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CEOが語る知財

【「第3回 IP BASE AWARD」スタートアップ部門奨励賞】TradFit株式会社 代表取締役 戸田 良樹氏インタビュー
AIスピーカー×宿泊分野で後発競合を圧倒。プロトタイプ段階からTradFitは何を進めたか

「第3回IP BASE AWARD」スタートアップ部門の奨励賞を受賞したTradFit株式会社は、創業期から海外を含む特許出願に力を入れ、知財による優位性を活用して国内外での協業や資金調達を成功させている。ヒトもカネも少ないスタートアップが強い知財を構築し、有効活用するための戦略とは。代表取締役の戸田良樹氏と顧問弁護士兼弁理士の杉尾雄一氏に伺った。

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TradFit株式会社 代表取締役 戸田 良樹(とだ・よしき)氏
早稲田大学政治経済学部卒業。野村證券株式会社に入社。個人、法人富裕層に対する資産コンサルティング、国内外上場企業のM&A、ファイナンスのアソシエイト業務などを経て、野村ホールディングス株式会社のグループ広報部へ出向後、野村證券株式会社の投資銀行部門へ配属。主にITセクターにてIPO・資金調達・企業買収などの支援・助言業務に従事。同部門のIB企画部にて米州、欧州(EMEA)、APAC、日本の戦略企画、予算策定、国内外ITリサーチ業務などに従事。2017年8月 TradFit株式会社創業。

AIスマートスピーカーを活用した宿泊施設の業務効率化サービス「TradFit」

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AIスピーカーを活用した宿泊施設向けのサポートサービス「TradFit」
https://tradfit.com/

 TradFit株式会社は、AIスピーカーを活用した宿泊施設向けのサービスを提供している。TradFitは、多言語対応のコンシェルジュ・チャットシステムを搭載したAIスピーカーを客室に設置することで、訪日旅行者の満足度向上と宿泊施設の業務効率化を図るものだ。

 宿泊業は、高い接客スキルが要求されるうえに、利用者の多様な要望に24時間体制で対応せねばならず、ハードな業務ゆえにサービス産業の中でも離職率が高い。慢性的な人手不足のなかで、人材コストも上がっている。混み合う時間帯に対応が遅れるとクレームの原因にもなり、収益向上のためにも業務効率化は慢性的な課題となっている。

「サービスの開発にあたり、20代~60代までの幅広い世代の国内外の旅行者と、宿泊業者の各部署にそれぞれ徹底的にインタビューして、課題を洗い出しました。創業当時の2017年はインバウンドが盛り上がっていたので、訪日客と宿泊施設の双方で最も挙げられたのが言葉の問題です。

 訪日外国人は、客室内のテレビや空調のリモコン操作が複雑に感じていたり、近くのレストランや観光情報を簡単に知りたいが、日本語のパンフレットは読めず、スタッフとのコミュニケーションも難しいと感じています。結果的に電話の問い合わせが増加や多言語対応にも苦労しています。さらに、採用の難しさやオペレーションの効率化を課題としていました」と戸田氏。

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 こうした課題に応えるため、同社のAIスピーカーは、日本語、英語、イタリア語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ヒンディー語、ポルトガル語の8言語に対応。チャットシステムは、最大16言語にまで対応している。

 さらに、客室内の家電をIoT化し、照明や空調などを音声で操作できる機能を搭載。訪日外国人はもちろん、機器操作に不慣れな高齢者やスイッチに手が届かない子どもであっても使いやすい。フロントへの問い合わせや周辺施設の案内、予約などは、画面タッチや音声、チャットで行なえる。

 問い合わせ内容はスタッフのスマートフォンで確認できるので、館内で近くにいるスタッフの対応も可能で効率がいい。また、管理画面は宿泊施設の外からでもアクセスできるので、現場が少人数の勤務体制であっても遠隔で問い合わせ対応が可能となる。さらに、蓄積された利用データを分析して、繁忙期と閑散期など時期に応じたニーズを抽出するなど、マーケティングや業務改善にも活用できる。

 事例として、導入先の宿泊施設では、TradFitを全客室に導入したことで、フロントの電話対応が時期によるものの半減したという。また客層別のデータ分析から時間帯によるニーズを把握することで、忙しい時間帯も少人数で対応ができるようになったとのこと。

 宿泊施設ごとに抱える課題は異なるため、導入前のコンサルティングで課題を洗い出し、導入先によってサービス内容はカスタマイズされる。また、忙しいスタッフの手をわずらわせないよう、ネットワークの整備、機器の設定、室内の設置作業はすべて同社が手配し、契約後3ヵ月間はカスタマーサクセスを徹底し、サービス使用説明の勉強会などを実施している。

創業期から全件PCT出願で欧米・アジアをカバーし、優位性を協業や資金調達に活かす

 上述のように、徹底的なヒアリングから洗い出されたニーズと、それに対応する複雑になりがちな宿泊施設でのオペレーションが合致。それを技術面・知財面がしっかり支えているのがTradFitの特徴だ。

 同社はAIスピーカーのソフトウェア開発を国内スタートアップではいち早く手掛けており、技術面での先行優位性に加えて、機能を実装する前に特許を押さえることで参入障壁を築くとともに、プレスリリースで知財をアピールすることで協業や資金調達に活用している。こうした知財戦略が成果に結びついている点が第3回IP BASE AWARDの奨励賞に選ばれた理由だ。

 創業期から知財活動に力を入れ、2022年6月時点での特許出願件数は国内外で約40件、そのうち11件は登録済み。また全件をPCT出願しているのが特徴で、米国、欧州のほかタイ、シンガポール、マレーシア、フィリピンなど、アジア諸国もカバーしている。リゾートが多く観光産業が盛んなアジア圏での需要拡大を見込んだものだが、シード期にこれだけの思い切った資金を投入するケースは珍しい。

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「前職の野村證券の投資銀行部門でスタートアップ支援をしていたとき、知財戦略を行なっていなかったが故に、後発のプレイヤーに負けてしまったケースを数多く見てきました。その原体験から、ステルスで先に知財を取り、競合優位性を確保してから進めるようにしています。特に海外では、知財がなければユーザーも一気に取られてしまう傾向が高いと実感しています」(戸田氏)

 シード期の取り組みとして、最初に資金調達を実施した2018年4月には、1件目の出願から国際出願も含めて積極的に知財への投資をしている。当初、投資家からは反対されたそうだが、海外の状況や特許戦略の重要性を説明し、理解を得ることができ、理解のある投資家に恵まれたことが事業優位性につながっているため非常に感謝しているという。

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画像提供:TradFit

 特許権の範囲を宿泊領域(ホテルのみならず、旅館、グランピングホテル、民泊、不動産など)に限定せず、ヘルスケア領域などへの横展開を見越して、病院や介護施設、福祉施設なども含む形で取得。客室に設置したAIスピーカー上のソフトウェアだけが保護対象ではなく、客室のテレビなどデバイス上のアプリやブラウザー、利用者が持っているスマホやタブレットのアプリやブラウザーも含まれている。

「最初から宿泊施設だけをターゲットとしていません。そのまま横展開できるサービス設計にしているので、例えば、病院や介護サービスに導入すれば、従来のナースコールや電話の代わりに声で呼びかけてケアプロバイダーさんとすばやく連絡を取り、適切な処理を素早く受ける、といったことやそれら以上のことが可能になります。

 VUI(Voice User Interface)はあらゆる可能性を秘めています。例えば、自動車の運転も将来はタッチパネルと音声操作になると予想しています。スマホの操作が困難な高齢者や視覚障害のある方でも声での操作ならたやすい。さらには世界を見渡すと、会話はできても字が読めない人はたくさんいます。社会課題の解決をしながら、日本と海外の関係性も良くしていきたいです」と戸田氏。

 すでに病院や介護施設への導入案件が進行しており、小売店や物流業、海外の宿泊施設からの問い合わせも増えてきているとのこと。

外向きの特許とプレスリリースの工夫で連携を促進

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 知財体制としては、弁護士法人内田・鮫島法律事務所の杉尾雄一氏が知財・法務の顧問を務めるとともに、社内にはCIPOを設置。戸田氏、杉尾氏、CIPO、社内エンジニアを含め、毎週のように知財ミーティングを実施しているそうだ。

 杉尾氏とは、知財に強い弁護士・弁理士として紹介を受けて知り合った。「資金の少ない中でも丁寧にアドバイスをしていただける先生と一緒にやりたかった。『下町ロケット』が大好きだったので、モデルになった鮫島法律事務所に所属されている先生で専門分野も合っていましたし、ぜひお願いしたいと。杉尾先生に嫌われるくらいにたくさん議論をさせてもらっています。戦友です」と戸田氏。

 杉尾氏は特許訴訟をはじめとする知的財産訴訟、知財戦略を中心に、企業法務全般に携わる専門家だ。TradFitならではの特許戦略のポイントを両氏に3つ挙げてもらった。

「ひとつは、自社開発のプロダクトを保護する特許のみならず、他社と協業できる特許を取り、協業に活用していること。例えば、宿泊施設の管理まわりの特許3件は、既存の宿泊施設システムメーカーとの連携が前提ですし、ロボット制御に関する特許もロボットメーカーとの連携が前提です。新しいサービスは自社開発だけではなかなか実装が進みませんが、他社と協業することで短期での事業化につながっています」

 特許は、投資家や協業先へアピールするための有効な材料になるので、プレスリリースにも力を入れている。11件の特許についてはすべてプレスリリースを出し、特許の内容をイメージしやすいイラストを入れるなど、見せ方にも工夫をしているそうだ。現に、プレスリリースから問い合わせを受けることも多いという。

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画像提供:TradFit

 2つ目はシード期から国際出願をしたこと。

「国際出願をしたら国際調査報告の内容が非常に良く、先行技術の少ない技術分野だとわかったので、特許費用を投資すべき技術分野であると判断し、(最初の特許出願の内容が公開がされる)1年半までにかなり注力して出願をしました。早期の国際出願など、シード期でも思い切った判断をすることができました」

 そして3つ目は、外国出願の助成金や特許審査ハイウェイの制度を活用したこと。また、分割出願なども活用して、出願費用をうまく抑制しながらポートフォリオを作っている。

「基本特許は、アジア諸国を含む多くの国で出願をしたかったのですが、アジア諸国は欧州と異なり、国毎に出願をしなければならず費用がネックでした。一方で、東京都が主催している『外国特許出願費用助成事業』(https://www.tokyo-kosha.or.jp/chizai/josei/tokkyo/)に採択され、補助金を利用して経費の半分をカバーできたのはありがたかったです。またアジア諸国では、特許審査ハイウェイを活用することで、審査が早く費用も抑えられています」

 最後に戸田氏へ、これから知財戦略に取り組むスタートアップへアドバイスをいただいた。

「サービス分野に限らず、知財戦略は絶対に行った方が事業の拡大につながると、実体験を通じて確信しています。プロトタイプの段階から出願しないと、実装してからでは手遅れになってしまいます。特許といえば製造業などハードウェアのイメージが強いかもしれませんが、欧米のソフトウェア系企業は知財戦略にすごく力を入れていますし、日本の知財エコシステムも強化されてきています。これから起業される方、すでに起業されている方々などには、知財戦略は事業成長や大企業とのオープンイノベーションを含め必ずプラスに働くと考えていますので、取り組んだ方が良いと思われます」

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元