CEOが語る知財
【「第7回 IP BASE AWARD」スタートアップ部門 グランプリ】エピストラ株式会社 共同創業者/CEO 小澤 陽介氏インタビュー
事業構想において「特許は関所」になる。必要な道を見極め、知財を交渉力へ
ライフサイエンス・バイオ分野向けにAIソリューションを提供するエピストラ株式会社は、第7回 IP BASE AWARDのスタートアップ部門でグランプリを受賞した。機械学習・数理最適化技術を用い、大手製薬会社などで60件以上の生産性改善実績を持つ。評価されたのは、逐次最適化の全過程を網羅的に権利化しつつ模倣が困難な部分は秘匿する知財戦略と、それを大企業とのライセンス・レベニューシェア契約に結びつけたスケーラブルなビジネスモデルだ。共同創業者・CEOの小澤陽介氏に、公開・秘匿の判断基準や、知財が共同開発やライセンス交渉に与える効果を聞いた。
エピストラ株式会社
共同創業者/CEO 小澤陽介(おざわ・ようすけ)氏
慶應義塾大学でバイオインフォマティクスを学びIBM Researchで研究員を務める。その後渡英し、英スタートアップEcrebo社にて基幹システムの開発と根幹特許の創出をリード。同社の企業価値100億円超への急成長に貢献した。帰国後は産総研技術移転ベンチャーRBI株式会社で汎用ヒト型実験ロボット「まほろ」の情報システム開発を率いた後、エピストラを創業。数理最適化、データベース、計算生物学分野での原著論文多数。
公開するか、秘匿するか。判断軸は「回避可能性」と「検知可能性」
エピストラでは、「権利化する技術」と「社内に秘匿するノウハウ」を、明確な基準で切り分けている。小澤氏が重視するのは、「回避可能性」と「検知可能性」の2つの視点だ。特許を取得しても、競合が別の方法で迂回できてしまうのであれば、権利化の実効性は弱い。一方、公開することで容易に模倣され、かつその侵害を外部から検知しにくい技術であれば、特許として開示するよりも同社では秘匿を選択するケースが多い。
「簡単に回避されてしまう特許は意味がありません。公開すると構造的に回避が難しいものを特許化し、簡単に真似できるものは基本的には秘匿します」と小澤氏。
こうした判断を属人的なものにしないため、同社は事業・知財戦略を支援する特許庁の知財アクセラレーションプログラム(IPAS)の支援を通じて、10項目からなるスコアリングの基準を整備した
(関連記事『知財を生かし、業界パートナーと幅広く連携してバイオ業界全体を支えるプラットフォームをつくりたい』)。知財として一般に強いかどうかだけではなく、自社のマネタイズやライセンスビジネスとの一貫性も評価する。基準は固定ではなく、ビジネスモデルや外部環境の変化に応じてアップデートしている。
培養条件やパラメーターは、特許より秘匿が効くこともある
バイオ領域では、この公開と秘匿の判断が特に難しい。例えば、網膜細胞の分化条件や、NK細胞を効率よく作る培地組成のような技術は、一見すると特許化の対象に見える。しかし、候補となる条件やパターンが多数存在する場合、ひとつの条件を押さえても、別の条件に迂回される可能性が高い。
小澤氏は、ある細胞を効率よく作るための培地組成のパターンが、実際には70個ほど見つかっている例を挙げる。特定の条件だけを権利化しても、競合が別の条件を使えば、権利の実効性は限定的になる。
「広い条件範囲をカバーできる強い権利が取れるなら別ですが、そうでないなら公開せずに秘匿します。真似されやすく、かつ真似されても検知できないノウハウは、社内に蓄積しています」(小澤氏)
エピストラの基盤にはソフトウェア技術があるが、それをバイオロジーやフィジカルな対象に適用すると、条件の揺らぎ、観測の難しさ、操作の制約といった現実世界ならではの制約が出てくる。そうした制約の中で生まれる細かな最適化ノウハウは、外部から見えにくい。だからこそ、特許化すべきものと、秘匿すべきものを分ける必要がある。
特許は「関所」。重要なのは、みんなが通りたくなる道を拓くこと
小澤氏がまず強調するのは、関所を設ける前に、みんなが通りたくなる魅力的な道を描けているかだという点だ。誰もが行きたい場所へ通じ、そこへ速く確実に着ける道であれば、人は自然と集まる。まず価値ある道があることで、その上に置く関所が初めて効いてくる。
「誰も通らない、あるいは簡単に別の道を通られてしまうような場所に関所を置いても意味がありません。ビジネスの構想、つまり将来で想定する道路網とセットで考える必要があります」(小澤氏)
そのために重要なのは、特許単体ではなく、「将来どこに(ビジネスとしての)道が通るのか」という事業構想だ。都市計画のように、自社技術と相手の技術を組み合わせることで、どのような産業や市場が立ち上がるのかを描く。そのうえで、将来通るべき道に特許を配置していく。
小澤氏は、ディープテックの知財戦略には、足元の技術だけでなく、将来の産業構造から逆算する視点が欠かせないと話す。例えば、再生医療が本格的に普及する未来を想像すると、現在のような人間が防護服を着て無菌室に入り、数週間から数カ月にわたり同じ品質の作業を繰り返す体制には限界がある。そうした課題を解決するためには自動化や最適化の技術は不可欠なものになる。そこから逆算して将来通る道を特許で先に押さえる、という考え方だ。
ラボにおける汎用ヒト型ロボットによる実験自動化の様子。人の手だけでは困難な長期の培養工程も、ロボットとAIの組み合わせにより高い再現性を実現できる。
大企業との交渉で効くのは、知財・ソフトウェア・実績の3点
もっとも、特許だけで大企業との交渉が成立するわけではない。エピストラが重視するのは、「知財として権利があること」「ソフトウェアとして優れていること」「実現可能性を示す実績があること」の3点を組み合わせることだ。
交渉の入り口では、まず構想を示す。相手企業の技術とエピストラの技術を組み合わせることで、どのような市場や事業が生まれるのかを描く。その構想に相手が価値を感じ、「その道を使いたい」と思った段階で、はじめて知財が関所として意味を持つ。
「いざ契約の段階になったときに、『そこへ道を通す技術も、実績も、権利も我々が持っています』と提示する。知財は最後の最後に効いてくる強力な課金ポイントであり交渉の盾になります」(小澤氏)
大企業の知財部や法務部が客観的に評価したうえで「強い特許だ」と判断すれば、ライセンス料やレベニューシェアを設定する根拠になる。つまり、知財は単なる防御策ではなく、事業化の条件を整えるための交渉材料になっている。
限られた資金で、どの知財に投資するか
ただし、こうした知財戦略を実行するには、相応の資金と優先順位づけが必要になる。国内スタートアップは、海外の巨大企業やデカコーンのように、潤沢な資金で知財を広範囲に囲い込むことは難しい。限られたリソースの中で、どの技術を出願し、どのノウハウを秘匿し、何を優先すべきかを見極める必要がある。
「資金が100倍ある海外勢と、資金量だけで殴り合っても勝てません。少ない資金でも効率的に知財を仕込んでいく必要があります」(小澤氏)
エピストラもIPASの中で、資金が限られる段階でどのように知財ポートフォリオを組み立てるかが議論になった。出願件数を増やすことを目的とせず、将来の事業展開を見据え、知財に投じる資金をどこに集中させるかが問われる。
そのためには、スタートアップの事業を理解し、ディープテックやAI契約に通じた弁理士・弁護士などの専門家との連携が欠かせない。IPASを通じてそうした専門家に出会えたことは、同社にとって大きな支援になったという。
創薬よりも広くベットできる、スケーラブルな事業へ
小澤氏は、日本の資金調達環境を冷静に見たうえで、現在のビジネスモデルを設計している。創薬スタートアップのように、限られた資金でひとつの薬の候補に賭けるモデルは、当たれば大きい一方で、失敗したときのリスクも大きい。
一方、エピストラが取り組む培地開発やバイオプロセス最適化の領域では、自社がひとつのシーズを持つのではなく、大手製薬会社などが持つ複数のポートフォリオに対して技術を提供できる。免疫細胞、再生医療、微生物生産など、対象は広い。
「我々は自分たちでひとつのシーズを持つのではなく、さまざまなポートフォリオに対して最適化技術を提供します。同じ資金を使って、100個のシーズに分散投資しているのと同じ構造を作れます」(小澤氏)
特定の薬の成否に依存するのではなく、複数の産業やプロセスにまたがって技術を展開できる。この横断性が、エピストラの事業のスケーラビリティにつながっている。
「駅ができる前の土地」を押さえるように、将来の知財を仕込む
では、どの領域に知財を仕込むべきなのか。小澤氏は、将来の知財を仕込むことを「駅ができる前の土地を買っておく」ことにも例える。重要なのは、どこが将来の一等地になるのかを見極めることだ。
エピストラは、再生医療やバイオ生産が広がる未来から逆算し、培地やバイオ最適化の領域で必要になる技術を先回りして押さえてきた。こうした知財は、同じように将来の市場を見据える大企業との間で、ライセンス契約やレベニューシェア型の契約を結ぶうえでの根拠にもなっている。
「特許の存続期間は20年しかありません。3年先、5年先、10年先に、ここに新幹線の駅ができると見込んだ知財の一等地を、今まさに仕込んでいる最中です」(小澤氏)
今後は、こうした成功モデルを、消耗品やエンドプロダクト、ソフトウェアライセンスなどの形で国内外へ横展開していく考えだ。
エピストラは「フィジカルAI」企業として何を狙うのか
こうした知財と事業モデルの先に、エピストラが今後強く打ち出そうとしているのが、「フィジカルAI」企業としての位置づけだ。従来のAI創薬では、化合物やタンパク質の候補探索、薬効や毒性の予測など、データ上での探索や推定が中心になりやすい。これに対して、エピストラが取り組むのは、AIをラボや製造の現場に接続し、実験や生産プロセスそのものを最適化する領域だ。
同社が独自開発する、AIによる自動実験最適化システム「Epistra Accelerate」
なぜ、計算機の中だけでなく現場にまで踏み込むのか。小澤氏の見立ては根本的だ。細胞や生体を相手にするバイオの現場は、人間が数式やルールで書き下せる範囲をはるかに超えて複雑であり、そもそもが「記述しきれない」という。
記述できなければ、計算だけで答えは出ない。そのため、実際に試して確かめるしかない。細胞製造もまた、現実の実験データを大量に生み出し、AIとロボットで試しながら回して初めて扱える——小澤氏はそう考えている。
そこでエピストラは、ロボットによるばらつきの小さい高精度なデータを取り、AIが高次元の条件空間を効率よく探索する仕組みを現場に組み込む。この「高精度データ×高効率探索」がループすることで、最適な製造条件だけでなく、さまざまな科学的発見がこれまでよりも高速に見つかるようになるという。
「単なるITやソフトウェアとしてのAIではなく、バイオ特有の制約を考慮しながら、ラボとリアルのフィードバックがAIによってループする仕組みを作っています。フィジカルの制約を含めて解決できる会社であるという発信を、今後さらに強化していくつもりです」(小澤氏)
将来的な外部環境の変化も見据えながら、エピストラは将来の事業展開に向けた知財の仕込みを進めている。現実世界の制約を踏まえてAIを使う領域が広がるほど、同社が蓄積してきた最適化技術と知財の意味も大きくなる。
ロボットによる高精度なデータを基盤にAIが効率的に条件最適化を行うことで、文献と比較して大幅な収量向上や、開発期間の短縮といった成果が実証されている。
技術とビジネスの距離を近づけるために
最後に、ディープテック領域で起業する人材に必要なものについて聞いた。小澤氏は、自身の経験を交えながら、技術とビジネスの両方を行き来できることの重要性を語る。技術に詳しい人が、必ずしもビジネスに踏み出せるわけではない。一方で、ビジネスに強い人でも、技術の核心を理解するのは簡単ではない。
「技術には非常に詳しくても、リスクを取ったビジネスに一歩踏み出せない人は多いです。逆に、ビジネスがわかっていても技術の核心がわからない経営者もいます」(小澤氏)
小澤氏自身、海外スタートアップや研究開発の現場で、技術とビジネスの両方を行き来しながら事業をつくる人材を見てきた。大企業や専門人材と議論するうえでも、技術を理解しながら、事業としてどう成立させるかを考える力が重要になるという。
同社がインターンを広く受け入れているのも、若い人に起業やビジネスへの挑戦を身近に感じてもらうためだ。身近な人が挑戦している姿を見ることで、自分にもできるかもしれないという感覚が生まれる。そうした経験の積み重ねが、次の起業家や技術者を生む土壌になっていく。
知財を活用するスタートアップを増やすには、制度や支援だけでなく、技術とビジネスをつなぐ人材が増えることも重要だ。特許を出願するかどうかだけでなく、未来にどの道が通るのかを見極め、その道を事業の交渉力に変えていく。エピストラの取り組みは、スタートアップにとっての知財の使い方を示す一例といえる。

