特別企画
知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

株式会社Lily MedTech 知的財産部 部長 ガニング 麗奈氏インタビュー
東大発ディープテック企業で求められた知財担当の役割と醍醐味とは

文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元

スタートアップが完全専任の知財担当者を社内に置く目安として、従業員が100人以上などと言われることがある。これまでになかった乳がんの検診機器を開発する東大発スタートアップの株式会社Lily MedTechは、社員10人未満の設立2年目に知財担当者をフルタイムで採用。医療機器×テクノロジーで挑戦するディープテック領域のスタートアップならではの知財担当者の役割、具体的な業務内容について、同社知的財産部のガニング 麗奈氏に伺った。

株式会社Lily MedTech 知的財産部 部長 ガニング麗奈(がにんぐ・れいな)氏

大学卒業後、特許事務所にて外国特許事務に従事。企業での知財活動へ興味が広がり、研究開発中心のベンチャー企業へ転職。国内外での特許権利化、知財翻訳、ライセンス契約渉外、新規事業の立ち上げなどを経験。2017年6月Lily MedTech社に参画。

研究から事業化まで、一貫して知財活動に携われる

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株式会社Lily MedTechは、乳がんの検診機器を開発する東大発スタートアップ。CEOの東 志保氏が家族を脳腫瘍で亡くした体験から、より女性に優しい検診装置の開発を目指して2016年5月に設立された。同社が開発する「リングエコー」は、東京大学医学系研究科・工学系研究科の研究成果をもとにした、リング型超音波振動子を用いた乳房用画像診断装置だ。マンモグラフィー検査に比べて検査時の圧迫による痛みや被ばくがなく、より快適に精度の高いがん検診が受けられる。現在は、実用化に向けて、東京大学をはじめとする研究機関や医療機関の協力のもと、開発を進めている。

ガニング氏が同社に入社したのは、2017年の6月。前職は、半導体の研究開発を主事業とする企業で知財業務を担当していた。代理人との交渉、特許を用いたライセンス契約、共同研究の契約などを幅広く経験したが、研究開発特許を使って実際に製品化することはなかった。そこで、技術開発から事業化まで、一貫してより深く知財活動に携わりたいと考えたのが、Lily MedTechを選んだ理由だ。

「大きな会社の知財部だと、専門的になり過ぎてしまう。幅広い範囲の仕事がしたかったので、スタートアップや中小企業、知財分業の少ないところを中心に探しました」(ガニング氏)

現在ガニング氏は、技術契約や共同開発契約などの知財法務など、同社の知財に関わる全般を担当している。技術契約対応、クリアランス調査、職務発明規程の作成や教育などの社内体制の構築なども仕事内容に含まれるので、フルタイムでも時間が足りないそうだ。

なお、入社当時のLily MedTechの社員は10人足らず。ほとんどが母体となった東大研究室からのメンバーが中心で、外部からの入社は2人目だった。設立まもないスタートアップがフルタイムの知財担当者を採用するのは稀だが、そこには研究開発が必須なLily MedTechならではの事情があった。

参画当初、シーズの特許は取れていたが、逆に言えばそれだけでガニング氏のやるべきことは山積していた。そのため、まずは競合企業の特許調査、大学とのライセンス契約交渉、新規特許出願などを優先的に進め、2年目には、知財戦略・出願戦略の構築、商標権利化、知財規程整備に取り組み、3年目は、侵害クリアランス調査、知財契約業務に加え、社員への知財啓発に取り組んだという。

「大手メーカー出身の研究者は基本的な知財教育を受けていますが、大学発スタートアップの研究者たちは、そうした教育がインプットされていません。そのなかで特許を取っていかなくてはならないので、知財担当からは『なぜこの技術は特許化すべきで、この技術は特許を取らなくていいのか』といった説明が求められます。権利化が必要な技術か、あるいは、より研究を掘り下げるべきか、といったことを経営者と議論し、主体性をもって実施していくことを重視しました」

発明の発掘は、技術チームの会議にガニング氏が同席して、「ここが特許になるのでは?」などとやりとりをしているが、いずれは、開発者自身が特許化できそうな技術を見つけて、知財部に声をかけてもらえる仕組みへと移行していきたいそうだ。

「発明発掘の奨励制度など、他社のスタートアップの取り組みも参考にしています。頭の中には、いろいろなアイデアがありますが、実際の事業の進捗とバランスを取りながら、なるべく自然に浸透させていけるように考えている段階です」

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関連技術が多岐にわたる新しい医療機器ならではの複雑な知財事情

同社の開発するリングエコー装置は、さまざまな要素技術の積み重ねでできている。乳房の画像を撮るハードウェア、読影をする医師の負担を減らすためのユーザーインターフェースやAI処理を含む画像診断支援ソフトウェア、さらに超音波を読み取る信号処理技術など、関連技術は多岐にわたる。それぞれの技術分野によって、権利の強さや技術公開の目的が異なり、さらに出願のタイミングは臨床研究の進捗や薬事申請などの影響も受ける。そのため権利化に関しては、各技術分野を専門とする特許事務所の弁理士と相談しながら特許出願を進めているという。

「基本特許になる技術も大切ですが、基本特許ではないけれど、その特許がないと装置が動かない技術もあります。医療分野の技術だけでなく、あらゆる分野の技術が使われているので、社内の専門の開発者に教えてもらいながら先行技術を調べています」(ガニング氏)

特許調査や出願の手続きなどは、外部の複数の専門家にも依頼している。

「専門の先生にお願いしたほうが質もよくなりますし、時間も節約できます。分野によって専門性が違いますし、弊社のスピード感とも相性のいい先生を探すようにしています。インハウスとしての重要性は、開発と弁理士の先生をつなぐこと。それぞれ忙しいので、重要なポイントを短い時間で伝えられるようにサポートするのが私の役割です」

依頼する専門家を選ぶのもガニング氏の重要な役目だ。「できるだけ少ない出願で、権利範囲を広げたいので、こちらのアイデア以上に、いろいろと引き出してくれる先生にお願いしたい。知財に関する様々なセミナーに参加して、専門家にお声がけし、巻き込んで行きました。その際には興味を持ってもらうことが重要なので、技術の面白さ、どこを権利化したいのかを上手に伝えられるように意識しています」

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現在は、装置の機構についての特許と意匠、超音波から画像を得る仕組みなどを出願している。装置の特許については国内では登録済みで、海外についてはPCT国際出願から、各国審査が進んでいる段階だ。

海外出願は国外の事務所に直接依頼も可能であり、翻訳も弁理士事務所を通すか、翻訳事務所、あるいはフリーランスの翻訳者に依頼するなどの選択肢がある。特に翻訳は弁理士事務所を通すと質が良く手間もかからないが、個人に依頼すれば費用は3分の1で済む。質、手間、時間、コストのどれを優先させるのか、出願内容に応じてバランスを見ながら計画を立てている。

資金の用途が厳しいスタートアップにとって、悩ましいのが知財予算の確保だ。特許の拒絶理由通知が、いつ何回くるのかは予測できず、将来的にどの程度の費用がかかるのかは判断が難しい。同社では、知財コンサルタントにアドバイスをもらいながら、大まかな予算を設定しているとのこと。

併せて、特許庁や東京都の助成金や支援制度も積極的に活用。特許費用だけでなく、公的助成機関による先行調査やポートフォリオ構築の支援制度も利用している。

「申請書に出願目的や海外出願の計画などを細かく明文化することで、発明の重要性がブラッシュアップされるのもメリットです。また、専門家のアドバイスをいただける貴重な機会にもなっています。例えば、東京都知的財産総合センターでは各種助成金の他、専任のアドバイザーによる知財支援や、専門家相談として弁護士や弁理士の先生方にも直接相談にのっていただいています。

また医療分野の企業という点では、AMEDの知財部や厚生労働省MEDISOのスタートアップ支援、また、東京都AMDAPなどの公的支援などを通じても、知財に関してご支援をいただいています。これらの専門家支援の良いところは、出願・訴訟・契約などの幅広い経験をお持ちの先輩方からも、適切なアドバイスをいただける事です。特許庁のIPASなどをみても、ここ数年のスタートアップの知財支援環境はとても整ってきていて、知財担当者にとって恵まれた環境だと思っています」

研究者と経営者の両方に近い、インハウスならではの面白さ

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知財担当としてのいちばんの醍醐味は、発明の発掘だ。

「超音波は歴史が長い分野なので、実はある程度の技術は出そろっています。そのなかで特許化に求められる新規性・進歩性を見つけるのは、経験のある開発者でも難しいこと。だからこそ、新しい発明が発掘できそうなときは、わくわくします」(ガニング氏)

ここには外部の専門家の手助けも欠かせない。出願に至るまでの過程で、弁理士側から思いもかけなかったアイデアが出ると、「そういう考え方もあるのか」と勉強になるそうだ。

また研究者だけではなく、経営者と近いのもスタートアップの面白さだ。

「開発の最先端を最もよく知っているのは、知財担当かもしれません。というのも、すぐには開発に着手しない段階でも、実現性があれば特許化できる場合もあるので、アイデアを事前にシェアしてもらうようにしています。知財担当だから聞ける話がたくさんあります」とガニング氏。

入社前からの狙い通り、扱う業務や出願技術の多様性、知財の一から十に関わっているという実感があるという。自社の技術が現在から将来にわたってどのように発展していくかを経営層と共有し、手段として知財をどう活用するかを検討していくのは、知財担当の醍醐味だ。

このように業務に関わるなかで、これまでガニング氏として腑に落ちなかったことが、腑に落ちたという。それは「知財は事業の手段である」ということだ。

「たとえひとつの出願でも、担当者側からの作業として見ると件数を出すためという視点になりがち。ですが、本来は事業があっての知財。知財があるから使うのではなく、事業でこういう風に使いたいから知財があるという実感がわかりました。たとえば特許の件数といった統計だけで見ると、新規事業のための知財だったと見えるユースケースはあるでしょうが、あくまで結果論。重要なのは、そこに至るまでに事業サイドがどう考えたかであり、そこは表にでないところ。Lily MedTechがどういう風に特許を使っていきたいのか、知財の位置づけが何なのかを常に考えています」

今後の目標は、知財のポートフォリオを拡げていくこと。リングエコーは薬事認証の申請が近づいており、上市後には、改良特許が出てくるだろう。シーズとなる特許から、既存技術を拡げるためのポートフォリオ構築に重心を移していきたいそうだ。

「個人的には、もう少し法務や知財の知識を増やしていきたいです。知財の知識だけでなく、各国の医療事情、関連する法律などは、開発や事業戦略にも関わってきます。これらを先回りできるように、幅広い法律の知識を知っておかないといけないと感じています」

スタートアップでは、事業フェーズ進行に伴い、必要となる知識やスキルの種類がどんどん増えていく。いずれも専門性の高い分野のため、各分野の専門家によるアドバイスが命綱だ。事業を理解し応援していただける専門家との密な連携が大切になる。

また知財戦略は、開発や事業の進捗に合わせて、柔軟に方向修正が必要。例えば、アーリーステージでのシーズ特許はときに資金調達の一助になり、また、開発が進めば事業を守る為に知財の一層の充実が必須になる。事業進捗に合わせて知財業務を地道に積み上げるのがインハウス知財担当者の重要な役目だ。実際の作業量も多いため、専門家の力を借りて、時間対効果を上げるよう心がけているそうだ。

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