特別企画
CEOが語る知財

第1回IP BASE AWARD スタートアップ部門グランプリ 株式会社エクサウィザーズ 代表取締役社長 石山 洸氏 インタビュー
技術のゴールは制度設計にある 現場ニーズにフィットするAI事業の開発手法

文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元

株式会社エクサウィザーズは、超高齢化社会へ向けた課題解決を主軸に、幅広い領域におけるAIプロダクト開発を展開しているAIベンチャーだ。AIは社会での多様な領域への活用が期待されている一方、実際には現場への導入・運用の難しさや、オープンイノベーションにおける知財の権利帰属の課題などがあるが、それを同社はビジネスへつなげる仕組みを知財から作り上げている。第1回IP BASE AWARD スタートアップ部門グランプリを受賞した同社に、現場ニーズにフィットするAIの開発手法、知財をビジネスへつなげていくための仕組みについて、株式会社エクサウィザーズの石山 洸氏に話を伺った。

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株式会社エクサウィザーズ 代表取締役社長 石山 洸(いしやま・こう)氏

東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻修士課程修了。2006年4月、株式会社リクルートホールディングスに入社。同社のデジタル化を推進した後、新規事業提案制度での提案を契機に新会社を設立。2014年4月、メディアテクノロジーラボ所長に就任。2015年4月、リクルートのAI研究所であるRecruit Institute of Technologyを設立し、初代所長に就任。2017年3月、デジタルセンセーション株式会社取締役COOに就任。2017年10月の株式会社エクサインテリジェンスとの合併を機に現職就任。静岡大学客員教授、東京大学未来ビジョン研究センター客員准教授。

AIを用いた社会課題解決を幅広い領域に展開する理由

株式会社エクサウィザーズは、静岡大発AIベンチャーの株式会社デジタルセンセーションと、京大・阪大のAI研究者が立ち上げた株式会社エクサインテリジェンスの合併により、2017年に設立された会社だ。AIを用いた社会課題の解決をミッションに掲げ、超高齢化社会へ向けた仕組みづくりとして、ケアテック、メドテック、フィンテック、HRテック、ロボティクスなど広範な領域で事業を展開している。

同社ならではと言えるケアテック事業では、介護現場のベテラン介護士の基本動作を解析し、ノウハウの継承や症状の早期発見などに役立つAIの開発に取り組んでいる。そのようなヘルスケア・福祉への取り組みによる知見は、フィンテックなど別の領域でも適用される。また、労働人口が減少し、人件費が上がる中で事業を持続可能とするには、HRテック、ロボット、DX(デジタルトランスフォーメーション)をいかにうまく導入していくのかも重要となる。HR領域においては、2018年に牛丼チェーン吉野家へのシフト管理AIを開発するなど、1つの特定領域にとどまらない展開がエクサウィザーズの特徴だ。石山氏いわく、今後はリテールテックなどにも領域を拡げていく計画だ。

事業へのリソース集中という点において、一般的なスタートアップであれば1つの事業を集中的に手掛けることになるが、エクサウィザーズの場合、複数の事業を同時に走らせている。それを可能にしているのは、知財を活用したBtoBのビジネスモデルだ。

200名の社員のうち、半数はエンジニア、また約30名は外資系コンサルファーム出身者で占められているのが同社の特徴だ。多くの企業では、AIやDXへのニーズがあるものの、社内人材は不足しているため、AIスタートアップといった先進的な技術を持った先と共同で作っていきたいと考えている。しかしAIスタートアップのほうにしてみれば、そのような受託開発だけでは事業としてなかなかスケールしない。

「BtoBでは、大企業との知財の持ち方を工夫すると、プロジェクトの終了後もお互いにプロジェクトの中で生まれた知財をうまく活用できます」と石山氏。エクサウィザーズは積極的なオープンイノベーションをビジネスモデルに組み入れ、プロジェクトをこなすたびに新たな知財やノウハウが生まれ、それを生かして領域を広げるほど、売上が伸びていく構造にしているという。

大学や大企業の知財をコンサルが動かして早期にビジネス化する

産学連携においては、早稲田大学基幹理工学部表現工学科 尾形哲也研究室との共同によるディープラーニングを活用したロボット研究をはじめ、すでに10弱の大学との共同研究も進めている。

エクサウィザーズの社員にも機械学習の研究者や大学の准教授が数多く在籍し、就職してからも研究を続けることを推奨しているという。「入社後に進学して研究を始めることによって、新しい知財が生まれることもあります。弊社では博士課程進学支援制度を設けて、最大200万円の学費を支援しています」と石山氏。

こうした社内外で知財を生む仕組みに加えて、生まれた知財を事業化するまでの距離が非常に近いのがエクサウィザーズの特徴だという。

大学の研究者やエンジニアにとって、自身で事業化まで進めるためのビジネスコミュニケーションをするのは負荷が大きい。同社では、そのスキルに長けたコンサル側にバトンを渡せる仕組みとしており、新たに生まれた技術・知財を活用して、その先のビジネスへ進める取り組みが重視されている。

「私も研究者タイプなので、コンサルチームが一緒に動いて確実に実行してくれることで、知財を活かす強みになっていると思います」(石山氏)

5階層のコラボレーションでAIをニーズにフィットさせる

世間的にAIが注目されている一方で、実際に活用されているケースは2%ほどしかないとも言われる。石山氏は、「98%が使われていないのは、要件定義がなされていないのが原因」だと指摘する。

例えば、優れた技術を有したロボットの研究者であっても、介護領域への興味がなければ現場のニーズに合わない介護ロボットを製造してしまう。こうしたミスマッチが技術開発の世界では起こりやすい。そのためにエクサウィザーズでは、研究の現場からその先への道のりをワンストップでつなぐ仕組みを構築している。

チームは5階層で想定されている。AI×介護領域を例にすると、第1階層に大学の研究者、第2階層に開発するソフトとハードのエンジニア、第3階層にドメイン知識を持った人材。例えば、介護や医療の領域であれば、現場ニーズを把握した介護士・看護師・理学療法士など。 第4階層としてビジネスを実装するコンサルティング、そして5階層目として制度設計ができる官僚出身者で構成される。この5階層のレイヤーがコラボレーションをしながら課題解決に求められる要件定義をすることで、AIが活用されない98%を埋めていく構造だ。

この流れは、社会課題解決×AIの新しい知財が生まれやすい環境にもなる。加えて、複数領域に広げていることによる集積効果もある。介護からフィンテックへ発展するケースの場合、数多くの高齢者が認知症になることで凍結される貯金が2030年には200兆円になるとも言われており、そのような社会的課題の解決のための事業も同社では進めているという。

「認知症の方の凍結されてしまうような貯金の適正な使い道を考えるフィンテックは、弊社に両方のノウハウがあるからこそできることです。また、現在開発中のメンタルヘルスのプロダクトは、HRテックとメドテックのノウハウがあるからこそ参入できたと言えます」(石山氏)

技術と現場の課題をつなぎ合わせることで集積効果が生まれ、ここに5階層のレイヤーが動くことで要件定義ができる。さらに、複数の技術×複数の領域で新しいコラボレーションが生まれてくる。またそのような幅広い領域を手掛けることが、ポートフォリオとしても機能する。HRやフィンテックは短期間の開発で実装できるが、創薬やロボットは時間がかかる。介護はさらに長期的な道のりとなる。

「手前の売り上げでR&Dできるもの、資金調達を得て開発するもの、大学の研究室とともに予算承認を得た国家プロジェクトで進めていくものがあり、うまくポートフォリオとしてバランスが取れていると思います」

知財ニュースを全社員へ配信して、知財創出を促進

知財が生まれやすい環境ではあっても、それぞれに業務を抱えている社員が知財活動へ積極的に参加していくのは容易ではない。どのように社内の体制を整えていったのか。

石山氏は、東大の未来ビジョン研究センターで日本知財学会の渡部俊也会長の研究室に客員准教授として在籍し、先端的な技術における知財のソフトローを作る側の立場でもある。またエクサウィザーズ法務部には、同研究室で大企業とベンチャー企業の取引ガイドラインを作成していたメンバーもいる。

ただし、そのような経営陣の知財意識が高い一方で、現場の社員で見ると、知財の考え方や重みには個人での温度差があった。本格的な知財活動への取り組みが一気に進んだのは、約1年前、同社コーポレート統括部 法務部 知財担当 弁理士の梶 大樹氏が入社してからのことだ。

「私が入る以前は管理体制がなく、エンジニアが片手間に出願していたため、やり取りで残っているのはメールベースばかり。何件の出願があるのかを把握している人がおらず、現状を把握するだけで1ヵ月かかりました」と梶氏。

まずは最低限の管理体制を整え、次に、全社員向けに知財ニュースの配信を始めた。「実際に発明を考えるのは、エンジニアやコンサルの方たち。現場で『これは特許になる』、『商標を取らなくてはいけない』といった基本的な発想を持っていないと何も進みません」(梶氏)

今では、事業部のほうから商標や特許出願について相談されることも増え、梶氏一人では手が足りなくなり、知財担当者の採用活動もしているほどになった。

オープンイノベーションの場合、スタートアップと大企業側で知財のバランスがうまく取れなければ、事業がスムーズに立ち行かないケースもある(参考:オープン・イノベーションのベストプラクティス)。エクサウィザーズでは、弁理士の梶氏と法務部の弁護士2名が連携して、契約段階から不利にならないように対応しているとのこと。

このような石山氏のオープンイノベーションに対する考え方には、リクルート時代に米国のスタートアップ投資を手掛けていた経験による部分が大きい。

「ITは参入障壁が低くて入りやすいと捉えがちですが、本当に能力の高いエンジニアは1000人に1人。売り手市場であることを理解して、大企業側が相当な努力して関係性を築かないと、優秀なスタートアップとコラボレーションはできません。Win-Winになれるよう、戦略的に交渉を進めていくことが重要でしょう」(石山氏)

社会的に価値の高い知財が指標として測れる時代がやってくる

現在、エクサウィザーズは中国とインドに子会社があり、海外事業にも取り組んでいる。国によって社会課題の違いや活用できるデータの種類に違いがあり、例えば、海外事業でPoCを実施してモデルを作り、日本での事業展開につなげられることもあるという。また高齢化が本格的に訪れる中国市場では介護領域への参入を進めており、すでに介護×AIの国際特許出願なども進めている。

「介護×AIは、グローバルで知識共有がまだあまりなされておらず、介護技法も世界各国でノウハウがバラバラであまり集約されていません。介護保険制度も国によって異なります。超高齢化社会という点で日本が先行しており、遺伝子レベルから創薬、認知症の行動症状を低減させるAIまで幅があります。知識共有の仕組みができていないからこそ、グローバルのチャンスがあります」(石山氏)

最後に、これからのスタートアップの知財活動のあり方について伺った。

「ひとつは制度面。AIなどの新しい技術が出てくる中で、現行の知財制度では対応できない部分が出てきます。制度の失敗にならないように、スタートアップ側からあるべき世界感をどんどん発信して、制度自体を変えていく必要もあるでしょう。商標などは、AIで画像解析して判断できる領域もあるので、テクノロジーを制度にからめて導入していく形も考えられます。

もうひとつは、社会的に価値の高い知財をいかに生み出してくかが重要です。例えば弊社であれば、我々のプロダクトを導入することで、生活の質は指標としてどれだけ上がるのか、社会保障費がどれだけ抑制されるのかについてよく議論をしています」

これまでエビデンス測に基づいた開発をしていたのは医療や創薬分野に限られ、一般的なサービスの社会的価値はあいまいにされてきた。しかし今はAIなどを用いてデータを解析すれば、企業が提供しているあらゆるサービスやプロダクトの社会的価値が測れる時代だ。今後は、より社会的な有効性に基づいたプロダクト開発が重要になってくる。新たな技術やノウハウといった知財もそこには必ず生まれてくるだろう。

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