イベント告知・レポート
競合を阻む特許の多層バリアと、大企業に負けない契約実務とは?
「VCへの知財専門家派遣プログラム(VC-IPAS)第2回公募説明会・勉強会〜VC-IPASの支援内容と知財戦略構築等のポイントについて分野別に専門家が解説します!~」イベントレポート
特許庁は、スタートアップを支援するため、ベンチャーキャピタル(以下VC)へ知財専門家を派遣する「VC-IPAS」事業を展開している。2026年度の募集開始に合わせ、5月26日にオンラインにて第2回公募説明会・勉強会が開催された。
第1回に続き、VC関係者を中心に多数の参加があり、より実務に即した専門講義が行われた。IT・ものづくり分野と医療・バイオ分野の視点や、支援者が押さえておくべき契約実務の要点も網羅され、スタートアップ支援における知財の可能性を多角的に学ぶ機会となった。
冒頭、特許庁総務部企画調査課スタートアップ支援班長の湊和也氏が登壇し、VC-IPAS事業の背景と目的について説明。「本日の勉強会を通じてイメージを膨らませ、前向きに応募をご検討いただきたい」と呼びかけた。
「強い特許」とは? IT・ものづくり分野における多層的バリア構築の重要性
第1部では、弁理士法人木戸特許事務所代表社員の木戸良彦氏が登壇した。木戸氏は、「知財戦略構築における現状把握の重要性を指摘し、特に特許請求の範囲における独立請求項の権利範囲の確認が最も大切である」と解説した。製品価値の核心を捉えて自社製品をカバーしているかを見極める必要があり、量産化に伴う設計変更で特許の権利範囲から外れてしまうリスクに注意を促した。
弁理士法人木戸特許事務所 代表社員 木戸良彦氏
また、目的に応じた特許調査の使い分けや、登録査定ごとの分割出願などの戦略を説明した。さらに知財戦略の核となるオープン・クローズ戦略に触れ、公開される部分は特許を取得し、製造条件など模倣されにくい部分は秘匿化する切り分けを推奨した。金属と樹脂の接合技術の成功事例を引き、「複数の特許で多層的なバリアを構築することがIT・ものづくり分野では重要である」と語った。
さらに、特許の”件数”が必ずしも”強さ”に直結するわけではないと補足した。真に強い特許とは、製品価値の中核を押さえて競合の回避を困難にし、仮に回避を試みても性能低下やコスト増を招くような「参入障壁」として機能するものである。「自社が守るべき領域や権利範囲が、経営戦略と的確に合致して初めて、知財は戦略的な武器になる」と説明した。
また、木戸氏は「事業の進展に応じて、自社製品が初期の基礎特許の権利範囲から外れてしまうケースがある」と実務上のリスクを指摘。「初期の特許出願において『特許を取ること』自体に注力してしまうことが原因として挙げられる。単に出願するだけでなく、商品の『どこを守るべきか』に気を付けることが重要である」と説明。そのうえで、IT・ものづくり分野においては、競合に回避の余地を与えないよう、想定される回避ルートを先回りしてふさぐための特許を複数取得し、多層的なバリアを構築することが不可欠であると強調した。
後半は、有限責任監査法人トーマツの福井裕明氏をモデレーターに迎え、セッションが行われた。キャピタリストと協力して仮の支援策を策定し、スタートアップを交えた実際のメンタリングを通じて軌道修正していく支援プロセスが紹介された。
その中で、「キャピタリストが詳細な支援内容を1人で決める必要はなく、専門家との相談を踏まえて方向性を決めていけばよい」という見解が示された。キャピタリストへの期待として、「専門家にはないビジネスの視点や、これまでのスタートアップの成功事例などの情報提供を求めている」と言及。さらに、支援先の選定に関しては、「自社には強い特許があるから大丈夫」と自信を持つ企業ほど、実際の権利内容や契約の中身を精査すべきであるとアドバイスした。
医薬・バイオベンチャー分野における巨大企業とも渡り合える知財戦略
第2部では、WNW特許事務所代表パートナーで弁理士の渡邉伸一氏が登壇し、「ベンチャーキャピタル(VC)の知財業務メニューブック〜スタートアップを成功に導くVC〜」を基に、医薬・バイオ分野の知財戦略構築のポイントについて講演した。後半には、モデレーターを務める有限責任監査法人トーマツの網中裕一氏も交え、ライフサイエンス分野に特化した知財の要点について解説がなされた。
WNW特許事務所 代表パートナー 渡邉伸一氏
渡邉氏は、この分野においては「知財戦略がそのまま企業価値に直結するため、知財が事業そのものである」と強調した。創薬ベンチャーにおいては、製品の上市前であっても強固な特許ポートフォリオを構築していれば、数十億から数百億円の企業評価がつく場合がある。一方で、特許が弱ければどれほど優れた技術であっても大手企業に模倣され、事業継続が困難になるリスクを抱えているという。
その影響力の大きさを示す例として、総額約217億6,200万円という国内過去最大級の損害賠償額となった東レによる特許権侵害訴訟や、米医療機器企業MasimoがAppleに対して約6億3400万ドルの支払いを勝ち取った事例が紹介され、適切な知財戦略さえあれば、スタートアップであっても巨大企業に対して強力な交渉力を持てることが示された。
投資検討時の具体的な確認事項としては、メニューブックの7頁を示して、「知財は事業と密接に結びついている」と再度強調したうえで、狙う市場や競合の状況、自社の優位性を把握するために「まずは事業内容と事業戦略を深く理解することが不可欠だ」と指摘。さらに、限定的な権利しか取得できていなければ競合に回避されてしまうため「特許の権利範囲の広さ」を確認することや、医薬品ビジネスにおいては日本市場だけでは不十分なため「出願国の適切さ」を見極める必要があるとした。
特に、大学発スタートアップが多いこの分野においては、権利帰属やライセンス条件によって企業価値が大きく左右される。そのため、「発明者から適切に権利が承継されているかの確認や、他社特許リスクの継続的なウォッチングが重要となる」と述べた。また、小規模な組織では後回しにされがちな、研究者の退職に伴う知財流出への備えを早期から進めることや、グローバルなポートフォリオ構築に向け、多額にのぼる海外出願費用を資金計画へ適切に組み込むことの重要性を訴えた。
投資後の支援に関しては、メニューブック9頁以降を示して、スタートアップでは知財リテラシーが不足しているため知財教育を行うことや、共同研究契約において成果知財が相手方にコントロールされないための最低限の契約規定の整備、公開と秘匿化する部分を切り分ける出願戦略を説明した。
臨床試験の進展に合わせて製剤特許や用法用量特許、患者層別化に基づく特許などを段階的に追加していくライフサイクルマネジメント(LCM)の必要性を示し、国内基礎出願後に早期審査を戦略的に活用して早期の権利化や海外展開を有利に進める手法を推奨した。
網中氏との質疑応答では、バイオベンチャーにおけるLCM特許のあり方や、具体的な実務対応について深掘りされた。大学発のシーズでは比較的早い時期に物質特許や用途特許が出されていることが多い。そのため、スタートアップ側が臨床試験の製剤特許などを適切なタイミングで出願していくことが、導出や買収において極めて重要なポイントになると解説された。
また、圧倒的に市場が大きいアメリカをはじめ主要国での権利化が必須であり、知財予算を早めに事業計画に組み込むための資金調達の重要性が示された。さらに、大学からの出願でカバー範囲が限定的になってしまっている場合のリカバリー方法として、未公開であれば思い切って取り下げて出し直す選択肢や、早期審査の結果を踏まえて国際特許出願(PCT出願)の内容をブラッシュアップする柔軟な対応策が紹介された。
大企業との交渉で不利な契約を結ばせないための知財防衛術
山崎氏は、「スタートアップが大企業と対等に渡り合っていくためには、特許出願だけでなく、自社の技術情報を守り、知財の取り扱いを明確にするための契約実務が極めて重要である」と語った。
弁護士法人内田・鮫島法律事務所 シニアアソシエイト 山崎臨在氏
特に秘密保持契約(NDA)の段階では、有効期間の終了後に相手方が情報を自由に使える契約リスクや、流用を立証しにくい実務リスクがあるため、締結したからといって重要な秘密情報を安易に開示せず、開示内容を厳しく吟味する必要がある。また、共同研究契約に進んだ際によく提案される「成果の共有」は一見公平に見えるが、スタートアップ側が手を動かして発明を創出するケースではかえって不利に働くため、創作の実態に基づいた適切な修正を求めるべきであると説明した。
大企業との交渉では、秘密情報の範囲を明示的なものに限定することや、不利な契約を結ばされないよう交渉前にコア技術の特許出願を済ませておくことが最大の防衛策となる。NDAを締結せずに、秘密情報の開示を強制する大企業とは取引をしないという選択も視野に入れるよう忠告した。
後半は特許庁の比留川浩介氏との質疑応答が行われた。「NDAの期間を延長することはできるのか?」という質問に対し、「NDAの期間を長期に設定しても秘密情報の悪用は防ぎきれないため、重要情報を出さない原則は変わらない」と山崎氏は回答。後のトラブルを防ぐため、秘密情報の範囲は明記されたものに限定すべきであるとした。また、過去に山崎氏が担当したメンタリングで知的財産権がすべて相手方に帰属する不利な契約が発覚した事例を紹介し、専門家への相談不足やスタートアップ自身の知的財産権への理解や意識の不足を課題に挙げた。
大企業と対等に交渉する対応策としては、「事前に特許出願を済ませておくことが極めて重要である」と説明。契約に関する相談先には知財に強い弁護士を推奨し、雑誌のランキングや事務所のホームページ、生成AIを用いた見つけ方を提示した。最後に山崎氏は、「短期間で多様な専門家から濃密なメンタリングを受け、ニーズに応じて、求めている知財業務を体系化できる点がVC-IPASの魅力である」と語り、セッションを締めくくった。
最後に、有限責任監査法人トーマツの高橋氏より今年度の公募概要についての説明が行われ、公募説明会・勉強会は終了した。
文●ASCII STARTUP 撮影●高橋智

