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CEOが語る知財

株式会社 Jij 代表取締役 CEO 山城 悠氏インタビュー
発展目まぐるしい量子計算領域で優位性を明確化したスタートアップ。国内外 大手ベンダーとの連携を拡充

 株式会社Jijは、科学技術振興機構 (JST)の大学発新産業創出プログラム(START)から生まれた、量子最適化技術の社会実装に取り組むスタートアップ。同社は、企業との共同研究開発や受託中心のビジネスからプロダクト開発へと展開するため、2020年度のIPASに参加。IPASを経てリリースされたのが、専門知識がなくても量子アニーリング・イジングマシンが使えるクラウドサービス「JijZept」だ。最適化計算に必須のミドルウェアが担当する領域をサポートし、複数の大手主要ベンダーとのパートナーシップを締結している。IPASのメンタリングで何を学び、JijZeptの知財戦略をどのように立てていったのか。代表取締役 CEOの山城 悠氏に伺った。

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株式会社 Jij 代表取締役 CEO:山城 悠氏
1994年、沖縄県生まれ。沖縄県立具志川高校、琉球大学卒。東京工業大学大学院理学院物理学系物理学コース西森研究室博士後期課程に研究員として在籍し、2018年11月に量子アニーリング領域の研究開発型スタートアップである株式会社Jijを創業。

最適化計算の3つの壁を解決する「JijZept」

 最適化問題とは、配送計画やシフト、エネルギー供給の最適化など、答えが無数にある計算困難な社会課題のこと。これらの最適化問題を解くための新しい計算手法として1998年に東工大の門脇・西森氏が量子アニーリングを提案。量子コンピューター(量子ゲートモデル)でも、量子アニーリングをベースとした最適化計算アルゴリズムの研究開発が盛り上がりを見せている。株式会社Jijは、東工大西森研究室出身のメンバーにより2018年に創業。15名の社員のうち12名が技術者で構成されている。

 最適化計算には、3つの壁があるという。ひとつは課題の数式化だ。最適化計算をするには、社会課題を数理モデルに定式化にする必要がある。例えば、配送計画であれば、配送コストを数式化し、ルートを変数にして、この場所には何時に到着しなければならない、といった制約条件を記述する。

 次に、量子アニーリングマシンで計算させるためには数式をイジングモデルに変換しなければならない。さらに、近年はさまざまなハードウェアがあり、ハードウェアに合わせたソルバーの設定も必要だ。つまり、もともと量子アニーリングは汎用的にいろいろな問題が解けることが期待されていたのに、定式化や設定次第で解が変わってしまう。

 Jijの開発するJijZeptは、この3つの壁をソフトウェアで処理して、本来、量子アニーリングに期待されていた汎用性を取り戻すためのソリューションだ。モデリングツール「JijModeling」は、数式をそのまま記述でき、イジングモデルへの自動変換機能を搭載している。さまざまなハードウェアのソルバーをサポートし、最適なソルバーに自動変換でき、ユーザーはソルバー特性を気にせずに利用可能だ。

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 もともと東工大の西森研究室と企業とで共同研究をしていた際に、あまりにもコストがかかりすぎることから内部ツールとして開発したのが始まりだそう。JijZeptを使うと、専門のエンジニア2人月分の工数がかかっていた問題でも数10分で計算できるという。

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コミュニティの形成でインパクトのある最適化問題を探索

 最適化計算に適したわかりやすい問題の候補を見つけることも難しい。JijModelingを無償公開するのも、ユーザーに一緒に課題を見つけてもらうのが狙いだ。インパクトのある最適化問題を見つけるため、いま力を入れているのはコミュニティの形成だそう。

「ユーザーの使いやすさは、ソフトウェア自体だけでなく、ドキュメントや周辺ツールが大事。スタート当初からオープンソースにしている「OpenJij」では、Slackにユーザーのコミュニティがあり、ドキュメントもある程度たまってきているので、JijZeptでもドキュメントの整備とコミュニティを充実させていきます」と山城氏。

 現時点ではPoCの段階だが、今後のビジネス展開としては、信号機制御や幹線輸送の配送最適化、材料工学などの分野での活用にも期待しているそうだ。

「いまやAIはすごいスピードで発展して、自動で動画が作れるアプリが出るなど、すっかり身近になっています。これはクラウドで簡単にデプロイできるようになったおかげ。同じように量子最適化もあらゆる用途に活用されるようになるのでは。そのための基盤を作っていきたいです」(山城氏)

 モデリングツールのJijModelingはQUBO生成の高速性が特徴で、現在最も使われているPyQUBOに比べて問題によっては10倍の速さで処理できる。この高速化のためのデータ構造の権利化にはIPASでの特許戦略が活かされているという。

IPASで「JijZept」の知財を強化

 2020年度のIPASに応募した理由は、クラウドサービス「JijZept」の開発に向けて知財戦略の必要性を感じるようになったから。

「プロダクト開発では知財をどのように確保すればいいのか。また、企業との共同研究開発における知財のやりとりのルールや戦略を作りたいと考えて応募しました」(山城氏)

 IPAS以前は、商標も取っておらず、ほとんど知財対策をしていない状態。企業との契約についてもその都度顧問弁護士には相談していたが、戦略的なルール作りはしておらず、契約の文面が将来的にどう影響するのか心配だったという。

「IPASで最初にやったのは知財調査。研究者は意外とやっていないのではないでしょうか。論文はずっと追っていましたが、どの企業がどこを特許化しているのか、特許調査の方法については、ぜんぜん知らなかったんです。メンターの先生方にそれを指摘され、IPASのリソースで実際に調査をしてもらいました」

 調査の結果、競合する懸念のある他社特許がいくつか見つかった。それを受けて、公開に向けて国内での特許出願を進めていたJijModelingの発明については内容を修正し、海外出願もすることになった。Jijを担当した知財メンターは、数多くのAI系スタートアップの支援経験があり、知財とビジネスの両面からのサポートが心強かったという。同氏とはIPASが終了した今でも付き合いが続いているそうだ。

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優位性を明確にするため、オープンにできるところは積極的に特許化する

 ソフトウェアは、どこまでをオープンにするか、秘匿するのかは悩みどころだ。

「特許化した理由のひとつは、最近の研究開発を見ていて、我々と近い概念のアルゴリズムが出てくるのでは、という懸念があったこと。もうひとつは、ユーザーにヒアリングしていると、『JijZeptは確かにパフォーマンスが良いけれど、なぜ優位なのかわからない。もう少し仕様を公開してほしい』との意見があったからです」と山城氏。

 企業の研究者やSIerに対して、ブラックボックスでは性能の優位性を説明しづらい。現在は、オープンにできるところは特許化し、秘匿できる部分はぎりぎりまで隠す、という方針で進めている。

 また、IPASでJijZeptの知財戦略と事業の方向性が定まったことで、ほかのメンバーにも知財の戦略を説明しやすくなったそう。

「僕は知財の専門家ではないので、『IPASでしっかり戦略を練ったうえでこうなります』と話せると、社内的にも説得力が出ます。またIPAS終了後は自分たちで戦略を立てられるようにならないといけないので、メンタリングには僕だけでなくCTOも参加し、持ち帰った知識は、毎週水曜日のランチミーティングで知財勉強会を開いて社内の研究者にフィードバックしました。JijZeptの知財戦略を考えられるようになったのは、持続的に続いている効果ですね」(山城氏)

 最近は、量子技術の研究の発展が目まぐるしく、新しい情報を追っていくだけでも苦労する。IPASの特許調査で膨大な情報から自分たちに必要なものだけを絞り込む勘所は、普段の研究情報の精査にも活かせているとのこと。

 現在は、技術検証用のモデリングツール「JijModeing」を無償で公開しており、今後は、研究開発者向け「JijZept Lab」、ソフトウェア開発者向けの「JijZept for Developers」を提供し、運用・監視までをサポートしていく計画だ。

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 最後に、これから知財戦略に取り組むスタートアップ、IPASへの参加を検討している方へメッセージをいただいた。

「テクノロジー系の企業にとって知財戦略は非常に重要なので、先生方にやってもらおう、という姿勢だとうまくいきません。知財戦略はビジネスの成長とともに変わっていくものなので、IPAS後は自力で知財戦略が立てられるような力をつけることが大事。自分たちの時間を割いて知財戦略を作っていこう、という気概がないと意味がないと思います。また、専門家の先生との相性も重要です。今回、知財メンターを担当してくださった先生は量子やAI分野に明るく、話しやすくて非常に頼りになりました。テクノロジーを社会実装することに興味のある人はどこかにいるので、味方になってもらえる人を増やしていくことがすごく大事。そのためにも知財を戦略的に活用して、研究の成果をある程度オープンにしていったほうがいいと思います」

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
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