スタートアップエコシステムと知財
【「第6回 IP BASE AWARD」スタートアップ支援者部門グランプリ】QBキャピタル合同会社 代表パートナー 坂本 剛氏インタビュー
地方の大学発スタートアップに、リスクマネーで「橋」を架ける
第6回 IP BASE AWARDスタートアップ支援者部門グランプリを受賞したQBキャピタル合同会社 代表パートナーの坂本 剛氏は、大学とTLO、そしてVCという三つの現場を経て、地方の大学発スタートアップに「橋」を架けてきた。創業前のチームづくりから投資後の伴走、そして特許庁の専門家派遣事業なども活用した知財の早期整理まで、一気通貫の支援思想を聞いた。
QBキャピタル合同会社 代表パートナー
坂本 剛(さかもと・つよし)氏
大手・ベンチャー企業を経験し、2004年から九州大学知的財産本部において大学発ベンチャー支援を行う。2010年に株式会社産学連携機構九州 代表取締役に就任。2015年4月にQBキャピタルを設立し、同年9月にQB1号ファンドの運営を開始。
地方の大学発スタートアップに、リスクマネーで「橋」を架ける
QBキャピタルの根幹にあるのは、アカデミア(大学・研究機関)と産業界(ビジネス)をつなぐ「ブリッジ(橋)」という発想である。名称の「Q」は九州および九州大学を指し、「B」はアカデミアと産業界をつなぐBRIDGEを表す。リスクマネーを通じて橋を架け、そこからイノベーションを起こしていく——これが同社のコンセプトだと、坂本氏は説明する。
このコンセプトが強く「地方」に結び付くのは、坂本氏の問題意識が明確だからである。日本では、人材と資金が圧倒的に首都圏に集中している。一方で、唯一、東京に集中していないものがテクノロジー(技術)であり、地方の大学の中にも「キラリと光る技術」が埋もれている。そこに資金と人材を投下できれば、成功事例が生まれ、地域イノベーションにつながり得るのではないか。QBキャピタルは、その“橋渡し”を担う存在として立ち上がった。
同社は「大学発スタートアップを中心に投資するファンド」として、2015年9月に1号ファンドを設立し、投資活動を開始した。1号ファンドでは九州の大学の技術を活用したスタートアップを中心に投資を進めてきた。その後、投資活動を通じて九州以外の大学発スタートアップからも出資相談が多数寄せられたことを受け、2021年に2号ファンドを設立。2号ファンドでは九州を軸足に置きながらも、北海道から鹿児島まで、全国の大学発スタートアップを中心に投資活動を行っている。
大学とTLOの現場経験が、ファンド設立へつながった
坂本氏は1989年、地元福岡の九州大学工学部を卒業し、企業でエンジニアとしてキャリアを積んだ。2004年、国立大学の独立法人化に伴い、大学には教育・研究に加えて社会貢献や産学連携活動の活発化が求められるようになり、主要大学に産学連携を担う部署が設けられるようになった。その流れの中で坂本氏は母校の九州大学に招かれ、九州大学の産学連携組織のキャリアを開始することになる。ここで坂本氏は、大学の研究者の技術を事業化につなげる支援を担った。
その後、産学連携機構九州(いわゆる九大TLO)の代表を約4年間務めた。九大TLOでもライセンス事業にとどまらず、引き続き研究成果の事業化支援に関わったという。大学の立場と九大TLOの立場を合わせ、合計10年間にわたり研究成果の事業化支援に携わった経験が、坂本氏のキャリアの土台になっている。
「大学での現場経験を通じて感じたのは、大学の研究成果を活用したスタートアップの多くが、投資を受けて数年間の研究開発を経たうえで事業化を加速させる、いわゆるJカーブ型の成長を志向していること。ただ、これだと研究開発を進める数年間は売上が立たず、事業を継続するには資金が必要になる一方、売上が立たない段階では金融機関からの資金調達は難しいということを実感していました」(坂本氏)
当時、東京には研究開発型のスタートアップに投資するベンチャーキャピタルが一定程度存在したが、九州ではそうした担い手が乏しく、大学発スタートアップの資金調達が厳しい状況があったと、坂本氏は振り返る。こうした課題意識から、九州にも大学の技術や研究開発型スタートアップに投資するファンドが必要だと考えるに至り、坂本氏自身が九大TLOの代表を辞して準備を進め、QB1号ファンドの設立に踏み切ったという。
QBキャピタルのHPのトップには、象徴的な「橋」がかかっている
創業前から投資後まで伴走し、知財の論点も早期に整理
QBキャピタルの支援は、投資に先立つ「創業前」から始まる点に特徴がある。坂本氏は、技術を事業につなげる段階では、いきなり資金だけを投入するのではなく、事業化に向けた準備を整えることが重要だと説明する。国の補助金・助成金などの制度も活用しながら、ビジネスモデルの検討に加え、チームづくりを含む体制面の整理も進めるという。
チームビルディングに関して坂本氏は、大学教員の兼業には時間の制約がある点を挙げる。「一般的なスタートアップだと代表が経営にフルコミットするケースが多いと思いますが、大学教員の場合それが難しく、さらに地方では一緒に起業する人材も見つけにくいという課題は今も残っています」(坂本氏)。こうした事情も踏まえ、QBキャピタルでは創業初期から、必要人材の整理やチームの組み方に関する助言、人材の紹介などを随時行い、事業化に向けた体制づくりを支援している。
そのうえで、事業として投資判断に値すると判断した案件には投資を行い、創業後も伴走支援を継続する。投資後も経営に近い距離で支えるため、場合によっては取締役を派遣し、意思決定の場に関与しながら支援する方針を示している。
加えて、知財の論点も早い段階から整理が必要となる。「大学のカルチャーや意思決定の仕組みについての知識があるのは私の強みです。大学発スタートアップだからこそ起こり得る知財関連のトラブルを防ぐような交渉を一緒に考えることはよくあります。私どものスタッフも、多くが自然科学系の修士課程以上のバックグラウンドを持っていますので、知財に関するリテラシーが高く、適切な助言をできているかと思います」(坂本氏)
坂本氏は、大学発スタートアップの創業段階では、知財に詳しい人材がチーム内に十分いないケースが少なくないとも指摘する。創業初期の経営チームは少人数で、経営や資金調達を担う人材の確保が優先されやすい。結果として知財戦略を構築する体制が後回しになり、「気づいた時には手遅れの場合があったり、お金がないから海外出願していないといったことが起こりうる」と坂本氏は語る。教員は研究のプロであっても知財のプロではないため、組織として知財リテラシーを補う設計が必要になるという。
そのためQBキャピタルでは、必要に応じて外部の専門家につなぐ支援も行っている。坂本氏は、特許庁の事業などを紹介し、専門家派遣を活用して弁理士による知財戦略の検討につなげるケースがあると説明する。さらに、知財戦略における金銭面のアドバイスも欠かさない。「知的財産の出願費用や維持費用は想像以上にかかるというのは見落とされがちなポイントです。それを踏まえた資金調達をアドバイスすることが多いです」(坂本氏)
地域で挑戦が生まれ続ける状態を作りたい
坂本氏は、QBキャピタルの取り組みを「東京一極集中からの脱却」という文脈で捉えている。ヒト・モノ・カネで言えば、地方でボトルネックになりやすいのはヒトとカネであり、そこにどう手当てをするかが地域イノベーションの鍵になるという考え方だ。坂本氏は、この方向性は今後も「ブレずに続けたい」と語る。
その際に重視するのは、個別のスタートアップを支援して終わるのではなく、地域で挑戦が継続的に生まれる状態をつくることである。大学発スタートアップの立ち上げには、研究開発を進める資金だけでなく、創業初期の体制づくりや知財の整理など、初期から検討すべき論点が重なる。坂本氏は、そうした論点を早い段階で整理し、必要に応じて外部の支援制度や専門家の知見も活用しながら、事業化の確度を高めていくことが重要だ主張する。支援の手触りを地域に蓄積し、次の挑戦が生まれやすい環境を整えることが、結果として地域イノベーションにつながるという考えだ。
QBキャピタルは、九州を起点にしながら、取り組みの範囲を全国へも広げている。地域によって事情は異なるものの、大学の研究成果を事業化につなげる過程で生じる論点には共通項がある。「これから日本の経済力を維持していく鍵となるのは、やはり大学の技術を活用した“知識集約型”の産業だと思っています。正しく人材とお金を投下することで地方発の挑戦を増やし、成功事例の創出につなげていきたいですね」(坂本氏)
IP BASE AWARDが広げる支援の裾野
坂本氏は、IP BASE AWARD支援者部門グランプリの受賞について「シンプルに嬉しかった」と語る。「大学でのスタートアップ支援、TLOでの支援、ベンチャーキャピタルでの経験は、初めから意図して積み上げたものではなく、この20年間を通じて“結果論としてできたキャリア”だと思っています。そのキャリアが評価されたことは大きく、励みになりました」(坂本氏)
受賞後の変化としては、地方大学の産学連携や大学発スタートアップ支援に関する講演や、ディープテック系スタートアップ支援をテーマにしたパネルディスカッションなどに呼ばれる機会が増えたと述べる。国の機関による人材育成研修の一部を担当するなど、対外的な役割の広がりも実感しており、受賞の影響もあったのではないかと語った。
応募を検討する人へのメッセージとして坂本氏は、「他薦・自薦を問わず、躊躇せずに応募や推薦をしてほしいですね。IP BASE AWARDというと、どうしても弁理士など知財専門家が中心という印象を持たれがちですが、知財専門家以外でも、知財を活用した新しい産業やスタートアップ支援に関わる立場から応募が増えることで、賞の注目度が高まり、多様化と活性化につながるのではないでしょうか」と語った。
坂本氏が語る「ブリッジ」は、資金提供だけを指すものではない。創業初期の体制づくりから知財の整理まで、事業化に必要な論点を早い段階で可視化し、適切な支援につなげることを含む。キラリと光る地方の大学発スタートアップが挑戦を続けるために、何が足りていないのか。その問いに向き合いながら、橋を架ける取り組みが続いている。

