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知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

内田・鮫島法律事務所 高橋正憲弁護士・弁理士インタビュー
知財は経営に寄り添うべき 翌日から世界が変わるダイナミクスがそこにある

弁護士法人内田・鮫島法律事務所は、2000年代初頭から知財戦略の重要性を説き、技術系企業の契約・知財戦略・訴訟といったあらゆる法務サービスを提供している。同事務所の所員の多くは、理工系のバックグラウンドがあり、弁護士資格だけでなく、企業での社会経験と知財の知識を持っているのが特徴だ。最近特に増えているのがベンチャー、スタートアップからの相談依頼であり、件数はゆうに数百を超えるという。企業知財部の経験をもち、数多くのIT系スタートアップをサポートしている高橋正憲氏にその支援状況について伺った。

弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士・弁理士 高橋正憲(たかはし・まさのり)氏

2004年 北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻(計測情報論研究室)修了。日立製作所に入社し、知的財産権本部にて大企業の知財活動を経験。2007年弁理士試験合格。2015年に東京弁護士会に登録し、弁護士法人内田・鮫島法律事務所に入所。主に知財訴訟、知財戦略、技術系ベンチャー支援を担当。

鮫島正洋氏『特許戦略ハンドブック』をきっかけに研究者から知財の道へ

弁護士法人内田・鮫島法律事務所のメインコンテンツは「技術法務」。技術法務とは、同事務所代表の鮫島 正洋氏が2004年の論文の中で初めて使った言葉だ。創業以来、企業の強みである技術をいかに生かせば事業戦略・経営戦略にかなうかを法律的アプローチからサポートしている。

IT、ソフトウェアなどデジタル系の全般を担当している高橋氏は、もともと大学では応用物理を専攻し、研究者を志していたという。知財の道へ進むきっかけとなったのは、大学院時代に偶然手に取った鮫島氏の著書『特許戦略ハンドブック』(中央経済社刊、現在は絶版)との出会いだ。

「今でこそ、知財戦略に関する書籍や記事はよく見かけますが、2003年当時はとても新しかった。本の中に『“良いものを開発して日本を豊かにするプロセス”と“それをどう生かすか、どう使うかで日本を豊かにするプロセス”があるはずだ』という内容の記述があり、その後者のプロセスに強く共感しました」(高橋氏)

研究開発で価値のあるものを生み出せるかどうかは、運や世の中のニーズ次第。それよりもその技術を世の中で活かすサポート役になるほうが活躍できるかもしれないと考え、大学院修了後は日立製作所の知財部に入社した。

日立製作所の場合、乾電池から家電、BtoB、発電所まで非常に幅広い。あらゆる製品・サービス分野の知財戦略をひととおり経験できるのは、大企業の知財部ならではの経験だったという。

プラズマディスプレイの撤退で見えた、技術法務の必要性と使命感

当時の日立製作所では、知的財産部員だけで数百人を抱え、各開発部に社内の弁理士が張り付き、権利化の相談から、中間処理、他社の分析、権利活用に至るまで、最高レベルでサポートしていたという。しかしこうした手厚いサポート体制が整っているのは、一部の大企業だけ。当時、社外に目を向けると、取引のある中小企業やスタートアップは、知財に関するサービスがまるで足りていない。高橋氏は、この問題に気付き、ベンチャー・スタートアップを手助けしたい、という思いが強くなっていったという。

またそのようなサポートへと気持ちが向いたもうひとつの理由として、当時の日立のプラズマディスプレイ事業からの撤退もあった。日立は、テレビ事業に相当な事業・知財コストをかけていたが、その結果は事業撤退。「大企業でさえ事業戦略・知財戦略で後手に回ることがある。『事業に資する知財サポート』、難しいテーマだが、これを一生の仕事にしていきたいと、痛感しました」(高橋氏)

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こうした思いから、日立製作所を退職。弁護士資格を取得し、2015年から内田・鮫島法律事務所に入所した。大手企業の知財活動と中小企業・スタートアップへの法務では、規模も戦略も大きく異なる。思い描いていたイメージとのギャップはなかったのだろうか。

「考えていた以上にダイナミックでした。いちばん大きかったのは、アドバイスが経営に直結すること。大手の知財部にいたとき、意見が届くのはせいぜい事業部の管理職まで。経営幹部に知財部の一担当の意見が大々的に採用されることは、まずありません。大手企業では、知財部の提案が経営方針に反映されにくい構造があります。ですが、本来知財は経営に寄り添うべき。ベンチャー法務は、経営を動かせる人と直接知財の話ができるから、翌日から経営が変わります」

大企業の法務や訴訟経験が、スタートアップ法務に生かせる

現在、高橋氏が担当しているのは、スタートアップと大企業が半々程度。大企業のマインドも変化しており、スタートアップから権利を吸い上げようというかつてあった意識は減ってきているそうだ。

「もはや自社だけではイノベーションは起こせない。生き残るには、他者の力を借りることが必要、と多くの企業が気付いている。一方で、技術があるスタートアップは引く手あまたです」(高橋氏)

日本におけるオープンイノベーションの流行はまだ始まったばかりで、大企業の知財部にも経験が少ない。従来、子会社や下請けと交わしていた契約書のひな型が使えず、大企業としても、どのように交渉、契約していくべきか悩んでいるのだ。従来型の下請取引からオープンイノベーションへの過渡期だからこそ、スタートアップにもうまみを与えて、お互いに発展する仕組みを育てていくことが望ましい。

「いい技術、いい権利を持つスタートアップが大企業を選ぶことができる時代。だからこそ、適切な時期に適切な権利を持っているかどうかで、取引の場面では大きな差が出ます」と高橋氏。

最近の傾向としては、VCからの紹介で相談に来るスタートアップが増えているという。VCが投資先に知財対策を勧める理由は、技術を適切に保護していないと上場などのイグジットができないリスクがあるからだ。また投資の際にあらかじめ知財活動の資金を上乗せするなど、知財の重要性認識は着実に広がってきているという。

リアルテックファンド、内田・鮫島法律事務所と連携し、知財ハンズオン支援“Patent Booster”を開始
https://www.realtech.fund/archives/2640

こうした動きを受け、内田・鮫島法律事務所は2019年2月、研究開発特化型ベンチャーキャピタルファンド「リアルテックファンド」と提携。ベンチャーの技術を伸ばすため、総合的にサポートしていく取り組みを始めている。

「日本の産業の発達のためにお互い目指すものは同じ。彼らはファンドで応援する。僕らは技術法務で応援する。応援したい対象が同じなので、この提携は必然だったと言えるでしょう」

特許の取得だけでなく、契約や訴訟も視野に入れた戦略をサポートできるのは、法律事務所ならでは。高橋氏は大企業の知財訴訟も扱っており、この経験はベンチャー法務へもフィードバックできるという。

「最終的には訴訟になるので、訴訟を知らなければ、良い契約書は書けませんし、良い特許の権利化はできません。特許、商標、実用新案、不正競争などの訴訟を数多く経験していくと、訴訟になった場合にはこうなる、と予測ができるようになる。それが契約書の作成実務、特許の権利化実務に役立つのです」

多くの経営者は、何をどのように保護したらいいのかよくわからずに相談にやってくる。

例えば、形状に特徴のある製品の場合、特許、実用新案、意匠などの権利化で保護する方法が考えられるが、裁判では、不正競争防止法で保護される場合があるという。こうした経験でしか得られない知識をアドバイスや契約書に盛り込めるのは強みだ。

ソフトウェア・IT系であってもスケールに応じた知財の拡充を

内田・鮫島事務所では、スタートアップ企業からの相談数は右肩上がりで増え続けており、特に、ゲームやウェブサービスをアプリで提供するIT系の企業が特に多いそうだ。しかし、IT系は、知財が効きづらい分野とも言われる。

「確かに、バイオ・医薬などの分野に比べると知財のインパクトはそれほど大きくはありません。ただし、特許があるかないかでは、優位性はぜんぜん違います」と高橋氏。

IT系企業が特許を取るべき理由は、3つある。

1つ目は、広報・営業的な効果。特許を取得していれば「世界初」とうたって強みにできる。2つ目は、ライセンスの根拠として。特許権がなければ、ライセンス違反があったときに損賠賠償請求などが難しく、ビジネスが成り立たない。そして3つ目に、社内の評価につながる。ソフトウェアの開発者は、リアルなモノづくりに比べて成果が見えにくいが、特許の取得が勲章になり、意欲につながる。

特許の取得にはコストがかかるが、まずは少なくともコア技術の1、2件だけでも取っておくべきだと高橋氏。売り上げ規模に応じて特許リスクは高まるので、スケールアップするタイミングには周辺特許を購入するも視野に入れ知財の補充をするように、とアドバイスしているそうだ。

会社の基盤づくりから関与し、大きく育てていくのが醍醐味

内田・鮫島法律事務所では、25人の弁護士・弁理士が技術分野別に分かれており、それぞれの専門分野に相応した担当者が必ずスタートアップとの面談を行なっている。

「相談にいらしたベンチャーさんに対して、お断りすることはありません。ベンチャーを支援するのがこの事務所の大きな柱です」(高橋氏)

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“強いスタートアップを育てるには、ある程度のリスクと責任を負わせることも必要”、という意見もあるが、まだそこに至らないステージの企業にもチャンスを与えたい、というのが同事務所の考えだ。そのため、スタートアップでも敷居が高くならないようにしている。

実際、サポートした会社は確実に伸びているという。事務所としても、スタートアップの成長の過程に寄り添うことで、成長していきたい。

「外部の専門家という立場でありながら、会社づくりのお手伝いができるのはベンチャーやスタートアップサポートの醍醐味だと思います。すでに大きな利益を生み出している大きな会社というのは、会社の方針も会社の回し方も決まっているが、スタートアップは、お金を儲ける仕組みも、社内の仕組みも、外部のやり取りも何も決まっていない。我々は、外部のサポーターでありながらそこに関与できる。一緒に決めた枠組みで、会社が大きくなっていく過程が見られるのは、非常に大きな喜びです」と高橋氏。

現在の事務所としての課題は、人材の獲得にあるという。内田・鮫島法律事務所にて推奨される人材の要件は、理工系のバックグラウンド、企業の経験、弁理士、弁護士資格を持っていること。

「必ずしも資格がなくても、弁理士が契約を勉強し、弁護士が特許実務を学ぶ、といった経験の積み方もある。必要なのは、特許と契約の実務経験を積み、経営者と話ができるスキル。一般論では経営者には響きません」

弁護士、弁理士、技術者、経営コンサルタントがお互いに交流し、異業種での研修、副業といった働き方でスキルを磨く方法もある。多様なバックグラウンドをもつ人材が技術法務を支えることで、日本の企業はもっと強くなっていくだろう。

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文● 松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
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