文字の大きさ

English
  • IP BASE

CEOが語る知財

ugo株式会社 代表取締役CEO 松井 健氏 インタビュー
「経営者の本気度でアウトプットは変わる」業務用ロボ大手スタートアップが知財アクセラIPASで得たものとは

ugo株式会社は、業務用ロボット「ugo」シリーズと、さまざまなロボットを統合管理するプラットフォームを開発するロボット開発スタートアップだ。同社は知財戦略の構築に向けて、2022年度に知財アクセラレーションプログラム「IPAS」に参加。約半年間のIPASプログラムで得られたこと、現在の知財活動への取り組みについて、代表取締役CEOの松井健氏に伺った。

01_headshot.jpg

ugo株式会社 代表取締役CEO
松井 健(まつい・けん)氏
2004年、東京工科大学メディア学部卒。2006年、株式会社モンスター・ラボに創業メンバーとして参画し、新規事業のスマートフォンアプリやWebシステムの開発に従事。2011年、IoTデバイス開発会社ミラを創業し、さまざまなコネクテッドデバイスの開発・量産経験を経て、2018年にugo株式会社を創業、代表取締役CEOに就任。

家事ロボットにつけた腕が警備ロボットのニーズにフィット

 ugo株式会社の設立は2018年。現在は業務用セキュリティロボットの分野で国内トップクラスのシェアを確立しているが、きっかけとなったのは創業当初に開発していた2本の腕が付いた家庭用家事ロボットだったという。

「もともとは共働き世帯向けの家事ロボットの開発からスタートしました。その後、B to Bへ移行し、最初に取り組んだのが警備ロボットです。すでに多くの競合がいる中に後発として参入することにとまどいもあったのですが、警備会社から『腕の付いたロボットなら、エレベーターを使って移動できるのではないか』とお声がけいただいた。それがきっかけでした」と松井氏。

02_ph.jpg

 その警備会社では、ロボットのフロア間移動に課題を抱えていたという。既存のビルでロボットを自律的に移動させるために、エレベーターとロボットをネットワークで連携させようとしていた。しかし、それではエレベーターの工事が必要になり、大きな費用がかかるうえ、工事期間中はエレベーターが使えなくなってしまう。そんなときにugoのロボットに出会い、腕がついているなら人と同じようにエレベーターのボタンを操作して移動できるのではないか、と着目したという。工事なしですぐに導入できることが強みとなり、採用が決定。これをきっかけに他のオフィスビルや空港などに採用され、出荷開始から3年弱で累計出荷台数が200台を超え、2023年には市場シェア54%を獲得したという。

 導入が広がったポイントには機能と価格のバランスもあったという。

「顧客の要望をすべて叶えようとすると、1台で何千万円ものロボットになってしまいます。当然そのような費用はかけられない。その代わりに、導入目的に対して『ロボットにできること・できないこと』を最初から明示したことが受け入れられたように思います」と松井氏は話す。

 同社の双腕型警備ロボット「ugo Pro」は保守サービスも含めて月額約20万円で導入できるそうだ。その一方で、複雑な動作や施錠など「ugo Pro」にできない作業もあるが、ロボットと人の分業体制をとることで業務効率化が図れ、人手不足の解消につなげられる。

 ビルや空港などに導入され現場で動く警備ロボットを見た人や報道から認知が広がり、「点検業務にも使いたい」との依頼から、小型・軽量の見回りロボット「ugo mini」を開発し、2024年10月から販売を開始している。

「工場やデータセンターなどでの点検業務では、双腕型のロボットでは入れない狭い場所も多い。そこでコンパクトな『ugo mini』を開発しました。上部のカメラ部分が伸び縮みするので、高さのある場所の点検にも柔軟に対応できます」(松井氏)

 工場やデータセンター、発電所などでの点検業務のほか、介護現場での見守りロボットとしてさらに導入が広がっていきそうだ。

03_ph.jpg

「ugo(ユーゴー)」シリーズの3モデル。「ugo Pro」は、2本の腕と顔ディスプレイを備えている。「ugo mini」はコンパクトで機動性が高く、狭い空間での点検作業に適している。「ugo Ex」はユーザーによるカスタマイズが可能でセンサーやカメラを追加できる(画像提供:ugo)

ベンチャーキャピタルの勧めでIPASに参加、最大限に生かすためにフルコミット

 松井氏は創業当初、知財の優先度をあまり高くは捉えていなかったという。

「スタートアップはまず資金調達が最優先。資金が尽きると事業が終わってしまうので、長期的な目線での活動は現実的にはなかなか難しかった。それでも、特許を持っていることで投資家の方から評価されることもあります。『特許はいつか取ろう』とは考えつつ、なかなかアクションできていませんでした」(松井氏)

 しかし、警備ロボットの事業が順調に伸びてくると競合からも意識されるようになった。参入障壁を築いておくためにも、さらなる成長に向けて資金調達額を増やしていくためにも、知財が大事になってきた。松井氏も「そろそろ知財対策に着手していかなくては」という危機感を持っていたところに、同社に出資するVCから、IPASを紹介されたという。

 IPASに応募する際には「IPASを生かすためにはどれだけコミットするか次第。経営者が相応の時間をかけて本気で課題に取り組むかどうかで、アウトプットは大きく変わる」とアドバイスを受けたとのこと。

 松井氏はこのアドバイスを聞いて、「最初からしっかり取り組もうと覚悟して参加しました。隔週で1時間半~2時間のディスカッションを半年間続けました。宿題としての課題もあり、土日はだいたいその準備に使っていました。いくつかのアクセラレーションプログラムを経験していますが、ここまでとことん取り組んだものはなかったかもしれません」と当時を振り返る。

04_ph.jpg

 メンタリングはビジネスの専門家と弁理士、弁護士の3名が担当。ビジネスメンターからは大企業との協業における注意点、関連特許の調査や戦略構築などはビジネスメンターと弁理士からアドバイスを受けたほか、弁護士から契約書をレビューしてもらうことで安心につながったという。

「弁理士さんと弁護士さんはそれぞれ技術系の特許について経験豊富な方々だったので、特許の考え方から講義していただきました。我々のようなプラットフォームをベースにしたロボットのサービス事業者はどのように知財を押さえていくべきかを考えるため、まずは関連特許を調査し、その結果をベースにどこを攻めるかという戦略構築をサポートしてくださいました」(松井氏)

 毎回のディスカッションや課題に悪戦苦闘しながらも、回を重ねるごとに知財戦略の解像度が上がり、準備のために作った資料は投資家向けの資料としても役立ったとのこと。

「説得力がすごく上がりました。単に『特許を出願しています』というのではなく、『こうした戦略からこの特許を取ろうとしている』と説明できるようになったので、投資家からも納得していただきやすくなりました」

 知財メンターの弁理士、弁護士とはIPAS終了後に顧問契約し、現在も知財や契約の支援を受けているとのこと。社内においては、取締役CMPOの山田幸一氏と開発部門のリーダー、現場のエンジニアによる知財チームを組成し、週に1回の定例会を開いて知財活動に取り組んでいるそうだ。

「IPASには私だけが参加していたので、そこで学んだ知識を組織に落とし込み、知財活動を習慣化させなければいけない。知財の定例会には顧問弁理士さんにも入ってもらい、月に1件出願できるような体制をつくっているところです。このほかにも社内では、専門家を招いて特許出願のための文章の書き方講座なども開催しています」

「つまづき石」とオープン・クローズ戦略で競争優位性を築く

 松井氏がIPASで学んだ特許戦略のポイントのひとつが「つまづき石を置く」ことだそう。

「要点を押さえていけば、『すごく強い守りになる』ことを教わりました。我々のビジネスは、目に見えるハードウェアのロボットがメインなので、他社に真似されることは極力避けたい。そこで、もし他社が同じ事業をするときに踏みそうな、いわゆる周辺特許を『つまづき石』のように取っておくことが大事だと。特許はビジネスの根幹になる重要な技術のためのものというイメージでしたが、それだけではなく関連する技術も『つまづき石』としてしっかり押さえておくことが重要になるというのは、私にとって大きな気づきでした」(松井氏)

05_ph.jpg

 警備ロボットは国内外に競合がいるため、ロボット単独では競争優位性を築きづらいという。そのため松井氏は、ロボットとプラットフォーム、そして運用ノウハウを、広範囲なオープン・クローズ戦略で守っていこうと考えているという。また、海外展開を想定した知財戦略も構築しているという。こうした知財活動への取り組みは、ロボットやプラットフォームを利用する事業者への信頼にもつながっているそうだ。

 事業としての今後のフェーズでは、ロボットとプラットフォームに加え、それらをより良く活用するための研修プロクラムもラインアップしていきたいとのこと。

「ロボットをある程度使うことは誰にでもできますが、業務に役立てるセンスを磨くには一定のトレーニングが必要です。我々はさまざまな現場におけるロボットの活用ノウハウを積み重ねてきたので、実際の業務をうまくロボットに転嫁させるコツを教えることでロボットの普及を促進していきたいです」

 目標は、国内だけで1万台の導入を実現すること。働く場所に業務用ロボットが当たり前に存在するようになれば、人の労働環境ももっと改善されそうだ。

 最後に、これから知財活動に取り組むスタートアップへのアドバイスを伺った。

「まずビジネスの方向性を明確にすること。そこからビジネスのロードマップに沿って特許戦略を考えていくことが大事だと思います。そのためにIPASに応募するのもお勧めです。IPASに参加するなら、事業と同時並行なので大変ではありますが、本気でとことん取り組めばそれだけ確実に成果が得られると思います」

06_ph.jpg
文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
UP