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CEOが語る知財

エルピクセル株式会社 代表取締役 島原 佑基氏インタビュー
大学・医療機関・メーカーと知財で連携し、日本の医療画像解析技術×AIを世界へ

エルピクセル株式会社は、東京大学の研究室メンバー3名が立ち上げた大学発ベンチャーだ。AI画像解析技術を活用し、CT/MRI、内視鏡などの画像を解析する診断支援AIシステムの開発に取り組んでいる。2018年秋には、キヤノン、富士フイルム、オリンパスなどの事業会社を中心に、約31億円を調達。医療機関や医療画像機器メーカーなどと協力し、AIソフトウェアの製品化、医療現場への導入を進めている。大学との知財ライセンス契約の交渉、投資や共同開発での知財活用、自社製品を守るための知財戦略など、大学発の技術ベンチャーが直面する難題について、代表取締役の島原氏に伺った。

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【エルピクセル株式会社 代表取締役 島原 佑基(しまはら・ゆうき)氏。東京大学大学院博士(生命科学)。大学の研究テーマは、人工光合成、細胞小器官の画像解析とシミュレーション。グリー株式会社、KLab株式会社を経て、2014年、エルピクセル株式会社を設立。経済産業省の「始動 Next Innovator 2015」に選抜。「Forbes 30 Under 30 Asia(2017)」Healthcare & Science部門のTopに選ばれる】

世界一MRIが普及している日本のアドバンテージを活かし、AIで医療画像解析を支援する

日本はCT、MRIの導入率が世界一であり、圧倒的に強い領域だ。それに付随するAI画像解析は、世界に輸出し得る大きな産業への発展が期待される。

そのひとつが、健診(スクリーニング)支援だ。日本人の死因として3番目に多い脳血管疾患は、後遺症が残りやすく、早期の発見治療が重要とされる。しかし、脳疾患の原因になる血管の瘤(こぶ)は、ごく小さなものは専門医でも見逃してしまうことがある。そこで同社では、初期のこぶを検出するAIを開発。関連して、認知症の関連計測技術も医療機器として認証を取得し、積極的な治療を支援するAIを提供している。

「そもそも、研究室のころから共同研究を40件抱えており、(この分野での)ニーズがあるのは明らかでした。ただし、医療で物事を進めるには時間がかかるため、正直すぐに事業化することは考えていなかった。近年になり、AIのリテラシーが急速に上がり、医療側からの期待が大きくなってきたのが起業に至ったきっかけです」(島原氏)

現在、エルピクセルが取り組んでいる事業の柱は3つ。ひとつは、研究者の支援として、画像の不正チェック。2つ目は、医療画像の診断支援AIの開発。3つ目は、製薬企業向けの細胞の画像解析。アステラス、第一三共、武田製薬などの製薬企業とも共同研究し、ライフサイエンスの膨大なデータを効率的に解析するシステムを提供している。

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2019年10月15日(火)、エルピクセルは脳動脈瘤の疑いがある部分を検出する医用画像解析ソフトウェア EIRL aneurysm(エイル アニュリズム)を日本国内で発売。深層学習(Deep Learning)を活用した脳MRI分野のプログラム医療機器として、日本国内で初めての薬事承認となった。

国立がん研究センターとは10年以上共同研究をしていたが、ソフトウェアが医療機器として認められるようになったのは、最近のこと。ルールやノウハウがないところからのスタートだ。

「厚生労働省に何度も通い、ソフトウェアを医療機器としてどのように薬事・保険での承認をすべきか、というルール作りから参加して、試行錯誤でやってきました」

現場の医師からの期待は高く、ある調査によると、医師の9割はAIに興味があると答えている。一方で、実際に利用している人はそのうちの2~3%に過ぎないという。期待は高いが、何ができるのかを実際に触って理解している人はほとんどいないのが現状だ。AIを使って実際にできることと期待のギャップはまだまだある。

医療現場へは、医師をサポートするソフトウェアの導入が始まったばかり。米国では自動スクリーニングにに近いものも一部できはじめているが、導入はまだ先だ。また、医療は範囲が大きく、ひとつのAIでのすべてをカバーできるわけではない。

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「これからたくさんの医療用AIが出てきて、将来的には、画像解析AIのエコシステムができると考えています。具体的には、CT/MRI画像を管理しているPACSがプラットフォームになり、複数のAIアプリが使えるイメージです。医療は大きく重い領域ですが、我々がオープンイノベーションのハブとなってこの分野を推進していきたい」と、島原氏。

AIはGAFAなど先行する企業が機械学習ライブラリや知財の部分を押さえているが、日本のアドバンテージとして、島原氏は3つの優位性を挙げる。

「日本の優位性の1つは、日本にはもともと市場があり、撮像数(データ)が圧倒的に多いこと。2つ目は、クオリティの高さ。MRI機器が普及しており、検査費用も世界で最も安い。アメリカでMRI検査をすると数十万円かかるが、日本なら数万円で受けられる。3つ目は、日本では強い医療領域があること。例えば、『脳ドック』という言葉は日本で生まれた言葉で、検診事業そのものが進んでいる。また、内視鏡も東大とオリンパスの共同研究から生まれた日本発の医療機器であり、同社は世界で約7割のシェアを占めています」

エルピクセルでは、ボストンで現地の医療機関と共同研究し、海外へのFDA申請の準備も進めているところだ。

中国や途上国にもMRIなどの医療機器が入っており、世界的な医療画像診断市場は、拡大傾向にある。日本では、AIの検診支援による早期発見・誤診を減らすことによるトータルの医療費の削減が求められる。また放射線技師の報酬が高額な欧米では、AIのによる効率的な診断が実現すればコストを抑えられる。医師が足りていない途上国エリアであれば、先進国と同等の高度な医療診断が提供できるというわけだ。

目に見えない技術を知財で“見える化”して、コミュニケーションツールにする

知財については、大学の研究室で取得した知財をTLOから独占ライセンス権を得て使っている。ライセンス費用は、決して安くはない金額だという。

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「大学側は決して買い切りにはさせてくれない。そこはシビアだと思います。知り合いの弁護士や知財の専門家の方々に相談しながら交渉しました」(島原氏)

大学で取得した特許のひとつは、アクティブラーニングを活用した機械学習の特許だ。運用中に対話形式で学習する手法で、ある領域では教師データの数を100分の1に減らすことができる。これらの知財は、技術を可視化するためのコミュニケーションツールとして活用しているという。

「AIのようなソフトウェアは目に見えないため、他者にアピールすることが難しい。特許を取っていれば、それだけで信頼が得られることがあります。とくに1年目は、関心を持ってもらうきっかけとして、特許は強いアピールポイントになりました」

エルピクセルは、創業から3年目の2016年に初の出資を受けた。引受先のひとつである東レエンジニアリングとは、大学の知財を活かし、共同で製品を開発している。「知財をきっかけに着目され、資金調達や製品化へとつながりました。技術の可視化として、特許は有効だと思います」

前述した東レエンジニアリングとの共同研究では、エルピクセル側が知財を提供し、研究が始まったところだ。この先、製品開発の段階に進めば、製品の共同特許を検討することもあるだろう。

慈恵医大と共同開発した内視鏡AIは、UI/UXに関する特許を申請

エルピクセルは、大学からのライセンスに加え、会社設立後にもいくつかの特許を取得している。

社外での共同研究開発として、エルピクセルは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援で、東京慈恵医科大学と共同で内視鏡検査を支援するAIを開発している。この成果であるAIシステムのUI/UXの知財を申請したところだ。

「内視鏡AIには、まだUI/UXのスタンダードがありません。AIの検出結果の見せ方として、ポリープを囲む、点滅させるのか、音を出すのか、などいろいろな方法が考えられます。強調しすぎることで、重要なところを見落として誤診につながる可能性もあるので、どのように表示するかを工夫する必要があります。中の技術については論文として発表していますが、将来の製品化を見据え、表示の手法としての特許を申請しました」(島原氏)

AIの場合、目に見えない学習の部分は知財化が難しいが、目に見える表示に関しては、特許を押さえておくことが戦略として重要となる。目に見える知財を積極的に取る一方で、ソフトウェア自体はコピーされても検出しづらいため、中の部分はあえて秘匿するオープン&クローズ戦略をとっているという。

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11月にはオリンパス株式会社・東京慈恵会医科大学との顕微授精に関する共同研究で精子の運動性を高精度に算出するAIを発表した。

知財専門家のパートナーを持つメリットは、そこに目線を向けさせてくれること

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現在のエルピクセルには、知財チームはなく、知財に詳しい顧問弁護士に相談しながら、知財への戦略を立てている。顧問弁護士は、情報セキュリティー、医療機器、企業法務の各分野に詳しい複数名に依頼しているとのこと。

とはいえ、スタートアップにとって、顧問料や相談費用の負担は大きい。どのタイミングで顧問弁護士を付けるべきなのだろうか。

「タイミングとしては、資金調達をした段階。社員が10名を超えると、就業規則を作らなくてはいけないし、給与計算など社労士と相談する機会も発生します。投資や銀行からの融資を受ける際にも、必ず知財戦略について質問されるので、自然と知財意識は高くなってくるでしょう」(島原氏)

最初のうちは知財で攻めるだけでいいが、企業が大きくなるにつれて守りも固めなくてはいけない。今でこそ、エルピクセルのサービス名やソリューション名はひととおり商標を登録しているが、創業当初は、知財に目がいかず、社名の商標を取っていなかった失敗もあった。

「ある日突然、Googleからレターが届きました。エルピクセルの社名が『Google Pixel』の商標とぶつかる、というのです。このときは、文書で事業内容を説明して了承してもらえましたが、こうしたことも起き得るので、きちんとしておくことは大切ですね」

事業を進めていると、目の前の業務に追われて、ほかのことを考える余裕がなくなってしまいがちだ。経営者として考えなくてはいけない課題に目をむかせてくれることが、専門家のパートナーを持つ最大のメリットかもしれない。

知財=特許ではない。特許に向かない分野でも知財戦略は必須

最後に、スタートアップが知財を取得するタイミングについて聞いてみた。

「最初から完璧にやる必要はないですし、その余力もないと思います。技術ベンチャーの場合、持っている技術の使い道は決まっていないケースも多いので、急がなくてもいい。ただし、何をやるのかが明確に決まったときには、戦略的に取っておくべきです」(島原氏)

日本では、知財を武器にしているスタートアップがまだ少ないため、そのぶん目立ち、投資家へのアピールにもなる。もちろん、事業内容や戦略によっては、必ずしも特許を取るべきとは限らないが、実際に取るかどうかはしっかり検討することは必要だ。

「AIの場合、本当に重要なのはアノテーションした教師データですが、教師データの集合体は特許にはならない。学習手法は一般的に公開されているので、新たな特許として取ることはできません。AI製品は変換器のようなものなので、インプットとアウトプットから変換機能が予測できてしまう。これをリバースエンジニアリングされて、似た製品を作られないようにケアする必要があります。そこは、契約で守るしかない。業務委託契約で守ることも含めて、日々ケアしながら、企業や研究機関と取引していくのが重要です」

知財=特許ではない。特許を取らずに守る方法はある。自社の技術や製品をどう守っていくかの戦略を立てる際に、特定分野に強い専門家との連携も必須といえそうだ。

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
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