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ベンチャー投資家のための知的財産に対する評価・支援の手引き

2章:投資家による知財戦略支援とは

投資家が評価・支援する「知的財産」は特許権だけではない

まず、考えるべき「知的財産」は、特許権だけではない。会社やプロダクトの名前は商標権で、デザインは意匠権で保護される。さらに、ノウハウやデータ、顧客情報などの営業秘密、著作権も重要な知的財産の一部である。

ベンチャー企業の事業を支える優位性が何なのかに応じて、ベンチャー企業が守るべき知的財産、その守り方、使い方を見極めることが重要だ。

知財戦略の基本的なポイント

そもそも、知財戦略とは具体的に何を考えることなのか、主なポイントを以下に例示する。なお、ここで挙げる例は、知財戦略の一例にすぎず、ベンチャー企業の分野やステージ、その時点での経済事情等によって変化しうることに留意が必要である。

知財戦略は何か新しい発明が生まれたときに、その発明について「いかに広い特許権を確保するか」という観点だけではない。知財戦略のポイントは経営戦略全体を考えていく中の各所で、常に知財の要素を考慮することだ。

研究開発型ベンチャーでは新しい発明が事業を構想する起点になっていることが多い。その新しい発明をもとに事業を起こすにはまず、事業戦略を考える必要がある。その中で、自社がとるべきビジネスモデルを構築する。その際には、どこが自社のコアバリューなのかを見極め、いわゆるオープン&クローズ戦略など、マーケットを創出しつつ自社の優位性を維持する方策を考える。

さらに、マーケティング戦略において、どこの市場を狙うのかが定まると、競合は誰なのかがはっきりしてくる。そうすると、どの国で知財権を確保すべきなのか、また、市場を拡大しつつ競合の参入を防ぐために、権利化する技術とノウハウ化する技術の組み合わせや、公知化・標準化も含めた、知財ポートフォリオの構築を考えることができる。また、特許情報に基づく技術動向調査を行うと、市場の動向や、競合他社の状況、その中での自社の立ち位置を知ることができる。同時に、ブランディング戦略に基いて、対象事業や市場地、活用の場面などを踏まえた商標を取得していくことで、自社のブランドを確立していくことも重要である。

また、マーケティング戦略に応じて、研究戦略も定まってくる。競合他社との関係によっては、競合他社の技術を回避するために、自社の研究の方向性を変えなければならないケースもある。また、参入障壁を強化するための技術開発も必要である。さらに、事業会社等との共同研究・開発を実施する場合には、当然知財の取り扱いについて契約等で考えていくことになる。

最後に、事業を進めていくための人材戦略においては、研究開発体制を整えるのと同時に、社内での知財マネジメント体制を構築し、知財面の課題を経営課題として捉え対応するために最高知財担当責任者(CIPO)を設置したり、インセンティブ設計や人材流動性に対応するための職務発明規程を整備するなど、ガバナンスを強化することも重要である。

そして、研究開発の結果、新たな技術・発明が生まれれば、必要に応じてそれをまた権利化していく。このような一連のプロセスにおける知財の要素を全て総合して、「知財戦略」ということができる。

投資家は知財戦略の視点を拓く

投資家がベンチャー企業の知的財産を評価・支援する意味は何だろうか。「知的財産はベンチャー企業のCEOやCTO、外部の知財専門家に任せればよいのではないか?」と思うかもしれない。

しかしながら、前述したように、「知財戦略」は、「経営戦略」の一部であり、どういう経営戦略を目指していて、そのためにどういう知財戦略をとるべきかを考えていく必要がある。この点を考慮せずに権利を取っても、ベンチャー企業の事業を守ることはできない。

ベンチャー企業自身が知財戦略を考える時、「技術」の優位性の観点から権利化や契約を考えていくことが多い。特に研究開発型ベンチャーの場合、優位性が技術にあることも多く、とにかく技術を守ろうと考えがちである。また、知財専門家も、発明の権利化については長けていても、必ずしも「経営戦略」の観点を持っているわけではない。

この点投資家は、投資先の企業価値を最大化するために、現在及び将来の「市場」と「アライアンス先」という視点をもって経営戦略全体を考えることができる。投資家は知財戦略の視点を拓き、バランスを取る、という重要なポジションにいるのである。

特に知財は資本政策と同様に、一度落とし穴にはまると後に戻ってリカバリーするのが困難なことが多いので、成功の鍵を握るのは初期に支援する投資家である。また、投資家はベンチャー企業の知財調査・出願・契約等にかかる知財費用を充足するための資金面からの支援を講じることができるため、投資家が知財の意義を理解し、評価・支援する意味は非常に大きい。

事業計画に知財戦略を落とし込む

知財戦略が十分に検討されていないと、「重要な研究成果を出願前に公知にしてしまった」「提携先と不利な知財契約を結んでしまった」「他社の権利を侵害してしまい訴えられた」「力を入れてPRしたサービス名を変更せざるを得なくなった」――など、知財にまつわる様々な落とし穴に落ちてしまう。

 「事業計画」を作成する際には、前ページのように考えた知財の要素を適切に組み込むとともに、必要となる知財関連予算も見積もることによって、具体的な行動に落とし込んでいくことが重要である。

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