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CEOが語る知財

株式会社チトセロボティクス 代表取締役 社長 西田 亮介氏インタビュー
設計費が高すぎるロボット業界の問題を打ち砕く。新創出された事業の裏にあったアクセラプログラムでの変化

 株式会社チトセロボティクスは、独自の制御理論による産業用ロボット制御プラットフォーム「crewbo」を開発・販売するロボットスタートアップ。このcrewboは、2020年度の知財アクセラレーションプログラムIPASへの参加をきっかけに生まれたサービスだ。株式会社チトセロボティクス 代表取締役社長の西田 亮介氏に、IPASのメンタリングで得たもの、事業戦略の変化について聞いた。

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株式会社チトセロボティクス 代表取締役 社長 西田 亮介氏
立命館大学在学中から2度の起業とロボット事業を経験。卒業後、リクルートホールディングス株式会社に入社し、新規事業の進学アプリチームをリードする。その後、立命館大学博士課程に復学し、2018年3月に株式会社チトセロボティクスを創業。

高コスパな労働生産性を実現するロボットシステム「crewbo studio」

 株式会社チトセロボティクスは、立命館大学理工学部ロボティクス学科運動知能研究室(川村研究室)の研究チームが2018年に創業したロボットスタートアップだ。人の神経モデルを模した独自の制御理論に基づく産業用ロボット向けのロボット制御システム「crewbo」を開発・販売している。

 労働力不足の解消に産業用ロボットの活用が期待されているが、導入コストは数千万円と高額で中小の現場には手が届かないのが現状だ。しかし、そのコスト内訳の一例としては、ロボットの本体価格が費用全体の1~2割前後というものも。現場に合わせるための制御プログラムの開発費が大半を占めているのだ。つまり、制御プログラムの開発費を抑えられれば、ロボットはずっと普及しやすくなる。

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 ロボットの制御理論は最初期の産業ロボットから70年間変わらずティーチングプレイバック制御が使われている。この制御方式ではあらかじめプログラムされた動きしかできず、作業環境や内容ごとにキャリブレーションやティーチングのプログラムを組み直す必要があるため、導入・運用コストが膨れ上がってしまうのだ。

「我々の制御プログラムでは、腕の長さや関節の角度を意識しなくても、針の穴に糸を通せる。なぜこんなに精度の高い動きができるのか。ロボットは数学で記述された決まった軌道で動作をしますが、人間が手でモノをつかむとき、毎回違う動作をします」(西田氏)

「例えば、机の上のモノを取る際、肘や指関節の角度やモノとの位置関係などを意識することなく、瞬時に動くことができ、そのパターンに規則性はない。こうした人の動きはどのように制御されているのかは長く解明されず謎とされてきた。

 チトセロボティクス創業メンバーらが発明したロボットの運動制御アルゴリズムは、カメラからの視覚情報とロボット内界センサからの感覚情報を統合してキャリブレーションやティーチングが不要で、リアルタイムにロボットアームの動作を生成する技術だ。

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 本アルゴリズムを実装したロボットはあらかじめ決まった動きを組み込むことなく、ロボットシステムに付属するカメラが対象物を認識してロボット自体が動きを生成する。これまで数週間かかっていたトレーニングや調整がいらず、すぐに現場で動かせる。また、針の穴に糸を通すような微細な動きや対象物の形状や位置が流動的な食品の盛り付けなどにも柔軟に対応するのが特徴だ。

 crewbo studioで開発するロボットアプリケーションは、プログラムしにくい作業ほど強みがある。例えば、バットに入ったポテトサラダをディッシャーですくい、容器に盛り付ける、といった作業をさせるには、量の減り具合に応じてアプローチする位置や角度、強さを微調整しなくてはならず、非常に複雑なプログラムになってしまう。crewbo studio搭載のロボットであれば、バットの隅のまですくい取る、といった人間的な表現が可能だ。

 2022年1月には、チトセロボティクスの特許技術をかんたんに実装するためのプログラミングソフトウェア「crewbo Studio」(90万円~)を発売開始。ソフトウェアがインストールされた制御用PCが付属し、ロボット本体と接続して簡単なプログラミングをするだけですぐに現場導入できる。

問題がなければ応募するはずがない。技術ありきからの脱却へ。

 同社は立命館大学の研究室発のスタートアップであり、基本特許は創業初期に大学から知財譲渡を受けている。発明者が創業メンバーである西田氏と取締役の川村貞夫教授らであったこと、同大学では発明の活用を推奨していたこともあり、スムーズに権利を買い取ることができたそうだ。現在はこれらの基本特許に加え、制御に関する周辺特許、ロボットのハンド部分の機構に関する発明などの特許を出願し、特許網を構築している。

 創業以降、受託によるロボット導入事業を中心に売上を立てていたが、2020年から方向を転換。新しいロボット事業に挑戦するため、研究開発に特化して挑戦していくことに。特許を活かした事業戦略を構築するため、2020年度のIPASに応募し、5ヵ月間のプログラムに参加した。

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「ロボットに強く、レベルの高い知財戦略を考えてくれる弁理士の方を探していたのですが、なかなかいい人に出会えなくて。自社内では戦略を描きあぐねていたので、特許庁の力を借りようと思い立ち、IPASに応募しました」(西田氏)

 最初は、プロに頼めばいい知財戦略を授けてくれるだろう、と安易に考えていたそうだが、逆に質問を投げかけられて、自社の問題点に気付かされたという。

「事業構成に矛盾があったのに、問題があることにすら自分では気付いていなかったんですよね。でも、『問題がなければIPASに応募するはずないよね?』とメンターの方に指摘されて、その通りだな、と」

 当時は独自にロボットを開発しエンドユーザーに直接届けるビジネスを目指して研究開発に取り組んでいたが、ロボット普及のための本質的な鍵となる課題をうまくあぶり出せていなかったという。

 メンタリングでは課題を洗い出すために、資料作りや調査などの宿題が出され、時間をかけて作成した資料が丸ごと作り直しになったこともあるそうだ。

「メンタリングでは『技術で稼ぐんじゃない。強みで稼がなきゃダメだ』と教えてもらいました。技術ではなく、組織としての強みにフォーカスを当ててくれたのがすごく良かったです。優れた技術があっても、それが誰にどのように役に立つのか。誰にどのように売っていくのか。という戦略を作っていかなくてはいけないと指摘されたんです。

 それまで僕はロボットばかりを見ていて『なぜロボットが売れないんだろう?』と考えていたけれど、そうではなく、『どうすればチトセロボティクスと契約していただけるだろうか?』という思考にスイッチできました」と振り返る。

ロボットの設計費が高すぎるという業界の問題を打ち砕く

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 メンタリングの内容はすべて社内で共有し、経営陣の意識が変わっていった。

「知財は大事ですが、それに頼りすぎないようになりました。チトセロボティクスの強みは、圧倒的な技術力、すなわち知財。でも知財そのものを売っているわけではなく、ノウハウや考え方を売っています。以前は、知財依存度が圧倒的に高く、『知財(技術)があるからうちと契約すべき』という言い方をしていましたが、それではお客様はわくわくしない。IPAS後は『今までと違うやり方でやってみませんか』という表現ができるようになりました。営業力、トーク力、提案力も技術と同じくらい大切だと気付きましたね」(西田氏)

 IPASを経て事業内容も大きく変わった。プログラム前は、ロボットを作り、エンドユーザーに直接売るビジネスを目指していたが、ソフトウェアを売る事業へと転換。そこから生まれたのが「crewbo studio」だ。ソフトウェアをPCにインストールして納品する販売形態、現場に合わせたロボットの導入から保守までをパッケージにした「crewbo system」シリーズの展開、さらに、予算に悩む顧客に助成金を案内するなど、技術以外のサービスを提供するようになったのもIPASで得た成果だそう。

「強みは必ずしも技術じゃなくていい。唯一無二でなくても、ほかより少しでも優れていたら強みと言っていいし、それらを組み合わせればもっと強みになる、と教えてもらいました」と西田氏。

 ロボットで最も危惧されるのが暴走による事故。そのため、産業用ロボットには枯れた技術を使うのが原則とされているという。どんなに優れた技術であってもこれまでにない新しいものが受け入れられるまでには時間がかかる。それよりも、既存の産業用ロボットをより手軽に使えるソフトウェアやサービスを提供するほうが、広く産業用ロボットを普及させる、という本来の目的にも近づける。

 実際に「crewbo studio」をリリースしたところ、想定目標の2.5倍ほどの売上を達成。さらなる普及には、企業内での予算取りが課題だ。「crewbo studio」はソフトウェアだが、SIerにとっては開発の人件費の削減、産業用ロボットの導入は現場の人件費の削減になる。では人件費なのか、それとも設備品なのか。今後は、会計上の産業用ロボットの扱いを整備していくことも必要だろう。

「将来は、IPASに始まる前の“エンドユーザーに対してロボットを売る”というビジネスモデルに近いところに帰っていくと思います。ただ以前と違うのは、技術だけを売るのではなく、自分たちがこれまで培ってきたノウハウを活用して、お客様と一緒にロボットの使い方を考えるパッケージとして提供できます。crewboを使えば、ロボットの設計費が高すぎるという業界の問題を打ち砕ける。キャリブレーションやティーチングをしなくても、高精度に動くので、ずっと簡単に安く作れるようになります。たくさんの現場でロボットを安い労働力として使ってもらえる未来に変えていきたいですね」

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元