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イベントレポート

知財セミナー「スタートアップが語る知財戦略のリアル~実体験からわかる、それやったらあかんやつ!?~」を開催しました!

 特許庁スタートアップ支援班は2023年2月9日、スタートアップと知財専門家のためコミュニティーイベント「スタートアップが語る知財戦略のリアル~実体験からわかる、それやったらあかんやつ!?~」を東京・千代田区のアキバプラザ レセプションホールにて開催した。特許庁の知財アクセラレーションプログラム(IPAS)経験者のスタートアップ3社が登壇し、過去の知財活動や失敗談を紹介。それらに対して専門家が知財活動のポイントやトラブルの回避方法について解説した。

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 実体験の事例を紹介するスタートアップは、株式会社カウリス 代表取締役 島津敦好氏、ソナス株式会社 代表取締役CEO 大原壮太郎氏、株式会社チトセロボティクス 代表取締役社長 西田亮介氏の3名。専門家として、弁護士法人STORIAパートナー弁護士 柿沼 太一氏、株式会社Tech CFO office 代表取締役社長 松本 雄大氏、特許庁総務部 企画調査課 課長補佐(スタートアップ支援班長)の芝沼 隆太氏、司会進行役にビジネスタレント協会 代表でバンドオブベンチャーズ 代表の田原 彩香氏が参加した。

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司会進行役のビジネスタレント協会 代表 バンドオブベンチャーズ 代表 田原 彩香氏

国内外の類似特許を徹底的に調査(株式会社カリウス)

 株式会社カリウスは、ICTサービスを支えるセキュリティインフラを目指し、不正アクセス検知サービス「FraudAlert(フロードアラート)」を中心としたSaaS型サービスを展開している。オンラインサービスの普及とともに、不正ログインやクレジットカードの不正入金、不正な銀行や証券口座の開設といった犯罪が横行している。FraudAlertは、銀行や通信会社などと連携し、金融や決済に関わるブラックリストデータを業界横断で共有、蓄積したビッグデータを活用して不正利用を防ぐサービスを開発。さらに、ビッグデータの解析結果を監督省庁に情報提供することで犯罪減少へとつなげている。

 現在は主力のFraudAlertに加え、新たな事業として電力データに基づくなりすまし検知機能の強化に向けて、電力会社と提携し、不正な口座開設の検知サービスを構築中だ。

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株式会社カウリス 代表取締役 島津 敦好氏

 サイバーセキュリティ企業は、アメリカ、中国、ロシア、イスラエルに集中しており、これらの国々は知的財産にも敏感だ。島津氏は、サイバーセキュリティ事業を立ち上げる際、海外の類似する特許を調査したところ384件が見つかり、それらすべての請求項を読み込み、他社の権利に抵触しないかどうかを調べたという。その後も、半年に1度は類似特許を調べて市場を把握することを習慣化しているとのこと。反省点としては、特許調査にリソースをかけ過ぎてしまったので、ある程度は専門家に任せたほうが良かったのでは、と考えているそうだ。

 柿沼氏は、「特許調査にどこまで費用や時間をかけるのかは、各スタートアップの事業領域によって異なります。サイバーセキュリティ事業では、自社の研究開発の効率化と他社の権利を踏まないようにするために調査にリソースをかけることが重要です。問題は自ら調査をするか、専門家に依頼するかですが、創業期のスタートアップはお金ないことと、代表者自らの特許調査を通じて自社の開発の方向性も検討できたことから、初期の段階で専門家に依頼せずに自身で調べられたことは決して間違っていなかったと思います」と評価した。

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弁護士法人STORIAパートナー弁護士 柿沼 太一氏

 島津氏は、初期のVCと知財戦略について深く議論をしたことが、その後の知財活動に活かされているそうだ。特許の重要性については「事業の継続性のためには商標と特許を押さえておくのは必要。どこかの段階でやっておくべき。国内でも類似のサービスで訴訟になる可能性がありますから知財で足元を守っておくことは大事です」と語った。

 相性のいい弁理士を見つける方法として、「類似の技術案件をこなしたことのある先生は親和性が高い。自社に類似する企業の顧問の先生を探すといいと思います」とアドバイスした。

資金調達時に海外の先行特許が発覚!

 ソナス株式会社は省電力低遅延のIoT向け無線通信技術「UNISONet」を開発する東大発ベンチャー。UNISONetはセンサーが中継器を兼ねることで広範囲に通信をおこなえるマルチホップ無線通信技術で、広域現場のセンサーの一元管理や、ビル周辺のサービスをひとつのネットワークで提供可能な点を強みとしている。

 事業としては、UNISONetの無線モジュールを組み込んだゲートウェイやセンサーユニットとクラウド上のIoTシステムをプラットフォームとして提供し、ビルや橋梁などさまざまな建造物の地震計の常設設置や傾きの監視に採用されている。2022年には屋内の人や物の位置情報をリアルタイムに把握できる測位システムのサービスも開始するなど事業を拡大している。

 UNISONetは「同時送信フラッティング(CTF)」という転送方式を実用化した独自規格だ。大原氏らはCTFが発見された2011年から技術研究を続け、2015年にソナスを創業、2017年から営業を開始した。ところが、2018年10月の2度目の資金調達のタイミングで先行特許が見つかってしまう。専門家に調査を進めてもらったところ類似ではあるけれど抵触はしていないことがわかり、最終的には事なきを得たという。

 反省点として、「我々はこの技術の第一人者、という驕りから先行調査をしなかったのが原因」と振り返る。その後は専門家に依頼してしっかりと知財調査をしているそうだ。

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ソナス株式会社 代表取締役CEO 大原壮太郎氏

研究室とビジネスとのギャップを学びとして活かす

 もうひとつのケースとして、研究上ではわからなかった問題が社会実装で見つかる事例を紹介。地震計を設置から1年以上経過後に、顧客からセンサーノイズの発生報告があったという。反省点として、実環境で新たなエラーが発生し得ることを事前に想定していなかったことを挙げる。このエラーは約6万5000分の1の確率で起こることがわかり、現在はそのエラーをカバーする特許も出願しているそうだ。

 柿沼氏は「実環境での実験は大学ではあまりやらないので、実装後に出てきた課題をカバーする知財は強みになります」とコメント。

 最近は先端技術への理解があるVCが増えており、大学発ベンチャーも資金調達しやすい環境になってきているそうだ。松本氏によると「VCのキャリアに興味を持つ技術系が増えており、技術系VCではない一般のVCもアドバイザーとして社内に弁理士や研究者を抱えるようになっています」とのこと。

 ソナスは2018年度のIPASに参加。知財の優先順位についてIPASで専門家に相談したところ、「ビジネス戦略がないと知財単体では武器にできない」と指摘され、当初社内で考えていた優先順位とは違う出願内容や順番となったそうだ。

 松本氏は「新規ビジネスでは特に知財単体で評価するのはとても難しい。社長自身が顧客のニーズを拾って、どの技術がマッチするのかをすり合わせた泥臭いビジネスの話を語ることによって会社の価値が生まれてきます」とアドバイスした。

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株式会社Tech CFO office 代表取締役社長 松本 雄大氏

ロボティクス スタートアップの知財とお金のリアル

 チトセロボティクスは、産業用ロボットの制御プログラミングソフトウェア「crewbo studio(クルーボスタジオ)」を開発するロボティクススタートアップ。同社は人間の神経系をアルゴリズム化した技術をコアに、短期間かつ低コストでの産業用ロボットの導入を支援するサービスを展開している。産業用ロボットの導入には、初期設定やプログラミングに多額の費用と数か月もの期間がかかるのが一般的だが、crewbo studioでロボットの制御プログラムを作成すれば、こうした設定や調整なしに低コストかつ短期間での導入が可能になる。

 同社は2020年度のIPASに参加し、メンタリングを経て、従来の受託によるロボット導入事業から制御技術と知財を主軸にしたビジネスに方向転換し、「crewbo」シリーズを開発した経緯がある。

 西田氏は、知財にまつわる実体験として3つのケースを挙げた。

 1つは、企業からのロボットシステム開発の案件で、見積もり後に特許譲渡を要求された、というケース。権利譲渡が前提であれば見積金額が変わるはずだが、顧客企業との関係上、スタートアップ側は強く出づらい。そこで対策として、知財の帰属先を明確にした契約タイプのメニューを提示するようにしているそうだ。

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株式会社チトセロボティクス 代表取締役社長 西田亮介氏

 柿沼氏は、「AI開発委託案件ではデータを持つ委託者と開発事業者との間で権利帰属の問題は必ず発生します。権利帰属の条件が後出しになるとスタートアップは立場的に厳しいので、先に契約タイプのメニューを提示するのは、交渉コストも下がり、すごくいい戦略ですね」と好評価。また「スタートアップは時間が大事。契約交渉をしてみて、交渉態度がいかにも大企業的で、想定外に交渉が長引くような企業とは、仮に契約を締結してもうまくいかない可能性が高い。そのような場合は早めに見切りを付けることも大事。」とも。

 松本氏は「共同開発の成果を特許出願する場合、自社にとってコアなのか周辺なのかの見極めが大事。周辺技術であれば譲ってもいいが、コアの技術は自社で確保しておくこと」とアドバイスした。

 2つ目は、資金調達の考え方について。西田氏は4社目の起業で、過去3社では総額5.5億円を資金調達してきたが、チトセロボティクスでは資金調達をしていない。その理由として、VCなどから資金調達するとEXITを目指さなくてはならないなど、創業者の自由度が制限されてしまうことを挙げる。研究開発費は、国の支援事業での補助金や助成金を活用してまかなっているそうだ。

 松本氏からは、「研究開発要素の強い会社が資金調達する場合はタイミングが肝心。投資家はリターンを求めますし、投資を受けたら経営者はそれに応える義務が生じます。事業化までのロードマップが見えるまでは安易に調達しないという考え方も重要です」とコメントがあった。

 3つ目は、ソフトとコンサルティング価格の値付けの難しさ。産業ロボットの導入は人件費の削減になるが、経理上は機械装置として扱われる慣習があり、価格を上げづらいのが悩みだという。現在、チトセロボティクスでは製品価格は競合の4分の1程度に抑え、コンサルティング料はロボット業界の相場に比べるとやや高めに設定している。

 松本氏は、「本来は知財に価値があるのですが、それだけではディスカウントされてしまいます。知財よりも製品、製品よりも会社としてパッケージングすることに価値が生まれます」と話す。

 柿沼氏は、「おそらくロボットだけで顧客企業の課題が全て解決することはないので、ロボットと合わせてコンサルティングに求められる部分は大きい。ロボットという製品とコンサルをセットで提供するのはいい形だと思います」とコメントした。

特許庁のスタートアップ支援施策

 最後に特許庁の芝沼氏から特許庁のスタートアップ支援施策を紹介。

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「スタートアップの企業価値は、技術とアイデア(知財)に集約されるが、スタートアップコミュニティにおける知財意識は低い。創業期のスタートアップにとっての知財は、競合企業の参入防止だけでなく、資金調達への貢献、信用力とブランド力の向上、業務提携等への寄与などの活用効果がある。一方で、不十分な知財戦略は、VC等による資金調達やM&Aなどの機会を逸失するリスクもある。」

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特許庁総務部 企画調査課 課長補佐(スタートアップ支援班長)芝沼 隆太氏

「特許庁では、スタートアップの知財戦略構築を支援するため、知財アクセラレーションプログラム(IPAS)を実施している。採択したスタートアップにビジネスの専門家と知財専門家のメンタリングチームを派遣し、ビジネス戦略と連動した知財戦略の構築を支援している。派遣先スタートアップの技術分野等を考慮してメンター陣を厳選しているのも特徴だ。」

「また、スタートアップ向けの知財コミュニティの形成を促進するため、IP BASEサイトでの情報発信やイベント、勉強会の開催で啓発活動を行っている。そのほか、平均2.5か月で審査結果がわかるスーパー早期審査、特許の手数料が3分の1に軽減される制度など、スタートアップ向けの支援制度をうまく活用していただきたい。」

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