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スタートアップエコシステムと知財

第7回IP BASE AWARD【スタートアップ支援者部門】 奨励賞  一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)常務理事 高橋俊一氏インタビュー
知財が重要な領域ほど「正しい相手にたどり着ける場」が必要になる

FY2026 契約・法律 成長支援 バイオ・ライフサイエンス・医療 オープンイノベーション アカデミア アクセラレーター IP BASE AWARD
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第7回IP BASE AWARD奨励賞を受賞したLINK-Jは、東京・日本橋を拠点とする国内最大級のライフサイエンス領域のコミュニティだ。三井不動産と産学の有志を中心に設立され、創薬、医療機器、バイオなど幅広い領域の企業、研究者、投資家らが集まる国内最大級のネットワークを形成している。創薬や医療機器分野では知財や契約が事業戦略と直結するが、スタートアップが自社に最適な専門家を見つけるのは難しい。LINK-Jは、そうした“接続”を支える場づくりを続けてきた。今回は、LINK-J常務理事の高橋俊一氏に、ライフサイエンス領域における知財課題と、コミュニティの役割について話を聞いた。

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一般社団法人LINK-J
常務理事 高橋俊一(たかはし・しゅんいち)氏
三井製薬工業株式会社入社、企業統合を経てバイエル薬品株式会社所属となる。循環器領域を中心に医薬品の研究開発、臨床開発プロジェクトマネジメント領域マネジャー、メディカルアフェアーズ領域部長を歴任。2014 年より同社のオープンイノベーションセンター、センター長に就任し、日本での産官学のオープンイノベーションを広く主導。2022 年 7 月より一般社団法人 LINK-J 事務局長、2026 年 4 月より常務理事。理学博士。

産官学が結集する国内最大級のコミュニティ「LINK-J」

 一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)は、三井不動産株式会社と産学の有志が中心となって設立した一般社団法人。医薬関連企業が集積する東京・日本橋エリアを拠点に、産官学連携によるライフサイエンス領域のオープンイノベーション促進と新産業創出を支援している。

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 創薬、医療機器、再生医療、バイオなど幅広い領域を対象に、研究者、スタートアップ、製薬企業、投資家、行政など多様なプレイヤーが集まるコミュニティを形成。イベントやアクセラレーションプログラム、インキュベーション支援、ラボ整備などを通じて、人的交流や技術交流を促進している。設立10年で会員数および年間イベント数は1000を超え、国内最大級のライフサイエンスコミュニティとして活動を広げている。

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特許取得だけでは守れない。ライフサイエンス特有の知財戦略

 ライフサイエンス領域では、知財戦略そのものが事業構造と深く結びついている。特許取得だけでは不十分で、事業全体を見据えた設計が求められる。

 特に創薬分野では、研究から上市までに長い年月がかかる。特許を出願しても、実際に製品が市場に出るころには、特許の存続期間の残りが少なくなっていることも珍しくない。そのため、単一の化合物特許だけでは不十分であり、用途特許や周辺特許などと組み合わせながら、複数のレイヤーで競争力を構築していく必要がある。

 同じライフサイエンスでも、創薬と医療機器では構造が異なるという点も、領域全体をさらに複雑にしている。高橋氏によれば、創薬は新しい科学的発見を起点に進むケースが多い一方、医療機器は病院や医師の現場ニーズから生まれ、上市後の改良によって進化していくケースが多いという。

 さらに、再生医療のような新領域では、市場自体がまだ存在していない場合もある。既存産業の延長線上では整理できないテーマも多く、知財戦略もより複雑になる。共同研究契約、ライセンス契約、臨床データ、海外展開時の契約条件など、事業全体の設計やビジネスモデルそのものが競争力に直結するため、一筋縄ではいかない。

「知財がわからない」のではなく、「誰に聞けばいいか」がわからない

 こうした状況の中で、スタートアップが直面するのが「誰に相談したらいいかわからない」という問題だ。

「『どなたか紹介してください』というのを本当によく聞かれるんです。でも我々にもわからない」

 ライフサイエンスでは上述の通り、創薬、医療機器、再生医療など領域ごとに必要な専門性が大きく異なる。専門家一つをとっても、知財戦略だけでなく、共同研究契約や海外契約も複雑で、単純に一つの分野に秀でているから「この事務所がいい」と紹介できるわけではない。

 「ベストな組み合わせが簡単ではないです。Aさんは『ここの事務所がいい』と言っても、別の人に聞くと『あそこはやめておいたほうが』と言われたりする。そうした情報が可視化されていないし、そもそも受けられる人がそもそも少ない」

 特に海外展開の場合、一度締結した契約が後から事業にとって大きな制約になる場合もあるという。

 「海外のパートナーを見つけて契約したけど、うまくいかなくてパートナーを変えたい。でも契約でもう縛られてしまって変えようがない、という話もあります」

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 日本では「何か問題があったら誠実に協議をする」という形で契約がまとめられることもあるが、海外では起こり得るケースを詳細に定義し、契約条項に落とし込むのが一般的だ。そのため、初期段階で適切な専門家や経験者と接続できるかが、その後の事業展開を大きく左右する。

 大学発スタートアップでは、共同研究や契約整理の難しさもあるが、高橋氏は「この10年でアカデミア側はずいぶん変わってきた」とも話す。

 以前は、大学側に契約の対応ができる人材が少なく、特に英語での契約になると対応が止まってしまうことも多かった。しかし現在は、社会実装を前提に研究や契約を進める体制が徐々に整ってきているという。

 ただ、個別領域の知識が増えたとしても、「どういう組み合わせで事業と知財の戦略を作るか」という難しさ自体は残り続けている。

「本当に寄り添いながら、スタートアップの活動に深く関わってくれる人材は、やはりそれほど多くはありません」

マッチングより、コミュニティ全体の解像度を上げる

 こうした課題に対し、第7回IP BASE AWARDでは、LINK-Jが取り組むライフサイエンス領域における専門家との接続機会やコミュニティ形成が評価された。

 LINK-Jでは、ライフサイエンス領域のスタートアップに対し、成長段階に応じたさまざまな支援を行っている。具体的には、アクセラレーションプログラムやインキュベーション支援、ラボ整備などに加え、知財、契約、海外展開といったテーマに関する情報提供やネットワーク形成もその一環だ。

 特許庁やMEDISOなどとも連携しながら、知財や契約、海外展開に関するイベントやカンファレンスも継続的に開催してきた。

 高橋氏は、「我々としては、個々で持っている情報をいろいろな方と共有して、コミュニティ全体の理解度を少しでも深めたい」と語る。

 専門家を招いた講演やセッションでは、知識を得るだけでなく、「こういう人がいるのか」と参加者が専門家や実務家の存在を知ること自体にも意味があるという。

 ライフサイエンス領域では学術性が強くなりがちだが、LINK-Jのイベント参加者には、研究者だけでなく、事業開発や起業を志向する人も多い。さまざまなコミュニティの人たちの興味をもってもらえるように「実務と学術の間」を意識しながら、開催時間やタイトル、登壇者の組み合わせまで細かく調整しているという。

 「タイトルを過度にキャッチーにすると、実際の内容とのズレが生まれてしまう。そのバランスを見極めながら、興味を持っていただき、アクションにつなげるように工夫しています」

 また、LINK-Jでは小規模なクローズドコミュニティとして、スタートアップCEO限定のラウンドテーブルや、VC同士の情報交換会など、参加者を限定した場を継続的に設けている。

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 「普段オープンには言えないけれど、みんな同じような課題や悩みを持っていることに気づくのです」

 象徴的なのが、「LINK-Jカンファレンス」で実施したクローズドラウンドテーブルだ。一般公開セッションの前日に、日本の製薬企業の研究開発責任者と海外VCを集め、非公開の議論を行った。普段は競合として情報を守る立場にある各社トップ同士が、人材や研究開発、国際連携などについて率直に議論が起こり、継続希望の声が多かったという。

LINK-Jが“黒子”を貫く理由

 LINK-Jの特徴として印象的なのが、前に出すぎない、あくまでも「黒子」としてのスタンスだ。高橋氏は、「我々は、このエコシステムの中でリーダーになろうというつもりはない」と話す。

 その背景には、中立性を重視する考え方がある。LINK-Jでは、特定の業界や企業側に立ったロビイングは行わない。どこか一方に寄りすぎると、コミュニティ全体との公平な関係が維持しにくくなるからだ。

 「特定のインダストリーセクター側に立つと、皆さんと公平に付き合いにくくなる」

 これは、スタートアップ側にとっても重要な意味を持つ。ライフサイエンス領域では、スタートアップは製薬企業、大学、VC、行政、海外パートナーなど、多数のプレイヤーと関係を築きながら事業を進めていく。その中で、特定企業や特定業界に近すぎるコミュニティだと、「どこかの色がついている」と見られ、相談や連携のハードルが上がることもある。

 LINK-Jは、あえて中立的な立場を維持することで、スタートアップが特定の利害関係を過度に意識せず、多様なプレイヤーと接続できる環境を作っている。三井不動産が支援する一般社団法人という立場も、業界の特定プレイヤーに偏らない中立性を担保している。

 「1回のイベントだけでパートナーシップが作れるとは思っていません。我々のプログラムが、次につながるきっかけ作りになればいい」と高橋氏は話す。

 実際、海外派遣プログラムでは、当初は英語での説明に苦労していたCEOが、数年後には海外拠点を立ち上げる事例も出てきたという。

変わったのは、「知財知識」より「エコシステムの理解」

 LINK-J設立から10年。高橋氏は「この10年は製薬のビジネスモデルが変わってきた時期だった」と振り返る。

 製薬企業では自前主義からオープンイノベーション型への転換が進み、大学側も社会実装を前提とした研究体制が整いつつある。知財や契約の基礎知識も以前より共有されるようになった。製薬企業とスタートアップの関係も、「支援する・される」から「一緒に事業を作る」方向へ変化しつつある。

 一方、変わっていない課題もある。「初歩的なところは改善されても、つまずくところは同じ」だと高橋氏は言う。知財・契約・海外展開・人材・資金調達をどう組み合わせ、全体戦略として設計するかという難しさは、むしろ増している。

 AIによって創薬や研究開発の構造が変わり始める中、必要な専門性や連携先はさらに多様化していく可能性が高い。だからこそ、「正しい相手にたどり着ける場」の重要性は、今後さらに高まっていきそうだ。

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文●松下典子 聞き手●北島幹雄 編集●ASCII STARTUP 撮影●平原克彦
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