イベント告知・レポート
スタートアップの経営を脅かす知財リスク、どうすれば回避できるのか? 「Sendai Startup Studio INNOVATOR'S MEETUP #5 スタートアップ知財の落とし穴 ~超話題Webショートドラマ「スタートアップは突然に」から学ぶその回避策とは!?~」イベントレポート
2024年9月11日、仙台市と特許庁は、スタートアップ向け知財イベント「Sendai Startup Studio INNOVATOR'S MEETUP #5 スタートアップ知財の落とし穴 ~超話題Webショートドラマ「スタートアップは突然に」から学ぶその回避策とは!?~」をスマートイノベーションラボ仙台にて開催。イベントでは、株式会社アルファテック 代表取締役 駒井雄一氏、日比谷パーク法律事務所パートナー弁護士・弁理士 井上拓氏、特許庁 総務部普及支援課 主任産業財産権専門官 高田龍弥氏が登壇し、INPITの制作したWebショートドラマ「スタートアップは突然に」を題材に、スタートアップが陥りやすい知財トラブルとその回避策をトークセッション形式で解説した。

イベントの冒頭では、今回の会場である共創・イノベーション拠点「YUI NOS(ゆいのす)」、仙台市のスタートアップ支援施策、特許庁のスタートアップ支援事業が紹介された。
東北最大級の共創・イノベーション創出拠点「YUI NOS」
YUI NOSは、アーバンネット仙台中央ビル内の1階から4階に開設されたイノベーション創出施設。“スタートアップ支援”、“次世代研究拠点連携”、“魅力的な働く環境”、“賑わいと回遊性”――の4つをコンセプトに、2階はコワーキングスペース、3階はシェアオフィス、次世代放射光施設「NanoTerasu」と連携した分析室・仮眠室、4階はミーティングルーム7室と最大108名収容のカンファレンスルームを備える。コワーキングスペースは、1日1100円(税込)で誰でも利用できるので、地域のスタートアップとのネットワークづくりに気軽に活用してみては。

写真/川澄・小林研二写真事務所
仙台市のスタートアップ支援拠点「仙台スタートアップスタジオ」
仙台市経済局スタートアップ支援課は、2024年3月にスタートアップのためのワンストップ支援拠点「仙台スタートアップスタジオ」を開業。提供メニューとして、仙台・東北の経営者から事業成長に向けたアドバイスがもらえる「アドバイザリーボード」、首都圏で活躍するスタートアップやVC、専門家によるアドバイスが受けられる「メンターボックス」、「INNOVATOR'S MEETUP」をはじめとするスタートアップに関するセミナー、勉強会、交流会の開催、伴走支援プログラム、外国人起業活動の促進事業(スタートアップビザ)等様々な支援策を提供している。INNOVATOR'S MEETUPは、2024年6月27日からスタートし、月2回開催されている。

特許庁のスタートアップ支援施策
創業期のスタートアップにおける知財活用には、「資金調達への貢献」、「信用力・ブランド力の向上」、「業務提携等への寄与」、「競合企業の参入防止」などの効果が期待できる。一方で、知財戦略が不十分な場合、資金調達やM&Aの機会損失のリスクがある。知財の重要性は認識していても、実際に知財戦略を経営戦略に組み込むことができているスタートアップは少数だ。また、スタートアップを支援しているVCも知財支援ができる専門家がいない、といった課題を抱えている。
INPIT(独立行政法人工業所有権情報・研修館)が実施するスタートアップ向け知財アクセラレーションプログラム「IPAS」、特許庁はベンチャーキャピタルへの知財専門家派遣プログラム「VC-IPAS」、またスタートアップ向け知財コミュニティ「IP BASE」を運営し、知財情報の発信と啓蒙を行なっている。そのほか、具体的な知財活動を支援するための施策として、スタートアップ対応の面接活用早期審査やスーパー早期審査、手数料の減免制度も用意されているので、うまく活用していただきたい。

話題のWebショートドラマ「スタートアップは突然に…」から学ぶ知財トラブルの回避策とは?
メインセッションは、株式会社アルファテック 代表取締役 駒井雄一氏、日比谷パーク法律事務所パートナー弁護士・弁理士 井上拓氏、特許庁 総務部普及支援課 主任産業財産権専門官 高田龍弥氏の3名が登壇。
次々と知財トラブルに巻き込まれるスタートアップをドラマ仕立てで描いたWebショートドラマ「スタートアップは突然に」を題材に、スタートアップ経営者と知財専門家が自らの経験談を交えながら回避策を語り合った。

「スタートアップは突然に…」は、INPITの提供で制作されたショートドラマ。若きスタートアップ経営者のナオトは、親友のケイジとモエの3人で夢のスタートアップを立ち上げる。しかし、そこにはさまざまな困難が待ち受けていた――という全5シリーズ、全話最終回のストーリーだ。下記、パネルディスカッションの内容は解説になっているので、1話数分のショートドラマとなっているので、ぜひ視聴してからご覧いただきたい。
Season1最終回「共同研究は突然に…」(ライセンス契約の失敗)
<あらすじ>新型バッテリーを開発し、念願の大型契約を結んだナオトたち。導入先の製品はメガヒットとなり、ついに掴んだチャンスに浮かれるナオトたちだったが、その契約内容には大きな落とし穴があった。
高田氏:動画はコア知財を10万円で渡してしまった、というとんでもない契約でした。これは極端なケースですが、スタートアップ側に不利な条件で契約してしまった、という話はよく聞きます。このエピソードから学ぶべきところはどこにあるでしょうか。
井上氏:大企業側から契約を急かされる場合は、大抵ろくなことがありません。大企業からさんざん待たされて、資金が枯渇しそうな状況のときは、多少納得できない契約内容でも早く契約したい気持ちはわかります。しかし、大企業がスタートアップに考える時間を与えないのは怪しいので、いったん持ち帰って専門家に相談してほしい。「急かされたら持ち帰れ」はキーワードです。

駒井氏:共同研究などの契約書は、驚くほど大企業に有利な内容になっています。超大手企業でも、共同研究から新たに生まれた知見は全部自分たちが取る、というような内容になっていたりする。交渉がまとまらず、NDAが締結できずに案件にならなかったケースもいくつかあります。
井上氏:「ひな形から変えられない」という主張をされることもありますが、そんなわけがない。契約内容の変更を渋るような会社からは離れたほうがいい。NDAの段階から妥協してしまえば、以降の契約もひな形通りで押し切られてしまいます。最初からしっかりと主張することが肝心です。
駒井氏:我々スタートアップからすると、資金も時間もないので、早く通したいのが本音。我々がひな形を作って提出すると、先方の法務チェックで大量の赤字が入って戻されるので、なかなか進みません。ですから、先方のひな形をベースに、どうしても譲れないところだけを指摘して戻すようにしています。
高田氏:本当は、スタートアップ側から契約ひな形を出したほうがいいけれど、そのせいで時間を食うのであれば、相手側のひな形をベースにポイントだけ修正するのは現実的ですね。ただし、1点重要なことをお伝えします。NDAはお守りに過ぎないので、本当に出してはいけない大切な情報は、絶対に外に出さないようにすることです。また、連携先となるスタートアップのコア特許の周辺の用途特許を押さえるのは企業の常套手段。コア特許をもっていても用途特許がなければビジネスができないので、用途特許を自らも押さえていくことが必要です。
井上氏:共同研究でノウハウを共有すると、周辺技術や用途が知られてしまう。勝手に用途特許を出願されないように、契約内容に「改良発明があったときには通知しなければいけない」という条項を入れておくと安心です。
高田氏:ライセンス契約には、使用範囲や対価回収など、意外な落とし穴がたくさんあります。わからないとき、不安なときは、INPITに相談して専門家に支援を仰いでほしい。
Season2最終回「救世主は突然に…」(転職者の情報持ち込みで失敗)
<あらすじ>新たにモビリティ系企業を立ち上げたナオトたち。完成まであと一歩のところで、最後の壁にぶつかってしまう。そんな中、ある天才エンジニアを採用して製品は完成したが、前職の設計図を勝手に使っていたことが発覚する。
高田氏:退職者による情報漏洩には気を付けていても、入ってくる人のリスクは意外と盲点ですね。第2話は知らず知らずに他人の知財を盗用してしまうという事例でした。
井上氏:類似の事例では、回転寿司の運営会社の営業秘密を競合他社が不正取得したとして刑事訴訟になった事件があります。刑事事件になると、警察によってメールの履歴やSNS、クラウドストレージの情報まですべて調査されますし、民事上の損害賠償請求に加えて、罰金刑も科されます。
この動画のケースで最大の問題は、最初にチェックしていないこと。退職や中途採用の情報漏洩リスクを防ぐには、元の勤務先に対する秘密保持誓約書を交わすことが有効です。
高田:USBメモリーの取り扱いには注意してほしい。従業員が悪意を持っていた場合は情報漏洩・流入が防げないこともありますが、あらゆる情報漏洩対策を講じており、誓約書も交わしているのであれば、会社としての責任は免れる可能性があります。INPITでは、こうした秘密情報の適切な管理方法もご提案しています。ぜひご活用いただければ。
Season3最終回「共同研究は突然に…」(共同研究開始前の準備不足で失敗)
<あらすじ>二度目の倒産後、バイオ系企業でリスタートしたナオトたちは、老舗企業との共同開発を始めた。しかし、いつの間にかナオトたちの技術は勝手に特許出願されていた。
井上氏:共同研究開発では、契約自体に問題がなくてもこうしたトラブルは起こり得ます。ポイントは、動画の中で相手から「証拠があるのか?」と突き付けられるシーン。共同研究ではスタートアップ側の知恵が多く占めていても、老舗企業には20年来の研究実績があれば、21年目の研究成果だと主張されるとそれを覆せるだけの証拠は出しづらい。契約を交わした後で共同研究を進める中で、「ここまでは自分たちのアイデア」と明確に言えるように残しておかないと、裏切られて単独特許を出されても反論ができません。契約はもちろん、共同研究の進め方も極めて大事です。

駒井氏:以前、あるメーカーとの共同研究で契約する際、当然のように、共同研究で生まれた成果にも関わらず、特許を共有にすることを認めてくれないことがありました。よくよく話を聞いてみると、過去に共有特許を出したら、その特許が本業の製品にもひっかかり、かなりの使用料を取られたことがトラウマになっていたようです。その共同研究では、共有特許にはせず、研究成果ごとにどちらの単独特許にするように契約書で細かく取り決めて進めています。
高田氏:共有特許は第三者へのライセンスする際等に制約があるので、切り分けができるのであれば決して悪くない方法ですね。
共同研究は、お互いのバックグラウンドインフォメーション(共同研究開始前から保有していた情報)を特定したうえで始めないと情報の混濁が起こります。特に大企業は、こうしたことを悪意なくやってしまう。フロントの担当者は相手の技術だとわかっていても、バックの法務部や知財部は知らずに権利化してしまうことがあります。だからこそ、共同開発では開始する前にお互いのもつ技術情報を開示して、予めどちらの技術情報なのかを特定しておくことが大事なのです。
井上氏:大企業との共同研究では、競業禁止規定の禁止範囲についても注意が必要です。研究開発型スタートアップは多企業との連携が制限されると大きく成長できないので、あまりに独占欲の強い企業との契約は避けたほうがいいでしょう。
高田氏:共同研究の際は、まずINPITにご相談ください。知的財産の問題を整理したうえで、両者にメリットのある関係構築もサポートしてくれるので共同研究をスムーズにスタートできます。
Season4最終回「グローバルは突然に…」(海外商標の確認不足で失敗)
<あらすじ>真の成功を求め、海外での挑戦を決意したナオトたち。ビジネスが順調に進んでいるように見えた矢先、現地の商標権者からの警告書が届いてしまう。
高田氏:今回は、海外進出を考えているなら商標をチェックしておきましょう、という話ですね。海外に限らず、国内でもやらかしているスタートアップは多い。
井上氏:J-POPのアジア進出でもよくありますね。日本である程度の人気が出てからアジアに進出しようとすると、すでにグループ名の商標が取られていることがよくあります。海外を視野に入れているなら、日本で売れる前から商標は押さえておくべきです。
高田氏:国内商標についてはマストです。特許を押さえても、ほとんどのビジネスは特許だけでは成立しません。ビジネスの本質的な価値は究極的にはブランド力での勝負ですから、商標権はいちばん最初に気にしなければならない。
駒井氏:スタートアップにとって海外で商標登録する場合のいちばんの問題は費用です。ビジネスがどう展開していくのかはっきり決まっていない段階で押さえることになるので、どこまで区分指定をするかは悩ましい。区分×出願国の数で費用がどんどん増えてしまいます。
高田氏:海外進出には、商標以外にも考えておくべきことがたくさんあります。INPITには、グローバル企業の海外駐在員経験のある海外知財のエキスパートがいます。どの国から出願すると費用対効果が高いのか、といった専門家ならではのノウハウも提供できますので、ぜひご活用ください。
Season5最終回「幼馴染は突然に…」(産業スパイで失敗)
<あらすじ>会社を解散したナオトたち3人。ナオトとケイジはモエへの想いをかけて新しい事業アイデアを考えるが、実は彼女は産業スパイ。2人のアイデアはすべて奪われてしまうのであった。
高田氏:井上先生は産業スパイを扱われたご経験はありますか?
井上氏:産業スパイとは少し違いますが、退職時に知財を持ち出されるケースは非常に多い。「情報を持ち出しません」という誓約書を書いてもらいたいところですが、労働者には誓約書を書く義務がないので退職が決まってからではなかなか難しい。関係が良好な入社時に「退職後も社内情報は持ち出しません」という契約書を交わしておくと安心です。

高田氏:駒井さんの会社では、入社時に退社後の情報持ち出しについての対策をしていますか?
駒井氏:以前に勤めていた会社でそういった問題はありました。確かに、退社時には誓約書を書いてもらいづらいので、入社時に契約しておくのはいい方法ですね。
高田氏:INPITでは、情報持ち出しのリスクを察知する対策や体制づくりなど、アイデアを守るためのさまざまな方法を提案しています。ぜひご相談にお越しください。
ビジネスには、さまざまな知財の落とし穴が待ち受けている。早い段階から備えたいが、創業期のスタートアップにとって弁護士や弁理士に相談するのは費用の負担が大きい。INPITは、全国47都道府県に中小・ベンチャー向けに無料の知財相談窓口を設置している。起業前の準備から、各種契約、海外展開のノウハウまで、あらゆる悩みの相談に乗ってくれるので、気になることがあれば気軽に相談してみよう。
文● 松下典子 編集●ASCII STARTUP 撮影●高橋智