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知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

秀和特許事務所 下田俊明弁理士インタビュー
日本発ユニコーン企業の創出は弁理士の腕にかかっている

戦略的な知財活用の重要性が広がり、知財コンサルティングのニーズが高まりつつある。手続きのプロフェッショナルに留まらず、知財権を活用するための戦略パートナーとして、弁理士が活躍していくには、どのようなスキルが求められるのか。再生医療スタートアップのメトセラをはじめ、数々のスタートアップの支援に取り組んでいる特許業務法人秀和特許事務所の下田弁理士に話を伺った。

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特許業務法人秀和特許事務所 弁理士 下田俊明(しもだ・としあき)氏

1999年 名古屋大学工学部生物機能工学科卒業後、文部科学省に勤務。2006年 弁理士試験に合格し、秀和特許事務所に入所。高分子、医薬、化粧品など材料分野を中心に、国内外の権利化、知財権の活用のサポートにも積極的に取り組んでいる

一つの発明が知財によってダイナミックに広がる

下田氏が弁理士になったきっかけは、大学卒業後、文部科学省に勤務していたときの経験からだ。当時、文科省が産学連携で支援していた青色LEDが開発に成功、事業化されるなど注目を集めていた。もともと理系のバックグラウンドをもつ下田氏は、大学の基礎研究を具体的な技術や製品に活かせる知財の可能性に、興味をもつようになったという。

「大学の知財はベーシックだが、将来はさまざまな技術や製品として姿を変えて、生活が便利になるかもしれない。このダイナミックな仕事に携わりたいと考えました」(下田氏)

弁理士の役割は、発明を文字に起こすこと。発明は、具体的なものから概念まで幅があり、どのような言葉を選び、表現すれば、広がりのある技術思想として権利化できるのか。一つの発明を具体的な技術や製品へどれだけ拡げられるかは、弁理士の力量にかかっているともいえる。

2006年、30歳のときに弁理士資格を取得し、転職。しかし、弁理士になる前に描いていたダイナミックなイメージとは違い、実際は、ひたすら出願手続きをこなす地味な仕事だった。

「特許事務所では、権利を取るまでが仕事で、その先は企業任せになることがほとんど。もっと自分たちができることがあるのではないか? それには、どういうスキルを積めばいいのかを意識するようになりました」

知財を活用できていない会社ほど、弁理士が活躍する場がある

知財をうまく活用している企業は、知財部に独自の知見が蓄積されているため、特許を取得した先は、基本的に外部の力は必要としていない。一方、権利を守るためだけに知財を取得している企業では、社内の知財部門に知見が蓄積されず、知財活用の幅が広がりにくい。そこに、弁理士が活躍するフィールドがありそうだと下田氏はにらんだ。

最近は、中小規模の会社でも知財意識が高まってきている。自分たちでは技術に対してうまく価値を見出せないとき、大手シンクタンクに調査・コンサルを依頼するのは敷居が高いが、普段からコンタクトを取っている弁理士なら相談しやすい。

下田氏が最初にコンサルティングの依頼を受けたのは、ある化粧品メーカーだった。素材の権利が切れたので延命させるための周辺特許を取りたいが、どういう戦略を取ればいいのか、という内容だ。

「サーチのテクニックなど持てる力を駆使して、戦略を立てていきました。初めての経験で大変でしたが、『やったことがないからできません』といっていたら仕事は広がらない。お客さんが困っているからこそ、仕事の依頼が来る。そこに真剣に考えて、できることを考えるのが大切です」(下田氏)

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次に依頼を受けたのは、現在も顧問関係が続いている心不全向けの再生医療等製品を研究・開発する再生医療スタートアップであるメトセラだ。声がかかったタイミングは、同社の創業者である岩宮貴紘・野上健一の両氏が会社を設立するよりも以前のことだった。当時、長期的な視点で知財戦略を立てられるパートナーを探しており、複数の特許事務所の中から下田氏の提案書が採用された。

「まだ事務所に入って5年目で経験は浅かったものの、逆にその必死さが伝わったのでは。ベンチャーはそれなりにリスクを背負っているので、それを共有して走ってくれるかどうかを重視するのではないでしょうか」

一般的に、大手よりも中小の事務所のほうがスタートアップのスピード感に対応しやすいと言われるが、大手特許事務所には、大企業相手の業務で培った外国への出願ノウハウという強みがある。スタートアップが成長するには、将来のグローバル展開を見越した戦略を立てることが不可欠だ。

「メトセラの場合、最初にお話を聞いたとき、すでに知財情報開示(ディスクロージャー)をいくつも行なっていました。そのような場合であっても救済され得る道があるが、情報開示救済規程は国ごとに違うので、各国の制度をきちんと把握していないと難しい。いつまでに、どの国に出願するのかを逆算して戦略を立て、まだ実験データはない段階でしたが、明細書には何を書けば権利化できるかを考えました」

スタートアップにとっての知財は経営の根幹に関わる。それだけに、なんとか審査が通ったときの喜びは、大企業相手のルーティーン業務では味わえない。もともとダイナミックな仕事をしたくて弁理士になった下田氏にとって、企業の成長する過程、スピード感を傍で見られることに大きな意義があるという。

信頼関係の構築には、コミュニケーション力が必須

スタートアップとビジネスをするうえで、気になるのはやはりお金の部分だろう。スタートアップとの伴走には、多くの時間と労力を割かなくてはならないが、下田氏の場合、当初の段階ではコンサルティング費用を極力とらず、手続き料金についてもディスカウントを提案するようにしているという。興味はあっても、そのリスクを引き受けることには躊躇してしまう弁理士は多いかもしれない。

そのうえで、シリーズAの資金調達段階など、伴走してきたスタートアップの最初のファイナンスであらかじめ知財フィーを組み入れてもらったり、事務所として顧問契約を結ぶケースもあるという。その際は、自身もスタートアップの知財部員のつもりで知財におけるコミットメントを意識しているという。

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「この先20年以上、弁理士として生きていくのであれば、多少のリスクをとっても、こうした経験、スキルを積み上げておくことが大事」だと下田氏は強調する。具体的に必要なスキルとしては、第一にコミュニケーション能力だという。

スタートアップのサポートには、最初の技術シーズでの特許取得に留まらず、その後の開発によって生まれる第2弾、第3弾、海外展開のタイミング。そして、それぞれのステージでどれくらいのコストがかかるのか。IPOまで視野に入れたとき、IPOの時点で最大の企業価値に高めるためには、どの程度の知財を持てばいいのか。こうした視野をもち、戦略を立てていかなくてはならない。

そのためには、まず、知財以外の経営やファイナンスの話も引き出せるような信頼関係を築くことが大切だ。下田氏は、電話で済むことでもなるべくクライアント先へ足を運び、顔を合わせるようにしている。定期的に会い、雑談をしていくなかで特許のアイデアがでてくることもあるそうだ。

第二に、経営や会計の知識。特に、スタートアップにとってファイナンスは命綱だ。これらの知識があれば、マネジメント層との会話がスムーズになる。スタートアップのもつ知財をわかりやすく具体的に説明できれば、資金調達や大企業との連携、さらには製品やサービスの広告効果としてもプラスになる。そこにも弁理士が活躍する余地があるだろう。

弁理士の活躍次第で日本からユニコーン企業が生まれる

一方、大企業でも知財の戦略的活用が課題に上がってきており、コンサルティングの依頼も増えているそうだ。

「大きな組織のコンサルを手掛ける際に、ベンチャーで培ったノウハウが生きることもあります」(下田氏)

スタートアップの伴走では、組織の上から下まで、マネジメントのすべてを見ることになる。ここで得られた知識は、大企業にも適用できる。弁理士として、手続きのスペシャリストになるか、知財を活用する立場で生きるか。現在は、出願手続きのほうが利益は大きいが、将来はどうなるかはわからない。

「米国では、マーケットでの時価評価に対して、バランスシートにおける有形資産の割合は15~20%。つまり、ほとんどが無形資産です。この感覚が日本にも入ってきており、資産を持っていないベンチャー・スタートアップが価値を大きく見せるには無形資産=知財しかない。そこで最も活躍できる士業は、弁理士だと思っています」

スタートアップには、最初の技術シーズをうまく保護するためのテクニカルなサポートが不可欠だ。経営、市場、ビジネスの感覚を磨いた弁理士が育っていくことで、日本からユニコーンに成長する企業がもっと増えていくのではないだろうか。

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文● 松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
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