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スタートアップエコシステムと知財

セイコーエプソン株式会社 経営戦略本部 副本部長/エプソンクロスインベストメント株式会社 COO 宇都宮純夫氏インタビュー
CVCは何を見るのか セイコーエプソン流の共創と知財

FY2025 インタビュー VC・金融機関

CVCは、VCとも事業部とも異なる立ち位置で、スタートアップとの共創を担う存在である。セイコーエプソン株式会社が設立したエプソンクロスインベストメント株式会社も、単なる財務投資ではなく、自社の技術や事業との接点を見据えながら新たな価値創出を目指している。セイコーエプソン株式会社 経営戦略本部 副本部長およびエプソンクロスインベストメント株式会社 COOの宇都宮純夫氏に、その視点を聞いた。

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セイコーエプソン株式会社 経営戦略本部 副本部長、エプソンクロスインベストメントCOO 工学博士
宇都宮 純夫(うつのみや・すみお)氏
1998年 セイコーエプソン入社。研究開発本部に所属し、液晶、薄膜トランジスタ、半導体・センサー関連の研究開発に従事。研究開発マネジメント職を経て、2020年より経営戦略推進部長、2021年よりエプソンクロスインベストメントCOOを兼任し、現職に至る。2025年より、マニュファクチャリングソリューションズ事業部にてロボット要素開発部長を兼任。

「省・小・精」を磨いてきたセイコーエプソンが、次に共創へ向かう理由

 セイコーエプソンの原点は、1942年に始まった時計の製造にある。宇都宮氏は、第二次大戦中に信州諏訪の地で味噌蔵を改造した工場で創業した歴史に触れながら、同社が長く価値ある製品を生み出してきた会社であると説明した。1960年代前半には、国際的なスポーツ大会向けに陸上競技や水泳などのタイムを電子的に計測、記録する装置を開発する中で、のちの小型軽量デジタルプリンター「EP-101」につながる技術も活用されたという。ブランド名「EPSON」は、この「EP-101」に由来する。「EP(Electronic Printer)」が新しい価値を提供したように、「SON」(セイコーエプソンにとっての子どもたち=新しい製品やサービス)を数多く生み出していくという思いが込められているという。

 その歩みを支えてきた技術思想が、「省・小・精」である。「省く」「小型」「精密・精緻」の頭文字を取ったこの言葉は、セイコーエプソンが今に至るまで持ち続けてきた技術的な軸である。その考えは今も企業活動の根幹にあり、宇都宮氏は「『省・小・精から生み出す価値で、人と地球を豊かに彩る』ということをコーポレートパーパスとして、経営の中心に置いています」と語る。

 セイコーエプソンは時計にとどまらず、プリンター、プロジェクター、PC、ロボット、半導体、水晶デバイスなどへと事業を広げてきた。だが、その広がりは単なる多角化ではない。エプソン独自の「省・小・精の技術」を起点に、用途や市場を拡張してきた結果である。

 宇都宮氏が強調したのは、こうした製品群が単に機能を提供するデバイスではないという点である。「製品を通じて人々の生活や仕事のスタイルを革新してきたという自負を持っています。プリンターを例に挙げますと、それまではフィルムを写真店に持ち込んで印画紙に現像してもらうのが当たり前でした。それが1990年代後半、写真のデジタル化が進む中で、家庭でパソコンとプリンターを使って印刷するスタイルへと変わりました。生活のスタイルを変える部分において、エプソンのプリンターが貢献できたのではないかと思っています」(宇都宮氏)

 この「新しい価値を形にし、使われ方そのものを変える」という姿勢は、セイコーエプソンの事業の広がりにも通底している。インクジェット技術は家庭用プリンターにとどまらず、布地やフィルムなど紙以外に印刷する商業・産業用プリンターにも応用され、商品化されている。ロボット事業も、もともとは腕時計の組み立て自動化のために社内で開発した技術が電子機器の組み立てなど、外販へ展開されたものだという。セイコーエプソンにとって事業の拡張とは、コア技術を別用途へ横展開することに加え、新しい使われ方や価値を生み出すことでもあった。

 その延長線上で、いま同社が重視しているのが「共創」である。自社の技術や事業基盤を磨き続けてきたからこそ、自前だけでは届きにくい領域にどう踏み出すかが次のテーマになる。宇都宮氏の話からは、セイコーエプソンがこれまで培ってきた強みを土台にしながら、社外との連携を通じて新たな可能性をひらこうとしていることが見えてくる。

エプソンクロスインベストメントは、新しい事業の可能性をひらく接点

 そうした共創の実践として、セイコーエプソンは2020年度からCVCの取り組みを本格的に始めた。その中核となるのが、セイコーエプソンの100%子会社として設立されたエプソンクロスインベストメント(以下EXI)である。

 ファンドの仕組みとしては、EXIとグローバル・ブレイン社と共同でファンドを設立する「二人組合」と呼ばれる形式をとっている。これは、事業会社であるセイコーエプソンが持つ技術的・戦略的な視点と、独立系VCであるグローバル・ブレインが持つ投資・財務的な専門性の双方を掛け合わせ、連携して投資先企業を支援するための体制だ。ファンドサイズは50億円。宇都宮氏は、この枠組みのもとで国内外のスタートアップを対象に投資を行っていると説明した。

 宇都宮氏によれば、グローバル・ブレイン社と組んでいる理由の一つは、スタートアップ投資に必要な知見やネットワークを取り込むためである。「EXIがセイコーエプソンとの戦略的な接点や事業上の可能性を見ていくのに対し、グローバル・ブレインはVCとしての視点からスタートアップを見ています。グローバル・ブレインはスタートアップの将来性に関する評価軸やノウハウをお持ちなので、そういった点において非常に助けてもらっています」(宇都宮氏)。事業会社としての視点と、投資の専門性の双方を掛け合わせることで、新しい事業の可能性を探っていく構えである。

 もっとも、EXIは純粋な財務リターンを追うVCではない。「セイコーエプソンの事業の発展、将来の発展に資するようなスタートアップを支援していきたい思いがあります」(宇都宮氏)

 そのため重視するのは、投資先がセイコーエプソン本体とどのような接点を持ち、どのような可能性をひらくかという点である。「投資領域はテック系となっています。革新的な技術やサービスを有する幅広いステージのスタートアップに対してグローバルに投資を行っています」(宇都宮氏)。EXIは、資金を投じるためだけの器ではなく、セイコーエプソンがスタートアップとの接点を持ち、新たな事業機会を探るための実践の場なのである。

スタートアップの強みは、技術そのものより“鋭い視点”にある

 宇都宮氏がスタートアップへの投資判断をするうえで重視しているのは、大企業には持ち得ない独自の視点である。「テクノロジーの観点で、『こういう視点があり得るんだ』と思わせる着眼点の鋭さは、ひとつの重要な評価のポイントになっています」と宇都宮氏は語る。科学技術の世界では現象として知られていても、それを商用ベースに載せるには高いハードルがある。そうした壁に対し、スタートアップが独自のアイデアや工夫で乗り越える道筋を示しているかどうかを見ているのである。

「もうひとつ、技術というのは性能や価格など、“スペック”で評価しがちですが、技術自体のスペックよりも、それをどのようにして価値に変えていくかという部分で斬新なアイデアをお持ちかどうかという点に注目するようにしています」(宇都宮氏)

 大企業が既存事業の延長では入りにくい領域にも、スタートアップは別の切り口から踏み込めることがある。EXIが見ているのは、まさにそうした可能性である。

 同時に、EXIにとってこの活動は、自社が見えていなかった世界に触れる機会でもある。宇都宮氏は、エプソンにとって最初の1号ファンドであり、ベンチャーキャピタルの取り組み自体が未経験だったと振り返る。そのため投資領域は広く構え、案件ごとに判断していく考え方をとっているという。「スタートアップのみなさんと将来に向けた対話や投資活動を通じて、我々の知らない世界にリーチしていくこと自体が重要だと認識しています」(宇都宮氏)。EXIにとって投資は、支援であると同時に学びでもあるのだ。

知財は、スタートアップの独自性を映す“中身”として見る

 EXIがスタートアップの投資判断をするうえで、知財は重要な要素の一つである。「スタートアップは、リソースに限りがあるからこそ、その価値の源泉は財務諸表に表れにくい部分にあると思っています。その中でも知財は非常に重要な位置を占めると理解しています」(宇都宮氏)。とりわけディープテック領域では、企業の独自性や競争力の核が技術にある以上、それが特許という形で保護されていることは、投資を検討する側にとって安心材料にもなる。

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 ただし、重視しているのは特許の件数ではない。宇都宮氏は、投資時のデューデリジェンスの項目として知財は必ず入れているとしたうえで、見るべきは「何件持っているか」ではなく、その明細書にどのような内容が書かれているかだと語る。先に述べたような独自の視点や、商用化のハードルを越えるための鋭い発想が、特許の中にきちんと表れているかどうかを見ているのである。スタートアップにとって特許取得の負担は小さくないからこそ、量よりも質を重視するという考え方である。

 こうした評価にあたっては、セイコーエプソン本体の技術知見も生かしている。「セイコーエプソン本体にある技術開発部門、知的財産部門と連携しています」(宇都宮氏)。CVCであるEXIにとって、投資先の技術や知財を事業の文脈に引きつけて見られることは大きな強みである。知財を単なる権利の数としてではなく、スタートアップの独自性を映す“中身”として見ている点に、EXIの特徴が表れている。

相互リスペクトがあるからこそ、共創は前に進む

 宇都宮氏がスタートアップとの関係で重視しているのは、対等な立場で向き合うことである。大企業とスタートアップでは、会社の規模も、持っているアセットも、意思決定のスピードも異なる。「お互いが得意な分野や領域があって、そこは比較しえないものだと思います。決して会社の規模で何か差をつけることはせず、同じ土俵で、同じ目線でお話ができる関係性を構築していければ、いい共創の取り組みになると考えています。我々もスタートアップのみなさんの取り組みを最大限リスペクトして、世の中の新しい価値を作っていくというところに一緒に取り組んでいく姿勢を持っていきたいと思っています」(宇都宮氏)

 EXIの役割は、単に資金を投じることではない。セイコーエプソンとスタートアップの接点をつくり、新しい事業機会をともに探る橋渡し役として機能することに意味がある。投資、事業シナジー、知財の評価といった要素も、よりよい共創関係を築くための土台である。宇都宮氏が重視しているのも、資本の論理だけではなく、異なる強みを持つ相手と対等に向き合い、互いをリスペクトしながら価値創出につなげていく姿勢だ。CVCとは、そうした関係の中から新たな事業機会や価値創出の可能性を育てていくための場なのである。
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※本記事は2026年1月23日取材時点のものです。

取材・文●mao 撮影●高杉 純
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