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岩手大学発スタートアップの事例から学ぶ、産学連携の知財課題とVCの活用法 「大学発スタートアップの知財戦略とベンチャーキャピタルとの付き合い方」レポート
2024年10月11日、岩手大学 研究支援・産学連携センターは、特許庁、みちのくアカデミア共創プラットフォーム(MASP)協力のもと、スタートアップのための勉強会セミナー「大学発スタートアップの知財戦略とベンチャーキャピタルとの付き合い方」を開催した。セミナーでは、岩手大学発ベンチャーである株式会社バイオコクーン研究所とベンチャーキャピタルの株式会社ファストトラックイニシアティブがそれぞれの立場から講義とトークセッションを行った。
岩手大学発ベンチャー バイオコクーン研究所の知財戦略
第1部では、「岩手大学発ベンチャー バイオコクーン研究所の事業における知財戦略」と題し、株式会社バイオコクーン研究所 研究部 部長 博士(農学) 石黒慎一氏と、第一工業製薬株式会社 研究本部 知的財産部 部長 弁理士 正司武嗣氏が株式会社バイオコクーン研究所の事業内容と知財戦略について講演した。 産活用企画調整官の金子秀彦氏が参加した。

株式会社バイオコクーン研究所 研究部 部長 博士(農学) 石黒 慎一氏
前半は、石黒氏が研究の経緯と事業内容を紹介した。バイオコクーン研究所は、岩手大学農学部 応用昆虫学研究室の研究成果をもとに、蚕由来の機能性物質による認知症予防や非繊維型の養蚕産業の創出に取り組んでいる。
同研究所がカイコハナサナギタケ冬虫夏草(カイコに寄生する菌の一種)から発見した新規物質「ナトリード」には神経細胞の成長促進効果やグリア細胞のアストロサイトの増殖、ミクログリア機能の抗炎症型への誘導があり、認知症予防や認知機能の向上が期待されている。2013年には「ナトリード」の特許を取得、2020年には岩手大学発ベンチャーとして認定を受け、企業との共同研究や補助金を活用して研究開発を進めてきた。同社では、蚕の蛹を材料にカイコハナサナギタケ冬虫夏草を育てる独自製法を開発し、完全国産の冬虫夏草を実現。地方自治体とも協力して、蚕を繊維以外(ヘルスケア機能性食品など)に利用する新しい養蚕のビジネスモデルの創出を目指している。
同社は2001年に東白農産企業組合として設立し、2016年にバイオコクーン研究所として株式会社化し、2018年以降は第一工業製薬のグループに入っている。起業当時は、共有特許のため自由に使えず事業化を進める上での制約になってしまったという。現在は、第一工業製薬の知財部門が知財戦略を構築し、多面的な権利保護を行っているそうだ。
後半は正司氏に代わり、大学、企業および大学発ベンチャーのそれぞれの立場やリソースの違いによる知財活動のギャップを説明した。

第一工業製薬株式会社 研究本部 知的財産部 部長 弁理士 正司 武嗣氏
大学は産業と科学技術の発展が使命で、広く技術を公開する傾向がある。一方、企業は収益化が重要で、利益の核心になる部分を秘匿しつつ、開示可能な情報を公開して仲間を増やそうとする傾向がある。このことに起因して、公開方針や権利化のアプローチに違いが出てくる。
連携するにあたっては、大学は技術の補完をパートナーに求めるが、企業は特許共有による収益低下を懸念して連携の要否を厳密に検討する。大学は論文を公開してスポンサーを募る一方、企業は非公開を好むことが多い。大学はリソースの制約から特許範囲が狭くなりやすい。また、共同研究でパートナーが多いと利益が減る問題も指摘した。
産学連携においては、大学の学生が実験結果を論文で発表することがあるが、企業側は公開を避けたい場合があり、特許権の共有や公開時期の調整が必要だ。また社会実装にあたっては、企業は事業方針に応じて必要な技術の権利化も進めていくことになるだろう。正司氏は、大学発スタートアップが企業と連携する際のポイントとして、「何を公開して何を秘匿したのか、自社のポリシーを明確に説明してくれれば、その後の知財戦略が組みやすくなる」とアドバイスした。
また、正司氏は「大学では将来の社会実装や他企業との連携を見据えて、弁理士など学外のパートナーとも連携しながら強い特許を押さえてほしい」と話す。バイオコクーン研究所では現在は、第一工業製薬の知的財産部のサポートのもとに知財戦略を構築し、周辺特許の取得や商標権によるブランディングなどを図り、事業化を進めているところだという。
なぜ日本で産学連携が失敗するのか。大学発スタートアップが成功するためのVCの役割とは
第2部では、株式会社ファストトラックイニシアティブの深津幸紀氏がベンチャーキャピタル(VC)の視点から、なぜ日本では産学連携が苦戦するのか、大学発のディープテックスタートアップが成功するためのVCの役割について講義した。

イノベーションは大学の研究室で起きている。創薬をはじめとするディープテックスタートアップを成長させるには、大学とビジネスに長けたプレーヤーとの連携が必須だ。製薬会社が単体で創薬できる時代は終わり、国家レベルでの協力、アカデミアの活用があって初めて新薬をつくれる時代になった。
深津氏は、日本で産学連携がうまくいかない理由として以下の5つを挙げる。
①研究段階:欧米の大学はキャピタリストとの信頼関係が強いが、日本の大学は関係性に乏しい。
②TLO(技術移転機関):欧米は丁寧な目利きができ、有望なパイプラインシーズを自ら精製・作成するが、日本のTLOは有望な研究を選別しきれていない。
③知財戦略:欧米は創薬を前提に出願するが、日本はライセンスが前提。
④チーム組成:日本はCEO人材が不足し、研究者がビジネスも担当する必要がある。
⑤会社設立:事業戦略と研究開発戦略が存在して初めて特許戦略が成立するが、大学発スタートアップは資金力の制約から重要な特許が流れ作業で処理されてしまう。
このように、欧米と日本の間での研究・企業活動における戦略やアプローチには大きな違いがある。
ではどうすればいいのか。深津氏は「日本で育てた貴重なシーズの多くが外資に奪われてしまっているのは、国内で過小評価されているから。これは日本のVCの責任」と話す。スタートアップは東京など大都市に集中しているように思われるが、日本は全国各地に国立大学があり、有望な科学技術はどの都道府県にも存在するが、問題はその情報を企業やVCがうまくキャッチできていないことにあるという。
VCはビジネスの目利き役であり、リスクをとって大学の研究を会社の事業へと仕立てて成功へと導くのが役割だ。その仕組みがスタートアップ・エコシステムであり、このエコシステムに入らなければスタートアップは勝ち筋に乗ることが難しくなる。ピッチコンテストなどに参加して、エコシステムに入り込むことが大事だ。
また、会社のチーム組成に関しては、大学の先生が自身で経営しようとすると、研究と両立できずに失敗する可能性が高いという。深津氏は、早い段階で信頼できるVCを見つけて経営人材の確保や資本政策を任せ、大学の先生は30%前後の株式を持ち、サイエンスアドバイザーとして参加することを勧めている。VCとの協力体制を築くことで、眠っている知財発掘や資本政策立案ができ、ガバナンスコストや開発コストも抑えられるのがメリットだ。
深津氏は、大学発スタートアップが成功するために何よりも大事なのは、VCや支援者との相性、という。コミュニケーション不足により理解が足りないと、すれ違いが起こりやすい。まずはイベントに参加してエコシステムに入り、多くの専門家やVCと出会い、相性の良い相手を見つけてほしい、とした。
特許庁とIPITによる大学およびスタートアップ支援施策
第3部では、特許庁 総務部 企画調査課 知的財産活用企画調整官の金子秀彦氏が、特許庁とINPIT(独立行政法人 工業所有権情報・研修館)が行う大学およびスタートアップ支援施策を紹介した。

大学・研究機関に知財専門家を派遣する「iAca」「iNat」
INPITでは令和6年度から、大学向け知財支援の「大学等の研究成果の社会実装に向けた知財支援事業(IP Acceleration program for Academic R&D projects:略称 iAca、アイアカ)」と国プロ向け「競争的研究費による研究成果の社会実装に向けた知財支援事業(IP Acceleration program for National R&D projects:略称iNat、アイナット)」を実施している。
iAcaは、国内の大学、高等専門学校等に知財専門家を派遣し、研究ステージの初期段階におけるシーズ発掘と出口戦略の策定、優れたシーズの事業化に向けた産学連携活動までシームレスに支援するもの。支援期間は約10カ月で、審査を通過すれば継続支援も受けられる。
iNatは、国の公的資金が投入された研究開発プロジェクト(国プロ)を推進する大学や研究開発機関、技術研究組合、および複数の国プロをマネジメントするファンディングエージェンシーに知財専門家を派遣し、知財戦略の策定およびマネジメント、社会実装を支援する。支援期間は1年間、連続した支援も可能だ。
外国での権利化に要する費用の助成
特許庁では、外国での特許、実用新案、意匠または商標の出願・権利化を予定している中小企業、中小スタートアップ企業、小規模企業、大学等に対し、権利化にかかる費用の半分を助成する海外権利化支援事業を実施している。公募期間は年3回あるので、タイミングを合わせてうまく活用してほしい。
OIモデル契約書(大学編)の解説パンフレットとマナーブック
特許庁のオープンイノベーションポータルサイトでは、「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書(OIモデル契約書)」の大学編の解説パンフレットとマナーブックを公開している。大学と大学発スタートアップ、大学と事業会社の連携する際に知っておきたい知識がまとめられているので、知財担当者だけでなく、大学とのオープンイノベーションの関係者は一度目を通しておくといいだろう。
スタートアップに対するプッシュ型支援(PASS)がスタート
そのほか特許庁とINPITは、スタートアップ向け支援として、知財アクセラレーションプログラム(IPAS)、ベンチャーキャピタルへの知財専門家派遣プログラム(VC-IPAS)、スタートアップ向け知財コミュニティ「IP BASE」、特許審査の支援などを行っている。
さらに、令和6年度からスタートアップ向けにプッシュ型支援(PASS)を実施。PASSは、特許出願したスタートアップに対して、特許庁側からスタートアップ対応面接活用早期審査やスーパー早期審査などを紹介して活用を促がすサービスだ。PASSから連絡があったスタートアップは申請書の提出なしに簡易な手続で早期審査を受けられる。
トークセッション「研究開発型ディープテックベンチャーにはどんな知財戦略が必要?」

第4部では、登壇者によるトークセッションが展開された。バイオコクーン研究所の石黒慎一氏、第一工業製薬の正司武嗣氏、ファストトラックイニシアティブの深津幸紀氏、特許庁の金子秀彦氏、ファシリテーターとして東北大学の宇佐見晃氏が参加し、研究開発型の大学発スタートアップに必要な知財戦略と大学の課題について議論した。

宇佐見氏:先ほどバイオコクーン研究所の事例で大学と企業の連携についてお話しいただきましたが、実際に知財に携わられている庄司さんから見た現場の課題をお聞かせいただけますか。
正司氏:やはりリソースの不足や専門家が見つからないことが課題です。先ほど深津さんがおっしゃった「VCに相談してください」というのが答えですが、大学の研究者はなかなかVCに出会えない、特許庁の支援があることも知らないのが課題です。
深津氏:専門家のリソースが不足している。北は東北大学、南は九州大学、本州の真ん中の信州大学などに集中させて、そこから派遣する仕組みをつくると改善されるのではないでしょうか。
金子氏:人材を共有するのは良いアイデアですね。専門家といっても、従来、弁理士は明細書を書くのが主な仕事でしたが、スタートアップの支援には経営の知識も必要です。大学の研究者の方々は支援経験のある弁理士との出会い方がわからないようでしたら、IP BASEのイベントなどを利用していただきたい。
宇佐見氏:大学の先生方はビジネスのプロではないから、産学連携では事業会社の役割が重要になります。また、先生方は話したがりなので、特許を取る前に発表してしまうことがよくあります。論文を出す前に専門家に相談できる仕組みをつくると事業化しやすくなるように思います。
深津氏:日本の大学の知財リテラシーを上げるにはどうすればいいでしょう?
正司氏:最近は若手研究者のリテラシーは上がってきています。しかし、研究者の中でも知識や意識には差がある。地道に成功事例を重ねていくしかないでしょう。
金子氏:大学を取り巻く環境も少しずつ変わってきています。大学発スタートアップが注目され、特許の重要性も増してきています。一方で、若い研究者からの特許出願が少なくなっており、学部生や大学院生向けの知財リテラシー教育も必要だと考えています。

宇佐見氏:大学で取った特許で事業化しようとするとき、VCから「権利範囲が狭すぎる」とよく言われます。出願時には事業化の可能性を意識して広く取ることが大事ですね。
深津氏:弁理士さんやVCとトラブルになったことはありますか?
正司氏:多くの弁理士さんは発明があると出願しようとします。秘匿しておいたほうがいいものも出願しようとしたり、タイミングを図らずに出願しようとしてしまったりすることもあります。やはりビジネスの感覚や経営の知識が大事になります。
深津氏:みちのくアカデミア発スタートアップ共創プラットフォームとしての課題はありますか?
宇佐見氏:人材が足りていないのが悩みですね。弁理士もCXOも人材がまだ少ない。おそらく日本各地で同じ悩みを抱えているのではないでしょうか。CXO人材は兼任にする方法もありますが、専任でなければいけないというVCもあります。
深津氏:VCもまだ黎明期です。CXO人材は兼任でもいいのでどんどん会社を作りましょう、というレベルになるまでに、もう10年くらいかかるのかもしれません。
宇佐見氏:また、シード期に出資してくれるVCが少ない。ディープテックのスタートアップにも目を向けてほしいですね。
深津氏:日本はVC産業がまだ未成熟な状態だと思います。VCが大学の先生方とディスカッションできるレベルになるにはまだ時間がかかりそうです。
正司氏:技術のすそ野が広がっており、大企業は自社の研究所だけでは足りず、大学のシーズを常に探しています。しかし、良い研究成果は隠れていて、簡単には見つけられない。企業にも目利きとしての力が求められています。
宇佐見氏:支援を充実させれば、どんどんディープテックを発掘できるはず。いまは支援のリソースが足りず、各大学の各研究室が何をやっているかさえ把握できていない。そこを整理していけば企業も見つけやすくなるのではないでしょうか。
金子氏:INPITでは、大学に人材派遣をして研究内容にマッチする企業を分析して連携先を提案する「IPランドスケープ支援事業」も実施しています。ぜひご活用いただきたい。
文●松下典子 編集●ガチ鈴木(ASCII STARTUP) 撮影●高橋智