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CEOが語る知財

株式会社坪田ラボ 代表取締役社長 坪田 一男氏インタビュー
大学シーズ起業から異色の黒字継続を進めるサイエンススタートアップに聞く事業化戦略

 株式会社坪田ラボは、近視・ドライアイ・老眼の3領域に対する革新的ソリューション開発に取り組む慶應義塾大学医学部発スタートアップ。2015年の設立からこれまで30社以上の企業とパートナー契約を結び、バイオレットライトを透過するメガネ(メガネブランド「JINS」との共同開発)、涙液に注目したサプリメントなど多くの商品化を実現している。上市まで時間のかかるライフサイエンス分野で大学シーズからの事業化を成功させるための戦略とは。株式会社坪田ラボ 代表取締役社長の坪田一男氏に伺った。

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株式会社坪田ラボ 代表取締役社長 坪田 一男氏

慶應義塾大学医学部卒業。ハーバード大学角膜クリニカルフェロー修了。世界に先駆けた角膜上皮の幹細胞移植による再生治療の実績で注目を集める。また、ドライアイにいち早く着目し、数多くの論文を発表。角膜移植の分野では日本のアイバンクに米国式システムを導入し新しい医療を展開。日本抗加齢医学会理事長(2013年6月~2017年6月)現理事、ドライアイ研究会Founding President、近視研究会世話人代表などの要職を務める。慶應義塾大学医学部教授として研究活動の傍ら、2015年に株式会社坪田ラボを設立。経営に注力するため、2019年2月からCEOに就任。2019年3月に慶應ビジネススクールでMBAを取得。

大学の研究シーズを事業化し、日本の医薬品産業を変える

 2004年以降、日本の医薬品産業は伸び悩み、医薬品の貿易赤字は3兆円を超える。一方で、研究費は米国とさほど大きな差は開いておらず、ノーベル生理学・医学賞には2016年に東工大の大隅 良典名誉教授、2018年に京大の本庶 佑特別教授による受賞などの華々しい成果も出ている。だが、こと事業化という点では話は異なってくる。

「ライフサイエンス分野の研究者は、75%が大学に所属しています。特許もアカデミアが多くを持っており、その研究成果を社会の価値に変える仕組みが確立されていないので、アカデミアの知財を社会実装したいと考えました。そこで、眼科教授からのライフシフトとして、大学発ベンチャーの立ち上げに取り組むことにしたわけです」(坪田氏)

 同社が注力しているのは、近視・ドライアイ・老眼の3領域。坪田氏らの研究成果であるバイオレットライト仮説に基づく医薬品や医療機器などの開発を進めている。

「バイオレットライト仮説とは、太陽光に含まれるバイオレットライトが近視の抑制に働くのではないかという我々の発見です。このメカニズムを追求していくと、バイオレットライトは血流を良くし、眼だけではなく、うつ病、MCI(認知症)にも効果が期待されるというデータを得てきました。海外含めてこれらを知財化していくのが弊社の戦略です」

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 坪田ラボの特許は出願も含め現在44件で、うち24件が登録済みだ。ライフサイエンス系スタートアップとしては世界を相手にするには特許を抑えるのが重要なため、費用もかなりかけている。このような知財に加えて、医薬品や医療機器の場合は許認可の壁も見えてくる。

「坪田ラボのビジネスモデルは、特許と医薬品医療機器としての承認の2つの参入障壁をうまく使います。承認を取るためには治験を行います。世界市場を狙うために海外で治験をする方法もありますが、海外は費用が安い場合もありますが、コントロールが効きにくいため成功率が低くなると考えています。我々は、特許は全世界で取りますが、治験は日本でまずやっています」

 日本で治験を実施すれば成功率が上がる。その実績をもとに世界に進出すれば、時間はかかるがリスクは抑えられる。パートナー企業との共同開発や開発契約・ロイヤリティー収益など、スタートアップにも関わらず収益をあげるよう事業ポートフォリオを組んでいる。

秘訣はパートナー企業との契約を成立させる5つのデータパッケージ

 医薬品や医療機器は、治験から承認審査を得て販売に至るまで長い時間がかかる。そこで早く市場に出せるコモディティー商品をパートナー企業との共同開発で先行して商品化する、というのが坪田ラボの戦略だ。

「大学発スタートアップはサイエンスには強いが、コマーシャリゼーションが弱い。日本発のライフサイエンスベンチャーは33社が上場していますが、赤字上場がほとんどです。僕らが目指すのは、サイエンスとコマーシャリゼーションのどちらも強い企業。医薬品などは承認に時間がかかりますが、コモディティーは特許だけで勝負できる。ここから売り始めていきます」(坪田氏)

 現在、坪田ラボは約30社とパートナー契約を結び、医薬品や医療機器の共同開発と並行して、研究成果を生かしたサプリメントや健康グッズなど非医療品となるコモディティー商品を開発している。

 例えば、メガネブランドのJINSとは、バイオレットライトが透過するレンズ「JINSバイオレットプラス」、ドライアイを防ぐ保湿メガネ「JINS PROTECT MOIST」などをリリース。そのほか、ロート製薬の目の健康によいサプリメント「ロートクリアビジョンジュニア」、わかもと製薬のサプリメント「オプティエイドDE」など、すでに市販されている商品も多い。

 近視・ドライアイ・老眼の3領域での研究成果から医薬品、医療機器を含めて商品化するのはあくまで第一段階。将来的には、慶應に限らず、他大学や他領域とのコラボによる商品開発もしていく考えだ。すでに、東大の研究チームや開業医からの持ち込み企画も検討中だという。

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 メガネやサプリメントなどの商品化が目立つ一方で、黒字の背景には、研究開発に基づく契約が大きいという。なお、現在のパートナー企業30社はいずれも国内企業。次の課題は、いかにして海外企業を巻き込むかにある。

「我々の営業先はBtoBなので、企業に理解してもらうためには“売れるもの”に仕上げることが大事。海外企業との契約を獲得するには、①知財、②実験の生データ、③国際的な一流誌への論文掲載、④相手を驚かせるメカニズム、⑤臨床データの5つが必要です。特に海外企業は、臨床データがそろっていないと契約には進んでくれません」

 営業力を強化するため事業開発本部を設置し、上記5つをパッケージとして作成。さらに海外企業を含め、ウェブミーティングで積極的に営業をかけているという。また臨床データを取るため、開発契約につながる特定臨床研究を4つ進行しており、さらに探索治験1本を終了、近く検証治験を実施する予定だ。

IPASで得た知識をどう社内に残していくか

 坪田ラボは、特許庁の知財アクセラレーションプログラムであるIPASの2019年度に参加している。

「特許の管理方法がわかる人がまったくいなかったので、知財サポートをほしかったことが応募理由です。IPASで勉強になったのは、調査の重要性です。他社の特許を踏んでいないか、という概念は大学だけでは意識が足りませんでしたから」(坪田氏)

 しかしスタートアップならではの問題も発生している。IPASのメンタリングを受けた担当者が退職してしまい、せっかくの知財戦略の知識が社内に残せなかったという。入れ替わりが激しいため、こうしたトラブルは起こりやすい。全社員がメンタリングを受けられるわけではないため、支援後にメンタリングを通じて学んだことを社内で共有する仕組みを検討しているという。

「現在は社内に知財の専門家がいないので、複数の特許事務所の先生に教えてもらったり、パートナー企業の特許部門に指導してもらったりしています。まだまだ知財の道は険しいですね」

 現在、研究開発本部長が知財担当を兼務しているが、専任の知財担当者を置くかどうかは検討中だという。退職の可能性を考えると、信頼のおける社外の弁理士のほうが長く付き合える安心感もある。坪田ラボは領域も広いため、3つの特許事務所に依頼している。また知財に加えて、臨床開発、IR担当、ドライアイ研究者なども募集しており、人材の獲得が目下の課題だ。

大学発スタートアップ創出への取り組みと「ごきげんな起業のススメ」

 大学発スタートアップでは、大学で出願した知財のライセンス交渉が問題になりやすいが、慶應義塾大学との関係性はどうなのか。

「設立当初は買い取りだったのが、株式の付与で特許をライセンスできるようになりました。さらに最近は、スタートアップでも負担できる費用で独占使用権の取得交渉ができるようになるなど、以前より柔軟になってきます」(坪田氏)

 坪田氏らが2019年に設立した「慶應義塾大学医学部発ベンチャー協議会」でも、大学側への働きかけを続けている。

「とはいえ、大学の教授で危機感を持っているのはまだ少数。ですが、日本は現時点で医薬品医療機器の輸入超過が4兆円に達しています。この貿易赤字がより進行すれば、いずれ日本は医療後進国になってしまう。未来を過去の延長線上ではないところにするには、今から変えていかなければいけません」

 坪田氏の著書には「ごきげん」をテーマとしたものも多く、坪田ラボのテーマも「VISIONary INNOVATIONで未来をごきげんにする」ことにある。

 この「ごきげん」への考え方は、企業としての在り方にも関わっている。ライフサイエンス系スタートアップは、深く長い赤字期間を経てのJカーブが当たり前。研究開発を優先して営業をおろそかにしがちだが、先述したコモディティー商品などのように、坪田氏は黒字化にこだわる。

「黒字にしたいという強い希望があるので、とにかく売れるものを作ることに注力しています。もっとも黒字にはできることへの制約があり、大きな投資ができないという点で、時間を損している可能性はあります。ですが、それでも黒字じゃないと、“ごきげん”でいられない。弊社はごきげんを優先しているんです。会社の方針が時価総額を上げることなら勝負をしたほうがいいでしょうが、我々は時価総額を早く上げることを目的にはしていません」

 この”ごきげん”の背景にあるのは、ギリシア哲学の幸福主義だ。「毎日、自分が好きなことをするような個人の快楽的な幸せを追及する一方で、社会全体の幸せに貢献する役に立ちたい思いもあり、その2つを満たしていればいろいろなことができるだろうと思っています。個人の欲だけでは怖くて、とても大学発スタートアップはやれません」

 大学院でも坪田氏は、「ごきげんな起業のススメ」という授業で後進へのアドバイスを送っている。「起業するかしないかは、その人の心理的バリア。条件がそろうのを待っていたら、いつまでもできない。やりたいからやるんです。起業に必要なのは、ごきげんでいること。ごきげんな人は、リスクをとってチャレンジしやすい。まずごきげんを選択しましょう!」

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元