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スタートアップエコシステムと知財

UntroD Capital Japan グロースマネージャー 木下 太郎氏インタビュー
知財専門家とも連携し、事業を通じた社会課題解決に挑むディープテック・スタートアップを支援

UntroD Capital Japan株式会社(以下、UntroD)は、地球や人類の課題解決に資する革新的なテクノロジーを持つディープテック・スタートアップを支援するベンチャーキャピタルだ。2015年4月に設立したVCファンド「リアルテックファンド」を通じて、日本国内外のディープテック・スタートアップを支援し、その成長をサポートしている。UntroDの取り組みやディープテック分野におけるスタートアップ支援の課題について、同社グロースマネージャーの木下太郎氏にお話を伺った。

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​UntroD Capital Japan株式会社 グロースマネージャー
木下 太郎(きのした・たろう)氏
修士(工学)。大手素材メーカーにて高分子素材の研究開発を担当、2013年から新規事業企画を担当し新規医療用素材の開発販売を経て、2017年にリアルテックファンドを運営するUntroD Capital Japan株式会社(旧リアルテックホールディングス株式会社)に参画、グロースマネージャー就任。シード期のディープテック・スタートアップへの投資に加え、2019年知財ハンズオン支援Patent Booster導入を推進、技術の社会実装に向けた仕掛け作りに取り組む。2022年度のIPAS(知財アクセラレーションプログラム)メンターに就任するなどエコシステム構築を推進。2023年より経産省SBIRプログラム プログラム・マネージャー就任。

・主な投資支援先
AMI:心音と心電の解析により心疾患の自動診断アシストを実現する超聴診器を開発し遠隔医療を推進
ANSeeN:被ばく量を1/1000とし妊婦や子どもでも利用可能とする究極のX線センサを開発
UMAP:熱伝導と高い絶縁性を兼ね備えた革新的素材Thermalniteを用いた熱ソリューションを提供

社会課題の解決に挑むディープテック支援に特化した「リアルテックファンド」

 UntroDは2015年に「リアルテックファンド」を設立し、シード・アーリーステージの研究開発型スタートアップへのリード投資およびハンズオン支援を行ってきた。

 ファンド名の「リアルテック」は同社の造語で、「社会課題を解決し得る革新的なテクノロジー」という意味が込められているそうだ。木下氏は、「我々は、社会課題を解決する手段としてのテクノロジーであることを重視しています。単に先端技術であれば投資するわけではありません」と説明する。

 現在は、日本全国のシード・アーリーステージのディープテック・スタートアップを投資対象としたリアルテックファンド(1号~4号)に加え、東南アジア各国のスタートアップへ投資するリアルテックグローバルファンド(1号・2号)、レイトステージの企業に投資する「リアルテックグロースファンド」を運営。さらに、2024年にはレイトステージから上場後も継続支援する「クロスオーバー・インパクトファンド」を設立し、ディープテック・スタートアップの成長を一貫して支援し続けることで、社会的インパクトを継続的に創出するエコシステムの実現を目指している。

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 日本のVC投資が東京に集中している中で、同社は地域のシーズ発掘に積極的に取り組んでいるのも特徴だ。

「我々がディープテック特化ファンドをやっているもう一つの理由は、それが日本の勝ち筋だと考えるからです。例えば、ホンダのカブのように、低燃費で使いやすく壊れにくいという性能は、万国共通の価値であり言語の壁を超え、そのまま輸出して外貨を獲得できます。こうしたシーズは、地域にこそ眠っていると我々は考えています。それは科研費が地域に多く投じられていることや地域のベンチャーの設立数が多いことに現れています。一方で、投資だけが東京に偏っているのが課題であり、地域は伸びしろは大きくVCとしての目線ではある意味チャンスともいえるでしょう」(木下氏)

 各地域のシーズ発掘には、大学や企業で生まれる科学技術の社会実装を促すプログラム「地域テックプランター」を運営する株式会社リバネスと連携。2022年度は地域別アクセラレーションプログラムを12地域で開催している。さらに、2024年には北海道と福岡に拠点を設置し、現在の投資先は東京以外が約6割を占めているそうだ。

成長には経営者が視座を高く持ち続けることが重要

 リアルテックファンドの活動開始から10年。株式会社QDレーザや株式会社QPS研究所、株式会社ispaceなど、いくつかの投資先が上場を果たしている。

「どの企業も社会課題を解決しようという思いが根本にありますし、シードから7~8年かけて投資育成するので短期でトレンドを追うことはありません。その一方で、社会実装までの短縮は重要です。社会実装が1年遅れると、課題の解決が1年遅れることにもなります。だからこそ、通常は10年かかるところを7年で成長できるように、さまざまな側面から支援していくのが我々の役割です」(木下氏)

 多彩な支援の中でもユニークなのが、UntroD代表の永田暁彦氏が開催している「リアルテックブレイクスルー道場」だという。

「投資先スタートアップ企業のCEO各1名が内容を一切口外しない血判状とも言える署名をした上で、普段は共有することが難しいハードシングスやナマの経験を互いにシェアし学び合う一泊二日の合宿で、各社CEOから4名が持ち回りで幹事を担当します。シェアする知識や経験そのものも役に立ちますが、それ以上に、半年に一回初心を思い返し、奮い立つきっかけをくれる場としてCEOの皆様に大変重宝されています。彼らが困難に直面した時、同じ悩みを抱え、社会課題解決を目指す仲間の存在があることで、「自分もまだまだやれる」と思えるという方も多くいらっしゃいます」(木下氏)

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 ディープテックは、SaaS系スタートアップなどに比べると企業数が少なく、特に地域では、ともに切磋琢磨し合えるスタートアップ仲間が身近に少ない。最初は高い目線を持っていても、起業して現実に直面すると、当初思い描いた夢よりも目の前の売上だけ意識するようになりがちで、その後の成長が滞ってしまうことがあるという。もう一度、CEOとしての自分を振り返り目線を上げるためにも「リアルテックブレイクスルー道場」は重要な役割を果たしているようだ。

「主役はスタートアップです。スタートアップの事業の成長には、経営者が視座を保ち事業をドライブしていくことが重要です。そのドライブの阻害要因になるものを避けたり、足りないものを補ったりするのが我々の役目。そこで私が重視しているのがファーストカスタマー獲得とチームアップです。顧客がいない、開発が自己目的化してしまうので、なんとしても顧客を見つけるようにサポートし、経営者にも強く意識付けを行っています。もうひとつ重視しているのがチームアップです。一人で何もかもできるスーパーマンはいません。『自分がやった方が早いのに』と思う経営者もいらっしゃいますが、大きな社会課題を解決するためにはその壁を越える必要があるとお伝えし、組織づくりの大切さを伝えています」(木下氏)

IPASのスピード感はスタートアップに合っている

 UntroDは知財専門家をチームの一員とし投資先の知財戦略をサポートしている。VCとしてはめずらしいといえるだろう。

「代表の永田の経験が背景にあります。永田が未上場期から取締役として関わっていた株式会社ユーグレナでは創業初期からインハウスの弁理士を採用していたそうで、それが競争優位性につながったといいます。しかし、VCでは扱う領域も幅広く、複数の専門家を自社で抱えるには限界があります。そこで、バイオや半導体、ロボティクスなど複数の専門家が在籍する外部の法律事務所とPatent Boosterとして提携しています」(木下氏)

「Patent Boosterの取り組みはデューデリジェンスだけではなく、シード期の専門家の支援を受けにくい知財戦略を一緒に構築することにあります」と木下氏。投資前デューデリジェンスの段階から専門家が参加し、投資先候補の知財面の課題や打ち手の洗い出しなどを行うという。その結果をスタートアップにも伝え、新たに特許出願する、ノウハウとして秘匿する部分を決めるなどを整理し、場合によっては知財関連の追加費用を上積み投資金額の増加を提案するなど、スタートアップの事業化の実現性を高めることに活用しているそうだ。

 知財の専門家とキャピタリストがスタートアップの知財戦略とビジネス戦略を検討する取り組みは、知財アクセラレーションプログラム(IPAS)と共通する部分があるという。そして木下氏は、2022年度のIPASにビジネスメンターとして参加している。

「最初にIPASの話を聞いたとき、我々がやっている取り組みと近いのかもしれないと思いました。その上で、自分たちがやっていることは限定的かもしれないし、より多くの知財専門家とお話をすることで自らも学び、知見も伝えることでエコシステムにも貢献できることがあると考え、参加しました」

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 IPASは期間が決まっていることもあり、自社での取り組みよりもスピード感の速さが印象に残っているそうだ。

「IPASに参加している弁理士や弁護士等の専門家の方々は、積極的に発言してくれるので話が進みやすい。スタートアップの経営者はそれほど知財に明るくないので、自分からボールを投げるのは難しいので、先んじて提案するほうがスタートアップには合っていると感じました」

 メンタリングでは経営者に向き合い、解像度を上げることを意識したという。

「話を深く聞いていくと、想定が含まれていることがあります。技術とゴールは見えていても、間のパスがつながっていない。こうした思い込みは急所になり得ます。サービスが社会に受け入れられるということは、我々の生活が変わること。実際の生活を具体的にどう変えていくのか――それを確認するのが第一歩です。

 例えば、診断するソリューションであれば、患者の目線で行動を追っていきます。アプリでハイリスクと診断された場合、臨床医に検査に行きます。そこでどんな検査が行われるのか。費用はいくらかかり、痛みはどの程度か。といった現実を一つひとつ見ていき、どこかのパスがつながらないとしたら、サービスは成り立ちません」

日本のスタートアップ・エコシステムに求めるもの

 木下氏は、個人の取り組みとして、経済産業省が進めているSBIR(Small Business Innovation Research)にプログラム・マネージャーとして参加している。SBIRは、中小企業や研究開発型スタートアップを対象に、研究開発を促進し、その成果を社会実装することを目的とした制度だ。

「私が​UntroDに加わったのは、新しい技術が社会実装される仕組みを作りたかったから。企業はどうしても現業にリソースを投下し、新規事業はあまり評価されないのが実情ですが、ベンチャーキャピタルファンドという仕組みは、それを可能にする存在です。

 しかし、10年以上のスパンをかけてやらなければならない事業や、出資には合わないけれど非常に重要性の高いものはこぼれてしまうことに課題意識を持っていました。そんなときに、経済産業省が進めているSBIRの見直しに関わらせていただく中で、新SBIR制度の経産省プログラム・マネージャーの提案をいただきました」(木下氏)

 SBIRは、国の政策ニーズに基づいた研究開発課題が設定され、その研究費が指定補助金等として交付されるのが特徴だ。この課題に取り組むことで公共調達につながる可能性もある。国や自治体の支援事業は、金額や期間で選びがちだが、自社の成長を意識して戦略的に活用することも大事だろう。

 最後に、これからの日本のスタートアップ・エコシステムの発展に必要な要素について意見を伺った。

「人材の流動化がもっと起こってもいいでしょう。知財に関して高いスキルを持った方は、法律事務所や企業内にいらっしゃることはあっても、スタートアップでインハウスとして迎え入れられるケースはまだまだ少ないです。特に創薬分野などでは、一つの特許で企業の命運が決まることもあるため、そこに挑戦する専門家がもっと増えるような施策が求められます。また、知財の専門家に限らず、大企業とスタートアップの人材の流動性も非常に重要です。これらをうまく繋げることで、スタートアップも大企業も成長が加速するのではないでしょうか」

 あらゆる分野で人材が不足する中、日本の経済を持続的に成長させるためには、知財専門家、VC、スタートアップ、企業の交流を活性化させるための方法を考え、流動性を高めていくことが課題だ。

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
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