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知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

【「第7回 IP BASE AWARD」スタートアップ支援者部門 奨励賞】廣瀬 隆行氏(廣瀬国際特許事務所)インタビュー
知財担当がいないスタートアップをどう支えるか。“外部知財部”という選択肢

インタビュー FY2026 知財の基本 事例共有 バイオ・ライフサイエンス・医療 IP BASE AWARD
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第7回 IP BASE AWARDのスタートアップ支援者部門にて奨励賞を受賞した廣瀬隆行氏は、廣瀬国際特許事務所の代表弁理士として、多くのスタートアップを知財面から支えてきた。同氏の支援は、特許出願を依頼されて書類を作成するだけではない。スタートアップに対し、社内の知財部のような立場で継続的に関わり、出願、営業秘密管理、事業判断まで伴走する、いわば“外部知財部”としての支援だ。スタートアップは、技術開発や資金調達、採用に追われるなかで、知財の優先順位を判断し続けなければならない。そうした状況で、外部専門家はどこまで入り込むべきなのか。廣瀬氏の取り組みから、スタートアップに必要な知財支援のあり方を考える。

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廣瀬国際特許事務所
廣瀬 隆行(ひろせ・たかゆき)氏
東京大学教養学部卒業、同大学院修士課程修了。企業知的財産部での勤務中の1999年に弁理士試験合格。阿部・井窪・片山法律事務所で経験を積んだ後、2007年に廣瀬国際特許事務所を設立。専門は特許を中心とした知的財産全般。
2004年より知的財産関係専門委員を務めるほか、日本知的財産仲裁センターの調停人・仲裁人・判定人候補者としても活動。厚生労働省の医療系ベンチャー・トータルサポート事業「MEDISO」、介護系スタートアップ支援事業「CARISO」のサポーターとしてもスタートアップ支援に取り組んでいる。

多くのスタートアップには、専門知識のある知財担当者がいない

 多くのスタートアップには、社内に知財経験のある担当者がいない。創業初期の企業では、CEOや研究開発責任者が、資金調達、採用、事業開発と並行して知財判断も担うことになる。何を出願し、何を秘匿し、どの国に権利化するのか。判断すべきことは多いが、そのための経験や社内体制は十分ではない。

 その結果、典型的な失敗が起こることがある。出願前に研究成果を発表してしまう。逆に、目的が曖昧なまま出願だけを増やしてしまう。共同研究や秘密保持契約を結んでいても、現場の研究者や開発者に営業秘密の考え方が浸透しておらず、SNSや学会発表で重要な情報が漏洩してしまう。海外展開を見据えた出願の設計ができておらず、後から修正できなくなることもある。

 こうした判断は、知財制度を知っているだけでは難しい。会社の技術、資金状況、事業フェーズ、投資家への説明まで踏まえて、いま何を優先すべきかを見極める経験が求められる。

 「スタートアップに一番足りないのは、やはり知財経験(現場感覚)です。『これくらい出願しておくと競合から守れますよ』とか、『投資家さんは知財のここをチェックするので、こういうふうに説明できるようにしておいたほうがいいですよ』といった判断ができないので、経験に基づくアドバイスが非常に大事になってきます」(廣瀬氏)


知財方針は、途中でぶれると取り返しがつきにくい

 知財戦略では、局面に応じた柔軟な方針転換はもちろん、一度決めた方針を継続していく姿勢も同じく重要になる。

 一方で、スタートアップは人の入れ替わりが激しい。経営陣や担当者が変われば、過去の意思決定の経緯が社内に残らないこともある。特に知財は、担当者の交代によって方針が変わりやすい。 例えば、初めの担当者は海外出願を重視し、特許を幅広く出願したが、後任の担当者は費用削減のために権利を絞る判断をしたとする。さらにその後任で大企業出身の担当者が入ると、今度は「なぜポートフォリオを捨てたのか」と問題になる。どの判断が正しかったのかは、その時点ではわからない。

 「どちらが良いか悪いかという問題ではなく、重要なのは、どちらかの方針を明確に定めて継続していくことです。最初に定めた知財戦略のポリシーを、定期的に見直しをしつつも、一貫して積み重ねていくことが望ましいといえます。一度手放した権利や方針は再構築が難しいため、継続性を重視することが大切です」

 廣瀬氏は、「外部にいるからこそ担える役割がある」と話す。社内の人材は異動や退職で変わるが、顧問契約が続く限り、外部専門家は同じ会社を長く見続けることができる。実際に、廣瀬氏が20年以上関わっている企業もあるという。



出願の代行ではなく、知財方針や仕組みを一緒に組み立てる

 廣瀬氏がスタートアップに対して行っている「外部知財部」としての支援は、通常の弁理士業務とは異なる。依頼された出願や中間処理に対応するだけでなく、会社の現状を把握し、経営陣と一緒に知財の方針を組み立てていく。 顧問先企業によっては、職務発明規定を会社の実情に合わせて作成するほか、発明委員会や異議申立て委員会としても機能する。また、過去の知財デューデリジェンス業務で得た知見を活かして、投資家や上場前審査に耐えうる知財戦略を立案し、一緒に知財ポートフォリオを築きあげる。

 「弁理士業務の基本は、第一にクライアントの要望に沿って手続きを正確に代行することです。外部知財部では、それに加えて、その会社の現状を把握して、あるべき姿を経営陣と一緒に描いていきます。『こうやったらうまくいくのでは』と共感しながら、そこに向かって何が必要かを企業とともに考えていきます」

 出願するかどうかだけでなく、どの技術を守るべきか、どのタイミングで公表するのか、共同研究先との契約上の注意点、限られた資金をどこにかけどこを割り切るのか。そうした判断を、経営や研究開発の現場に近いところで支える。

 廣瀬氏は、いくつかの顧問先で月1回程度の知財会議を設けているという。そこで出願状況や研究開発の進捗、契約上の課題、競合の動きを確認し、会社のフェーズに合わせて知財活動の優先順位を見直していく。

 外部知財部に求められるのは、知財の専門知識だけでなく、会社の技術、資金状況、事業の進み方を理解したうえで、「今この会社に必要な知財活動は何か」を判断することだ。



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営業秘密もラボノートも、「守れるルール」に落とし込む

 廣瀬氏は外部知財部の役割として、会社の中に知財活動が回る仕組みを作ることを挙げる。その一例が、知財教育だ。廣瀬氏は、ほぼすべての顧問先で定期的に知財セミナーを実施している。そこでは、研究者や開発者に対して、不正競争防止法の細かな条文を網羅的に教えるのではなく、営業秘密の3要件(秘密管理性・有用性・非公知性)に絞って伝えるという。研究内容も営業秘密になり得ることを理解してもらい、研究内容の漏洩を防ぐためだ。

 「いろいろなことを教えすぎると結局何も残らない。だから研究者の方に伝えるべきは、営業秘密の3要件を頭に入れてもらう。そしてそれを定期的にやることです」

 もう一つが、ラボノートや実験記録の管理だ。研究開発型スタートアップでは、ラボノートが発明者の証明やトラブル時の証拠になることがある。そのため管理ルールは重要だが、廣瀬氏は、現場で運用できる形にすることを重視している。

「厳格にしすぎると『ルールはあるけれど、実際は誰も従っていない』という形骸化した状態になってしまいます。『守れるルール』にしないと意味がありません」

 例えば、ボールペンで書く、空欄には斜線を引く、資料を貼った部分にはイニシャルを残す。そうした現場が実行できる範囲で必要なルールを設計し、記録の信憑性を高めることが大事だ。



早期の知財設計が、事業の選択肢を残す

 廣瀬氏は「知財支援は早い段階で関わるほど効果が大きい」と話す。技術情報が外部に出る前であれば、最初の出願だけでなく、その周辺技術をどう守るかまで設計しやすい。基本コンセプトが公開された後では、特許を取得できる余地が狭まることがある。

 特にバイオや医薬の領域では、実施例やデータが重要になる。最初の出願に十分なデータが入っていなければ、海外出願や権利化の段階で行き詰まる可能性がある。早い段階で知財専門家が関わることは、こうした後戻りしにくい失敗を避けるうえで大きな意味を持つ。

 さらに、早い段階から知財を設計しておくことは、将来の事業変更への備えにもなる。 スタートアップでは事業の転換も珍しくない。最初に想定していたプロダクトだけで成長し続けるとは限らないため、主力技術だけでなく、2番手、3番手の技術にも一定の知財上の備えをしておくことが望ましい。次の事業に移ろうとしたときに、何の権利も持っていない状態では、競争上の不利につながる。



求められる伴走型支援と、「外部知財部」の持続可能性

 廣瀬氏の実践するスタートアップ支援では、企業の資金状況や開発フェーズ、競合環境、将来の事業転換の可能性までを見据え、その時々に最適な知財判断をともに考える。

 しかし、こうした経営判断に踏み込んだ戦略的な助言は、従来の知財業務のように「書類1通いくら」と値付けが難しく、現状の顧問料だけを見れば必ずしも利益率の高い仕事ではない。

 廣瀬氏は、この伴走型支援を持続可能にするためには、同時に専門家側のビジネスモデルも変わる必要があると指摘する。

 「スタートアップを支援する立場としては『スタートアップと共にリスクを取って、将来の成長で利益を回収する』という考え方でサポートしています。同じように『一緒に成功しよう』と思う専門家が増えてくれたらありがたい」

 スタートアップの知財支援では、出願の数や権利化の成否だけでは測れない成果がある。発表前に止めること。不要な出願を避けること。将来のピボットに備えておくこと。現場が守れるルールを作ること。そうした一つひとつの判断が、企業の成長余地を残していく。

 スタートアップにとって、外部専門家は経営判断を支える存在になり得る。廣瀬氏が実践してきた「外部知財部」という伴走スタイルは、スタートアップにとっての選択肢であると同時に、これからの知財専門家に求められる関わり方を示している。



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文●松下典子 聞き手●北島幹雄 編集●ASCII STARTUP 撮影●曽根田 元
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