知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方
【「第6回 IP BASE AWARD」スタートアップ支援部門奨励賞】WNW特許事務所 パートナー弁理士 渡邉伸一氏インタビュー
大学発ベンチャーを20年支援する弁理士が語るスタートアップ支援の魅力「技術が社会へ羽ばたく瞬間に立ち会えるのが醍醐味」
第6回 IP BASE AWARDのスタートアップ支援者部門で奨励賞を受賞した弁理士の渡邉伸一氏。2001年に平沼経済産業大臣(当時)が「大学発ベンチャー1000社構想」を提唱し、大学発ベンチャーブームの最中であった2003年に弁理士登録。その後、約20年に渡りライフサイエンス領域での知財業務に携わり、近年ではライフサイエンスとAIが融合するデジタルヘルス領域にも積極的に取り組んでいる。今回は、渡邉氏にこれまでのキャリアや今後の展望、スタートアップ支援の魅力などについて話を伺った。
WNW特許事務所 パートナー弁理士
渡邉伸一(わたなべ・しんいち)氏
京都大学大学院理学研究科化学専攻修士課程修了。2003年弁理士登録、2017年度日本弁理士会副会長。JDLA Deep Learning for ENGINEER 2021#1取得。2023年にWNW特許事務所を共同創業。国内外の製薬企業・大学・スタートアップ企業等を顧客とし、主にライフサイエンス分野における特許権の取得に20年以上携わる。近年はライフサイエンスとIT、AIの融合分野の支援にも積極的に取り組んでいる。
医療とAIが融合するデジタルヘルス領域の支援に注力
分子生物学の分野で博士課程に進学した後、弁理士へとキャリアチェンジした渡邉氏。
「京都大学で分子生物学を学び大学院まで進みましたが、博士課程の途中で研究者とは違う道に進むことにしました。それまで学んだライフサイエンスの知識やバックグラウンドを活かせる仕事がないかと考え、特許事務所であれば、大学で学んだライフサイエンスの知識と海外留学で身につけた語学力を活かせると思い、新たに法律を勉強して弁理士になりました」(渡邉氏)
渡邉氏が弁理士登録した2003年は大学発ベンチャーブームの真っ只中。渡邉氏も大学発ベンチャーの支援に興味を持ち、2005年にはバイオベンチャー支援に積極的に取り組んでいた特許事務所に転職。それから20年に渡りベンチャー支援を続けている。またキャリアの初期に関わる機会を得た海外メガファーマとの業務経験も、現在のライフサイエンス領域での仕事の基礎になっているという。
「海外の製薬メーカーが日本で特許権を取得する、いわゆる外内の権利化業務に関わる機会をいただきました。子供の頃から海外の人達と一緒に働ける仕事がしたいと思っていて、米国とフランスに留学もしたので、弁理士になって夢を叶えることができました。また、海外の代理人にはPh.D.を取得した後に弁護士も取っているような凄い経歴の人がいて、その人達との仕事を通じて権利化について深く学ぶことができました。日本に比べて海外の代理人はクライアントが取りたい権利を取るために、徹底的に争う。そういった姿勢も学ばせていただきました」
元々はライフサイエンス、医薬品、バイオテクノロジーを中心に扱っていたが、最近は医療とAIの融合分野、いわゆるデジタルヘルスの領域を多く扱っている。
「子供の頃からコンピュータに興味があり、中学生の時にはプログラムを作っていました。2018年頃にニューラルネットワークの性能の進歩を目の当たりにし、直感的に『これからはますますAIが重要になる』と思ったので、ディープラーニング等を勉強し直してAI関連の資格も取りました。当時の、AIの重要性に関する直感は間違っていませんでしたが、近年の生成AIの進歩は私の予想をはるかに上回ってきています」
AIの進歩に足並みを揃えるように、ITやAIを医療に活用するデジタルヘルス領域が世間の関心を集めるようになってきている。自身の専門分野とも合致するため、現在は特に注力して支援にあたっているという。
「知財実務にとどまらない総合性」が評価された奨励賞の受賞
第6回 IP BASE AWARDのスタートアップ支援者部門では、渡邉氏は奨励賞を受賞した。「20年間にわたるバイオベンチャー支援、特にライフサイエンス分野での貢献と、知財実務にとどまらない総合性を評価。大学を通じた創業前からの支援に特徴があり、公的活動でも積極的に貢献」したとの評価を受けている。
渡邉氏はこれに加え、特許など知的財産権の取得支援だけではなく、事業開発、資金調達、アライアンス構築といった領域にまで踏み込み、クライアントと共に成長の歩みを築いてきた点が高く評価された、と考えているそうだ。
「スタートアップ支援においては、知財を事業開発や経営戦略において十分に活用するためのコンサル的な提案力も必要だと感じています。そのために、イノベーション拠点税制などの新たな制度も研究して、弁理士ならではの提案ができるようになりたいと考えています。私自身も事務所設立から約2年というスタートアップです。このスタートアップマインドをこれからも忘れずに、事務所のチームが持つ技術的・法的な専門性を活かして、クライアントの皆さんと共に成長していきたいと思っています」
弁理士会の委員など、公的活動にも積極的に取り組んでいる渡邉氏。特許庁・INPITが実施するiAca事業(大学等の研究成果の社会実装に向けた知財支援事業)、VC-IPAS事業(VC向け知財専門家派遣プログラム)、IPAS事業(スタートアップに向けた知財アクセラレーション事業)に知財専門家として関わっている。また厚生労働省が実施するMEDISO(医療系ベンチャー・トータルサポート事業)のサポーターや、知的財産高等裁判所の専門委員、日本知的財産翻訳協会主催の知的財産翻訳検定の試験委員等も兼任している。
「弁理士会ではこれまで執行理事、副会長、国際活動センター長を務め、今年度は弁理士法改正委員会の委員長を務めています。弁理士会の会務は基本的にボランティア活動になりますが、オフィスに籠もっていては得られない経験や人脈を得ることができ、大変有意義と感じています。今、同会では、弁理士が知的財産の専門家として、ユーザの知財ニーズに応えるために多面的なサービスをワンストップで効率的に提供するための制度のあり方などを検討しています。また今後は首都圏だけでなく、地方のユーザの支援にも取り組んでいければとも考えています」
大学発スタートアップには、まだ大きな成長の余地がある
渡邉氏がスタートアップ支援を始めた20年前は、公的な支援も充実しておらず、スタートアップ側も支援者側も手探りの状態であった。今では経験豊富な人材もスタートアップ業界に増えてきているものの、「大学発スタートアップ」にはまだ大きな成長の余地を感じているという。研究者によってはまだ一度も特許出願をしたことがなく、知財について苦手意識があることも多く、まずは知財マインドをもった研究者の裾野を広げる活動が重要だと語る。
「研究者の中には特許と聞くと大変難しいものだと考えている方も多いのですが、論文に書いた内容があれば特許を出願することも可能なので、論文と特許をセットで進めるような形が増えていくとよいと思います。特にライフサイエンス領域では、大学のシーズをもとにスタートアップを作るという流れが主流かと思いますので、ぜひ多くの研究者の方に、特許の取得とスタートアップの設立にチャレンジしていただきたいです」
大学発スタートアップの支援を続ける中で、彼らが抱える課題には一定の共通性があると感じている。例えば、スタートアップの立ち上げ当初は知財がわかる人が社内におらず、知財の経験がない人が初期の知財活動を担当することが多い。このようなケースにおいて、知財の専門家によるハンズオン型支援のニーズは、依然として高いと考えている。
「大学発スタートアップを支援する立場としては、スタートアップ設立に繋がるような知財を発掘し、育て、カンパニークリエーションに取り組んでいるベンチャーキャピタルの方々に繋げるような活動ができればと思っています」
技術が社会実装へ羽ばたく瞬間に立ち会える醍醐味を味わってほしい
今後は既存のライフサイエンス×ITの分野に加えて、いわゆるGX(農林水産分野の技術革新)についても積極的に支援したいという。例えば、ゲノム編集技術を活用した農産物の新品種について、特許だけでなく、商標や種苗法の新品種登録等を組み合わせる知財ミックス戦略にも積極的に取り組んでいきたいという。
最後に、渡邉氏にスタートアップ支援に興味のある専門家へのメッセージを伺った。
「スタートアップの支援では、単に依頼された出願をこなすといったスタイルではなく、スタートアップの事業を進める上でどのような知財戦略が必要か、自分事として考えて提案することが求められます。スタートアップが持つ技術の可能性を信じる熱意と、一歩踏み込む行動力が何より大切です。知財は事業成長のための羅針盤であり、クライアントと同じ目線で課題を共有し、伴走型で支援を続けることで、初期段階の技術が社会実装へと羽ばたく瞬間に立ち会える醍醐味を味わってほしいと思います」

