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イベント告知・レポート

スタートアップと大学の知財交渉で課題になることは何か。想定される具体的なシーンをもとに専門家が議論 「オープンイノベーションにおける成功と罠~これまでの議論で見えてきた理想形とは~」レポート

 特許庁は2024年10月3日に日本科学未来館で開催された「UNITT アニュアル・カンファレンス 2024」にて、特許庁IP BASEセッション「オープンイノベーションにおける成功と罠 ~これまでの議論で見えてきた理想形とは~」を実施した。大学発スタートアップと大学の知財管理部門担当者が登壇し、大学発スタートアップと大学間での知財交渉をテーマに、知財の実施権の設定やライセンス料の支払いにおける課題について議論した。

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連携交渉の新たな選択肢「オープンイベノーション促進のためのOIモデル契約書」

 特許庁では、「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書」(以下、OIモデル契約書)を作成し、オープンイノベーションポータルサイトで公開している。「OIモデル契約書」は、従来の常識とされていた元請け・下請け関係の契約形態とは異なる、新たな契約の選択肢として制作されたもの。また、契約書のひな形ではなく、契約の想定シーンを設定し、条項例とその解説、条文の変更例を提示している。また、「OIモデル契約書」の内容をわかりやすく解説したパンフレットとマナーブックも公開されているので、オープンイノベーションを検討している関係者は目を通しておくといいだろう。

 このセッションでは、「OIモデル契約書(大学編)」に取り上げられている想定シーンを題材に、大学発スタートアップと大学側の知財交渉の課題を議論した。

 セッションには、内田・鮫島法律事務所 弁護士の鮫島正洋氏をモデレーターに迎え、筑波大学発スタートアップであるピクシーダストテクノロジーズ株式会社 代表取締役COOの村上泰一郎氏、名古屋大学 学術研究・産学官連携推進本部 知財・技術移転部門 部門長の鬼頭雅弘氏、九州大学 学術研究・産学官連携本部 知財・ベンチャー創出グループ 教授/九大OIP株式会社 執行役員の古橋寛史氏、特許庁 総務部 企画調査課 知的財産活用企画調整官の金子秀彦氏が参加した。

想定シーン:実施権の設定についての交渉

 最初のテーマは、大学発スタートアップのX社とY大学の実施権の交渉シーン。X社は、知財譲渡を求めるがY大学側は拒否。専用実施権のライセンスを提案するが、これも大学側からは難色を示されてしまう(参考:「OIモデル契約書ver2.0解説パンフレット(大学・大学発ベンチャー)PDF」の11~26ページ)。

鮫島氏:大学発スタートアップは大学の研究成果を社会実装するものだから、大学から特許の譲渡もしくはライセンスを受けないとバリュエーションがつかなくなる。譲渡、専用実施権、独占的通常実施権の違い、あるいは「独占的」ではない通常実施権ではなぜいけないのか、という論点から議論していきたい。



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内田・鮫島法律事務所 弁護士 鮫島 正洋氏

村上氏:企業側の立場では、当然、譲渡がうれしいです。特に研究開発を行うスタートアップは投資先行型なので研究開発資金の調達は必須で、その際VCからも特許の有無を必ず聞かれたので、できれば「我々が持っている」と言えるのが理想ではありますね。



3.jpgピクシーダストテクノロジーズ株式会社 代表取締役COO 村上 泰一郎氏

鮫島氏:かつては譲渡でなければ投資しないVCもいたが、最近は理解が進み、通常実施権や独占的通常実施権でも投資してくれるようになってきています。一方で、譲渡を認めてくれる大学も少数ですが出てきている。名古屋大学と九州大学のお考えは?

鬼頭氏:譲渡は大学の手から権利が離れてしまうので、問題のある相手に権利が売却される可能性もある。絶対に譲渡しないわけではないけれど、企業との信頼関係が構築されていない状況で譲渡するのは難しい。例えば、上場審査の段階であれば協議に入りますが、立ち上がったばかりのベンチャーにはどうしても慎重になってしまう。



4.jpg名古屋大学 学術研究・産学官連携推進本部 知財移転部門 部門長/教授 鬼頭 雅弘氏

古橋氏:九州大学も同じで、大学側にもいろいろなリスクがあります。スタートアップにも段階があるので、タイミングを見ながら適宜譲渡するというのは十分にありえます。



5.jpg九州大学 学術研究・産学官連携本部 知財・ベンチャー創出グループ 教授/九大OIP株式会社 執行役員 古橋 寛史氏

鮫島氏:スタートアップのバリュエーションの観点からは譲渡がいいけれど、先生方のおっしゃることも理にかなっていますね。

村上氏:まさにおっしゃる通りで、スタートアップ側からしても、起業してすぐに譲渡となるとコスト的にも重すぎる。コアとなる特許は譲渡を交渉して、それ以外はライセンスの形態を取り、事業の進捗を見ながら将来譲渡の約束をして進めていくのも手だと思います。

鮫島氏:譲渡を理想形にしつつ、暫定的に専用実施権か独占的通常使用権のライセンスを受ける形ですね。

鬼頭氏:基本的に大学側は独占的通常実施権でライセンスします。なぜなら、専用実施権は、大学側に権利を残したまま、単独で訴訟を起こせてしまうというリスクがあるからです。

鮫島氏:大学名義の特許が訴訟になると困るわけですね。仮に、スタートアップが専用実施権で訴訟を起こして、相手側が無効請求をした場合、それは大学側に来てしまう。構造が捻じれているのが問題です。

鬼頭氏:そうです。スタートアップが生き残るために訴訟が必要であれば、専用実施権より譲渡にしてもらったほうがいい、という考えです。

古橋氏:大学にとって訴訟はリスクですが、スタートアップを後方支援する仕組みを整備していかなければいけない。その観点で、権利をスタートアップ側に渡すか、大学側に残したほうがいいのかを併せて考える必要があると思います。

鮫島氏:法律的な解説をすると、専用実施権を持っていると差し止め請求ができ、独占的通常実施権では、原則として差止め請求はできないという違いがある。すると、投資家の立場としては、模倣品が出ても訴訟ができないスタートアップには投資しづらいわけです。

村上氏:そうですね。出資の際にできるだけ懸念事項を取り払うには、できる限り、専用実施権や譲渡など、ある程度の権利を持っておくのが当然理想ではあります。

鬼頭氏:例えば、譲渡に応じる条件をきちんと決めておくのも手です。あいまいにせずに、例えば、売上や資金調達額の累計額がいくらを超えたら譲渡に応じるなどと設定すれば、投資家も投資しやすくなるのではないでしょうか。

鮫島氏:いわゆる譲渡オプション的なライセンスですね。

金子氏:「OIモデル契約書」でも、最初は独占的通常実施権にしておいて、ある程度、事業の見通しが立ったら譲渡にしましょうと提案しています。今回の議論を聞いて、次回のバージョンでは、あらかじめ売り上げや投資額など移行の条件を決めておくことも取り入れようと思います。

6.jpg特許庁 総務部 企画調査課 知的財産活用企画調整官 金子 秀彦氏

想定シーン:ライセンス料の支払いについての交渉

 次の想定シーンは、対価(ライセンス料)の交渉場面。専用実施権を設定するに至ったX社は、ライセンス料の支払い方法について交渉を開始した。スタートアップは売り上げの見込みが立っておらず、ライセンス料を現金一括で支払うのは難しい。そこで、特許の取得・維持にかかった実費については現金で、残りは新株予約権で支払うことを提案した(参考:「OIモデル契約書ver2.0解説パンフレット(大学・大学発ベンチャー)PDF」の27~39ページ)。

鮫島氏:スタートアップはお金がない。とはいえ、無償ライセンスというのは大学としても容認できない。そこを埋め合わせるために新株予約権を使うわけですね。

村上氏:我々も、共同研究で生まれた知財を譲渡してもらう代わりに、ある程度まとまったストックオプションをお渡しする、という契約をしたケースがあります。ほかの大学発スタートアップからもストックオプションを活用した話をよく聞くようになってきました。

古橋氏:ここ数年で大学側も変わってきており、前向きに新株予約権を検討するようになっています。本学でもスタートアップ支援として規定を整えるように言われています。

鬼頭氏:名古屋大学でも積極的に新株予約権を活用しています。通常、企業とのライセンスでは、一時金として特許にかかった経費を現金でもらい、プラスアルファとしてランニングロイヤリティを支払っていただきます。新株予約権は、実際に収益が得られるかは不明ですが、そこはスタートアップ支援として投資する、という建て付けにしています。

鮫島氏:次の論点は、新株予約権をどのくらいもらうのか。例えば、大学が特許化にかけた費用の1000万円を回収したい場合、新株予約権のひとつの価値が1万円なのか、100万円なのか、あるいは1億円なのか、まったくわからずに契約するのはずさん会計とも言える。どのように価値を決めるのかは、「OIモデル契約書」の委員会でも議論になり、バリューがつくまで待ってから別途協議する、という形にしています。

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鬼頭氏:問題は、必ずしも上場がゴールではないことです。スモールビジネスとしてある程度の収益を得ているのに、新株予約権がいつまでも換金できないのは困る。新株の価値を想定し、一定期間までにイグジットしなければ買い取る、という条件を入れることも可能であれば検討したい。

村上氏:そのやり方では、投資契約の株式買取請求権のようになってしまわないでしょうか。株式買取請求権は、過去に相当苦しめられた話も聞くので、知財契約には入れないでほしいところですし、入れるにしても双方にとって良い形を考える必要がありそうです。

鮫島氏:イグジットしなかった場合に回収できないのは仕方がない部分はあるかと思います。成長しているけれど上場しない場合は、分割払いにしてもらうといったやり方もできるのではないでしょうか。

鬼頭氏:新株を設定する時期が重要になりますね。創業当初の株価はすごく安いので、対価として見合うだけの数となると、会社の経営権を握ってしまうほどの数になる。なので、株価が上がることを予想して設定しないといけない。ある程度、レートが上がってきたら対価を計算しやすくなるので、ライセンスはもう少し後にしましょう、となるわけです。

鮫島氏:しかし、スタートアップとしては、できるだけ早くライセンスを受けたい。すると、どうしても時差が生じるわけですね。

鬼頭氏:譲渡あるいは専用実施権でライセンスをしてしまったら、スタートアップ側はその後の特許費用を全部持たなくてはならないので、さらに費用負担は大きくなります。それよりも、将来的にはライセンスできるという契約が盛り込まれていれば、投資家は納得してもらえますから、スタートアップ側にもメリットがあると思います。

鮫島氏:いずれにしても、新株予約権はキャッシュフローのないスタートアップにとって有効な支払い方法であることは間違いない。その運用をどうしていくかという話は、まだPRが足りていない。今回の議論を含めて、もっと世の中に明らかにしていきたい。

 最後に、特許庁の金子氏が「大学とスタートアップのオープンイノベーション促進のためのマナーブック」から「理想的なパートナーシップを構築するためのマナー5か条」を紹介した。大学発スタートアップの創出を推進する担当者は、ぜひ参考にしていただきたい。

 
8.jpg理想的なパートナーシップを構築するためのマナー5箇条(出展「大学とスタートアップのオープンイノベーション促進のためのマナーブック」)

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