知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方
【「第3回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞】メディップコンサルティング合同会社 代表社員 弁理士 大門良仁氏インタビュー
医薬バイオのマネタイズと関係が深い知財の在り方。弁理士の成功体験を増やしたい
IPASやBlockbuster TOKYOなど多くのアクセラレーションプログラムにメンターとして参加し、創業初期の創薬系スタートアップを中心に支援活動を続けている弁理士の大門良仁氏。自身もスタートアップの経営に参画し、知財をビジネスに活用する実践的な支援が評価され、第3回「IP BASE AWARD」の知財専門家部門で奨励賞を受賞した。スタートアップの知財戦略には専門家の伴走支援が必須だと語る同氏に、伴走するからこそできるフェーズに合わせた知財支援、また専門家としてのキャリアや知財マネタイズの課題について伺った。
メディップコンサルティング合同会社 代表社員 弁理士 大門 良仁(だいもん・よしひと)氏
フェーズ、見せる相手に合わせて知財戦略を立てる
医薬バイオ領域に関する専門家として、アクセラレーションプログラムの知財メンターや、プロボノ活動で数多くのスタートアップ支援も手掛けている大門氏。メンタリングでは、まず相手の会社がどのフェーズにあるかを意識して話を聞くようにしているという。
「会社のフェーズによって、あるべき知財、欲しい知財は異なります。例えば創業間もない、あるいは創業前のスタートアップがまず優先すべきは、投資家から出資を受けること。ですから、まずは投資家に響く知財戦略を立てていきます。ライフサイエンス領域であれば、投資家はプラットフォーム技術をできるだけ広くカバーするような特許のほうを好む傾向がありますから、事業の方向性も踏まえて、しっかりとプラットフォーム技術を押さえていることを示せる青写真を作ります」(大門氏)
ステージが進むと、次のラウンドへ向けたバリューアップ、あるいは製薬会社と共同研究の契約を結ぶために、パイプラインを意識した事業戦略に基づく特許戦略を立てていく。
「創薬の場合は、対ジェネリックに対して先発企業として独占排他性を持つような特許を取っておく必要があり、どちらかというと、ピンポイントの特許になります。例えば、抗がん剤として開発しているある化合物について、開発が進むにつれて、対象となる疾患や用法などの特性が決まっていきます。こうしたターゲット・プロダクト・プロファイル(TPP)をなぞる形の知財戦略を立てると、創業期に出願した物質特許から、用途特許が積み上げられて、製薬会社の好むような知財ポートフォリオを構築できます。仮に開発期間が10年以上かかり、物質特許の存続期間20年を満了しても、まだ用途特許がある、という見せ方ができるわけです」
急に生まれる発明を見落とさないためには伴走し続けることが重要
こうしたフェーズによる知財戦略の立て方の違いや、物質特許から用途特許でつないでいく方法を理解しても、スタートアップが自力で実践して形にするのは容易ではない。そこに専門家による伴走支援の必要性がある。
「スタートアップの場合、知財の仕事が毎日あるわけではありません。かといって、出願したあと、次に審査請求をするタイミングで専門家に相談するのでは、手遅れになりがちです。すでにビジネスが進んで方向が変わっており、特許事務所では手が行き届きません」(大門氏)
創薬の場合、たとえばある化合物の投薬量をどれだけ落とせば副作用が消えて薬効が出るのかは、地道な研究を続ける過程で急に見えてくる。こうした薬のプロファイルが刻々と変化するときこそ発明は生まれているのだが、弁理士や知財の専門家がそばにいないと見過ごされてしまう。
「ある日突然、薬の用法がガラッと変わる。それをいち早くキャッチするのが知財担当の仕事。毎日ではなくとも、1週間に1回、あるいは1ヵ月に1回、3ヵ月に1回でもいいから、伴走し続けることがとても重要です」
会議もウェブで済ませず、できるだけ現場へ足を運ぶようにしているそうだ。「スタートアップの社長や研究者のトップが『特許性はないですよ』と言っていても、専門家が見ればなんとなく感じることがよくあるのです。会議の後に、現場の研究者から話を聞くと、かなりの確率で知財とできるものが出てくるんです。
『再生医療関係では細胞自体の権利は取れない』と端から諦めているようなケースであっても、再生医療等製品として何らかの加工をしているのだから、細胞1つでは発明にならなくても『マーカーAが出た細胞が80%ある細胞集団』などと表現すれば新規性が見えてきます。経営者や発明者はこうしたテクニックを知らないけれど、専門家が伴走すれば適切な特許は取れます」
アクセラレーションプログラムは知財専門家にとって出会いの場
知財構築を目的としたIPASとは異なり、一般のアクセラレーションプログラムは知財が前面に出ることは少ない。大門氏にとってアクセラレーションプログラムは、スタートアップだけでなく、投資家や事業開発担当者との出会いの場と捉えているそうだ。
「ピッチ資料の作成などビジネスの話が優先され、知財メンターの出番がないことも正直あります。そもそもビジネス戦略がしっかり立たないと、知財戦略が立てられませんから。一方でアクセラレーションプログラムは、自分と相性のいい、あるいは違ったバックグラウンドの方に出会うための機会。
例えば、IPASに参加したことで、いろいろな投資家さんと出会えて、どんどんネットワークが広がりました。これまで支援してきたスタートアップとの出会いは、投資家やVCからの紹介がほとんど。私は創薬のど真ん中でしかバリューを発揮できないタイプですが、ピンポイントで連絡がもらえて、いい形のサイクルが回っています」(大門氏)
投資家や製薬企業の事業開発担当者と知り合うことで、投資家や製薬会社にどんなボールを投げたらはまるか、といった相手が期待する知財のレベル感がわかってくるという。
「投資家からみたらこのレベル、製薬会社ならこのレベル、とそれぞれにさじ加減があります。一般的には権利範囲は広ければ広いほどいいけれど、目的があっての特許出願なので、むやみにがんばらなくてもいい。投資家にハマる知財をタイミングを逃さず取ることが重要。創薬ベンチャーにとって資金調達は本当に大変なので、投資家の目線は常に意識するようにしています。一方で、製薬会社にとって大切なのは、ジェネリックや後続品を意識した特許ポートフォリオが重要で、権利範囲は狭くても無効にならない特許、そして製品のライフサイクルマネジメントが図れる特許ポートフォリオであることがより重要です。 」
ビジネスと知財は連動しているため、ビジネス戦略が固まるまでは知財戦略は立てられない。その間、大門氏は社内規定や契約といった法務全般の整備についてもアドバイスしているそうだ。
「知財法務関係で問題がないスタートアップはまずないと思っています。契約書のチェックから入ることもあるし、ノウハウ管理の問題を指摘することもあります。ノウハウのまま秘匿管理するときにも文書化は重要です。社外に出さないと決めるのであれば、どの情報を出さないかを文書化しておかないと、経営陣や従業員の間で認識のズレは必ず起きる。文書化すると、社長も自社のノウハウを正確に理解でき、投資家にも説得力のある説明ができます。投資家や製薬会社への話し方を含めて、ベースとなる知財を形作るのが我々専門家の仕事です」
エコシステムで専門家を育て、成功体験を
創業期から伴走する形で支援してきたスタートアップが製薬会社と提携や製品導出交渉をするような段階に進む頃には、社内にも知財担当者を設置しているかもしれない。ただ、大手製薬会社との交渉では、製薬会社側の知財部門によるデューデリジェンスはシビアであり、投資家が行うデューデリジェンスよりもはるかに厳しい目で審査される。その場合は、セカンドオピニオンとして経験豊富な社外専門家を利用するのも手だ。
「知財担当者の経験が浅く、大手知財部との交渉で十分に渡り合える自信がなければ、知財部員のメンターになってくれるようなセカンドオピニオン、壁打ち相手がいるといいですね。自分の考えで正しいかどうか、ほかの専門家から肯定が得られると若い知財部員の自信になります。最近では大手製薬会社の知財部でも社内教育システムが廃れてきているようにも感じますが、代わりに知財のエコシステムを使って、所属している組織と関係なく、製薬会社の知財部員が副業やプロボノとして、利益相反のない他社の若い知財部員のメンタリングをするようになるといいと思います」(大門氏)
そのように述べる大門氏には、スタートアップ支援の世界に入るロールモデルとなった人物がいるそうだ。
「最初に入ったアステラス製薬の知財部にいた方です。2000年代中頃に独立をされて、知財調査や知財部の外注業務を進めており、こういう働き方があるんだな、と。当時は知財専門家として支援活動をされる方は今よりもずっと少なかったのですが、そのうち会社が上場した、といったニュースを目にするわけです。
現在は支援した複数の企業がEXITを果たして、創業者株式(生株)やストックオプションで得た利益もかなりの額になっているそうです。こうした成功体験が知財の専門家にあってもいいのではと思います。仮に、まとまったお金が自分に入ったら、自身が支援先のスタートアップに研究資金を提供する、日本にはまだ数が少ないとされるエンジェル投資家になるなど違うステージに行けるかもしれません。すでに成功されている方がいらっしゃるので、追いかけるようにスタートアップの世界に飛び込んでよかったと思っています」
大門氏は、「IP BASE AWARD」の授賞式では、スタートアップの知財の課題として、マネタイズを挙げている。
「知財がマネタイズできるシーンは、顔を変えて次々とやってきます。知財が生まれる瞬間も顔を変えますが、役立つ瞬間は、ここではこの顔の知財のほうがいい、という勘どころがある。経験を積むとわかってくるものなので、もっともっと企業や知財部門からもスタートアップに入ってくる方が増えてほしいですね。スタートアップは楽しいので」
弁理士は、知財をビジネスに活用して製品を導出する場面にも関われる
大門氏の専門家として支援キャリアでは、当初プロボノ的にスタートアップの支援を始め、それが現在の活躍につながっている。スタートアップ支援に興味のある専門家へのアドバイスなども個人的に行なっており、近年は知財コンサルティングを専業とする弁理士、企業の知財部や大手事務所に勤務しながらプロボノ活動をする専門家の数は少しずつ増えてきたという。改めて最近の思いや成果について聞いてみた。
「インハウスで働いていた弁理士からすると、研究者と話すのは楽しいですし、それがマネタイズできた瞬間は本当にうれしい。近年、大手の製薬会社の研究所が閉鎖・縮小され、特許の出願件数が減少してしまうのは残念ですが、研究者と会話をする機会がなくなるのはもっと悲しいことです。
ですがスタートアップ支援をしていると、大手製薬会社で昔一緒に仕事をしていた人と出会えることがよくあります。再会はうれしいですし、困っていることがあれば、手を貸したくなりますよね。IPASで出会ったスタートアップを知り合いの投資家を紹介して、資金調達がうまくいったケースもあります。研究所がなくなって早期退職した方が再び輝ける場ができる。それは研究者に限らず、開発担当者や財務の担当者であってもいい。そこに伴走できるのは楽しい。
じつは弁理士は、特許出願や権利化を行う仕事も大事だけれど、資金調達で関わることもできるし、資金調達に成功すればスタートアップを興して研究者の雇用環境を整えることができる。また、そのスタートアップで生まれた知財をビジネスに活用して製品を導出する場面にも関われる。そこで面白い特許が生まれれば、特許事務所の先生も喜ぶ。いろいろな人との出会いを通じて循環する、それこそがエコシステムではないでしょうか」(大門氏)
メディップコンサルティング合同会社 コンタクト先:ydaimon17@gmail.com