イベント告知・レポート
最新の知財戦略はどう事業を加速させるか?第8回 IP BASEアワードから探るスタートアップの現在地 「第8回 IP BASE AWARD 公募説明会」イベントレポート
特許庁は、2026年8月3日に公募を開始したスタートアップ向けの表彰制度「IP BASE AWARD」への参加を呼びかけるべく、9月7日に「第8回 IP BASE AWARD 公募説明会」をオンラインで開催した。
開会にあたり、特許庁総務部 企画調査課 スタートアップ支援班長の湊和也氏が登壇し、日本政府が進める「スタートアップ育成5か年計画」を背景に、技術やアイデアを適切に保護し、事業価値へと変える知財戦略の重要性を力強く語った。
特許庁総務部 企画調査課 スタートアップ支援班長 湊和也氏
また湊氏は、書類作成の手間や審査基準への不安からAWARDのエントリーを躊躇する企業が少なくない現状にも言及。そうした心理的・実務的なハードルを払拭するため、「過去の受賞者の取り組みや戦略の裏側を、自社のアピールポイントを言語化する際の参考にしてほしい」と参加者に呼びかけた。
本イベントは2部構成で進行。第1部では過去グランプリ受賞者による基調講演と、創業初期の知財投資を深掘りするパネルディスカッションを実施。続く第2部では、アワード受賞企業・専門家3社による会社説明・事例紹介と、事業成長に直結する知財戦略を紐解くパネルディスカッションが行われた。「受賞を通してスタートアップはどう変わったか?」「事業成長を牽引する知財戦略とは?」といった疑問に迫った当日の模様を、時系列に沿ってレポートする。
【第1部】基調講演
知財を経営インフラに変える――バイオ×AIスタートアップ・エピストラの事業成長戦略
第1部の基調講演には、第7回「IP BASE AWARD」スタートアップ部門でグランプリに輝いたエピストラ株式会社 共同創業者/CEOの小澤陽介氏が登壇した。同社は、2030年に200兆円規模へと拡大が見込まれるバイオ市場において、AIを活用したプロセス設計支援を行う企業である。
エピストラ株式会社 共同創業者/CEO 小澤陽介氏
細胞を扱う工程は制御が極めて難しく、小澤氏は「プロセスそのものが製品の競争力を左右する(プロセス・イズ・プロダクト)」と語る。この課題に対し、同社は独自開発のAIソリューション「Epistra Accelerate」を展開。「逐次最適化」の技術を用いて限られたデータから最適な製造条件を抽出し、実験回数を大幅に削減しながら、性能を20〜40%高める実績を上げてきた。
同社がグランプリを獲得した最大の要因は、知財を大企業との協業や収益化に向けた「攻めの経営インフラ」として戦略的に活用した点にある。技術と実績によって確実で高品質な製品化が可能であることを示しつつ、重要領域に特許の「関所」を設けたうえで大企業へ能動的にアプローチすることで、共同開発によるAI搭載製品の市場投入を実現した。さらに、AIライセンス収入と培地供給に連動したストック型ビジネスモデルも確立させている。
小澤氏は、「同アワードの受賞によって、自社の知財への取り組みに客観的な信頼が寄せられ、メディア露出の拡大が、アライアンスの推進や人材獲得に直結している」と意義を強調した。そのうえで、今後応募を検討する企業に向けては、「単なる知財の取り組みにとどまらず、それが共同開発やプロダクト化といった客観的な実績にどう結びついたかを説得力を持って示すことが受賞の鍵になる」とアドバイスを送った。
【第1部】パネルディスカッション
スタートアップの知財戦略とIP BASEアワードの活用
続いて特許庁の湊氏がモデレーターを務め、小澤氏を交えて「創業初期の知財投資のリアルとアワード受賞がもたらした変化」をテーマにしたパネルディスカッションが行われた。
資金が限られる創業初期における知財投資の重要性について、小澤氏は自社の恵まれた環境を挙げた。「大規模な外部調達に頼らず、自走する体制であったことに加え、投資家が技術や知財の価値に深い理解を示していたため、社内外の説得はスムーズに進んだ」という。ただし、限られた資金の中で出願数を絞る必要があったため、「特許庁の知財アクセラレーションプログラム(IPAS)を活用して戦略を明確にしたことが大きな鍵になった」と振り返った。
視聴者から寄せられた、共同開発先の開拓手法に関する質問に対して小澤氏は、「バイオの製造プロセスに関わる機器とその製造会社をリストアップし、特定の開発担当者に会えるまで、アプローチを続けた」と粘り強い手法を紹介した。その際の知財の役割については、「構想段階で特許網を意識しつつも、新規領域ゆえに知財の空白地帯が多いことから、基本的にはビジネスの推進を優先させている」と明かした。
さらに、同アワードの受賞がもたらした社内への好影響にも話題が及んだ。「特許取得という地道で社内評価を受けにくい知財活動が外部から高く評価されたことは、社内の喜びや士気向上に大きく貢献した」とコメント。
最後に応募を検討している企業へのアドバイスとして、募集要項の記載事項を自社のケースに当てはめて記述する重要性を指摘。小澤氏自身は1〜2時間程度で簡潔に書類を作成した一方で、特許のポートフォリオなどの客観的なデータ整理については、顧問弁理士の協力を仰ぎ、効率的に準備を進めたエピソードを明かした。
【第2部】会社説明
知財戦略はいかにして事業成長を牽引するか
第2部の会社説明では、株式会社カルディオインテリジェンス 代表取締役の田村雄一氏、株式会社サイキンソー 代表取締役社長/CEOの原洋介氏、WNW特許事務所 代表パートナーの渡邉伸一氏の3名が登壇し、各社の事業成長をけん引する原動力として、それぞれの知財戦略と事業展開の構造が語られた。
株式会社カルディオインテリジェンス(田村 雄一氏)
株式会社カルディオインテリジェンス 代表取締役 田村 雄一氏
心房細動の早期発見を目的とした長時間心電図解析AIソフトウェア「SmartRobin」を提供する医療系スタートアップ。ディープラーニングにより従来1時間以上かかっていた解析を数分に短縮し、診断感度100%を実現した。
外部から侵害立証が困難な内部アルゴリズムを守るため、基本特許に加えUI/UX(画面表示や操作手順)、医療現場の診断ワークフローを含めたビジネスモデル全体を権利化している。目に見えない技術と現場の体験の両面を保護する知財包囲網により、競合の参入を強力に防いでいる。
株式会社サイキンソー(原 洋介氏)
株式会社サイキンソー 代表取締役社長/CEO 原 洋介氏
腸内フローラ(マイクロバイオーム)検査事業「マイキンソー」を通じて、「0次予防」社会の実現を推進している。同社のビジネスモデルの核は、約27万人分の検査データを食品メーカーなどの商品開発やアカデミア機関などの研究に活用し、その成果をユーザーへ還元する「データの循環」エコシステムである。
この基盤を守る知財戦略も事業成長と共に進化し、創業期の「モノ」(検査キット等)の特許から、蓄積データを活用する「情報処理プロセス」の特許へと重心を移行した。公開データと非公開データを巧みに組み合わせ、腸内フローラの「判定指標」や他社システムとの「接続部」をいち早く特許化することで、事業の主導権を握る強固な仕組みを構築している。
WNW特許事務所(渡邉 伸一氏)
WNW特許事務所 代表パートナー 渡邉 伸一氏
先進的な技術やアイデアを持つスタートアップの知財戦略を多角的に支援し、これまでに3社の上場と1社のM&Aエグジットを後押しした確かな実績を持つ。同事務所の最大の特徴は、単に依頼された発明を出願する従来型サービスにとどまらず、経営陣と同じ目線で事業に深くコミットする「伴走支援」のスタイルにある。
資金やリソースが限られ、専任の知財担当者も不在であることが多い創業直後の段階から経営に介入し、弁理士自身が「クライアントの一社員」のような当事者意識を持って経営課題に向き合っている。高度な技術だけでなく「業務フロー」や「UI技術」といった周辺領域の権利化も重視。これにより他社に対する強力な牽制効果を生み出し、スタートアップの継続的成長を後押ししている。
【第2部】パネルディスカッション
スタートアップの生存戦略!事業成長に直結する「攻めと守り」の知財戦略とは?
第2部のパネルディスカッションでは、ASCII STARTUP副編集長のガチ鈴木氏がモデレーターを務め、「知財戦略における事業競争優位性の構築と経営判断」をテーマに、現場のリアルな知財戦略や資金調達への影響について議論が交わされた。
ASCIISTARTUP副編集長 ガチ鈴木氏
資金調達と知財の関係について、サイキンソーの原氏は、「特許の数が直接資金調達に直結するわけではない」としつつも、特許を持たずに事業を進めるのは「南極を裸で散歩するようなもの」と表現し、「知財はVC(ベンチャーキャピタル)が抱くリスクへの不安を払拭する明確なアンサーになる」と語った。
カルディオインテリジェンスの田村氏もこれに同意し、「シード・アーリー期において知財は技術の蓋然性や本気度を示す“攻め”の材料となり、売上が立つフェーズでは他社から自社を防御する“守り”の要素へと変化する」と説明した。
また、知財活動が社内カルチャーに与える影響について田村氏は、「金銭的な報奨よりも、経営陣や開発陣と議論しながら自身の開発が権利化される体験が重要である」と指摘。「何を特許化し、何を秘匿するのかを日頃から議論できる社内文化の育成が鍵になる」と述べた。
リソースが限られるスタートアップにおける、知財専門家との理想的なチーム作りについても具体的な事例が共有された。
原氏は、高度なオープン・クローズ戦略を自社のみで実行する不安から、憧れであった元大手企業で知財本部長を務めた弁理士に直接アプローチし、社外取締役として迎え入れたことを紹介。「経営戦略に直結する知財を、独立した社外視点で検討できる強力な体制を構築した」と語った。
これに対しWNW特許事務所の渡邉氏は、その先進的なスキームを高く評価した上で、「支援する専門家側にも、技術者と同じ言語で議論できる技術理解と、一歩踏み込んで共通の課題解決に臨む熱意が不可欠である」と応じた。
最後に、IP BASE AWARD受賞のインパクトと応募の意義が語られた。
3度目の挑戦で受賞した原氏は、「データ活用企業としての知財戦略が評価されたことで、社員が自社の強みや次のステージを再認識する契機になった」と振り返り、「応募書類の作成自体が自社の知財戦略を整理する良い機会になった」と語った。
田村氏も、「自社の知財戦略が客観的に評価されたことが事業会社や投資家への証明となり、資金調達に大きく役立った」と述べ、自社サービスと知財を組み合わせたストーリーを丁寧にアピールすることの重要性を説いた。
また渡邉氏は、支援家部門での受賞が自身のスキルの「見える化」や、新たなつながりの創出、日頃のスタートアップ支援活動が客観的に評価されたことへの手応えを語った。
視聴者に多くの有益な情報をもたらし、トークイベントは幕を下ろした。
「第8回 IP BASE AWARD」では、単なる特許出願の件数にとどまらず、事業成長へ直接的に貢献する戦略的な知財の活用が重視される。特許庁による客観的なお墨付きは大きな信頼となり、VCやパートナー企業からの信用度を飛躍的に高める。さらに、メディア露出やアワードロゴの活用は、資金調達や採用活動における強力な推進力となる。知財戦略をブラッシュアップし、グローバルでの飛躍を目指すスタートアップや支援者の次なる挑戦に期待が寄せられる。
文・撮影●ASCII STARTUP

