CEOが語る知財
株式会社カウリス 代表取締役CEO 島津 敦好氏 インタビュー
知財を軸にスタートアップ支援を活用してIPOを達成。不正な金融取引を検知して詐欺の撲滅に挑む
フィッシングや投資詐欺、振り込め詐欺などの近年増加する金融詐欺は、社会的に対策が求められる大きな問題となっている。株式会社カウリスは、ネットバンキングやクレジットカードの不正対策サービスを金融機関に提供し、金融犯罪の撲滅に取り組むサイバーセキュリティスタートアップだ。2018年に知財アクセラレーションプログラム「IPAS」に参加し、知財戦略の強化やスーパー早期審査の活用などを通じて事業を拡大しながら、2024年3月に東証グロース市場に上場を果たした。業種特化型サービスを提供するスタートアップが国内外の競合に勝つために実践したこととは。同社代表取締役CEOの島津敦好氏にお話を伺った。
株式会社カウリス 代表取締役CEO
島津 敦好(しまづ・あつよし)氏
京都大学卒業後、株式会社ドリコムに入社。セールス担当として、同社IPOを経験。2010年、オンライン英会話学習のロゼッタストーン・ジャパン株式会社入社。法人営業部を立ち上げる。2014年よりCapy社入社。事業部長として不正ログイン対策のソリューションの提案を大手企業に提案。同時にメディアを通じたセキュリティ意識向上の啓発活動を実施。2015年12月、株式会社カウリス設立。
口座への不正アクセス情報を検知し、詐欺被害の阻止を図る
SNSやキャッシュレス決済が広がる一方で詐欺の手口が多様化し、その被害は増加傾向にある。政府の犯罪対策閣僚会議が2024年6月に出した「国民を詐欺から守るための総合対策」によると、2023年の詐欺被害総額は1630億円となり前年からほぼ倍増しているという。また、個人・法人口座の不正譲渡が増え、これらが犯罪集団の資金洗浄(マネー・ローンダリング)に使われる事態も起きているという。
犯罪集団のマネー・ローンダリングを止めることは国際的な課題にもなっている。マネー・ローンダリングやテロ資金供与防止の対応に関する国際組織のFATF(金融活動作業部会)は、2021年8月に公表した第4次対日相互審査報告書で、日本の対策は全体として成果を上げていると評価した一方、さらなる取り組みが必要と指摘。日本の金融業界は対応を迫られている。
株式会社カウリスは「情報インフラを共創し、世界をより良くする」をミッションに2015年に設立した。
「当時、米調査会社ガートナーのレポートで『今後インターネットに接続するデバイスはPCやスマートフォン、タブレット、スマートウォッチ、家電、自動車など次々と増え、その数は増大していく』という趣旨のことを読みました。
これをヒントに、これだけのデバイスがインターネットに接続すると『個人のデジタルアイデンティティがわからなくなる時代が来るだろう』と感じました。そこで、インターネット上での『その人らしい行動』を蓄積し、異常な動きから不正アクセスを見つけ、個人のデジタルIDを守るビジネスを考え、カウリスを設立しました」と島津氏は言う。
同社が提供する法人向けクラウド型不正アクセス検知サービス「Fraud Alert(フロードアラート)」は、エンドユーザーが行うオンラインでの「口座開設」、「ログイン」、「入出金」といった行動をモニタリングし、異常と判定すると「口座に使用した端末」、「IPアドレス」、「口座」の3つの情報を収集してブラックリストとしてデータベースを作成し、金融機関に情報を共有する。
例えば、普段は東京の大手町からWindowsのPCを使って日本語入力でログインし送金している人が、突然、九州からiPhoneを使って使用したことのない外国語の入力で1日に何度もログインしたり何度も送金したりしていれば、「その人の行動らしくない」と判断できる。こうしたケースで不正なアクセスであるか否かのリスクを判定し、端末や口座などの情報を複数の金融機関に共有している。
情報を得た金融機関は、同端末からのアクセスや同口座の入出金を遮断すれば、それ以降の犯罪を阻止できる。また、使用された端末の利用履歴などを追跡すれば、犯罪組織への資金の流れを追うことも可能だ。さらに、1つの口座が数十の口座にひもづいていることもあるため、芋づる式に関連する不正口座を見つけることもできる。こうした地道なモニタリングと金融機関との連携を通じて、年間2000件以上の不正口座を発見したこともあった。
「1つの銀行で口座を凍結しても、複数の金融機関で情報が共有されていなければ、すぐにお金は別の銀行口座へ移されてしまい、流出を止めることができません。一般的に、詐欺被害が警察に報告され、送金先の金融機関へ連絡が入るまでには2カ月ほどのタイムラグがあります。そのため、詐欺に使われた口座だけを凍結しても、その口座にはもうお金がなく、被害者にお金が戻ってこないケースが多いのです。複数の金融機関で情報を共有することで、犯罪被害金が他行に流れた場合でも連携して早期に関連口座を凍結でき、資金洗浄される前のお金を被害者へ返せるようになったのは大きな成果です」(島津氏)
IPASを通じて600件以上の競合を調査。スーパー早期審査で海外競合に対して知財を確保
カウリスが事業を展開するまで、こうしたサービスを提供する企業は国内にはなかったと島津氏は言う。
「従来、金融機関はそれぞれ異なるシステム会社に情報管理を委託しており、口座やエンドユーザーの情報を他社と共有することは、委託契約の企業では個人情報流出になってしまうため実現できませんでした。
これに対して『Fraud Alert』はクラウドを活用し、金融機関がブラックリストのデータをお互いに参照し合えるプラットフォームを構築しています。法的な根拠としても、『犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)』の第8条『疑わしい取引の届出等』の履行の一部に該当すると、警察庁から認定を得ています。きちんと法令に基づいているからこそ、口座情報などを提供できる、現状では国内唯一の企業だと思います」(島津氏)
カウリスのビジネスは、国内の金融サービス業をメインターゲットとする業種特化型だ。専門性が極めて高い領域だけに知財戦略も重要になる。
「設立した2015年当時、競合特許を調査してみると384件が見つかりました。これらを自分で一件一件目を通して、自社と類似しそうな特許をピックアップして詳しく検討し、自社の権利と抵触する可能性があるか否かを弁理士の先生とも一緒に確認していました。
しかしその後、競合しそうな特許が1年ごとに80件ずつくらい増えていき、2018年には合計600件以上になっていました。その中には国内の大手企業もありましたが、主な企業は欧米や中国などの海外勢で、資本力も大きい。『これはあらためて知財対策をしなければ戦えない』と思い、2018年に知財アクセラレーションプログラム『IPAS』に参加しました」と島津氏は話す。
「IPAS」での取り組みでは、こうした競合する特許や企業について、あらためてチェックをしていった。いざ調べてみると、「私の知らないうちに、すでに日本市場に入りはじめている海外企業がいることにも気づきました。知財の情報から動きを先読みして、潜在的な競合を発見することもでき、成果は大きかった」と島津氏。
さらに、海外から日本に参入してくる競合への対策として、スーパー早期審査を活用したという。
「シリコンバレーの企業2社が日本市場に参入する動きがあり、彼らが日本で特許出願する前に、類似特許を出願する必要がありました。幸い、スタートアップ向けのスーパー早期出願が利用できたので、我々にとって重要なコアな技術について複数出願し、参入障壁を築くことができました」(島津氏)
また、IPASでの取り組みを通じて、知財を取り巻く環境が欧米と日本とで大きく違うことをあらためて実感したという。
「海外も含めて同業他社がどんな知財を持っているのか、また自社がそれを踏んでしまっていないか、などを分析しておくことは、事業継続性の観点からも重要です。しかし、日本ではスタートアップや中小企業に対して、知財の重要性を積極的に指摘してくれる人やVCなどが、まだまだ少ないのではないでしょうか。
一方で、たとえば欧米やイスラエルのスタートアップは知財対策をしっかりとやっている。今後、日本市場に海外スタートアップがどんどん進出してきたときに、知財で争いを仕掛けられるケースが増えるかもしれない。スタートアップも中小企業も、もっと知財を活用するべきだと思っています」
規制のサンドボックス制度、IPAS、資金調達の3つが勝ち筋につながった
カウリスが事業を大きく成長させたのには、もうひとつのきっかけがあった。実証を通じて新たな技術やビジネスモデルの可能性を検証し規制の見直しにつなげる「新技術等実証制度(規制のサンドボックス制度)」を活用した取り組みだ。
「Fraud Alert」では不審なアクセスを発見し、その情報を金融機関に共有するが、その情報のみで直ちに口座の凍結とはならない。金融機関が情報を受け取り、本人確認を行う必要がある。まず電話やはがきを使って本人に連絡を行い、連絡が取れない場合は登録住所に足を運んで確認することもある。金融機関にとっては、時間と手間がかかり、負担にもなっているという。
その解決策として、カウリスが関西電力らと共同で取り組んだのが、電力会社の設備情報と、銀行に口座開設したユーザーの申請する住所とを照らし合わせ、居住実体をチェックするという方法だ。
ただし、電力会社が保有する個人情報の活用には、電気事業法という法律上の壁があった。そこで、2019年に「規制のサンドボックス制度」の認定を取得し、まずはセブン銀行での口座開設時に、3社共同で実証実験を行うことになった。
このとき島津氏は、「規制のサンドボックス制度」の認可が下りたタイミングで、即座にスーパー早期審査を利用して特許を申請。第三者の参入をけん制した。
「ちょうど『規制のサンドボックス制度』の申請とIPASの時期が重なっていたことが幸いでした。もしスーパー早期審査を知っていなければ、これほど迅速には動けませんでした。せっかく協業企業が見つかり実証にこぎ着けたのに、もし特許を別の企業に取られてしまったら、事業化にも支障をきたします。スタートアップとして、コアになる知財は絶対に押さえておきたかったのです」(島津氏)
実証後、関西電力との事業化に向けて業務提携契約を締結。2020年には第三者割当増資による出資にも応じ、オープンイノベーションとしてカウリスを応援してくれる形となった。さらに、この両社の取り組みは、2022年4月に電気事業法の改定により、電力会社の保有する個人情報の利活用が認可され、2024年4月に『グレーゾーン解消制度』によって、個人情報の利用範囲と利用目的の拡大を、経済産業省、個人情報保護委員会、国家公安委員会の3省庁から適法と認定されるに至っている。
カウリスとしては、まさに知財を軸として事業の拡大と資金調達を実現。『規制のサンドボックス制度』を活用した法律の裏付け、IPASによる知財戦略の強化とスーパー早期審査の活用、共同実証を通じた資金調達の3つを得たことが、事業をさらに成長させる決め手となった。島津氏は「この3点をうまく組み合わせられたことが本当に良かった」と言う。
政府や自治体、民間によるスタートアップ支援にはさまざまなものがあり、一つひとつの支援の効果は限定的でも、使うタイミングと組み合わせ次第で、大企業や海外勢を出し抜くほどの大きな効果を発揮する。カウリスは、J-Starup、『規制のサンドボックス制度』、IPAS、スーパー早期審査などを有効に活用しており、スタートアップ向けの複数の施策をうまく活用したモデルケースといえそうだ。
最後に、島津氏に後続の起業家へのアドバイスを聞いた。
「弊社のようにプレイヤーが少ない業態であれば、参入障壁として知財は必要。何かのテクノロジーをひとひねりすれば知財化はできると思う。M&Aのデューデリジェンスでの評価をあげる効果もありますし、オープンイノベーションで大手企業と対等な関係を築くためにも知財を持っておいたほうがいい。行政が実施する支援をうまく活用することは、オープンイノベーションや資金調達時の信頼にもつながります。ぜひうまく組み合わせて活用していただきたい」