特別企画
CEOが語る知財

株式会社QDレーザ 代表取締役社長 菅原 充氏インタビュー
大企業発の研究技術を徹底的に磨き、ニッチトップ戦略で走るQDレーザ

文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元

株式会社富士通研究所のスピンオフベンチャーとして2006年にスタートしたQDレーザ。半導体レーザ技術を用いた通信、レーザ加工、センシング分野の事業を国内外に展開。現在は新たに網膜走査型レーザアイウェアを開発し、医療・福祉、民生用へと市場を拡げている。知財に関しては、半導体レーザに関する技術は完全に秘匿する一方、アイウェアに関する特許は徹底して取得するという戦略をとっている。代表取締役の菅原 充氏に、大企業からスピンオフする際の知財の扱い、知財戦略とその狙いについて伺った。

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株式会社QDレーザ 代表取締役社長 菅原 充(すがわら・みつる)氏

1984年、東京大学大学院物理工学修士課程修了後、株式会社富士通研究所へ入社。95年に富士通研究所光半導体研究部主任研究員、東京大学工学博士となる。2001年、富士通研究所フォトノベルテクノロジ研究部長、2005年から富士通研究所ナノテクノロジー研究センターセンター長代理を務めたのち、06年にQDレーザを起業。

富士通研究所から特許の実施許諾を受けて事業をスタート

QDレーザは、富士通研究所の半導体レーザの技術を事業化するため、スピンオフベンチャーとして2006年に菅原氏が創設した会社だ。半導体レーザとは、光通信を使うデバイスで、光ファイバーの一端から光を入れることでデータを伝えることができる技術。30kmもの長距離を飛ばしても伝送の強度は半分にしか落ちないため、遠距離通信が可能となる。この技術によって光通信網が発達し、今のインターネットやスマホの時代に至るわけだ。

菅原氏は、富士通研究所で95年から量子ドットレーザの研究に携わっていたが、2001年にITバブルの崩壊があり、富士通研究所の中の半導体や光通信の部門が売却されてしまった。そこで、菅原氏は研究を存続させるためにスピンオフする形をとる。

「2004年に量子ドットを使ったレーザが完成したが、事業化するといっても出口がなくなってしまった。そこで、三井物産と富士通のコーポレートベンチャーキャピタルからの出資を受けて起業しました」(菅原氏)

しかし、当時は大企業からのスピンオフベンチャーの前例はほとんどなく、富士通はハードの技術を外部に出すことには抵抗があった。ベンチャーは他社に買収されると、技術も買われてしまうからだ。特許部門と1年半かけて交渉を続けたが、知財の譲渡は受け入れられず、最終的に知財の実施許諾契約で落ち着くことになった。

半導体レーザ技術のもたらす第4の価値「RETISSA Display」

半導体レーザには光の通信だけでなく、応用として、加工、センシング、ディスプレーの領域があり、QDレーザは、それぞれでオリジナルの製品を展開している。

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通信では、シリコンウェハーに量子ドットレーザを搭載し、回路内のやりとりを光で伝送する「光/電気変換チップ」を開発。5ミリ角のチップで約100Gbit/sの高速処理ができ、いずれはCPUなどにも光が使われるようになるという。すでに国内メーカーだけでなく、アメリカや中国のベンダーとともに新しい製品の開発を進めているようだ。

レーザ加工は、スマホの回路基板、半導体やセラミック等の加工に採用。センシングレーザは、血管中の血小板や白血球を測るフローサイトメーター、工場のロボットや電車のセンサーなどに使われている。

4つ目となるディスプレー製品は、網膜に直接映像を投影するレーザアイウェア「RETISSA」シリーズだ。

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1ミリに満たない細いレーザビームを瞳孔に通し、網膜に画像を描く技術で、水晶体の影響を受けにくく、ピント調節能力に関係なく鮮明な映像を投影できる画期的なデバイスだ。

医療機器としてのRETISSAは、フレーム中央にカメラが搭載されており、カメラで撮影した画像をそのまま網膜に描くことで視力を補正できる。通常のメガネやコンタクトレンズを使ってもカバーできない視力障害を改善するため、まもなく医療機器としての承認を取得する見込みだ。2018年10月には臨床試験が終わり、2020年度中には医療機器としての発売を予定している。

医療以外にも用途は幅広い。たとえば、ARグラスとしての使い方だ。網膜投影では、遠くを見ていても近くを見ていても、ピント位置と無関係に投影画像は視界内で確認ができる。この特徴を利用して、カメラの代わりにスマホなどから映像を出力すれば、リアルな画像の上にバーチャルな画像を重ね合わせて見ることができる。

一般的なARグラスは、ある特定の距離に画像を投影するため、手元と表示されたマニュアルを交互に見るといった作業には頻繁なピントの移動が伴い、長時間の作業には向かなかった。こうしたARのピント移動の課題を解決できるのが網膜投影の最大の特徴だ。

オペラや文楽などの舞台で字幕を網膜投影すれば、視線を動かすことなく快適に観劇しながら字幕が読める。また音声翻訳アプリと組み合せれば、外国語を話せない人でも、相手の顔を見ながら会話を理解できるようになる。

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「まずは医療機器として、この機能を必要としている視覚障害の方に使ってもらいたい。これをかけると健常者よりも視力が上がることを期待しています」(菅原氏)

最新のRETISSA Display IIは視力0.8相当が出るという。さらにズームカメラを搭載すれば、健常者さえ見えない距離までも鮮明に見えるようになる。

半導体レーザの製造ノウハウは、特許化せず秘匿して守る

QDレーザは、通信、加工、センシングの技術に関しては特許を出していない。その理由は、ナノテクノロジーのため、製品を分解しても製造方法はわからないからだ。製造技術を特許として公開してしまうと、模倣されてしまう恐れがあるため、ブラックボックスにしている。

富士通研究所からライセンスを受けていた特許は100件ほどあったが、技術の進化に伴い、今はほとんど使っていないそうだ。量子ドットレーザの製造に関する基本特許は2014年に存続期間が切れたため、現在はその特許技術は用いず、独自に改良を重ねた製法が使われている。導波路の設計、構造、光の波長を制御するための仕組みなど、あらゆるノウハウは、すべて秘匿している。

今のところ競合となるレーザの技術をもつ企業は出ておらず、量産できるのは世界中でQDレーザだけだ。

「もともと1980年代は、材料研究の分野では富士通研究所が世界最高峰だった。その技術を弊社が引き継いでおり、これまでどこにも抜かれたことはありません」(菅原氏)

今でこそ半導体レーザの技術は秘匿されているが、創業当初の資金調達では、基本特許を含む特許群の実施許諾を受けていることが投資家への説明に役立った。半導体レーザの事業の立ち上げ時には35億円を調達している。

もっとも富士通研究所時代に開発した基本特許と周辺特許の技術がなければ、半導体レーザの事業化は不可能だった。菅原氏が富士通と契約した実施許諾の中には、職務発明、会社で身に付けた技術やノウハウを外に持ち出して使う、という内容がすべて含まれていたそうだ。

「それがないとベンチャーは立ち上げられない。大企業から出ていくときは、その整理が大事ですね。この事情は今も変わらないでしょう」

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アイウェアではビジネスモデル特許も積極的に押さえていく

一方、網膜走査型レーザアイウェアに関する技術はすべて特許化していく方針だ。ナノテクノロジーの半導体レーザ技術とは異なり、アイウェアのコア技術は光学設計であるため、製品を分解すれば構造がわかってしまうからだ。

RETISSA Displayでは、単焦点プロジェクターの斜め方向からの入射光を小さくし、瞳孔を通して正方形の画像を網膜に投影する。光が広がらないようにするため、非常に複雑な仕組みとなっている。

特許の出願には、特許庁の「事業戦略対応まとめ審査」を活用。また外国出願には、「ジェトロ中小企業等外国出願支援事業」に応募して採択されている。

「特許を取っていても回避されるので完全に守ることは難しいですが、今のところはこの戦略は成功しています。同等の高精細な映像が描ける製品は、当面出てこないでしょう」(菅原氏)

今後は、アイウェアを使ったサービスに関するビジネスモデル特許の出願に力を入れている。

「網膜走査型レーザアイウェアには、ロービジョン支援や検眼といった医療・福祉用途のほか、AR用の民生機としての新しい可能性がある。あらゆる側面からアプリケーションを考え、特許を取りにいきます」

網膜投影で字幕をAR表示する使い方の特許は取得済み。現在、目の視力や緑内障の発症を評価する技術も開発中で、順次製品化していくことを目指しているゲームを開発中で、来春にも発売される見込みだ。

ニッチトップ戦略で他社と連携し、ビジネスの横展開を狙う

半導体レーザは徹底したクローズ戦略をとりつつ、網膜走査型レーザアイウェアに関しては、積極的に知財取得を進めている。こうした戦略をとることになったのは、『オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件』(翔泳社刊)の著者である東京大学政策ビジョン研究センターの小川 紘一氏にアドバイスを求めたのがきっかけだそう。

網膜走査型レーザアイウェアのコア技術については、他社が真似できないように、コア技術とその関連技術の出願権利化を進める「ニッチトップ戦略」をとっている。また、網膜走査の応用技術や利用技術の実施許諾やノウハウ共有、あるいはアイウェア製品そのものを提供し、パートナーの企業にビジネスをしてもらう形にしていく方針だ。

2016年には、網膜走査型レーザアイウェア技術を使った事業を創出するための「網膜走査技術市場創出コンソーシアム(MERITコンソーシアム)」を設立。すでにコンソーシアムから始まったプロジェクトもすでにいくつかあるそうだ。

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現在のQDレーザとしての知財体制は、2014年から法務・知財担当マネージャーとしてAIPE認定知的財産アナリスト資格を持つ担当者が入社し、知財業務を担う。外部の特許事務所としては、片山特許事務所と伊東国際特許事務所の2社と契約し、主に光学系・ハード系は片山特許事務所、ビジネスモデルやアプリは伊東国際特許事務所と使い分けている。

QDレーザの売上規模は、中国、アメリカ、ヨーロッパ、日本がそれぞれ4分の1ずつであり、網膜走査型レーザアイウェアについても国内からスタートし、グローバルへ展開していく予定だ。

「世界中のスマホ所有者は39億人。しかし、前眼部疾患の治療が受けられる人は10億人で、スマホは持てるけれど治療は受けられない人も何億人といます。いずれ網膜走査型レーザアイウェアが普及して安価になれば、スマホ並みに大きな市場になると思います」(菅原氏)

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