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知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

【「第6回 IP BASE AWARD」スタートアップ支援者部門奨励賞】サカタニ知財事務所 代表弁理士 酒谷誠一氏インタビュー
特許訴訟実務の経験を生かし、IT・製造業・ディープテックスタートアップの知財業務を支援

FY2025 インタビュー 弁護士・弁理士

第6回 IPBASE AWARDのスタートアップ支援者部門で奨励賞を受賞した、弁理士の酒谷誠一氏。知的財産法を専門とする法律事務所での特許訴訟実務の経験を生かし、独立後も特許戦略の構築、発明の抽出、特許化に向けた開発事項の洗い出しから特許権の取得、活用まで、IT・製造業・ディープテックスタートアップの知財活動を幅広く支援している。本インタビューでは、酒谷氏にこれまでのキャリアや今後の展望、また弁理士としてスタートアップを支援する魅力などについてお話しを伺った。

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サカタニ知財事務所 代表弁理士
酒谷誠一(さかたに・せいいち)氏
東京大学大学院新領域創成科学研究科基盤情報学専攻博士課程修了。2004年に理化学研究所に入所、2009年に特許事務所で勤務を開始、2014年に大野総合法律事務所に入所。その後独立し、サカタニ知財事務所を2023年に設立。研究開発、特許権利化実務、特許訴訟実務の経験を生かし、IT・製造業・ディープテックスタートアップを支援している。

研究成果を事業化することへの興味から知財専門家の道へ

 東京大学の博士課程を卒業後、理化学研究所で研究者の道を歩み始めた酒谷氏。大学院でIT系の研究をしていた知見を生かして、脳波の計測等を通じた、てんかん治療薬の候補物質の探索に関わる研究を行っていた。

「特許については、大学時代に知的財産権に関する授業を受けたこともありましたが、難しいなという印象があっただけで、当時はあまり興味を持てませんでした。理化学研究所在籍中に特許に関するセミナーを聞く機会があって改めて、研究成果の特許化や事業化について意識するようになり、面白い分野だと思うようになりました」(酒谷氏)

 研究成果を事業化する知財の仕事に興味を持った酒谷氏は、理化学研究所で関わっていた研究プロジェクトが一段落したところで退所、大手特許事務所での勤務をスタートさせた。特許事務所で働きながら弁理士を取得し、複数の事務所を経て、2023年にサカタニ知財事務所を設立。現在のクライアントの約90%は、スタートアップ企業だという。

「クライアントの約半分は、以前勤めていた事務所時代から支援しているお客様。残りの半分は、新規でご紹介いただいたお客様です。」

特許訴訟実務を通じて権利化の考え方がアップデートされた

「前職の法律事務所では、弁護士と一緒に特許訴訟を10件以上行いました。原告側としても被告側としても特許訴訟に関わりましたが、どのような特許だと権利行使しやすいか、どのような特許だと無効になりにくいか、といったことを日々考えていました」

 酒谷氏の前職事務所は、知的財産法を専門とする法律事務所だったため、弁護士と共に特許訴訟の実務を多数経験することができた。法律事務所勤務だったからこそ携わることのできた特許訴訟等の経験により、知財専門家としての力を鍛えることができたと酒谷氏は語る。

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「前職の代表弁護士は、知財訴訟では日本ではトップレベルの実績と知見の持ち主です。一緒に訴訟を代理することで私の知見も深まりましたし、特許に対する考え方もアップデートされました。訴訟実務を通じて、権利解釈の仕方が身に付き、どのような特許であれば特許訴訟で権利行使しやすいのかという点について理解が深まったと思います」

 特許は「権利化して終わり」ではない。特許権の活用や行使を常に念頭に置いて、どのような特許であれば権利行使しやすいかを日々考えながら、特許の権利化の業務を行っているという。

大手企業とスタートアップでは1件の特許権の重みが違う

 過去に所属した特許事務所では、大手企業を支援することが多かったという酒谷氏。現在メインの顧客であるスタートアップと、大手企業の知財業務や出願について、違いや意識していることについて伺った。

「以前勤めていた事務所で関わっていた大手企業クライアントの方に対しては、日々の研究開発の成果の中で権利化できる部分を見つけて、都度、権利化していくというイメージで支援を行っていました。特許1件1件も重要ですが、やはり件数が多いことが非常に重要という意識が強くありました。大手企業では競合他社に対して、特許権の件数でパワーバランスを保つ構造になっていたと思います。

 一方でスタートアップは、知財活動に使えるリソースが限られるので、1件の特許権に対する重要度が高くなる傾向にあります。また、限りある資金を投下する以上、その特許が事業の成長にどのように貢献するか、経営者がしっかり納得感を持っているかが大事だと考えています。そのような意味で、スタートアップを支援する場合には、よりクライアントの立場に深く寄り添った立ち位置での仕事が求められると思っています」

「スタートアップに対する包括的な支援」が評価された奨励賞の受賞

 酒谷氏は、第6回 IP BASE AWARDのスタートアップ支援者部門で、奨励賞を受賞。「研究開発と特許紛争解決支援の経験を活かした知財支援実績を評価。侵害予防調査、特許取得支援、特許係争支援、ライセンス交渉など包括的にスタートアップへの支援を実施している」との評価を受けている。

「大手企業では、この技術は権利化する、この技術は秘匿化する、といったスクリーニングを知財部門が行ったうえで、権利化するものを特許事務所に持ち込んでくるケースが多いです。一方、スタートアップは『新しい技術を日々開発しているのですが、どの辺りで特許取ったら良いでしょうか?』といったところから相談に来られるケースが多いです。そうなると、特許事務所であっても社内知財部門的な目線や動きが求められることになります。ここが、大手企業とスタートアップとの支援内容の一番大きな違いだと思います」

 酒谷氏は、スタートアップから出願相談を受けた発明に対して、出願ありきで向き合うのではなく、時には「権利化しない方が良い」と提案することもあるそうだ。法律事務所は「法律相談」に対してチャージし、書類作成等を別途とする料金体系を取るところが多いが、酒谷氏も同様に「知財相談」と「明細書作成」を分けて考えられるようメニューを提示しているとのこと。

「スタートアップは特許権を取得しても、競合他社に対して権利行使する場面があるかというと、実際には少ないです。一方、自社技術の独自性を顧客や投資家に証明するとか、対外的な広報活動に貢献するとか、大企業との提携交渉時に先方社内での説得材料を与えるとか、さまざまな形で特許権を事業に活用することができます。スタートアップは顧客や投資家を含めて多くの関係者に応援してもらう必要がありますが、スタートアップに応援する価値があることの証明の1つとして特許を活用できると思います。

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 クライアントがどのようなニーズを持って特許を取得しようとしているか、目的をしっかりヒアリングしたり、クライアントが気づいていない特許の活用方法を共有したり、知財活動にかかる費用への納得感を高めることは重要だと考えています。クライアントとフェアに付き合える体制を構築することが、スタートアップ支援においては重要だと考えています」

 一方で、例えクライアントの目的がなんであっても、他社の参入を防げる特許になっているか、無効にならない特許になっているかという点は、重要であることは間違いない。これを実現するにあたっては、特許訴訟実務で学んだ「使える特許」を意識した権利化が役に立っている、と酒谷氏は語った。

スタートアップ支援は仕事の質を自分で担保できる人材が行うべき

 最後に、酒谷氏にスタートアップ支援に興味のある専門家へのメッセージを伺った。

「スタートアップを支援する弁理士は増えていますし、大手企業で働いていた知財担当者がスタートアップに転職するケースも増えています。昔に比べたら挑戦することに対するデメリットは下がっているように思いますし、門戸は開かれてきているので、支援者として挑戦するための良い土壌が整ってきていると思います。弁理士としてスタートアップを知財面で支援することは、大変なこともありますが、やりがいもあります。

 一方で、スタートアップ企業側には、まだまだ知財の知見が不足しているのは事実です。大手企業が相手であれば、クライアントの知財部門が経験豊富で、支援者の仕事のクオリティもある程度管理してくれるでしょう。しかしスタートアップを支援する場合、明細書の質をはじめ、仕事のクオリティを専門家自身が担保しなければいけません。ですから、大手クライアントとの仕事でキャリアをスタートさせ、経験値が貯まってきたところでスタートアップの支援に関わる方が、スタートアップ業界にとって良い形になるのではないでしょうか」

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聞き手・編集●合同会社二馬力(山田光利・かのうよしこ) 文●山田光利 撮影●かのうよしこ
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