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CEOが語る知財

ソニア・セラピューティクス株式会社 代表取締役社長兼 CEO 佐藤 亨氏インタビュー
超音波を利用したがん治療装置を開発。海外展開も見据え、知財戦略構築に取り組む

ソニア・セラピューティクス株式会社は、アカデミアから創出された技術を基盤として医療機器を開発するディープテック・スタートアップ。がんの治療法として、超音波を利用した治療装置の開発を進めている。同社は、海外展開へ向けた知財網を構築するため2021年度に、「知財アクセラレーションプログラム(以下、IPAS)」に参加。治療装置の概要と知財活動の取り組みを代表取締役社長兼CEOの佐藤亨氏に伺った。

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ソニア・セラピューティクス株式会社 代表取締役社長兼 CEO, 創業者
佐藤 亨(さとう・とおる)氏
1998年、小野薬品工業株式会社に入社。オプジーボの海外展開のため、韓国・台湾法人を設立し、代表として経営に従事。オンコリスバイオファーマで事業企画部長、ペンシルベニア大学発のLiquid Biotech USAのBoard Memberを歴任。2020年にソニア・セラピューティクスを設立。2021年度の「IPAS」に参加。

超音波を用いたがん治療装置を開発し、膵臓がんの治療を目指す

 ソニア・セラピューティクス株式会社(以下、ソニア)は、東北大学、東京女子医科大学、東京医科大学の3つのアカデミアで創出された超音波関連技術と臨床的知見を生かして、超音波ガイド下集束超音波(HIFU:High-Intensity Focused Ultrasound)治療装置を開発している。HIFU治療は、体外から照射される超音波を患部に集束させてがんを治療する方法で、低侵襲であることから身体への負担が少なく、放射線被ばくがないことから繰り返し治療できるなどの特徴があるという。

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https://www.sonire-therapeutics.com/

 同社の開発品は、既存のエコー検査のように超音波イメージング装置で患部をリアルタイムにモニタリングしながら、HIFUを照射して、深部にあるがんを加熱、壊死させる治療装置である。現在、同社は有効な治療法が限られている膵臓がんを対象に本装置の開発を進めているという。

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(画像提供:ソニア・セラピューティクス株式会社

 本治療装置の研究は15年を超える歴史があるという。コアとなる技術は、HIFUノイズ低減法とキャビテーション気泡の2つだ。HIFUノイズ低減法は、HIFUによるノイズをキャンセルし、HIFU照射中もクリアな画像が保つことができ、呼吸に伴って動く臓器もモニタリングすることできる技術だ。

 キャビテーション気泡とは、減圧によって常温で沸騰が起こって発生する泡であり、世界初のトリガーパルス照射法によって治療に活用される。この気泡には2つの役割があり、1つは焦点に気泡を発生・維持することで、超音波イメージングによる治療位置の可視化になること。もう1つは、気泡は超音波エネルギー吸収を増強するため、加熱効率が高まり、低めのエネルギーで短時間での治療を可能にしていることだ。

「これらの技術を創出したのは、東北大学大学院医工学研究科名誉教授の梅村晋一郎先生(ソニア・テクニカルアドバイザー)と東北大学大学院教授の吉澤晋先生(ソニア・CTO)。この技術をさらに発展させ、臨床段階まで進めたのが、当時東京女子医科大学教授の村垣善浩先生(ソニア・サイエンティフィックアドバイザー)と弊社取締役COOの岡本淳。そして、膵臓がんに応用したのが、海外製HIFU治療装置を用いて膵臓がんに対する臨床研究を行っていた東京医科大学教授の祖父尼淳先生。それぞれの技術と臨床的ノウハウが結集して実現しています」と佐藤氏。

 東北大学と東京女子医科大学の共同研究に東京医科大学が2014年に合流し、プロトタイプの装置を開発。この装置を用いた臨床研究で良好な結果が得られたことから、本格的に社会実装させることを目的に2020年にソニア・セラピューティクスを設立した、というのが設立までの経緯だという。現在は、臨床研究で得られた知見を生かした新たな装置を用いて治験を行っており、この結果をもとに承認取得を目指しているとのことだ。

治療対象の適応拡大にあわせて事業の拡大を図る

 承認取得できた後には、膵臓がん以外への適用拡大と海外展開で事業拡大していく計画だ。

「事業拡大の方法は大きく2つあります。1つは、超音波で検査できる臓器が対象になることから、肝臓がん、腎臓がん、卵巣がん、乳がんなどへ適応を拡大することです。もう1つは、海外展開です」(佐藤氏)

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 HIFU治療は手術のような皮膚切開や臓器の切除を伴う治療ではないことから、体力のない高齢者の患者にも使用できる可能性があるという。また、麻酔を必要としないことから、治療後も歩いて帰れるそうだ。そして、まずは有効な治療法が少ない膵臓がんから適応を進めて徐々に対象を広げ、いずれは既存の手術治療、放射線治療、そして薬物治療に並ぶ治療法になることを目指している。

「医療従事者の皆さんは、これまで膵臓がんに対する画期的な治療法がなく、長年臍(ほぞ)を噛むような思いをされてきました。とても難しい疾患ではありますが、社会貢献度が高く、この事業を立ち上げて本当に良かったと思っています」

 ソニア設立以前、東北大学と東京女子医科大学の研究で治療効果が認められていたが、当時共同研究をしていた企業は事業化には踏み切らなかったという。その理由を佐藤氏はこう説明する。

「通常、大手企業は既存事業を損なう恐れのある事業は避ける傾向があります。例えば、診断事業を核としている企業は、比較的リスクの高い治療に踏み込むことで既存の診断事業を棄損してしまう可能性があります。だからといってアカデミア単独で事業化することは困難であると言わざるを得ません」

 ソニアは、医学と工学の連携である医工連携に薬学を加えた医薬工連携の重要性を掲げており、がん治療の知見を持つ製薬業界の人材登用も積極的に行っているという。設立に至ったのも、製薬会社出身の佐藤氏の合流がきっかけのひとつになったという。

「創業の1年前、2019年に共同創業者であるCOOの岡本、CTOの吉澤と出会いました。その年は、膵臓がんに対する新たな治療薬として期待されていた開発品がことごとく治験中止になった年でもありました。そのようなときに、二人に研究データを見せてもらい、これはすばらしい、と感じました。アカデミアの研究段階で12例の臨床データがあり、ここまで進められているのに世の中に出せないのは惜しい、と。その思いから起業を決意しました」

 2021年にはシリーズAの資金調達を達成し、また平田機工株式会社との業務提携で装置を製造する体制を整えた。2022年には総額23.5億円のシリーズB資金調達を実施。創業から3年、今のところスケジュール通りに進んでいるという。

海外展開へ向けた知財戦略構築を目指す

 事業拡大のひとつの要である海外展開において課題となるのが特許だ。アカデミア発の特許は国内に限定されているため、海外展開へ向けて周辺特許を積み上げて特許網を築く必要があった。その戦略構築をすることがIPASへ応募した理由だ。

「シリーズAでの資金調達の際に、中心となる特許と周辺特許を押さえることで特許網を構築して競争力を保つという方針を打ち出し、投資家に説明していました。例えば、コアとなるノイズ低減法の特許に加えて、超音波画像をより鮮明にする特許をどんどん押さえていこうと考えたわけです。しかし、知財への課題と対策を自分たちなりに明確にし、社内でもアイデア出しや特許侵害の調査などを進めていましたが、自分たちだけでは不安な部分があり、IPASに申し込みました」(佐藤氏)

 IPASでは、最初に競合分析から始まった。

「競合分析は我々も行っていましたが、IPASのプログラムでさらに徹底して分析することになりました。分析の仕方は医療従事者向け、患者目線での競合分析で、私たちが行っていた技術的な目線での差別化とは異なる角度で分析しました」

 並行して競合になり得る可能性のある30社が保有する600件の特許に対して侵害がないかを調査し、競合分析と合わせて各社がどのように特許を押さえてくるかの分析を行ったという。

「特許をいくつかのカテゴリーに分類したところ、手薄な部分が見えてきました。そこを埋めていくことが特許戦略になっていったという感じです。私たちは『特許網を築こう』とか『この特許はキラーになるかもしれない』などということを漠然と考えていたわけですが、それを具体的に落とし込むことができました」

 社内の知財体制は、シリーズAの資金調達後に知財担当者を採用し、ブレインストーミング会議と月1回の特許戦略会議、取締役会で定期的に報告するという形をとっている。さらに、IPASで抽出した600件の特許について、ポートフォリオを形成し、各ポートフォリオの特徴を分析し将来の予測を踏まえて戦略の精度向上を図ることなどを行っている。

「ビジネスメンターも製薬業界出身の方で、がん治療に精通されており、コミュニケーションがとりやすかったです。私も質問しやすく、純粋に話し合えました」

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 がんの治療に使われる医療機器は放射線治療装置以外にあまり例がなく、スタートアップの参入は非常に少ない。同社のようにアカデミアで長年の研究データの積み重ねがあり、臨床が進んでいても事業化のハードルが高く、それゆえに知財戦略は重要だ。

「ビジネスを行う上で、知財は競争力の源泉。そこが出発点です。また、特許は競争力を高めるだけでなく、自社と事業を守れます。我々は 生産設備を持たないファブレス経営を行っていることから、協業が必要となります。フレキシビリティを保って協業の枠組みを考えるには、特許は必須です。知財をしっかり確保しておくことで、選択肢が増え、最適なビジネスモデルを探ることができるからこそ事業の成功率が高まると言えます。つまり、最適解を選ぶためにも知財をしっかりと確保しておく必要と考えています」

 社内の知財体制は軌道に乗っており、事業拡大へ向けて45件の特許を獲得することが間近の目標だ。

「私たちの事業には、少なくとも数十件以上の特許が必要だと考えています。他社が使わざるを得ない特許を私たちが持つことで、参入障壁を築きたい。また我々の治療法を普及していくには、ユーザビリティを高めていくことも重要です。そこに更なる技術の発展があるとも考えています。現在は臨床試験のフェーズに入っており、この段階での気付きから、いくつか特許を押さえられると考えています。さらに次の量産機を開発するフェーズでも気付きがあるはずなので、フェーズを分けて特許をしっかり押さえていく計画です」

 こうして知財活動に着実に取り組んできたことから、2022年のシリーズBでの資金調達の際は、デューデリジェンスでは知財戦略がよく考えられていると評価されたそうだ。

 今後の目標は、まず国内の治験で承認を取得すること。海外展開については、現在、米国の治験準備を進めているという。

「米国は医療機器のグローバル市場の40%強を占めており、市場規模が最大であることは勿論のこと、世界的にも影響力があり、新規治療を位置付けていく上では最重要な市場です。そのため、米国において、しっかりと評価を得ていくことでグローバル展開を加速し、社名に込めた思いであるひとりでも多くの患者さんにHIFU治療を届けていきたいと考えています」

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
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