文字の大きさ

English
  • IP BASE

知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

株式会社NTTデータ金融事業推進部 デジタル戦略推進部 課長代理 弁理士 西山 彰人氏インタビュー
共感から始まるスタートアップへのプロボノ支援のメリットとは

株式会社NTTデータでの新規事業開発に取り組み、副業では弁理士としてスタートアップ支援活動をしている西山氏。新しい働き方として、副業やプロボノ活動が最近の社会全体の風潮として推進されているが、専門知識やスキルを活かしたプロボノ活動には、社会貢献以外にどのようなメリットがあるのだろうか。西山氏がスタートアップ支援を始めた理由、本業と副業のシナジー効果について、話を伺った。

NTTデータ金融事業推進部 デジタル戦略推進部 課長代理 弁理士 西山 彰人(にしやま・あきひと)氏

東京都立大学理学研究科物理学専攻修士課程修了後NTTデータに入社。システム開発、R&D、新規事業創出に携わる。2014年に弁理士試験に合格し、2015年に登録。2017年から副業でプロボノ活動を行なっている。モットーは、本業と副業、相互にシナジーのある取り組み。副業のスタートアップ支援から得られた知見を本業の中小・ベンチャー支援サービスの企画に活かしている。

見過ごされている工夫に目を向ければ、日本の事業はもっと強くなる

西山氏はNTTデータでスタートアップとのオープンイノベーションや中小・ベンチャー支援サービスの企画を手掛ける傍ら、副業で弁理士としてスタートアップ支援のプロボノ活動をしている。NTTデータ入社当初はシステム開発の部署に所属し、電子マネーやICカードの研究開発に携わっていた。知財に関心をもつようになったのは、当時のシステム開発の現場で感じていたある思いがきっかけだ。

「開発の現場はいつも短納期に追われ、いい工夫を他プロジェクトに流用できるように形式知とせずに次の開発に移ることが多々あり、非常にもったいないと感じていました。そんななか、妹尾堅一郎先生の著書『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由』(ダイヤモンド社刊)を読んで、世の中には事業に活かせずに埋もれた技術が多くあることを知りました。これからの日本経済では、このような技術を事業に活かすためにも弁理士が非常に重要なポジションになる、と考えるようになりました」(西山氏)

開発中に生まれた発明や工夫が見過ごされ、事業に活かせていない。これは、日本のGDPを支える中小企業をはじめ、多くの企業が抱えている課題だ。見過ごした工夫を目に見える形で残すためのツールとして特許が使えるのでは、と考えたのが、西山氏が弁理士資格を取るに至った経緯だった。

2.JPG

2017年に新規事業創出の関連の事業部への異動を機に、もともと興味のあった中小企業支援に取り組み、個人的にもスタートアップ支援のプロボノ活動を進めている。

「NTTデータのオープンイノベーションの取組を通じて仲良くなったスタートアップの経営者と話すうちに、スタートアップこそ知財が重要だとわかってきました。経営者の相談に乗っていたら、徐々に副業の活動に広がっていった形です」

最初から弁理士として知財の相談を受けるというよりも、経営者に会って話をするうちにビジョンや事業内容の話で盛り上がり、自然の流れで特許の話に繋がっていくそうだ。

プロボノ活動では、スタートアップへのメンタリングだけでなく、知財の勉強会も開催している。

「勉強会では、知財の基本から事業への活用方法について話しています。法律の話ばかりでは飽きてしまうので、いかに収益に繋げていくかのロジックを説明すると、すごく興味をもってくれますね」

NTTデータのオープンイノベーションの取組とのシナジー

弁理士としてのスタートアップ支援は、あくまで個人的な副業ではあるものの、プロボノ活動によってスタートアップへの理解が深まり、本業である新規事業開発にも相乗効果が生まれている。NTTデータとしてスタートアップと契約する際には、バランスを欠くことがないように、契約書の内容についてアドバイスすることもあるそうだ。

「オープンイノベーションでは、スタートアップと一緒に考えたアイデアはどちらに権利帰属するのか、という問題が起こりがちです。初期の段階では、あえて両者とも権利を主張しない契約形式もあり得ます。

またNDAについても、お互いの思惑違いによる問題が起こりがちです。相手が協業に前向きになってないのに無理に契約を結ぼうとすると、身構えられてしまうことがあります。逆に、自社が協業に前向きでないのに軽い気持ちでNDAを提案した場合、相手が自社の本気度を誤解する可能性もあります。まだ収益を上げるかどうかもわからない段階では、フラットな立場でアイデアを出し合い、お互いの本気度を考慮した上で双方が納得のいく契約をするように意識しています」(西山氏)

3.JPG

副業活動は、現在NTTデータで担当している中小企業・ベンチャーに対する支援サービスの企画にも役立っているという。

「社内にいるだけでは、中小企業の声を聞くことは難しい。私は副業で中小企業の方と直接お話する機会があるので、彼らの声をフィードバックすることで、より実効性の高いビジネスプランを作ることができます」

こうした評判が広がり、現在では他部署からもさまざまな相談を受けるようになったという。結果、社内で複数の部署と一緒にワーキンググループを立ち上げ、中小企業支援の活動を始めているそうだ。

プロボノとしてスタートアップ支援をする理由

西山氏の場合、弁理士としての活動はスタートアップが特許を出願する前段階での支援が中心で、実際に特許出願に進めるときは、連携している特許事務所を紹介する形をとっている。

「まずは、スタートアップの事業を理解して、どこが収益の源泉になるのかを見極めていきます。そこに特許出願すべき知財があれば、相談しながら範囲を決めて、特許事務所に伝えるのが僕の役割です」(西山氏)

スタートアップからの相談料は無償の場合が多く、金銭的にはそれほど利益が得られるわけではないが、西山氏にとって、スタートアップの経営者から受ける刺激がプロボノ活動の醍醐味だ。

「スタートアップの経営者は、すごくモチベーションが高く、やる気がある。前向きな人と一緒にいると、自分も新しいことにチャレンジしようという気持ちになります」

4.JPG

スタートアップ支援に興味を持っていても、大企業や特許事務所に勤務している弁理士がスタートアップと出会う機会は少ない。スタートアップの集まるイベントに参加したとしても、うまくベンチャーコミュニティーに入っていけない、という声もある。

「スタートアップの事業に共感することが大事ですね。僕の場合は、プロボノ的な立場でやっていきたいと考えているので、一緒に社会課題を解決する仲間というスタンスです。スタートアップの方は、課題解決に対する意欲がとても強い。その課題解決に共感するところがあれば、話は盛り上がりますし、支援したい気持ちになります」

もともと西山氏が弁理士の資格を取ったのも、日本の経済発展の課題解決をするためだ。支援の目的が明確であれば、相性のいいスタートアップとも出会いやすい。このとき、支援したい思いを相手に伝えるコミュニケーションスキルも必要だ。

「同じ目標をもつ仲間であることを理解してもらえるように、共通言語で接することを心がけています。初めは異業種の方とは話の切り口がわからないかもしれませんが、話を始めないことには仲良くなれません。まずは相手を理解すること。相手のビジョンやモチベーションの拠り所を話の中から探っていくうちに、コミュニケーションが深まっていくように思います」

本業の新規事業開発では、異業種に飛びこまなくてはいけない。副業を通じて、異業種とのコミュニケーションスキルを培えたのは、大きな成果となっている。

スタートアップには知財×事業の支援が足りていない

西山氏は、今のところ特定の業種に限定せずに、あらゆる領域のスタートアップからの相談を受け付けている。相談内容は、特許や技術に関するものよりも、これからビジネスをどのように進めていくか、といった漠然とした悩みが少なくないそうだ。あるロボット開発スタートアップからアクセラレータープログラムを運営する企業との共同事業の進め方について相談を受けた際は、契約内容や共同事業の進め方など、事前に確認しておくべきことをアドバイスしたという。

「スタートアップはいろいろなリスクを抱えていますが、創業当初はお金がないために受けられる支援も限られています。選択肢の1つとして、収益を第一優先に置かないプロボノ的な支援がもっとあってもいい。特に事業の初期段階の支援が必要とされていると思います」(西山氏)

西山氏は、いろいろな専門分野の人が副業をすれば、大企業の抱える課題も解決できるのでは、と語る。

大手企業は、既存事業の頭打ちを経営課題として抱えている。しかし、新規事業開発を進めるためには、自分たちにない業界の知識を得なくてはならず、なかなか一歩が踏み出せない。この壁を超えるためにも、副業で自社の外側を見ることはいい経験になるはずだ。

「業界横断での知識を身に付けることで、本業に良いシナジーがあると思います。副収入を得るという側面だけではなく、本業の業務に活かすためにも、経営層が副業をもっと推進していけば、日本の経済はより発展するのではないでしょうか」

今後は、業種をまたいだスキルが強く求められるようになり、一企業だけに属しているリスクは強くなる。副業を解禁し、業種をまたいで経験を積むことは、あらゆる企業にとって重要になってくるだろう。

最後に、スタートアップ支援をする際のアドバイスを聞いた。

「スタートアップ支援をする際には、知財を起点に考えるのではなく、事業全体を俯瞰した上で支援をすることが求められます。事業全体を俯瞰する際に事業開発の経験が役に立ちますので、事業開発の経験者が知財の知識を身に付けると良い支援ができると思います。また、自分が何者で、どのような支援ができるのかをわかりやすく伝えられると、相手は安心します。わかりやすく伝える方法として、資格取得者であることを伝えることも一つの手段です。さらに、さまざまな事業に携わることで法律知識に閉じない専門性を身に付けて、支援の幅を広げるのも良いと思います」

5.JPG
文● 松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
UP