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スタートアップエコシステムと知財

スタンフォード大学 脳神経外科学教授/CuraSen Therapeutics Co-founder メルダッド・シャムルー博士インタビュー
米国西海岸におけるバイオエコシステム 産学連携プログラム・SPARKの取り組みと起業における知財の重要性

 基礎研究の成果を臨床試験を経て患者へと届ける「Bench-to-Bedside」の取り組みは、多くの学術機関にとって明確な課題だ。その橋渡しをすべく、米国スタンフォード大学医学部は2006年に産学連携プログラム「SPARK」を設立した。同プログラムからはすでに多くのスタートアップが誕生しており、同大学教授のメルダッド・シャムルー博士のCuraSen Therapeuticsもそのひとつ。本記事ではシャムルー博士に、SPARKや起業について、知財や特許出願の重要性、大手製薬会社との連携で留意するべきポイントなどを伺った。

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スタンフォード大学 脳神経外科学教授/スタンフォード行動機能神経科学研究所所長/CuraSen Therapeutics Co-founder メルダッド・シャムルー(Mehrdad Shamloo)氏
https://profiles.stanford.edu/mehrdad-shamloo

 スウェーデンのルンド大学ウォレンバーグ神経科学センターで博士号を取得。その後、AGY TherapeuticsやAffymaxなど、CNS創薬と前臨床開発を中心とするバイオ医薬品会社で役職を歴任。2008年より米国スタンフォード大学の脳神経外科学教授に就任。Behavioral and Functional Neuroscience Laboratory(行動神経科学および機能的神経科学中核研究所)を設立。アルツハイマー病やパーキンソン病、脳、自閉症などの神経疾患における正常時および病理学的な脳機能に関する研究に従事する。

50以上のスタートアップを育んできたSPARK、重視するのは「特許取得」

 医療業界や学術関係者から注目を浴びるキーワードに、トランスレーショナルリサーチがある。研究開発部門を縮小してオープンイノベーションによる共同開発やスタートアップ買収などで新薬創出する方向へシフトする製薬会社と、新規性のある基礎研究成果を応用へとつなげたいが特許取得や企業との交渉などでハードルを感じている研究者とをつなぎ、基礎医学研究の成果を臨床の現場応用へと”翻訳”する同取り組みは、日本国内でも始まっており、その過程で大学発スタートアップも少しずつ増えている。

 そういった取り組みの先駆けのひとつが、米国スタンフォード大学医学部の産学連携プログラム「SPARK」だ。

 SPARKとは、学内の特許活用プラットフォームとして設立された取り組み。スタンフォード大学では論文発表の前に技術ライセンス事務所(University Office of Technology Licensing)へ知財としてのプロポーザル申請を行うが、研究論文とセットで生まれてくる特許が活かせていなかった。

 創薬や診断方法などライフサイエンス関連の先端的な研究成果を死蔵させないために、学内から同事務所に公募でのプロジェクト申請があった特許出願内容に基づき審査を実施。提案が認められると、SPARKから関連領域の専門家の紹介・派遣が実施されるほか、有償での専用研究施設の提供、資金援助などが行われるシステムとなる。プロジェクトは通常年2回実施され、総合評価の高いプロジェクトは専門家との面談が設けられる。起業するための要素が十分そろっていると判断された場合は、必要に応じて創業経験者やマネジメント経験者の紹介へと進む。

 SPARKでは2006年の設立以来、すでに50を超えるスタートアップが誕生している。同大学教授のメルダッド・シャムルー博士が起業したCuraSen Therapeuticsも、そのひとつだ。CuraSenは、アルツハイマー病の認知機能の改善に役立つノルアドレナリン系を活性化する方法を提供するスタートアップ。アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患に対する検証的な臨床試験が2019年に開始され、研究が進められている

 SPARKでは、起業までの過程でさまざまなサポートを受けることができたとシャムルー氏は振り返る。特に、技術ライセンス事務所には経験豊富なパテントエージェントや外部の米国特許弁護士が多く在籍してSPARKと連携しており、薬理学など専門的な内容をきちんと理解してくれる人が多という。実際、シャムルー氏の相談に乗った特許弁護士は生物学を専攻しており、卒業後に資格を取った専門家だった。

 SPARKでは、プロジェクト申請時の必須要件に特許出願挙げる。研究者は申請前に仮特許を出願するのが常で、シャムルー氏も7つの特許を取得している。

「知財ポートフォリオがなければ起業すべきではありません」。シャムルー氏はそう断言し、知財はスタートアップの価値を判断する上で重視されており、投資家を集めるための切り札でもあると言及する。

自分の研究を信じてくれるたったひとりのリードインベスターを見つける

 大学発スタートアップにとって重要かつ注力すべきは、優れた科学的基盤に基づいたうえで一貫性をもって継続的に研究することだとシャムルー氏は語る。そして、その成果を評価し、成長を見込んで資金提供してくれるのが投資家や投資会社だ。

 シャムルー氏は自らの起業に関する資金調達で、100人近くの投資家とミーティングを繰り返したと明かす。

「ときにはプレゼン中に関心がなくなってしまったり、またときにはこちら側の意見に耳を貸してくれないか、上がった質問に対するこちらの答えに注意を払わないときがあったりと、なかなか辛い経験になる場合もありました」。シャムルー氏は苦笑しつつ、しかしこれは会社を立ち上げる旅の一部であり、自らの研究とチームを信じてくれるたった一人のリードインベスターに会う必要があることを強調する。

 そのような投資家とうまく付き合うポイントは、彼らの考え方を知ることだ。

「私たち研究者にとって一番重要なことは、完璧な実験を行い、新たな研究から生まれた創薬で一人でも多くの患者さんのお役に立てるようにすることです。ですが、投資家は違います。投資家は、出資者にとって大きな利益を得るために、ビジネスの一環として投資をしているのです」(シャムルー氏)

 そのため、特に投資の最終判断で独立機関などにリスクや評価などのデューデリジェンスを投資家は依頼するが、その際にデータの矛盾を見抜くため、データから研究メモまですべてを徹底的にチェックするとシャムルー氏は述べる。「たしかに科学では再現性のないデータが多く、第三者機関にいつ検証されてもいいように準備することは重要なことです」

 1社目でその徹底ぶりを目撃したシャムルー氏は、現在進めている2社目のSPARK起業プロジェクトでは、すべての実験をカタログに参照しやすく整理したという。「薬理学のデータと細胞関連のデータは別のフォルダに整理し、実験者の名前を明記してトレーサビリティを確保しました」

大手製薬会社との付き合い方とは

 もうひとつ、スタートアップが考えることになるのは大手製薬会社などとの付き合い方だ。大手企業との提携や共同開発は、次のステージへステップアップする上で検討すべきテーマだ。

 しかし、自らの発明を公然と共有することには危険性があると警告する。

「目指すべきは、Win-Winの関係です。バイオテックスタートアップにとって時間は重要なため、フェーズ1から臨床試験までをスムーズに進めることは双方にとっての命題です。そこを互いにうまく支え合う関係になれたら、それはポジティブなコラボレーションと言えます。、イグジットについても支援してくれる可能性だってあります。スタートアップは、気を緩めず、データで嘘をつかず、真摯に大手と向き合ってほしいです」

 もうひとつの連携であるライセンスインについて、シャムルー氏は外部の技術をライセンスインして成長を早めるという選択肢は一般的であると述べる

 このとき注意が必要なのは、自社製品をライセンス提供する場合です。ポイントは、交渉術に長けた顧問弁護士を雇い、相手と秘密保持契約を交わして対等な関係を構築できるよう尽力することだとシャムルー氏は強調します。

人間関係のエコシステムこそがオープンイノベーションを育む下地

 スタートアップにとって、ベイエリアは恵まれた環境だとシャムルー氏は述べる。バイオテック業界の経験者が多く住み、退職後のスタートアップ参加や、コンサルティングする人も少なくない。大手製薬会社や投資家も住んでおり、人間関係のエコシステムが形成されている。そして、それこそがオープンイノベーションを育む下地なのではないかとシャムルー氏は分析する。

 シャムルー氏は学生時代を含む13年間、スウェーデンに住んでいたが、学術系のイノベーションは数多く創出されるのに、スタートアップが生まれる環境ではなかったと振り返る。理由が考えられるが、ひとつの会社を最後まで勤め上げる人が多人の流れなく、退職後はスタートアップに貢献しようというインセンティブも特にないことが挙げられるのではないかと述べる。また重い規制があることで、新しい会社ができないということもあるという

「まずは、自分の科学に確固たる芯を持つこと。そして、それがどう役立つのか、どうすれば患者の治療に活かせるのか考えること。その答えが見つかったら、実験データは体系立てて整理し、記録すること。そして、事業化や特許出願を目指して、特許弁護士などの良い協力者を得ることです。日本には科学分野で成功を収めた素晴らしい人たちが、学術とビジネスの両方にたくさんいます。ぜひ仲間に引き入れてみてはいかがでしょうか」

文●谷崎朋子 編集●北島幹雄/ASCII STARTUP
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