文字の大きさ

English
  • IP BASE

CEOが語る知財

【「第7回 IP BASE AWARD」スタートアップ部門 奨励賞】株式会社ゼロボード 代表取締役 渡慶次 道隆氏インタビュー
SaaSのスピードと特許戦略は両立する。ゼロボードが築いた「全社型知財」

FY2026 インタビュー 契約・法律 知財の基本 IP BASE AWARD
mitsufuji-1.jpg

温室効果ガス排出量可視化とサステナビリティ情報開示のSaaSを提供する株式会社ゼロボードは、第7回IP BASE AWARDのスタートアップ部門にて奨励賞とオーディエンス賞をダブル受賞した。同社は200件を超える特許を出願し、うち100件以上が権利化されているなど全社的な知財創出に取り組み、市場の立ち上がり期に集中的に特許を取得した点が高く評価された。SaaSに求められる高速開発と知財戦略の構築の両立は困難だが、同社は創業当初から知財を重視し、現在は営業・CS・開発・バックオフィスが連携する全社型の知財体制を築いている。本記事では、代表取締役の渡慶次道隆氏に、SaaS企業における知財戦略と全社体制づくりについて話を聞いた。

mitsufuji-1.jpg

株式会社ゼロボード
代表取締役 渡慶次 道隆(とけいじ・みちたか)氏
東京大学工学部卒業。JPMorganにて債券・デリバティブ事業に携わったのち、三井物産に転職し、コモディティデリバティブや、エネルギー x ICT関連の事業投資・新規事業の立ち上げに従事。その後、スタートアップ企業に転じ、電力トレーサビリティや環境価値取引のシステム構築などエネルギーソリューション事業を牽引。脱炭素社会へと向かうグローバルトレンドを受け「Zeroboard」の開発を進める。2021年9月に同事業のMBOを実施し、株式会社ゼロボードとして事業を開始。
2022年には経済産業省環境経済室主催の「サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けたカーボンフットプリント算定・検証等に関する検討会」の委員を務めた。

脱炭素市場は「先に押さえた者勝ち」

mitsufuji-1.jpg

 ゼロボードが提供するプロダクトの中核を担う「Zeroboard」は、企業の温室効果ガス(以下、GHG)排出量を算定・可視化するクラウドサービスだ。企業内の会計データやサプライチェーンのデータを集約し、GHG排出量の把握や開示業務を支援している。

 ゼロボードが知財を重視した背景には、創業当初の市場環境がある。同社がサービスを立ち上げた当時、国内ではGHG排出量の算定・可視化を本格的に扱うSaaSはまだ少なかった。

 渡慶次氏は、「2021年の夏の時点では国内ではまだ我々しかいないと感じていました。そこで先行者利益を取るうえで、知財をしっかり押さえることは重要だと思っていました」と振り返る。

 重点的に押さえたのが、排出量算定の自動化やサプライチェーンからのデータ取得といった、GHG排出量算定の根幹に関わる技術だ。市場が立ち上がり始めた段階だったこともあり、関連特許をスピード感を持って押さえることを重視していたという。

 脱炭素という新市場が立ち上がるタイミングだからこそ、「後でまとめて取る」のでは遅い。そうした認識が、創業初期からの知財戦略につながっていた。

2週間で新機能を出すSaaS。特許は間に合うのか

 もっとも、知財重視の姿勢はSaaS特有のスピード感としばしば衝突したという。SaaSは、顧客ニーズに応じて機能を高速で改善し続けるビジネスだからだ。

 ゼロボードでも、当時は2週間に1回のペースで新機能をリリースしていたが、特許は公開前に出願しなければ権利化できない。つまり、サービスの発表やリリースより前に、出願を終える必要がある。

 「ニーズがあれば、すぐソフトウェアとして開発してリリースする。それがSaaSです。ただ、特許の要素が含まれている場合、公になる前に出願を終えないといけない。そこのスピード感との兼ね合いはかなり悩みどころでした」(渡慶次氏)

 当時は、重要度の高いコア特許を優先して出願しており、ピッチイベントでの新機能の発表を一時的に見送り、先に出願だけを済ませるケースもあったという。知財を優先することで、事業スピードが落ちてしまっては本末転倒だ。渡慶次氏は「リリースサイクルと知財のタイミングをどう合わせるかが課題だった」と語る。

外部任せでは追いつかない。知財機能を内製化

 この課題を大きく改善したのが知財体制の内製化だ。創業当初から弁理士とは連携していたものの、外部とのやり取りが発生するぶん、事業スピードに対して知財判断や出願対応のタイムラグが生じる場面もあった。その後、2021年末にコーポレートオペレーション部 知財チームが発足し、知財機能の完全内製化が進んだ。

 内製化によって変わったのは、単に出願作業を社内で完結できるようになったことだけではない。新機能を開発する段階で、「この機能は特許を押さえるべきか」「どこまでを権利化するか」を社内ですぐに判断できるようになり、事業スピードに合わせた出願を進めやすくなったことも大きい。

 「知財にサービスリリースが引っ張られるという足かせがなくなり、よりスピーディーに事業展開できるようになりました。知財は事業を守り、拡大するためのものであって、スピードを遅らせるものではないので」(渡慶次氏)

 今では新しい機能やプロダクトを検討する段階から「これは知財を押さえにいくべきではないか」という発想が開発側にも浸透しているという。

140人中50人が発明者。「全社型知財」へ

 第7回IP BASE AWARDでは、営業・CS・開発・バックオフィスを含めた全社的な知財創出体制を構築している点も評価された。 現在、従業員約180名のうち、約50人が特許の発明者として名を連ねている。その背景にあるのが、職務発明制度だ。ただ、金銭的な報酬以上に大きいのが、自分のアイデアが形になる面白さだという。

 「それが実際にソフトウェアとして実装され、顧客に価値を届けていく。そうした経験ができること自体を、面白いと感じる社員は多いのではないかと思います」(渡慶次氏)

 営業メンバーが顧客から聞いた課題が、そのまま特許の種になるケースも多い。

mitsufuji-1.jpg

 知財チームでは、「『こういう機能があったらいいのでは』というお客さんの声をもとに、営業側からアイデアが出てくることもある。それを壁打ちしながら、『特許要素がありそうだ』となれば、調査や出願につながっていく」と話す。

 渡慶次氏は、こうした全社員型の知財体制を「クリエイティビティを刺激する仕組み」だと捉えている。渡慶次氏は前職のハードテック系スタートアップで知財重視の文化を経験していたこともあり、知財を開発部門だけで完結させず、会社全体へ広げることを重視してきた。

知財を難しいものにしない

 こうした全社型知財を支えているのが、知財チームによる“ハードルを下げる”取り組みだ。知財チームは、前職で「特許部は陸の孤島」と呼ばれていたことが強く印象に残っていたという。

 「難しいことをやっていて、開発部門とだけ話している部署、という印象が強かった。それを払拭したかったんです」と振り返る。

mitsufuji-5.jpg

 現在、同社ではNotion上で全特許を管理し、NotebookLMやGeminiを活用して、専門用語の多い特許内容を図解付きでエンジニア以外のメンバーでも理解できる形に翻訳し整理している。また、社内Slackに「発明チャンネル」を開設し、知財チームへの相談をワークフローから申請できる仕組みを構築している。

 それでも「こんなことを相談していいのか」とためらう社員は多い。そこで知財チームが始めたのが、「友達の輪作戦」と呼ばれる活動だ。

 営業やCSに『最近お客さんとどんな話をしましたか?』と雑談レベルでヒアリングして、特許の種を発掘。その後、「次はこの人が詳しいですよ」と別の社員を紹介してもらい、数珠つなぎでアイデアを掘り起こしていく。

 「開発以外のメンバーの『なんでこれできないんですか?』という素朴な疑問から、すごく良いアイデアが出てくることがあります」と知財チームは成果を誇る。

特許は営業資料ではなく、経営の防御力

 スタートアップにとって特許件数の多さは、技術力や競争優位性を示すPR材料として使われることも多い。ただ、ゼロボードは100件超の特許登録を営業の武器として前面に押し出しているわけではない。

 「『うちは特許を持っているから安心です』という営業はしていません。お客さんにとって直接的なメリットというより、他社特許を踏んでいない安心感につながるものだと思っています」(渡慶次氏)

 同社にとって、特許はむしろ経営上の防御力に近い。

 「他社特許を知らずに踏んでしまう可能性は常にあります。自社側にも十分な特許ポートフォリオがあれば、クロスライセンス交渉などで一方的に不利になることを避けられます」

 また、業界内で「ゼロボードがこの領域で最も多くの特許を持っている」という認識が広がることで、後発企業への牽制にもなる。さらに同社は、知財を軸にしたM&Aも実施している。2025年には、物流領域の温室効果ガス算定技術に関する特許を持つ株式会社Addedの事業を譲り受けた。将来的に同様の機能を展開する際、既存特許が障壁になる可能性もある。そこで、関連特許を含めて事業ごと取得したという。

今は使われていない特許も、未来では価値になるかもしれない

 もっとも、取得した特許が事業に役立つとは限らない。同社では、カーボンクレジット関連の特許も複数保有しているが、市場自体は当初の期待ほど急成長していない。しかし、渡慶次氏は「今使われていないから無駄とはいえない」と話す。

 「当面は使われないかもしれない。でも、将来的に必要になる可能性はあります。変化の激しい市場だからこそ、少し網羅的に取っていく必要があると思っています」(渡慶次氏)

 また、こうした活動を通じて、社員全体に知財への意識が浸透していったこと自体にも価値があったという。単に特許件数を増やすだけではなく、「新しいアイデアを形にしよう」という空気が社内に広がり、次の発明や機能開発につながる土壌になっている。

AI時代、SaaS企業の知財はどう変わるのか

 現在、同社が強く意識しているのがAI時代への対応だ。生成AIの進化によって、非エンジニアでもソフトウェアを開発できる時代が近づきつつある。

 「便利ツールを社内で自作できるようになると、既存SaaSを参考にした“ジェネリックSaaS”的なものも増えると思います」(渡慶次氏)

 その結果、特許権を侵害される可能性は高まる。SaaS企業側も事業スピードを優先し、特許出願が追いつかないケースが増えていくかもしれない。だからこそ同社では、脱炭素関連からAI関連へと、知財戦略の重点を徐々に移し始めているという。

 「新しい領域にこそビジネスチャンスがあるし、新しい特許を押さえて強みを発揮できる余地もある。そういった領域を意識して出願しています」

最後に、これから知財に取り組むスタートアップへのアドバイスを聞くと、渡慶次氏は「難しく考えすぎないこと」と答える。

 「まずは弁理士さんに相談してみればいいと思います。予算の範囲でできることはたくさんありますし、ハードルを高く考えすぎなくていい」

 特許は、一部の専門部署だけのものではない。ゼロボードの取り組みは、SaaS企業でも、知財を開発部門だけに閉じず、全社で回していく形が成立しうることを示した事例といえそうだ。

mitsufuji-5.jpg
文●松下典子 聞き手●北島幹雄 編集●ASCII STARTUP 撮影●曽根田 元
UP