スタートアップエコシステムと知財
TomyK Ltd. 代表 鎌田 富久氏インタビュー
拒絶原因にチャンスがある 時代の変わり目にこそ知財は獲得すべき
ACCESSの共同創設者で、現在はエンジェル投資家としてロボット、AI、IoT、宇宙、医療など、技術ベンチャーを支援する鎌田氏。ACCESSが開発した技術は、今やスマホやゲーム機をはじめ、世界中のあらゆるモバイル機器に使われている。日本からユニコーンを生むために、スタートアップ、大企業、投資家は、どのように知財価値を見出していくべきなのか。これまでの経験から得た起業家としての戦略、投資家としての知財に対する考えを聞いた。
TomyK Ltd. 代表 鎌田 富久(かまだ・とみひさ)氏
インターネット黎明期に学んだライセンスビジネス戦略
鎌田氏らがACCESSを設立したのは日本のインターネットの歴史が動き出した1984年。今でこそ、知財という言葉が一般にも広まってきているが、当時のベンチャーの知財意識はずっと薄かったに違いない。鎌田氏はどのように知財の重要性に気付き、戦略を立てていったのだろうか。
「当時は、インターネットビジネスの黎明期。インターネットで広めたい仕様は、基本的にオープンにされていました。例えば、サン・マイクロシステムズは、1600以上の特許をオープンソース化している。アドビもPDFはオープンです。こうした先行する米国勢の先行事例を参考にして戦略を立てていきました。ただし彼らは、一部をオープンにしたうえで、しっかりとライセンスビジネスを成り立たせている。そこで、ACCESSで開発したケータイのブラウザー向けの記述言語『コンパクトHTML』は、完全にオープンにしました。まずはどんどん携帯端末向けのコンテンツを作ってほしいから、ライセンスは請求しません。一方で、ソフトとしての付加価値は、特許として押さえておき、ソフトウェアのライセンスビジネスがしやすいように準備しました」
インターフェースやAPIなど、標準仕様となりえるものは、あえてオープンにして広め、他のプレーヤーを巻き込むという戦略だ。当時は、特許事務所も利用していたが、鎌田氏自身でも特許明細書を書いていたそうだ。会社として出したものを含めると、かなりの数の特許を出願したという。
「ただし、たまに掟破りもあります。その例が米ユニシスのGIF特許。すでにネットで広まって、みんなが使っている状況でユニシスは保有している圧縮技術に関するLZW特許を主張し始めたのです。あれは、仁義に反すると思いましたね。本来は、インターネットでみんなが使うようなものはオープンにするのが好ましい。そのあたりのバランスが大事だと思います」
限られた資金のなか、どの部分を知財として保護し、どれをオープンにして世の中に広めるか。悩ましい問題だが、こうした戦略を早い段階から立てておいたことで、ACCESS自体もその後のビジネスが大きく進展したという。
重要な特許は買われたあとで価値となる
出口戦略の企業価値を高めるためにも特許は重要だが、それは社外から獲得してもいい。ACCESSでは2005年に、PDAのOSを開発していた米パームソース社を買収している。
「買収の目的は、スマートフォン向けのOS(のちに、iOSやAndroidが登場)をつくる技術を得るためでしたが、携帯デバイスのOSとして重要な特許をたくさん持っており、その価値も含めて、ぜひグループに取り込みたかった。例えば、飛行機の中で電波が出ないようにする『フライトモード』も同社が開発した機能です。結果として、OS競争ではAndroidに勝てませんでしたが、特許収入だけで元が取れるほどの価値がありました」
新分野の基礎特許は、10年後、20年後には、とんでもない価値になる可能性がある。スタートアップの経営者が最初からこの感覚を持つのは難しいだろうが、こうしたマインドも忘れてはならない。
鎌田氏が支援した日本発ベンチャーの例では、2013年にロボットベンチャーSCHAFTをGoogleに売却している。
「SCHAFTのようにアーリーステージのM&Aの場合、事業としてはまだ大した成果はありません。では何を見るかというと、テクノロジーの中身と知財資産です。特許は出願中のものを含めて評価してくれました」
SCHAFTの場合は、二足歩行に関係するユニークな技術を一通り出願していた。ソフトウェアやモノとしての技術も当然大事だが、知財がそろっているかどうかは評価額に大きく影響する。自社の強みとなる部分は、しっかり特許として押さえておくべきだ。
もうひとつは武器としての知財だ。グローバルに展開すれば、海外勢は容赦なく攻めてくる。防御や交渉に使えるように、できるだけ広くそろえておきたい。
「最初から囲い込んで出したいけれど、どうしても優先順位を決めなくてはなりません。ただし資金が許す限り、広めにとるように投資先などには伝えています」
資金に余裕のないスタートアップにとって、国際出願をどこまでやるのかは悩ましいところだ。まずは自力でPCT国際出願までは手続きを進め、各国の手続きに間に合うように資金調達していくといいと鎌田氏。いちばん費用が掛かるのは、その後の各国の国内移行手続きになってからだ。
特に押さえておきたいのは、市場の大きいUS、EU、中国、インド。アフリカも今後大きくなりそうだが、国の数が多い。EUのように束で申請する仕組みが整備されると、アフリカにも進出しやすくなるだろう。
スタートアップのコミュニティが知財戦略の相談や情報交換の場に
大学発スタートアップの場合、大学で出願した特許のライセンスを受けるケースがある。スタートアップとしては、目先のキャッシュは抑えたいけれど、独占権は欲しい。どこにバランスを落とすべきか。鎌田氏が支援するスタートアップが大学側と交渉する際は、アドバイスをすることもあるという。
「最近は、大学発スタートアップが増えているので、仲間同士で情報交換できるのがいいですね。知財に関わらず、『税理士顧問契約の相場はどれくらい?』といった話も、同じスタートアップ相手なら相談しやすい」
鎌田氏が投資するスタートアップを集めて、交流の場をセットアップすることもあるそうだ。
大手企業とのオープンイノベーションでも同様に、線引きが難しい。お金をもらって権利を譲るか、あまりお金はもらわずに権利を確保するか。最初に作戦を決めておかないと、こんなはずではなかった、と後悔することになる。大企業との連携は、うまくいけば大きくステップアップできる。
「大企業は、当然のように権利を主張してきます。売り上げが欲しい場合は、権利は渡してしまっても、使用権だけはもらっておくなど、お互いに損をしない落としどころを考えるべきです」
時代の変わり目は、知財獲得のチャンス
鎌田氏は、これから重要になる知財として、デジタルやネットと既存技術の掛け合わせによる「XTech」と「データ」に注目している。
「かつては、パソコン、あるいはスマホが人間とネットの接点でしたが、今は、Glass、ウォッチ、シャツ自体がセンサーになり、あらゆるモノがネットにつながる時代。ソフトウェアやデジタルがリアルな既存の領域に押し寄せてきている。AI×医療、AI×モビリティなど今までにない新分野が生まれている。新たなインターフェースを手掛けている人は、積極的に知財戦略を立てて推進すべきでしょう」
もうひとつの「データ」についても、アイデア段階でどんどん特許を出願することを勧める。
「データを集め、学習して、何か判断、予測をすることが大事。今まで考えもしなかったデータの使い方が生まれています。仕組みとして斬新なものはビジネス特許的な知財になります」
時代の変わり目は、特許性が生まれやすい。ビジネス的にも大きなチャンスだ。
特許DBの逆引きで新たな応用領域が見えてくることも
とはいえ、ただ特許を出しても審査に通るとは限らない。先行事例があれば、拒絶が来る。残念なことではあるが、そこにはいい面もあると鎌田氏。拒絶の原因を見ると、先行出願の相手がわかるため、自分が考えていることがどの分野で使われそうなのか、どこにチャンスがあるのかが見えてくる。
同様に、過去に出願した自分の特許もデータベースで見直すと、自分の特許が拒絶の原因になって誰かをつぶしているケースもあるそうだ。
鎌田氏は、特許庁DBなどで自身の保有する特許を検索するそうだ。すると、持っている特許が他者の拒絶の原因になっていることがよくあるという。
「思いもよらない分野を自分の特許がつぶしていることがあります。であれば、所有する特許が新しい分野で使えるのではないか? と新しい価値を発見できる。たまに調べることで、新たな応用領域が見えてくるのが面白い。多数の知財を保有する大企業などは、新規事業を考えるときに、保有する特許の状況を調べてみることをおすすめします」
時代の変遷によって、特許の価値や用途も変わる。埋もれている特許、ある特定の事業でしか使っていなかった特許が、新しい分野で生かせる可能性がある。拒絶原因となった相手を調べることで、オープンイノベーションの観点から組めそうなスタートアップも見つかるかもしれない。