特別企画
知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

株式会社AI Samurai 代表取締役社長 弁理士 白坂 一氏インタビュー
中国を超える日本の特許出願件数150万件を目指すAI Samurai

文● 松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元

特許事務所オーナーとして、数百を超えるスタートアップの知財活動を支援実績がある傍ら、自らもAIスタートアップを創業し、代表を務める白坂 一氏。国内産業を盛り上げるため、年間での特許出願件数150万件を目標に掲げ、特許評価ツール「AI Samurai」の開発に取り組んでいる。日本が再び技術力で世界に勝つには何が必要なのか。日本の特許制度、弁理士業界のあり方について白坂氏の考えを伺った。

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株式会社AI Samurai 代表取締役社長 弁理士 白坂 一氏

1977年大阪府生まれ。2001年防衛大学校理工学部卒。在学中にヘンリー幸田著『ビジネスモデル特許』を読み、弁理士を志す。卒業後は横浜国立大学大学院 環境情報学府に進み、機械学習を用いた画像処理研究に取り組む。2003年 富士フイルム株式会社知的財産部に勤務し、知的財産・特許関連業務を経て、2011年に白坂国際特許事務所(現特許業務法人 白坂)を開業。2015年に株式会社ゴールドアイピーを設立。2019年に社名をAI Samuraiに変更。

国内産業を盛り上げるため、大企業の知財部門からスタートアップ支援へ

大阪府出身の白坂氏は、高校時代に阪神大震災での自衛隊の活動を知り、防衛大に進学。知財に興味を持ったのは、たまたま在学中に図書館で読んだヘンリー幸田氏の著書『ビジネスモデル特許』(日刊工業新聞社刊)がきっかけ。しかし、防衛大の学生手当ては、手取りで8万円ほど。弁理士試験の予備校に通うお金はない。そこで当時、石川泰男弁理士(防衛大OB)が開催していた月額5000円の弁理士育成セミナー「石川ゼミ」に通い、知財を学んだ。

卒業後は、横浜国立大学でAI画像処理の研究をしたのち、富士フイルム株式会社の知財部門に勤務。出願から訴訟、M&Aなど一通りの業務を担当し、弁理士としての経験を積んでいく。

独立の契機となったのは、2011年の東日本大震災だ。白坂氏は「自衛隊でがんばる仲間に触発され、自分も日本のために貢献したい」と決意。脱サラをして、4月に特許事務所を開設した。

起業資金として、日本政策金融公庫から1400万円の融資を受けたが、事務所の家賃や備品の費用がかかり、開所1ヵ月で数百万円を使い切ってしまい不安な日々を過ごした。ただ恵まれたことに、5月の連休明けから、スタートアップや東証一部上場企業の、顧問契約を獲得。当時の日本は、今ほどスタートアップが注目されておらず、大企業を担当していない事務所はスケールアップが難しかった時代だ。

「特許法の第1条に『産業の発達に寄与することを目的とする』とあります。2011年は、大手企業が衰退に向かっており、米国の歴史に鑑みても、日本の産業を発達させるにはスタートアップを真剣に応援しないといけないのは明白でした」と白坂氏。

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米国訴訟を経験して、AIを活用した知財支援ツールの重要性を意識

ちょうどそのころ、日本の大企業が米国企業との知財訴訟で大きな損失を出す事態も起こり始めていた。原因のひとつは、eディスカバリー(電子証拠開示制度)への対応の遅れだ。白坂氏は、リーガルテックAIの大手UBIC(現FRONTEO)の守本正宏代表に会いに行き、米国特許訴訟を支援する知財コンサルティング会社の設立を直談判。自ら「UBICパテントパートナーズ」の社長に就任し、独立から1年足らずで、スタートアップを支援する特許事務所のオーナーと、米国訴訟専門のコンサル会社の社長を兼業することになった。

当時、韓国でも米国訴訟による損失が出始めており、韓国政府はKIPA(韓国発明振興協会)の指揮下のもと、米国特許の評価や、ベンチャー・スタートアップの特許を評価するソフトウェアを開発し、高評価の企業に対して銀行と連携して資金を貸し付けるといった支援が進んでいた。

白坂氏は、KIPAが開発した特許分析評価システムの有用性をみて、検索だけではなく、特許評価システムの重要性を強く感じた。その頃から、最新のAI技術を組み込んだ特許評価システムを作ることで、スタートアップを守りたいという気持ちに変わってきたという。

「日本の知的財産全体に貢献できるように、発明の創出に役立つAIを作りたいと考えるようになったのです」(白坂氏)

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自分で起業を経験すれば、弁理士としてより親身にスタートアップを支援できるのでは、という思いも重なり、株式会社ゴールドアイピー(現AI Samurai)を設立した。

最初にリリースした製品は、チャットで全世界の弁理士をつなぎ、安価に外国出願できるサービス。しかし、海外事務所の情報管理はメールが中心でチャットシステムは、運用面で煩雑となり、競合となる多数チャットシステムの登場もあって、浸透性が弱かった。そこで事業をピポットし、次に考えたアイデアが、現在のAI Samuraiのもととなる特許調査ツールだ。

「特許の調査ツールは20年間、検索がメインであり、特許に求められる”新規性”だけでなく、”進歩性”に踏み込むシステムがなかった。ただし開発するには非常に難易度が高く、日本最高クラスのIT技術者が必要だと判断しました」

AIの開発には、2010年IPA未踏事業のスーパークリエーターで対話ロボット「Sota」(ヴイストン社)の会話エンジンを開発した三上崇志氏をCTOに迎え、さらに2005年の未踏スーパークリエーターである中嶋 謙互氏を技術顧問に招聘。日本特許庁や米国特許商標庁のデータベースを学習させたAIシステムを開発したところ、実装当初はレスポンスが5分程度かかっていたのが、両氏の手によって10秒まで短縮されたという。

特許評価AIシステム「AI Samurai」で特許出願150万件を目指す

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「AI Samurai」は、アイデアから類似文献を探し出して、特許になりうるか評価するソフトだ。発明内容を入力すると、国際特許分類(IPC)を認定、最も類似する文献5件を抽出し、類似度の高さをA~Dの4段階で評価する。進歩性は、発明の構成要件と主引例となる類似文献を比較し、不足する構成要件を副引例として抽出可能することで判断する。

AIが出力した評価結果に対して、ユーザーの発明に近い文献に「Good」、近くない文献に「Bad」の評価を加えて再探索を行うことでAIが学習し、調査結果の精度が高まる仕組みも持っている。簡易的な出力として、ロボットのキャラクターが文献中の最も近い箇所をコメントするため、より簡単に類似点を把握することができる。

審査官と同じレベルまではまだ難しいとのことだが、考えた発明が、新規性・進歩性の双方から適しているかをすぐにジャッジできるため、発明創出の時間により多くの時間を費やすことができ、コストと時間の面でメリットが大きい。すでに大手企業40社以上が導入済みで、今後はスタートアップの活用をより促進するため、安価なワンショットサービスのリリースを予定している。

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このようなサービスを開発した白坂氏の目標は、特許出願件数で日本が中国を超えることにある。

「年間特許出願件数は中国が154万件。対して日本は約31万件。来年、再来年には日本の特許出願件数を現在の5倍の150万件を突破させたい。そこで、明細書の自動作成機能を開発しているところです」(白坂氏)

明細書作成機能は、調査した発明の結果に対して、発明の名称と効果を入力して「作成」ボタンを押すと、明細書が自動的に生成される、というもの。この機能が実現すれば、AIが作成した明細書をそのまま出願することも可能になる。あるいは、AIが生成した明細書を専門家にチェックしてもらえば、一から専門家に明細書を書いてもらうよりは、時間・費用が抑えられるそうだ。

「資金調達に成功しているスタートアップばかりが注目されがちですが、実際には、特許出願したい技術があるのにお金がない企業はたくさんいます。町工場など、まじめにモノづくりをしている人たちも応援したい。印紙代だけで出願ができたり、ほんの少し弁理士がフォローするだけで出願できたりするようになれば、出願件数はもっと増やせるはずです」と白坂氏。

大学の研究者の論文情報から明細書を自動生成して出願する仕組みもできれば、出願件数150万件超も現実味を帯びてくるという。現在は日米の特許データに対応した評価機能を搭載し、4月末には中国特許データベース対応版をリリース予定。日米中の3ヵ国の同時審査も可能になる。

スタートアップ経営から得たビジネスと知財のバランス感覚

現在はAI Samuraiの経営に重心を置いているというが、昨年、白坂氏は弁理士としても年間5件以上の訴訟をこなしており、スタートアップ・中小から大手企業を問わず、多くの企業の知財サポートを手掛けている。

これまで担当したスタートアップは数百件。スタートアップのことは理解していたつもりだったが、自ら起業を経験したからこそわかったこともあるという。

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「自分でやってみて初めて知ったのは、資金調達はすごく難しいということ。また、監査法人や証券会社に担当してもらえないスタートアップが山ほどいる、といったことです。投資家と経営者の関係はステージによって関係性が異なり、経営者を保護すべき弁護士・弁理士は、経営者の出口戦略をめぐって投資家と利益相反が生じることがあるケースなども勉強になりました。また、AI Samuraiは、累計10億円超の資金調達をしていますが、それでも外国出願を行なうと経営を圧迫してしまう。これまで弁理士としての経験に加え、経営感覚を持ってあるべき知財戦略の提案を行えるようになりました」

知財専門家の需要が高まるなか、中小・スタートアップからの需要に応える弁理士は人手不足。年間出願件数150万件超を目指すには、弁理士業界の働き方も変えていく必要がありそうだ。一昔前までは、特許事務所の弁理士は花形の資格だったが、いまは特許事務所ではなく、大企業の社内弁理士に人材が流れているケースが多いと白坂氏。

「初代特許庁長官の高橋是清氏がドイツに留学した際、『特許庁をつくるだけではダメ。いい弁理士を作りなさい』と言われ、当時の特許庁の職員を地方に配属したのが弁理士の始まりだそうです。現在の特許事務所に籍を置く弁理士の業務スタイルのままでは、日本の知財は盛り上がらない。まずは弁理士業界から明るくしないといけないと僕は思っています」

その答えとして、白坂氏は2つの提案を語ってくれた。

「1つは出願件数を増やすこと。まずは、日本が出願件数5倍を掲げて中国を超える、という明確な目標を打ち出せば、弁理士は日本が技術力で世界に勝つための重要な役割になるはず。もう1つは、知財訴訟の損害賠償に関して、米国・中国との格差をなくすこと。格差に開きがありすぎると、日本の知財の価値が仮に低い場合、日本の技術を守る機会を逸してしまうし、海外から日本は知財保護の観点から魅力のない国になってしまう。損害賠償の額よりも格差があることが問題であると思う」

専門家の弁理士に加え、AIでも多角的に発明を分析をし、より良い発明になるように価値を高め、その上で件数をまず上げる。知財は独占権としての機能として守るだけでなく、本来は排他権としての攻める機能が重要だ。

実際の事業で特許を取得しても、事業が独占できるケースは少ない。本来特許は、新しいアイデアを模倣する他者を牽制することで、発明者を保護し産業の発達のための制度だと白坂氏は指摘する。産業が発展するためには、日本全体で改めて発明の権利化のための手法を見直し、より良い方向へと変えていく必要がありそうだ。

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