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イベントレポート

CEATEC 2022オンラインセッション「企業とスタートアップとの共創・協業の在り方 by IP BASE」に参加しました!

 特許庁は2022年10月1日~10月31日の期間、CEATEC 2022にてオンラインセッション「企業とスタートアップとの共創・協業の在り方 by IP BASE」を配信した。大企業とスタートアップとの事業共創の場が増えているが、両者の間には、共創・協業を進めるうえで注意しなければいけないポイントも多い。本セッションでは、パネリストとしてダイキン工業株式会社 法務コンプライアンス知財センター 知的財産グループ 担当課長の安部剛夫氏、design MeME合同会社 代表の小島健嗣氏、中村合同特許法律事務所 弁護士・弁理士の山本飛翔氏、モデレーターとして特許庁 オープンイノベーション推進プロジェクトチーム 事務局長の武井健浩氏が参加し、大企業とスタートアップの両者が協業していくための心構え、知財/契約のポイントについて議論した。

ダイキン工業における外部協創でのIP契約の設計ポイント

 最初に、ダイキン工業株式会社の安部剛夫氏が、同社における外部協創の契約におけるポイントの解説を行った。

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ダイキン工業株式会社 法務コンプライアンス知財センター 知的財産グループ 担当課長 安部剛夫氏

 外部協創の契約に際しては、リスクの最小化とアウトプットの最大化が重要とし、両方のバランスをとりながら、WIN-WINを加速するIP契約を設計するように心がけているとのこと。

 具体的なIP契約の設計例として、フェアリーデバイセズ株式会社との取り組み「Coneected Worker Solution」を紹介。この事例では、ダイキン工業側とフェアリーデバイセズ側の双方から知財を出し合い、共同で権利化することで、グローバルの競争に対抗しうる知財ポートフォリオを構築する契約を結んでいる。

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フェアリーデバイセズとの取り組みにおけるIP契約の設計事例

 安部氏がIP契約の設計で大事にしていることとして、(1)市場のコンペティションで勝てる状況を考える、(2)事案は千差万別なので、柔軟に思考する、(3)正確に事案を掴むため、契約先を含む関係者と直接対話する、(4)作り出すべきIPポートフォリオを契約設計と並行して想定する、(5)なるべくシンプルで分かり易い契約内容にする――の5点を挙げた。

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IP契約の設計で大事にしていること

イノベーションのためのデザインの役割

 design MeME合同会社 代表の小島健嗣氏は、1986年から富士フイルムでプロダクトデザイナーとして活躍。2006年からはデザインシンキングを応用したワークショップを展開し、社内競争のためのワークウェイ定着を実践してきた。2011年からは産官学連携によるオープンイノベーションを担当し、2014年にはオープンイノベーション施設「FUJIFILM Open Innovation Hub」を六本木に開設。2021年まで館長を務め、2022年1月にdesign MeME設立。ビジョンドリブン型共創のためのリーダー人材育成支援に取り組んでいる。

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design MeME合同会社 代表 小島健嗣氏

 デザインには、伝わりにくい技術や情報、目に見えにくいニーズの発見を視覚化することで、異なるコミュニティーへ価値を伝える共通言語(バウンダリーオブジェクト)としての役割がある。プロダクトの外観デザインだけではなく、上流の構想・戦略での考え方でもバウンダリーオブジェクトの考え方を取り入れていくことが大事だ。design MeMEでは、周囲を巻き込むためのデザイン思考でのプロセスをわかりやすく指導・支援している。

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design MeMEの事業概要

大手企業から見たスタートアップ

 中村合同特許法律事務所 弁護士・弁理士の山本飛翔氏は、大手企業にとってスタートアップはどのような存在かについて説明した。

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中村合同特許法律事務所 弁護士・弁理士 山本飛翔氏

 中小企業は、大企業が参加する既存の市場の中で役割の一部分を担うことが多いのに対して、スタートアップは、新しい市場を創出し、大企業が狙いづらい市場を補完してくれる可能性がある。

 また資金面では、中小企業が売上と融資を原資に事業を回していくのに対し、スタートアップの場合は、VCなどの投資家から多額の資金を繰り返して成長していく、という違いがあり、VCのファンドから投資を受けた場合、10年前後以内でのIPOまたはM&Aを求められ、スピーディーに案件を進めていく必要性が高い。

 大手側にとってオープンイノベーションでスタートアップと組むことで、既存事業が拡大するメリットがある。他方でスタートアップ側は、大手の資金や知見、リソースなどを活用することで、短期間で大きな成長が目指せることがメリットだ。

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大手側のオープンイノベーションのメリット

研究型スタートアップと事業会社の連携によるオープンイノベーションの推進に向けて

 続いて、特許庁 オープンイノベーション推進プロジェクトチーム 事務局長 武井健浩氏が登壇し、「研究型スタートアップと事業会社の連携によるオープンイノベーションの推進に向けて」と題して、政府の方針と特許庁の取り組みについて説明した。

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特許庁 オープンイノベーション推進プロジェクトチーム 事務局長 武井健浩氏

 2022年6月7日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では(1)スタートアップ育成5か年計画の策定、(2)付加価値創造とオープンイノベーションの項目が設けられており、「イノベーションを促進するには、①スタートアップの創業促進と、②既存大企業がオープンイノベーションを行う環境整備の双方が不可欠である」と明記。「スタートアップの育成は、日本経済のダイナミズムと成長を促し、社会的課題を解決する鍵である」として、スタートアップの「5年10倍増を視野に5か年計画を本年度末に策定する」としている。

 また、「既存企業がスタートアップ等と連携するオープンイノベーションを後押しするために」、「経営資源を成長性、収益性の見込める事業に投入して、新陳代謝を進めていくことが重要である」と指摘されている。

 こうした政府方針の下では、特許庁が以前から作成していた「モデル契約書」の活用が鍵となる。モデル契約書は、大企業とスタートアップ企業の契約の適正化を図ることを目的として策定されたものであり、契約書のひな型ではなく、具体的な想定シーンにおける契約の各条項をについて詳しく解説しているところに特徴がある。

 現在、スタートアップ×事業会社の新素材編とAI編、大学×スタートアップおよび大学×事業会社の大学編がオープンイノベーションポータルサイトで公開されているので、「事業価値の総和を最大化」に向けて、オープンイノベーションの際にはぜひ活用してほしい。

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パネルディスカッション「大企業とスタートアップとの共創・協業の在り方」

 パネルディスカッションでは、「大企業とスタートアップの協業のメリット」、「協業のメリットを最大化するための大企業とスタートアップの関係性」、「スタートアップに好まれる大企業になるためのポイント」について議論した。

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左から、特許庁 オープンイノベーション推進プロジェクトチーム 事務局長 武井健浩氏、 ダイキン工業株式会社 法務コンプライアンス知財センター 知的財産グループ 担当課長 安部剛夫氏、 design MeME合同会社 代表 小島健嗣氏、 中村合同特許法律事務所 弁護士・弁理士 山本飛翔氏

大企業とスタートアップの協業のメリット

武井氏 大企業とスタートアップが協業するメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。

安部氏 まず、スタートアップさんと組ませていただく最大のメリットは、彼らの持っている優れた技術のほか、我々の社内にないものをお持ちの方々がたくさんいらっしゃるところにあります。その方々と組むことによって大企業側に今までにない変化が生まれ、今までにない開発を進めていけます。他方で、スタートアップ側のメリットとしては、大企業の持つ営業部隊やサプライチェーンなどを活用できることがあるのではないでしょうか。

小島氏 大企業は既存のビジネスで培われたノウハウやアセットが強みですが、世の中の大きな変化から自分たちだけでは対応しきれない社会課題が出てきており、それに対する新しい解決策についてはスタートアップに強みがあります。お互いの強みを掛け合わせることで、新しいビジネスが大きくスケールアップするチャンスが生まれるのが協業のメリットです。また、スタートアップはリソースとして足りないものがたくさんあるので、大企業から支援を受けることでビジネスがより早く進められると期待できるのではないでしょうか。

山本氏 スタートアップはニッチマーケットからスタートされるケースが多く、ニーズを深堀りした解決策やノウハウを持っていらっしゃいます。大手企業のメリットは、それらをアライアンスを通じて利用するところにあります。スタートアップ側のメリットは、大手企業のリソースを活用できるだけでなく、大手との取り組みを通じて新たな気付きを得ることで横展開できる可能性が広がるところにあります。

協業のメリットを最大化するための大企業とスタートアップの関係性

武井氏 こうした協業のメリットを最大化させるために、両者のあるべき関係性はどういったものでしょうか。

安部氏 お互いの強みを活かしていくことが重要です。スタートアップから提供されるものに対し、大企業側の持つ地盤などをうまく使い、WIN-WINの形に持っていくことになります。最終的に、ビジネスで勝てるところまでを作り込めればいいと考えています。

小島氏 大きな企業であると、歴史が長い、既存ビジネスの論理があります。しかし、スタートアップにはその論理が理解できないことがあるため、お互いのビジョンを共有することがとても大事になります。ビジョンが共感できれば、同じ方向を向いて取り組むための大きな力になります。やっていくうちに必ず困難な場面にぶつかるので、そのときに人と人との信頼関係が築けていれば乗り越えられると思います。

山本氏 うまくいっている協業では、お互いに腹を割って話せています。どのように条件設定すればお互いに利益があり、致命傷が回避できるかをさらけ出しながら話して詰めていく例では、うまくいっています。他方で相手を出し抜いてやろう、という考えが透けて見えている例では、不信感につながります。お互いにとって何が大事なのかを共有したうえで議論をすることが大事です。

スタートアップに好まれる大企業になるためのポイント

武井氏 大企業がスタートアップと良い関係を結ぶために気を付けるべき具体的なポイントを教えてください。

安部氏 人と人との関係と同じく、お互い一企業同士として、対等な立場で良い関係を作っていくことが大事です。前例主義ではなく、ゼロベースで物事を考えて、どうすればビジネスがうまくいくのか、知恵を出し合いながらやっていけると良いですね。組み方としては、大企業のリソースを利用する場合などは話が難しくなる部分も確かにありますので、しっかりと説明して理解を深めていくと良いと思います。

小島氏 スタートアップはリスクへの抵抗が小さいけれど、大きな企業はリスクを最小限に抑えようという意識が高いです。その文化の違いやスピード感の違いが理解できていないと、お互いに不信感が生まれます。大手企業側は効率性を求めて管理をするスタンスに立ちがちですが、管理ではなく、前例がないことに対して想像を膨らませながら、前に進むためのマネジメントをしていくことが重要です。相手をリスペクトしてよく話し合い、前に進めるための仮説を作り、うまくいかなければ軌道修正することを繰り返すのを習慣とすることが大事だと思います。

武井氏 安部さんは前例主義はあまり良くないというご意見でしたが、小島さんはどのようにお考えですか。

小島氏 前例主義は、判断するのが楽で良いケースもあります。ただし、新しいことをやるには前例がないので、常に考えなくてはいけません。みんなが先のことを考えることで、企業や組織が強靭になると思っています。何か困難が起きたときに乗り越えるためのノウハウが溜まっていくと考えると良いでしょう。

武井氏 大企業とスタートアップが協業していくなかで、知財の契約が発生することがあります。その際、従前の大企業と下請け企業との関係をベースとして契約が進められることも多々あるようです。その点についてはいかがでしょうか。

小島氏 大企業は守りの方向にいく傾向が強く、守るための戦略に長けています。一方で、スタートアップは経験が浅く、単独で知財を出しがちなので、面による守り方など、知財戦略について協力し合うと良いと思います。ただ、大企業は守りに入ってしまうと範囲の狭い契約になりやすいので、少しでも範囲が広く、前に進むような契約の形になるようにするための試行錯誤は必要でしょう。

山本氏 日本のスタートアップ業界は村社会的な要素が強いので、何かスタートアップに対して不利益な対応をしてしまうと、すぐにコミュニティー全体に広がり、企業の評判を落としてしまいます。良質なスタートアップとオープンイノベーションをやっていきたいのであれば、相手にとって致命的な部分にいたずらに攻め込まないように、上下関係ではなく、パートナーであることが伝わるような条件提示をするように気を付けると良いと思います。また、契約交渉の場面では、従来の下請け企業向けの契約書を基に進めてしまうと、適切な契約条件に着地するまでに大手企業側が大幅に譲歩したような形に見えてしまい、企業の法務部・知財部門の役割を踏まえると、うまくいかないことが多いです。こうした事態を避けるためにも、ゼロベースで議論するか、あるいはオープンイノベーションに向けたひな形を用意してそこからスタートしたほうが良い結果となると思います。

武井氏 特許庁で作成したモデル契約書は、旧来型の下請け企業に対するような関係性を見直して、事業自体の価値を最大化されるような契約のあり方、という視点で作られてものです。ぜひ積極的に活用していただければありがたいです。

小島氏 私もオープンイノベーションを始めたとき、既存の契約書をそのまま使うことができず、知財・法務と新しい契約書を作るために非常にエネルギーを使いました。最初の第一歩を踏み出すことが難しいのであれば、モデル契約書は出発点として素晴らしいきっかけになると思います。

安部氏 モデル契約書は、多くの観点からゼロベースで契約書を作っていくなかで、何をどう考えていけばいいのかがよくまとまっており、非常に勉強になりました。モデル契約書に書かれている論点をよく理解したうえで、事業ケースによる違いを合わせ込んで独自の契約書を作っていくといいのでは、と思います。大企業では教材として一度読んでみてはいかがでしょうか。

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