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CEOが語る知財

エレファンテック株式会社 代表取締役社長 清水信哉氏インタビュー
環境負荷とコストに優れた日本発フレキシブル基板がスマホに入る未来が来る

エレファンテックは環境性に優れた独自製法のフレキシブル基板「P-Flex」を開発・販売するスタートアップ。量産化の壁を乗り越え、東京・八丁堀の本社と三井化学名古屋工場内の大型量産実証拠点にて受注生産を展開している。エレファンテック株式会社 代表取締役社長の清水信哉氏にものづくりスタートアップとしてのビジネス戦略と知財戦略について伺った。

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エレファンテック株式会社 代表取締役社長 清水 信哉(しみず・しんや)氏

2012年、東京大学大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻 修士課程修了。2012年4月、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社、主に国内メーカーのコンサルティングに従事。2014年1月にエレファンテック株式会社(旧社名:AgIC株式会社)を共同創業。

環境負荷とコストを大幅に削減できる独自製法のフレキシブル基板を製造販売

 エレファンテック株式会社は、持続可能なものづくりを目指し、インクジェット技術と銅めっき技術を活用したフレキシブル基板「P-Flex」を開発するエレクトロニクス分野のスタートアップ。

 電子回路や半導体は、基板全体に金属を塗布して不要な部分を削るサブトラクティブ法で作られているが、生産過程における廃棄が非常に多く、また大量の水を使用する。同社の確立したピュアアディティブ法では、基板に直接金属をプリントする方式で無駄がなく、廃棄物は13分の1、水の使用量は10分の1以下を誇っている。材料費・工程数も少なく、既存製法に比べて約30%のコスト削減ができるのも特徴だ。

 同社は、2014年に東大発ベンチャーのAgIC株式会社として創業。2018年から開発設備も有する八丁堀の本社でフレキシブル基板「P-Flex PI」(耐熱温度の高いポリイミドに製法適用した基板)の小規模製造販売をスタートし、翌2019年に18億円の資金調達を得て、三井化学名古屋工場内に量産プラントを設置。市場に流通する製品では、EIZOのウルトラワイド局面モニター「FlexScan EV3895」本体の操作スイッチ部などに採用されている。

 環境にやさしい製法が同社の強みだが、これを特に前面に押し出したのは大型調達直前の2018年末からだ。それ以前はSDGsよりも低コストを前面に出していたという。

「技術はタイミングが大事です。技術水準を満たし、市場の要請にマッチしないと導入には至りません。以前は環境問題はあまり売りにならず、コスト削減の追求が主でしたが、今はコストに加えて、環境負荷も低いものが要求される時代になっています。5年先には、環境にいいものづくりが必須条件になってくるでしょう」(清水氏)

 もっとも創業当初から今のような戦略をイメージしていたわけではなく、実際に市場で顧客の声を聞きながら、技術とニーズがマッチするタイミングを模索していたそうだ。

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「創業して3年目くらいまでは手探りです。最初は基礎研究レベルだったので市場が見つからず、方向性も決まっていませんでした。2017年にようやく既存の電気回路を置き換えられる見込みが出てきてから、資金調達して八丁堀に小規模の製造ラボを開設した、というのが実情です」

 量産実証を達成し、実績はできた。2022年1月には新木場に新たなR&Dセンターを新設し、今後は基礎研究に力を入れ、スペックを向上させ市場占有を進めていく計画だ。すでに実験のレベルではスマートフォンの回路でも使用できる100ミクロン以下の微細化にまで成功しており、安定した量産品質を保つための実証段階に入っている。2025年には本格的なスマホ対応、そして2030年には世界のあらゆる電子回路の10%を同社の製法に置き換えるのが目標だ。

コア知財のほとんどは特許化せずにノウハウとして秘匿

 エレファンテックは、インクの密着原理に関する製法特許など30件以上の特許を出願している。東京大学の知財は現在は使っておらず、すべて起業後に出願したものだ。エレクトロニクス系スタートアップの中では多いほうだが、それでも、もっと知財を取っておくべきだった、と清水氏は振り返る。

「大企業であれば役に立つかどうかわからなくても出願するでしょうが、スタートアップはリソースもありませんし、ピボットの可能性もある。方針が変わったら役立たなくなってしまうので、あまり特許を取らずにきました。今のところ問題は起きていませんが、今後シェアを拡大し、認知度が上がることで競合は出てくる。大きな穴はないとは思いますが、日本は差止権が強いので、ひとつでも抜けていたら大きなダメージを受ける可能性があります」(清水氏)

 戦略的にあえて特許化していない技術も数多い。例えば、インクの組成などはリバースエンジニアリングが難しいので、ブラックボックスにしている。

「コア技術のインクの組成、インクジェットのヘッドのコントロールといった、材料やプロセス部分は特許化が難しいのでノウハウで持つしかありません。逆に、印刷断面を見れば特徴的な構造が現れるようなものなど、侵害判定のしやすいものを中心に特許を押さえています」

 インクの組成などを秘匿するため、物質やサプライヤーにはコードネームを付け、社内でも名称を呼ばないように徹底しているそうだ。

 コアの知財は特許よりもノウハウにあるため、他社優位性としての特許の効果は現状では薄いが、コア特許については資金調達や大手企業との提携の場面で力を発揮しているという。技術の専門家ではない相手への説明には、特許があるとわかりやすい。事業拡大へ向けた資金調達や提携をうまく進めるには、ある程度の特許を押さえておく必要があった。

 ちなみに、創業当初は清水氏自身が特許の明細書を書いて出願していた。現在は投資家らから紹介を受けた外部の弁理士に明細書作成等を依頼し、清水氏がチェックする体制を取っている。ただし、量産出荷も始まり、社員数も60名と増えていることから、そろそろ社内に知財担当者を設置することも検討している、とのことだ。

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ビジネスが変われば、知財の守り方も変わっていく

 エレファンテックは、セイコーエプソン株式会社、住友商事株式会社、三井化学株式会社と資本業務提携しているが、知財の共有を避けるために、共同開発ではなく、あくまで自社開発の形をとっている。

 セイコーエプロンからはインクジェット技術やノウハウの支援を受けているが、印刷機の開発は独自のものだ。同様に、三井化学の名古屋工場内でも共同生産ではなく、場所とインフラを借りて独自生産している。

「最初の契約時に、どこまでが自分たちの知財なのかを明文化するのが大事です。オープンイノベーションの形としては珍しいかもしれませんが、提携先企業には理解いただいています。大企業の法務知財の方とスタートアップでは考え方やスピード感が違うので苦労することもありますが、そこは交渉次第です」と清水氏。

 プリント基板の製法は、これまで100年近く変わらなかった。これを完全に新しい製法へと置き換えるには、一社の力だけでは難しい。今は自社製造のみだが、市場を拡大していくためにインクや印刷機を販売する展開もありうるという。

「ビジネスが変わっていくにつれて守るべき知財も変わっていきます。インクと印刷機を販売するようになれば、今ブラックボックスにしているノウハウをオープンにしていく可能性もあります。ビジネスに応じて技術的に真似しづらいものは何かを考えていかないといけない。このバランスを取るのが知財戦略の難しさです」

 清水氏は、東京大学のアントレプレナー道場の講義などの活動も行っている。最後に、後進のスタートアップへのアドバイスをもらった。「技術に理解のある人材がもっと経営者になるべきだと思っています。大学にはシーズがたくさんあるのに、実用化する人材が足りていない。研究者が自分で事業をつくるようになってほしいですね」

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元