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知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

Open Frontier 特許事務所 パートナー/弁理士 赤津 豪氏インタビュー
知財専門家として経営やR&Dにまで深く入り込む、研究開発型スタートアップ支援の新たなカタチ

赤津豪弁理士は、欧州企業でのR&Dプロジェクトマネジメントの経験を活かし、技術系スタートアップ企業の知財構築をサポートする傍ら、大阪大学発ベンチャーのヴァスキュリード株式会社を共同創業し、知財責任者を務めている。知財は戦略というよりも戦術、という赤津氏。事業計画を達成するために戦術をともに考え、時にはR&Dの進行計画にまで入り込み、事業の舵を握ることもあるという。従来の特許事務所ともコンサルティングとも違う、スタートアップとの密接な関わり方、大学発ベンチャーがグローバルで活躍するために求められる支援について、考えを伺った。

Open Frontier 特許事務所 パートナー/弁理士 赤津 豪(あかつ・たけし)氏

東京大学精密機械工学科 卒業、同修士 同博士取得。米UCSB Materials Scienceに留学後、独Max Planck Institute for Metals Research(現Max Planck Institute for Intelligent Systems)研究員、Max Planck Institute of Microstructure Physics 研究員、仏SOITEC社のR&Dプロジェクトリーダーとして勤務。12年間の欧州生活を経て、日本に帰国後、知財専門家を目指す。都内複数特許事務所にて内外クライアントの出願権利化、DNA技術スタートアップにてIP Directorとして、グローバルポートフォリオ構築、DDなどに従事。語学は英独仏日いずれも堪能。

欧州でのR&D経験を活かし、グローバルを目指すスタートアップを支援

赤津氏は、東京大学精密機械工学科の出身。修士・博士課程では材料科学を専門とし、博士課程中からドイツのマックス・プランク研究所で研究員として勤務し、のちにフランスの半導体企業SOITEC社に転職。R&Dプロジェクトリーダーとして、技術マネジメント、知財戦略、国際パートナーシップ、潜在マーケットの発掘、将来の事業リスクの分析などに携わった。

「R&Dもフェーズに区切られており、各プロジェクトが次のフェーズに進むためには、成果についての厳しい審査がありました。R&Dでは製品を作るわけではないので、問われるのは技術開発の成果に加え、特許、マーケットなどの将来性の情報。つまりR&Dの成果物すべてが、無形資産として価値のある情報=『知財』なのです。R&D成果を形にするには、実験結果、マーケティング、それに対応した営業秘密やノウハウのドキュメント化が必要。私は技術開発自体よりも、そこに集中したいと思ったのが知財専門家を志したきっかけです」(赤津氏)

2008年に帰国し、特許事務所に入所。12年間の欧州生活で培った堪能な外国語やプロジェクトマネジメントの経験を活かし、明細書記述、権利化、審判といった弁理士のコア業務に加え、ベンチャー・スタートアップのサポートなどを担当した。

2014年から、大阪大学発の量子力学を駆使したDNAシークエンサーを開発するクオンタムバイオシステムズ株式会社の知財部長を務めるなど、多くのスタートアップから相談を受けてきた。海外からも相談がくるという。その中でいずれの企業も共通の悩みを抱えていることを知る。自分の得た知見を活かせば、もっと強いスタートアップが作れるのでは、という思いから2017年に独立。以来、阪大・東大・名古屋大などの大学発スタートアップをはじめ、国内外での知財支援活動に取り組んでいる。

スタートアップには共通の悩みがあるとはいっても、事業者の分野やステージごとにニーズは異なる。Open Frontier 特許事務所では、とくに業務内容に制限は設けず、特許や商標の出願業務といったコア業務は行いつつ、職務発明規程の作成、ポートフォリオ構築相談、知財契約、ライセンシングの交渉など、事業者ごとに必要とされるあらゆる知財活動を幅広くサポートしている。

「知財は、事業のファイナンスやR&Dを強化するための戦術のひとつであると同時に、価値の源泉。グローバル展開するには、知財がなければビジネスは回りません。FTO(Freedom to Operate:他社を侵害することなく、知財に関するアクションを起こせるか判断するための調査)、不正競争防止法やディスカバリー制度への対応、社内情報管理、VCからの資金調達、デューデリジェンスをどうやって成功に導くか。そのための知財体制を構築するには、今ある資金で何をするべきか。長期的かつ巨視的な視点に立った上で、具体的に知財や体制を構築していくことが大切です」

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経営や事業にもどんどん口を出していくのが赤津氏のスタイル。名古屋大学発の尿検査によるがんの早期発見を目指すスタートアップであるCraif(旧Icaria)株式会社では、初期の段階からサポートに入り、知財を構築する体制づくりから、R&D、契約交渉などにも関わってきたそうだ。

「研究開発型スタートアップでは、成熟度の異なる複数のパイプラインが同時に走っていることがよくあり、ステージによって目指す知財は異なりますが、内部の人も切り分けられていないことも。初期の段階は、広い特許を取るための基礎的、網羅的な実験を優先し、次の段階では、具体的なシステムや詳細なパラメーター検討についての最適化をしたほうがいい、などR&Dの進め方にも意見することがあります」

開発に意見するには、当然その技術領域への知識や理解が必要。赤津氏は、もともと医薬やバイオ分野、ITは専門外だったが、関与する案件では開発チームとよく意思疎通をし、科学や技術の内容は理解できるようにしているという。また、自分だけで全部をやるのではなく、国内外で専門分野の弁理士や弁護士に協力を依頼して進めるようにしているそうだ。

「R&Dを常に最先端で進める苦労は自分の経験から身に染みてわかっています。明細書のたった1行を書くための実験に数ヵ月かかることもあり、研究者へ負担をかけることになってしまうので、追加の資料やデータがほしい場合は、なぜ必要なのかをきちんと説明するように心がけています」

血管新生のメカニズムに魅了され、阪大発バイオスタートアップを共同創業

一方で赤津氏は、阪大発のバイオスタートアップ、ヴァスキュリード株式会社の知財責任者として事業の立ち上げから参画している。ヴァスキュリード株式会社は、大阪大学微生物病研究所の高倉 伸幸教授の技術シーズをベースに「血管新生理論」に基づく治療薬の開発に取り組んでいる。赤津氏が創業参画を決めた理由は、血管新生の新しいメカニズムに魅かれたからだ。

「血管新生は、血管をきれいにすることで免疫細胞が届き、低酸素状態の改善、薬剤が腫瘍までデリバリーされるようにする治療法。これまでの血管を兵糧攻めにして癌を叩く方法とは逆のコンセプトに魅力を感じました」(赤津氏)

現在の主な業務は、特許出願やパートナー企業とのネゴシエーション、大学とのライセンス交渉などが中心だ。

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このような大学発スタートアップの場合、研究から事業化へのシフトにおける知財ライセンス交渉での苦労も多い。海外事情をよく知る赤津氏によれば、米国でもその事情は大きく変わらないが、米国の大学は、知財を事業化するかどうかの評価をする知財弁護士が付いていることもあるそうだ。ただしそのレベルの弁護士は報酬も高額であり、それだけ大学側が知財の実用化を意識しているとも言える。

「日本の大学は、最初の出願が範囲の狭い点のような特許ばかりで、次に広がりにくい。まずここを変えていかなければ、大学発スタートアップでの成功例を増やすことが難しいと思います。例えば、国費を大学での研究開発に投入する場合、そこで生まれた知財は国の財産でもあるはず。

その知財がスタートアップ事業となり、本来は国を潤し得た可能性があるにも関わらず、特許出願が世界に向かって公開されただけで有益な権利化ができなかったり、特許代だけ消費して終わるのはもったいない。血税をつぎ込んだ成果としての知財こそが、国の『大学発ベンチャー』です。大学発明の価値には、JST、NEDO、AMEDなどのご支援の頂き方も含めて、より最適化できる部分があるのではないでしょうか」

また、海外進出を目指すなら、最初からグローバル市場に適した知財を押さえいくことを赤津氏は提案する。米国のマーケットを狙うなら、最初から米国で出願して、日本はPCTで国内移行する戦術もあるという。

自ら技術と事業の本質に関わろうとすることが重要

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最近は、大手企業の知財部員もスタートアップ支援に興味を持つ人が増えつつある。そこで、赤津氏にスタートアップと一緒に仕事をする際に重視していることを伺った。

「スタートアップの事業を成功させるために必要な要素はいくつもあり、自分ひとりではできません。私の場合は、経営やR&Dに関わることはありますが、あくまでコアはIPに置いています。専門分野はあった方がよいとは思いますが、何であるかは本質ではなく、弁理士資格を持っている必要もないかもしれません。わからないことは、勉強したり、ネットで調べるか、詳しい人に協力してもらえば必ずできますから。それよりも、自分から技術の本質、事業の本質に関わろうとすることが重要だと思います。

また、スタートアップ支援で求められるのは、事業に対する理解と対応するスキルセットです。この2つをクリアしないと、声がかかることはまずありません。まずはスキルを磨いておくこと。そして、紹介してもらうチャンスを得るには、自分がやりたいことを周囲に伝えておくことも重要です」(赤津氏)

最後に、自身も深くかかわる研究開発型スタートアップへのアドバイスをいただいた。

「R&Dスタートアップは、事業計画、R&D計画、資金計画、すべてを統合的に考えることが大切。スタートアップの成功は特許だけではないし、業種によっては特許が重要でないケースもあるものの、有益な知財をしっかり構築すべきです。基礎技術から、いかに最短距離で事業化に結び付けられるかが、アントレプレナーの腕の見せ所です。複合的な視野をもって、目的に向かって自分の仕事に臨むといいと思います」

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
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