この2年間でのべ150社を上回る多くの応募があったという。その中から厳正な審査を経て2018年度10社、2019年度は15社が採択された。

【2018年度の支援先企業10社】
 【2019年度の支援先企業15社】

IPASでは、メンタリングを通じてスタートアップの成長を促すとともに、その支援モデルを体系化し、他のスタートアップや支援機関に周知・普及させることで、スタートアップ・エコシステム全体における知財マインドの底上げを図っている。

スタートアップと知財メンタリングチームがどのように知財戦略を構築していったのか、第一期生であるソナス株式会社のチームの事例を紹介したい。

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大学発の発明をいかに戦略的に知財活用していくのか

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ソナス株式会社は、IoT向け省電力無線技術「UNISONet」を開発している東大発スタートアップ。UNISONetは、バケツリレー式にデータを目的地まで届けるマルチホップ無線をベースにした独自の通信技術で、省電力・安定性・高速・低遅延性など、IoT無線に求められるあらゆる性能をもつ。現在は、UNISONetと3軸加速度センサーを組み合わせた無線振動計測システム「Sonas xシリーズ」を販売するほか、大企業向けに無線単体で販売する事業も進めている。

ーーソナスは、もともと東京大学での研究成果をベースに起業されていますが、大学で取得した知財に関しては、どのような扱いでスタートされたのでしょうか。

大原氏(以下、すべて敬称略):大学にいたときは、発明が出たらすべて特許化を検討するのが基本で、東大TLOを通じて特許を取得していました。そのなかで、今も我々が使う特許に関してライセンスを受けています。大学発の発明をいかに戦略的に知財活用していくかという点で、今回のIPASでお世話になりました。

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ソナス株式会社代表取締役/CEO大原壮太郎氏

東京大学工学部森川博之教授のもとで学士、修士を取得。東京大学大学院工学系研究科修了後、ソニー株式会社に入社し、GPS、NFC、デジタルテレビ等の半導体開発に5年間従事。2015年に退職ののち、再び東京大学先端科学技術研究センターで無線規格の研究に取り組む。2017年4月にソナス株式会社として事業を開始。

ーーIPASに応募した理由は何でしょうか?

大原:当時、無線技術単体での販売を考えており、知財の扱いに悩んでいました。売ってしまったら公知のものになってしまうため、特許を早めに押さえなくてはいけない。大学では何も考えずにすべて出願提案をしていましたが、スタートアップは予算が限られているので、ある程度絞っていかないといけない。自分たちで取得するのは初めてだったので、すごく不安でした。そんなときにたまたまウェブでIPASの募集を見つけて応募しました。

ーー当時のIPASは第1回目で、特許庁としても初めての試みですし、既存のアクセラレーションプログラムとは違っていたかと思います。実際に参加されてみて、どうでしたか?

大原:特許庁側の熱意に驚きました。事前の説明会は都合がつかず、ウェブで参加させていただきました。まず、ウェブでライブ配信されること自体、省庁らしくないと思いましたし、特許庁の担当者のプレゼンが僕らのピッチと同じ熱量だったのは、びっくりしました。

ーーIPASのメンタリングはどのような形で進んでいったのですか?

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省電力マルチホップ無線「UNISONet」におけるデータ伝達イメージ

大原:最初の集まりで、会社の現状、アイデアを含めて、すべての情報を出しなさい、とお二人から言われて、丸裸にされました(笑)。

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グレートジャーニー合同会社代表 安川 新一郎氏

マッキンゼーアンドカンパニー東京支社・シカゴ支社に8年勤務。主に通信ITセクターを担当し、インターネット黎明期に各種のオープンデータネットワークサービスやモバイルインターネットサービスの立ち上げに参画。1999年ソフトバンク株式会社入社。社長室長としてマイクロソフト等とのJV立ち上げ、各種投資案件に関わる。2016年にスタートアップの支援を投資とインキュベーション両面から行うグレートジャーニー合同会社を設立。自社の投資先以外にも孫泰蔵氏の創業したMistletoeの投資先に対しても幅広くアドバイスなどを実施。

安川:私自身は技術畑ではないので、通常起業家支援ではその都度、技術を学ばなくてはいけないのですが、無線通信に関しては、ソフトバンクにいた当時、孫(正義)さんからIEEE802.11の未来の可能性についてよく話を聞いていたので、もともと興味のある技術領域でした。なので、最初から純粋な技術の話としてわくわくしましたね。

吉村:安川さんはビジネスメンターなのに、いきなりディープな技術ディスカッションが始まったので、びっくりしましたよ。

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株式会社IP Bridge 吉村岳雄氏

新入社員で三洋電機へ。96年入社から一貫して知財を担当、電子デバイス領域を中心に、権利取得・ライセンス交渉・訴訟・М&Aに従事。日本のLCD関連企業との熾烈な特許訴訟・和解交渉・契約締結を成し遂げて2014年にIP Bridgeに移籍。当初は半導体特許の収益化に特化していたが、それと並行しながらスタートアップ支援として特許をつくり出すスタートアップ支援スキームを創案。出資など、知財面から成長させていくサポートをしている。

大原:技術について理解していただかないと発明のインパクトがわかりませんから、最初からスムーズに話が進んだのはありがたかったですね。

安川:私としては、ビジネスメンターがどのように知財に貢献できるのか不安なところもありました。できればビジネスの話まで広げたいけれど、メンタリングは6回と限られているので、なるべく知財の議論から外れないように気を付けました。初回なので手探りでしたが、結果的には僕も知財戦略の勉強になりました。スタートアップのメンタリングでは、絵に描いた餅にならないように、ステージに合わせたアドバイスをすることが大事。ソナスの場合、今は知財を押さえるステージだったので、そこに特化しました。

吉村:ちょうど製品をこれから売ろうとするタイミングでIPASに参加されたのがよかった。大原さんの頭の中にはすでにアイデアがあったのでしょう。次回までにアイデアを出してください、と言うと、7、8件を出していただける。何のために特許を取るのか迷われているスタートアップが多いなか、大原さんは最初から目的がはっきりしていたので、知財のメンターとしては、非常にやりやすかったですね。

大原:僕は教科書の知識としてある程度は知っていただけで、一つ一つの特許の内容がどのようにビジネスに効いていくのかまでは理解してはいませんでした。実際に進めていくことで、徐々にわかってきたように思います。

安川:大学で取った特許は公開されているので、それに加えて、特別な意味を持つ特許とは何だろう、という議論が多かったですね。将来の展開を想定しながら、ギリギリのところを攻めていく。僕がスタートアップなら、このサポートはありがたいと思いましたね。

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吉村:エンジニアは、先人の積み重ねの上に、自分の力による積み重ねがあるときに、自分の貢献はわずかなものだ、と自分の発明を過小評価しがちです。そのため、大企業の知財部員は、エンジニアの発明を見つけてあげることが重要な役割。例えば、パナソニックには1000人くらいの知財部員がいますが、出願事務は外部の特許事務所に委託し、社内の知財部員はエンジニアとの議論や戦略立案に注力しています。スタートアップは会社の規模こそ違いますが、やるべきことは同じです。

安川:公知の技術の寄せ集めでも、掛け算で組み合わせをしたこと自体が公知ではない、ということですよね。僕の方では、将来獲得する規格やアプリケーションをイメージできませんか? と、ビジネスバリューについての議論を中心にしていきました。

吉村:ソナスさんのビジネス展開のイメージを安川さんが明確にしてくれるので、私は出願できるネタを探すだけ。チームとしてはとてもやりやすかったですね。

いかにスタートアップらしい広い目線を取り戻せるか

ーー悩んでいたことが、回を重ねるごとにクリアになっていったわけですね。

大原:毎回、宿題を出していただいて、次のメンタリングまでの1ヵ月間で考えることが重要だったかなと思います。その結果にフィードバックを得て、また次の宿題になる。宿題がなかったら、6回という限られた時間でそこまでの成果は出なかったように思います。

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ーー宿題の設計はお二人が?

吉村:宿題というか、1時間半のメンタリングでは解決できないことを次回までに考えてもらっていました。

安川:メンターの仕事は、目線を高く引き戻すことだと考えています。スタートアップは売上が立たず、預かったお金をどんどん消費していくうちに、創業者は揺れてしまうんですよね。そこで「最初世界を制覇するって言っていましたよね? だったらこれをやりましょうよ」と言うと、創業者もまた目線を上げてくれる。

大原:スタートアップをやっていると、だんだん広い目線が持てなくなってしまう。すると社内全体の方向が変わってしまうのが怖いところです。本来は経営者がベクトルを修正しなくてはいけないけれどなかなか難しい。そこをメンタリングしてもらえたのはありがたかったです。投資家からも課題を与えられることがあり、目線が上がることはあります。IPASでの宿題も同じ効果があったように思います。

安川:IPASは知財のプロジェクトですし、吉村先生は特許をつくることが専門なので、どんどん出願する方向へ進みがちなので、僕はビジネスサイドのメンタリングを意識しました。特許だけを持っていても売上が立たなければ本末転倒です。特許上の重要性とビジネスの必要性が必ずしも一致しないこともあり、優先順位を付けるなどバランスを取りながら戦略を立てていきました。

ーー議論はどのように深められていったのですか?

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安川:最初の1回目は技術説明、2回目に表を作り、3回目は優先順位を付け、4回目以降は特許戦略を立て、出願プロセスに入っていきました。

大原:実際の出願手続きや先行調査は外部の会社に依頼しました。ただ、4回目で出そうと考えていたものと、実際に出した内容はぜんぜん違うものになっています。最終的には、すごく広がりましたし。よりビジネスに効くものになったと思います。

吉村:僕は独立したメンターとして出願ネタの掘り出しと選定についてアドバイスだけをしたので、最終的な出願原稿は知らないんです。

大原:ひと通り経験したことで、知財戦略の進め方やビジネスでの位置付けがクリアになりました。今は起業の教科書のような本がたくさんあるので知識だけはついているのですが、やってみると全然違いますね。

安川:「とりあえず、IPASだからとにかく特許を取ろうと思ってないよね?」と、老婆心ながら気にしましたが、結果として、まったく違う特許になったのはうれしいことです。それだけ6回で再現可能な思考が植え付けられた、ということなので。

吉村:私がスタートアップに行っている知財メンタリングは、じつは大企業の知財部がやっていることそのものです。ある事業部の開発方針発表会があり、件数目標、年間何件のノルマを設定することから始まり、出願を推進するのですが、今回はそれを6回のミーティングにまとめました。

安川:なんでも締め切りを与えないと、進まないものなんですよね。追い詰めたつもりはないですが、例えば2年後のこの時期に何かをする目標を定めると、なら来月には? となる。これがメンターの仕事だと思います。

ーー大原さんがメンタリングの成果として得られたものは、特許と今後のビジネスで大きな役割を果たしそうですね。

大原:ビジネス面でも、いわゆるマイルストーンの考え方で、長期的視点で見れていなかったとわかりました。事業計画は2年後くらいまではかなりの精度で書けますが、それ以降はえいや、という形なんです。中身を詰めていく中で、吉村さんに言われたのは、具体的なコンペティターとどう戦うのか、という点でした。これまでの投資家とのメンタリングで、この観点で指摘されたことはなかったですね。

知財がどうディスラプティブなのかを説明できると評価も変わってくる

ーーIPASの取り組みは2018年度からスタートしたプログラムですが、ソナスの成果についてはいかがでしょうか?

特許庁:まさにIPASでやりたかったことを実現されたチームです。今後のビジネスのシナリオ、そして世界標準化に向けて知財のマイルストーンを設計できました。スタートアップは目の前にある課題の解決に気をとられがちな中、メンタリングチームのサポートのもと、大原さんは視座を高く保ち続け、将来的なビジネス展開を見据えながら、知財をどう守り、活用していくかを整理することができました。

IPASが目指す、ビジネスに対応した知財戦略の構築を実現してくれた事例です。

今後は、この成功例をさらに広く展開していきたいです。IPASのメンタリングだけでなく、日本のスタートアップ全体がビジネスを見据えた知財戦略の構築に取り組んでもらえたらと思います。

ーー今回のIPASの取り組みを総括したご感想は?

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安川:コアにしっかりとした技術を持ち、大原さんの説明能力が高かった。そして私もたまたま通信技術規格に関する知識もあり、さらに吉村先生も詳しかったので、技術に対する理解、姿勢はチームメンバーそれぞれにあり、深く議論できたのがよかったと思います。これはちょっとでもレイヤーが軽くなると、上滑りになってしまいがちです。

そもそもメンターは簡単ではありません。いきなりスタートアップの代表の目の前に来て、アドバイスを始めないといけない。フルコミットするエンジニア型の社長に対して、価値を出すのは簡単なことじゃない。技術的な深いレベルの議論の結果で、実際の特許までできたのは大きい。

また、知財専門家の方とやるのは初めてだったので、なるほど、という場面が多かった。新しいものを言語化して、第三者がそれを読んで、モノによっては何百億の価値になり、場合によっては訴訟になるようなことを、専門家がいてうまくやってくれることが知れました。

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吉村:重ねてになりますが、ビジネスメンターである安川さんが技術の知識をお持ちだったのがよかったですね。冒頭15分でトップギアに入った会話ができました。

IP Bridgeは、創業当時からスタートアップの支援をやりたいと言っていました。最初からメンタリング、コンサルティングをやりたかったが、コンサル費用をもらうとスタートアップは払えない。ビジネスモデルとして確立されて、企業として成り立つはほとんどいないため、ビジネスモデルを作っていかないといけない。

大企業であれば、社内知財部がやらないといけないことを、知財部のないスタートアップでは外部の知財コンサルがいなくてはならないが、世のスタートアップにはそもそも課題認識がありません。その点、IPASや、INPITでの専門家派遣など、公の立場から取り組んでくれるのはありがたいです。もっと増えて、ビジネスとして確立されて、「IPASは民業圧迫」と言われる日が一日も早く来てほしい。

安川:官が座組をつくって動き出すのは、まさに日本的。本来は、プロフェッショナルの仕事として成立すべき話。お金をもらうと、プロとしてアウトプット出さなきゃいけない。知財も、成長戦略と絡めると違ってきます。事業計画ができて、知財化できたら、それだけのバリューで調達できる、というまでを示せば払える。スタートアップだからお金が回らないというのは間違い。そこで(知財を)押さえられなかったら、将来の価値が変わってくるという点で、今後スタートアップの持っている知財が、どうディスラプティブなのかを説明できると評価も変わってくるでしょう。

ーー最後にソナスとして、今後の方向性について教えてください。

大原:知財面は社内でも継続的に議論しており、習慣づけて定期的に発明を絞り出す癖がつきました。東京都の知財支援にも申し込んで継続的に体制をに整えて社内でも取り組んでいます。

事業面では、ディープテックと言われる領域なので、研究開発を止めることは、成長が止まることを意味しています。ずっと発明は続けており、無線に関わること以外も手掛けているので、権利化は今後も引き続き発生していきます。

このあと、まずは4月にUNISONetの無線モジュール単体のサンプル提供を予定しています。2020年9月の量産開始を目指してこの先も開発を進めていきます。

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特許庁では2020年度もIPASを実施する。メンタリング期間を3ヶ月から5ヶ月に延長し、より充実した支援を行う予定だ。支援企業数は15社。落選した企業にもスポットメンタリングを受けるチャンスがある。知財戦略を構築したいスタートアップはぜひ応募してほしい。公募の受付は”IP BASE”にて2020年4月末頃開始予定だ。
*本事業は令和2年度予算の成立が前提であり、今後、内容等が変更になることもあります。