イベント告知・レポート
信頼できる専門家を紹介できることがスタートアップ支援で重要 「スタートアップ、知財専門家、支援者のためのネットワーキングイベント2024 by IP BASE in 大阪」レポート
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2024年7月29日、特許庁スタートアップ支援班は、知財イベント「スタートアップ、知財専門家、支援者のためのネットワーキングイベント2024 by IP BASE in 大阪~資金調達、イグジットにつながる知財戦略と支援~」を大阪イベノーションハブ(OIH)にて開催した。スタートアップ投資ファンドを運営する株式会社Monozukuri Ventures代表の牧野成将氏、スタートアップへの知財支援に定評のあるiCraft法律事務所 代表 弁護士・弁理士の内田誠氏による講演とパネルディスカッションを実施した。
10年を超える大阪のスタートアップエコシステム
冒頭では、公益財団法人大阪産業局 スタートアップ支援事業部 石飛恵美氏が登壇し、関西のスタートアップエコシステムについて説明した。
大阪イベノーションハブは、2013年に大阪市が開設したスタートアップの支援拠点だ。資金調達、事業連携、プロダクトローンチ、起業――の4つの支援をミッションに、ピッチコンテストやワークショップ、ハッカソン・アイデアソンなど年間200以上の多彩なイベントを開催している。
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石飛恵美氏
特許庁のスタートアップ支援施策
続いて、特許庁総務部企画調査課 スタートアップ支援班長 関口 英樹氏より、「特許庁のスタートアップ支援施策」として、スタートアップ向け知財コミュニティー「IP BASE」、知財総合支援窓口「INPIT」、知財アクセラレーション事業「IPAS」、VCへの知財専門家派遣事業「VC-IPAS」、特許料・審査請求料の減免制度、スタートアップ対応スーパー早期審査を紹介した。
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関口英樹氏
M&Aを考えるならば、知財が重要
株式会社Monozukuri Ventures CEO 牧野 成将氏による講演「投資、イグジットにつながるスタートアップの知財」では、シード系VCの視点から投資の5つのポイントを紹介した。
Monozukuri Venturesは、日本と米国に拠点をもつハードウェアとディープテックに特化したベンチャーキャピタル。日本のものづくりの力と米国のスピード感をかけわせて製造業のイノベーションを起こすために2015年に設立し、日米ハードウェア、ディープテックスタートアップ57社への投資、試作と量産化の支援、大手企業向けの新規事業創出や体制整備の支援を行なっている。
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牧野成将氏
VCがスタートアップに投資する際のポイントは、スタートアップの経営者あるいは経営チーム マーケット規模・成長性・タイミング、プロダクトやビジネスモデルの有意性、キャッシュフロー、出口戦略――の5つ。
一般的には、ピボットする可能性が高いシード期は、製品や技術の優劣よりもチームの評価が重視されるという。米国のスタートアップでは平均3、4回のピボットがあり、ピボットへの判断が早い経営者やチームは優秀と評価されるそうだ。
一方でディープテックの領域では、製品や技術の優劣も重視される。研究開発に時間とお金がかかり、自力で資金調達して十分な人材と研究施設を確保し、製品化までこぎつけられるのは稀だ。そこで米国のディープテックスタートアップは、M&Aで大企業の傘下に入るケースが主流となっている。M&Aはイノベーションのジレンマを克服できる唯一の方法とも言われている。それはニアリイコールでスタートアップの人材や知財を買うという行為だ。
IPOが主流の日本でもディープテックスタートアップのM&Aは今後、より重要になってくると言われる。出口戦略(イグジット)としてM&Aを考えるのであれば、知財の重要性はより増してくる。牧野氏は、早い段階から知財専門家との関係を構築してアドバイスを受けておくことが大事、とアドバイスした。
知財で失敗しないためにスタートアップが知りたい基礎知識
iCraft法律事務所の内田氏による講演は、「誰もが知っておきたいスタートアップの知財基礎知識と陥りやすい失敗の対策とケア」と題し、知財戦略を構築するための基礎知識を事例とともに解説した。
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内田誠氏
まず、知的財産権による技術等の保護を行う意義について説明。特許の出願数や登録件数に重きを置きがちな企業もあるが、知的財産権は、ビジネス守る手段であって、知的財産権を取得することが目的ではない。守る手段とは、他社による模倣の予防、他社に対する参入障壁、他社による権利取得の防止――の大きく3つ。また、VCから資金調達する場合などでは、知的財産権を取得していることによる会社の価値と評価の向上も意識する必要がある。
知財戦略構築の大原則は、(1)権利化を図るべき対象を特定し、どの知的財産権で何を保護をできるかを検討、(2)発明や意匠の場合は知的財産権を受ける権利が確保できているか、(3)著作物の場合は著作権の帰属を確認(2と3については、契約内容が重要)、(4)最後に出願すべきか否か(オープンクローズ戦略)、(5)実際に取得できる権利がビジネスを守るための手段として効果的に機能するか否か――の5点。これらを抑えておけば、まず知財で大きな失敗をすることはないとのこと。
オープンクローズ戦略の基準は、ノウハウを秘匿した場合に秘密を維持できるか、技術的価値の長さ(長ければノウハウ秘匿)、他社が権利侵害した場合の発見の容易さ、特許出願をして、特許査定が得られるか、他社が権利化する可能性(防御的出願)、権利化後の回避の容易さ、コア技術or周辺技術(コア技術はノウハウ秘匿を検討)の7項目で検討するといいそうだ。
事例として、AI関連発明(ビジネスモデル)の特許を紹介。金銭取引の見守りを支援するAIサービスの特許だが、請求項には、機能が記述されているだけで、具体的なAIの技術に関しては一切触れられていない。具体的なシステム構成ではなく、ビジネスモデルとして権利化することで権利範囲を広く取っている。
最後に、スタートアップのよくある知財の失敗例として、「特許を出願する前に技術内容を公開してしまった」、「不要な構成を構成要件に入れて権利範囲が狭くなった」、「PCT出願しておらず、将来展開する予定の国での権利化ができなくなっている」といったケースを紹介。特にバイオ系や医薬系では各国の知財を押さえていないと投資が受けられない可能性もあるので十分に注意しよう。
信頼できる専門家を紹介できる支援とスキームが必要
パネルディスカッションは、パネリストには講演者の牧野氏と内田氏、さらにモデレーターとして特許庁の関口氏が参加し、「関西発グローバルスタートアップ創出に必要な支援とは」をテーマに議論を展開した(以下、敬称略)。
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関口:これまで多くのスタートアップ支援してきたなかで、支援がうまくいったケースと失敗したケースがあると思います。どのような支援が有効だとお考えですか。
牧野:知財に関しては、スタートアップよりもVCにその重要性を伝えることが大事なのではないかと思います。というのも、スタートアップはなかなか知財まで意識が回らない。支援者側がスタートアップと知財専門家へのつなぎ役になれるといい。ものづくりに関しては、スタートアップは量産化の壁があり、生産への橋渡しをする役割も私達のようなVCが担っている。お金を投資するだけでなく、知財やものづくり、それぞれに適切な専門家につなぐ役割があると思います。
内田:支援がうまくいくかどうかは、スキーム設計にかかっています。実際の失敗事例として、契約書を結ばずに他社工場で試作量産をしていため、設計図が公開され特許が取れなかったケース、建材に使う物質を世界に販売したいが、海外の特許を取っていなかったというケースがあります。自分たちのビジネスは、どの国で何をしたいのか、どの情報を誰に出すのかを整理したうえで、動く前にひとこと相談してほしい。ひとこと相談するだけなら、それほどお金がかかりません。ほんの十数万円を払うかどうかで会社の将来は大きく変わります。スキーム設計と相談するタイミングは大事です。
関口:知財は先に押さえておかなければならないけれど、創業時はお金も時間もなくて後回しになってしまいがちですね。早い段階で専門家に相談してもらえるように、我々はどのような支援をしていけばいいでしょうか。
牧野:以前にシェアオフィスの入居条件として勉強会を開催したことがありますが、強制的なやり方では、参加してもあまり身に付かなったようです。しかし、最近はスタートアップの知財マインドが醸成されてきているように思います。米国では、起業する際に弁護士に相談し、弁護士からVCを紹介してもらっています。日本も徐々にそうなっていくのではないでしょうか。
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内田:取引をするときは弁護士に相談し、技術を公開するなら弁理士に出願を相談することが大事。ただ、ビジネスや技術がわからないと、実態に合わない契約書を作成してしまうことがあります。士業側もビジネスや技術を理解し、実態に応じた対応ができるように変わっていくことが課題です。
関口:牧野さんは、ものづくり×テクノロジーに投資されていますが、ものづくりとソフトウェアの融合の観点から見えてきている課題はありますか?
牧野:グローバルで見た時に日本のスタートアップがソフトウェアだけで勝負するのは難しい。グローバルで戦うには、日本の強みである、ものづくりと掛け合わせることがポイントだと考えています。そのためにはものづくりとの掛け合わせによる特許戦略が効いてくるように感じています。
関口:初期のスタートアップが専門家とつながるためには?
内田:支援する側としては、良い専門家の情報を蓄積するようにしています。弁護士であればこの分野ならこの人というのはだいたいわかります。弁理士であれば、実際に私が一緒に仕事をした弁理士の中で仕事がしやすかった方を中心に良い専門家の情報を集めています。それぞれに専門分野があるので、スタートアップや案件に合わせて適した人を紹介できるようにしています。
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牧野:私たちも信頼できるという方を紹介するようにしています。シリコンバレーでは、インナーサークルと呼ばれています。スタートアップが時間もお金もない中でスピード感をもって進めるには、インナーサークル型でやっていくのもひとつの方法です。インナーサークルのメリットは、紹介責任があること。紹介する側もされた側も責任を伴う文化を作っていくことが大事。関西でもインナーサークルができあがっていくといいと思います。
関口:最後に、これから大阪のスタートアップはどこを目指していくべきでしょうか。
内田:グローバル市場を目指してほしい。最初からグローバルを前提にしたビジネス戦略、知財戦略を構築すること。お金はかかりますが、それだけ価値のあるビジネスモデルや技術をつくり、VCから十分な資金を得て、グローバルに出るのが一番うまくいく方法だと思います。
牧野:日本が人口減少するなか、グローバル戦略は不可欠。関西は東京に比べてマーケットが小さいので、グローバルにならざるを得ない。マーケットが小さいことはピンチでもありチャンスでもある。関西が日本のスタートアップの先陣を切ってグローバル進出していくことに期待しています。