バイオ・ライフサイエンス
ライフサイエンス/バイオ系(8)
創薬・医療AI・ゲノム……特定分野別の知財戦略の違いは?
業種や業務、技術カテゴリーなど分野別の知財戦略を専門家にヒアリング。
当該ジャンルの起業・スタートアップに必須の基礎的な知識をお届けします。
テーマ:バイオ・ライフサイエンス
医薬系スタートアップのなかでも、業態によって知財の重要性は異なります。創薬系は特許が必須ですが、医療AIはソフトウェアなので知財の重要性は創薬系より低い場合が多いです。創薬プラットフォーム分野は、特許を取得して自社のみで利用し、第三者へはライセンスせず、受託や共同研究をする戦略をとれますし、特許化せずにノウハウを秘匿して知財保護する戦略もあり得ます。
例えば、低分子医薬品の知財戦略は、化合物の研究開発のステージに応じて特徴的です。リード化合物発掘までは、候補化合物についてできるだけ広範囲に特許を取得しようと試みます。新規化合物をできるだけ広く特許化し、競合他者の参入を阻止したいためです。一方、開発対象の化合物が決定し、開発後期に入った場合には、開発対象の化合物の周辺に、特許の範囲を狭めていくのが特徴的です。医薬品は実際に製品として上市した化合物を強固に特許保護することが重要。広く取っていても、思わぬところから先行技術がでてきて特許が無効になってしまうリスクがあるので注意が必要です。
広い権利範囲の特許を取得することに加えて、狭い権利範囲の特許を取得した方がよい理由は、ジェネリックメーカーに特許をつぶされないようにするためです。医薬業界の場合、データ保護期間ないし再審査期間が終了すると、(必要な審査を経て)後発医薬品の製造販売が可能となります。その際、ジェネリックメーカーは先発薬(ブランド薬)の特許が邪魔になるのでつぶしにかかってきます。このような先発メーカーと後発メーカーとの特許訴訟は世界中で行われており、特に米国ではANDA訴訟(Abbreviated New Drug Application)として有名です。特に、狭い特許の場合には先行技術も少ないために無効にされにくく、強い特許となります。したがって、広い権利範囲を保護することに加えて、狭いけれども強い特許の絞り込みも重要になります。
抗体医薬の分野では創薬ターゲット特許は強力です。小野薬品工業と本庶佑先生の開発したPD-1抗体の特許は、発明概念全体を広く保護する特許に成功しており、米メルク社との特許侵害訴訟で、6億ドル以上の和解金を獲得、さらに高額なロイヤリティで合意しています。それでも和解するのは、製品が差し止めになると、その薬が販売できなくなってしまうからです。製薬会社にとって製品の流通を止めることなく、患者さんに薬を届けることは至上命題なのです。