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知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

大野総合法律事務所 森田裕弁理士インタビュー
高度な発明は特許制度になじまない 権利範囲を狭めてしまう誤解とは

優れた発明が必ずしも価値の高い知財になるとは限らない。山中伸弥教授がノーベル賞を受賞したiPS細胞ですら、特許においては苦戦している実情がある。「日本の国力を高めるには強い知財戦略が不可欠。科学技術の研究段階から知財の専門家がサポートすべき」と語るのは、医学分野における博士でもあり、ヘルステック、バイオ、医薬のプロフェッショナルとして、数々のスタートアップの知財支援に力を入れている森田裕弁理士。森田氏の考える、効果的な特許戦略の立て方、スタートアップとの働き方についてお話を伺った。

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大野総合法律事務所 弁理士・博士(医学) 森田 裕(もりた・ゆたか)氏

2006年 筑波大学大学院人間総合科学研究科分子情報・生体統御医学専攻博士課程修了。独立行政法人科学技術振興機構に5年間勤務後、2011年に弁理士登録し、2014年から現職。2016年度および2018年度 日本弁理士会バイオ・ライフサイエンス委員会委員長。2017年4月より日経バイオテクONLINE「森田弁理士の特許"攻防"戦略」を連載中。

医学の知識を武器に、研究者を支援する道へ

まず森田氏に、どのような経緯でスタートアップと伴走をするようになったのかを聞いた。

同氏は大学院で医学博士を取得後、非研究者としての道を選択。2006年から2011年までの5年間は、科学技術政策の研究費配分機関である科学技術振興機構(JST)で、さまざまな研究の評価をする職に就く。

「大学院の博士課程に進んだ当初は、自らが科学の発展に貢献していきたい、と考えていました。でも世界にはすごい論文が山ほどあり、自分が10年間研究したとしても、同じように大きな成果が出せるかどうかはわからない。それなら、他者のサイエンスを支援する仕事のほうが自分は向いているのではないか、と考えるようになりました」(森田氏)

研究費の予算を配分するため、いろいろな研究成果をチェックしていくうちに、日本の科学技術研究における知財保護意識の薄さに気付く。

「たくさんの研究成果が出ているのに事業につながっていない。当時は、研究者は学術研究をやっていればいい、という時代。しかし、日本は資源国ではなく、人口減少でいずれ内需も減っていく。海外へ科学技術を売る道を目指さなければいけない。それには“特許”が必要、という考えに至りました」

日本が科学技術立国として発展してきたバトンを、次につなげていかなくてはならない。米国におけるバイオベンチャー企業が基礎研究を産業化し、グローバルな企業へと発展したように、近年では、日本でもようやくベンチャーキャピタルなどの支援が増え、大学発ベンチャーを中心にバイオ・医薬系が起業する土壌が整いつつあり、その成長が期待されている。

アカデミアからスタートアップのサポートへ

弁理士事務所に入所後は、大手企業との業務で経験を積みながら、日本弁理士会のバイオサイエンス委員会で、大学の知財を活性化するための調査研究にも取り組んだ。転機となったのは、東京大学から「研究者に近い立場で知財を見てほしい」という依頼を受けたことだ。

「札幌医科大学の石埜正穂教授から紹介を受け、自分の通るべき道筋にあると思い、大学の知財活動を本格的に始めるようになりました」(森田氏)

当時、東京大学では「橋渡し研究」という、基礎研究を臨床の場にもっていくための医学研究が進められており、より研究者に近い立場で戦略を立てられる知財の専門家を求めていた。

「いざヒアリングすると、ある先生は、ひたすら研究を進め、ある先生は、すでに発明を発表してしまっている。個人個人がバラバラに動いており、カオスな状況でした」

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大学の中は会社とは違って知財の統制が働かず、先生方がいつ、どのタイミングで成果を発表するかは自由に設定できる。それによって学術研究の自由が保障されているのではあるが、プロジェクトとしてチームで医療開発をする場合は、知財意識は重要だ。そこで、知財の視点から見た発表のタイミング、研究戦略と知財戦略を兼ね備えた提案をしていったそうだ。

こうして、中内 啓光教授の再生医療研究、片岡一則教授の高分子ナノテクノロジーによるドラッグ・デリバリー・システム、国立がん研究センター 松村保広博士の抗体医薬開発のサポートなど、国家プロジェクトや世界的な研究者の知財戦略を次々と手掛けていく。

そんな中、ベンチャー企業の支援を加速させるようになったのは、日経バイオテクONLINEで連載「森田弁理士の特許“攻防”戦略」(外部リンク:https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/column/16/032800019/)を始めたのがきっかけだった。

「そもそも専門家とスタートアップのマッチングは難しい。大きな特許事務所は、大手企業に向いており、スタートアップにとって弁理士探しは大きな壁です。これを乗り越えるには、こちら側からアピールしていかないと、なかなか声がかかりません」

連載では、企業の知財部門向けではなく、経営者向けに、知財がどのようにビジネスに役立つのか、といった経営戦略につながる知財戦略を書くように心がけているとのこと。結果、記事を読んだ経営者から相談がくるようになった。森田氏は、ブログなどのメディアを駆使して、情報発信することを勧めている。

凄い発明が必ずしも強い特許になるとは限らない

森田氏が注力しているのが、海外の知財戦略の調査だ。公開された特許を分析することで、戦略が見えてくるという。

「いちばん興味深かったのは、米国のアカデミアでiPS細胞を製造するための中心技術の特許が成立していたこと。iPS細胞を開発し、ノーベル賞を獲得したのは山中伸弥教授なのに、iPS細胞の発見をしていない人がより広い特許を権利化できているのです」(森田氏)

米国のアカデミアが取得している特許は、細胞の初期化因子であるOct4を発現した初代体細胞を権利化したものだという。iPS細胞が発見される以前に出願されたもので、誰も活用しておらず、知られていなかった出願だが、Oct4はiPS細胞の製造において、ほぼすべての手法に必要となる。

一方で、京都大学iPS細胞研究所のiPS細胞関連技術の特許は、ほかの因子も多数組み合わせて達成する発明としており、権利の範囲が狭くなってしまっているそうだ。

この事例から浮かび上がるのは、研究成果をそのまま出願するのではなく、特許戦略になじむ形に加工してから出願したほうが権利として有利に働く、ということだ。森田氏は、特許の権利範囲が狭くなってしまう原因として、特許制度への誤解があると指摘する。

「高度な技術でないと特許にはならないと信じてられていますが、じつは高度な発明は、あまり特許制度になじまないのです」

一般的に、高度な発明とされるものは、いろいろな技術を組み合わせ、積み上げて達するものだ。その技術がひとつでも欠けると発明ではなくなる。その結果、権利の範囲が狭くなってしまう。

大学やベンチャーの要素技術の場合、製薬会社に技術導出して製品化するケースが多い。まだ具体的な製品が決まっていない段階で、狭い権利範囲の特許を出願してしまうのは不利に働いてしまう場合がある。一方で、研究成果の効果がそれほど高くなくても、特許性が得られる場合が存在する。

「特許制度では、効果よりも“進歩性”が重要。必ずしも効果が高くなくても、容易に思いつかないものであれば、特許になる。他者が思いつかないようなもので、広くとれるものを狙っていくことこそが、戦略です」

膨大な期間と知力、あらゆる資産を投入して、ようやく得られた研究成果を効果的に保護するには、研究戦略とは別次元で、知財戦略を立てていく必要があるのだ。

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森田氏の知財戦略は、発明を分解して、ファンダメンタルな部分を見極めることにあるという。

「発明には0から1を生む本質の部分と、1を改良して10に伸ばしていく2つの段階があります。ベンチャー企業のつくり出した成果が10とすると、0から1のステップを発明として抽出できれば、活用の幅の広い特許になります」

日本の国力を高めるために、こうした最新のノウハウと特許戦略を提唱していくのが今の森田氏の目標だ。

専門分野の知識を活かした、知財コンサルとしての働き方

森田氏は現在、ベンチャー企業の支援に力を入れており、支援する企業は10を超える。

「発明の本質を見極めるためには、研究戦略にも関与させてもらう必要があります。それには、組織が大きいと難しい。ベンチャーなら、研究戦略と知財戦略を一緒に考えられ、私の持っている力を最大限に発揮できます」(森田氏)

科学者は、法律上の対応がわからない。法律家では、科学的な主張ができない。戦略を立てるには、両方の知識が必要だ。森田氏は、サイエンスと法律の両方に精通しているからこそ、研究者とも対等に話ができ、弁理士として経営者や知財部門の方にも説明できる。

森田氏は、一般的な特許出願業務のほか、知財のコンサルティングも行なっている。スタートアップの経営者からのセカンドオピニオンとして相談を受けることも多いそうだ。大企業には知財部門にノウハウが蓄積されているが、知財部がないベンチャーは、代理人の弁理士をうまく使いこなせず、知財戦略で失敗することがままあるという。

「特許は、権利を取るのが目的ではなく、事業を守るためのもの。スタートアップがどういった出口戦略を持っているのかによって、保護すべきものは変わる。それを明確にして、代理人に伝えられないと、意味のない特許になってしまいます」

通常、特許事務所に出願依頼すると、代理人は”権利を取りやすい方向”で提案しがちだ。その時点で経営者側が知財戦略を持たない場合、代理人の言うことをそのまま受け入れてしまう。取りやすい権利は、強い戦略に直接結びつくわけではない、と森田氏。

森田氏の考える知財コンサルでは、企業側の知財顧問のような視点で、事業戦略と照らし合わせ、多少難しくてもチャレンジする価値があるなら、その道筋を探し出して代理人に動いてもらえるようアドバイスをするという。特許出願のプロフェッショナルである代理人と、会社側の知財顧問の二人三脚であれば、ベンチャーの知財価値は最大限に高められる。

現在の弁理士業界では、相談料は取らず、営業活動の一部としているのが一般的。しかし、それでは出願ありきで、コンサル自体に価値がないものとなってしまう。森田氏の場合、敢えて出願とは切り離し、時間単位でのコンサルティングをそれ単独で価値のあるものとして提供している。

「今までなかった新しい弁理士の業務形態をつくりたい。日本中で広がれば、ベンチャーの発展に貢献できるはずです」

出願にこだわらず、弁理士業界において知財コンサルだけでも収入が得られるようになるのが理想だが、それだけの価値を提供するには、それぞれの弁理士が専門分野を持ち、そのためのノウハウや戦略を磨いていくことが必須だ。

「コンサルティングで重要なのは、知財戦略を活かして、経営戦略にどうインパクトを与えるか。弁理士業界はレッドオーシャンと言われているが、それぞれの弁理士が得意分野と戦略を見出して、ブルーオーシャンを切り開いて欲しい。弁理士がベンチャーの知財活動を支援していくことで、日本の国力は大きく変わっていくのではないか」と将来への期待を語ってくれた。

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文● 松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
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