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知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

【「第4回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞】株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)プリンシパル・弁理士 島田 淳司氏インタビュー
弁理士とキャピタリストの視点で、知財とビジネスの両面からスタートアップをサポート

株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(以下、UTEC)の島田淳司氏は、大手製薬会社の海外事業開発・事業提携の経験を生かし、投資先スタートアップの知財戦略構築や経営戦略・事業提携に貢献している。弁理士とキャピタリストの視点でのスタートアップの知財活用、国内スタートアップエコシステムを盛り上げるための専門家の働き方について伺った。

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株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC) プリンシパル・弁理士
島田 淳司(しまだ・あつし)氏
大阪大学工学部卒業、大阪大学薬学研究科PharmaTrainコース、IEBusiness School修了。弁理士。情報セキュリティアドミニストレータ。
2001年より国内大手特許法律事務所、2006年より武田薬品工業株式会社、2011~2014年Takeda Pharmaceuticals international にDirectorとして出向、2014年よりバイエル薬品株式会社に勤務。2018年より株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)に参画。主に、ライフサイエンス分野の投資、投資先の経営支援・ハンズオンサポートを行う。事業開発、経営戦略、知財戦略を得意とする。特許庁IPASビジネスメンター、その他、セミナー講師多数。

特許事務所から大手製薬会社の知財部を経てキャピタリストへ

 島田氏が知財業界に入ったのは2001年のこと。理系のバックグラウンドを生かしつつ法律の要素もあり、グローバルなビジネスにも関われる仕事に関心を持って、新卒で特許事務所に入所した。しかし、今とは違い、当時は期待していたような活気はなく、ショックを受けたという。

「正直、最初はとんでもないところに来てしまった、と思いました。ですがその後、『知財立国』を掲げた国の後押しもあってか、いろいろなキャリアやバックグラウンドを持つ方がどんどん入って来られました。ここ20年ですごく面白い業界になってきている印象です」と島田氏。

 5年間特許事務所で経験を積んだ後、より経営に近いところで主体的に知財に関わりたいと考えるようになり、2006年には武田薬品工業株式会社(以下、タケダ)に転職。知財部門の事業提携グループに所属し、ライセンスやM&Aにおける知財評価に携わる。

 当時タケダは国内トップクラスの売上を誇る一方で、主力製品の特許切れが迫っており、それをカバーするために外部のイノベーションを取り込む戦略を進めていたという。

「会社として売り上げを底上げしなければいけないという課題がありましたので、かなりアクティブにいろいろな会社の技術評価に関わり、良い経験になりました。医薬品は知財なしにはビジネスが成り立ちませんから、せっかく技術が良くても特許がないためにディールが成立しないケースが結構ありました。知財評価は、ライセンスやM&Aではとても重要です。ときには、欧米の現地本社まで出向いて知財の論点について直接協議することもありました。

 提携/買収時の経済性評価では各国の特許の期間を評価してDCFの評価期間を決定します。また、他社の権利を侵害していないかFTO調査を行い、その結果に応じてロイヤリティーがいくら発生するのか、といった要素も経済性評価に織り込んでいきます。知財リスクがある場合は金額交渉の場で相手側は不利になります」(島田氏)

 2011年には、スイスの製薬会社ナイコメッドの約1兆円での買収にも関わる。その後、タケダのグローバル拠点に出向したのが、スタートアップに興味をもったきっかけだ。

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「提携の仕事をしていくうちに、知財よりもビジネスそのものが面白くなりました。MBAを取得し、シカゴのグローバル拠点に派遣してもらい、米国のバイオテック企業との提携を牽引した経験が大きいですね。ハーバード大学やMIT発をはじめとしたスタートアップとの提携が多く、米国のエコシステムの盛り上がりを目の当たりにして、日本にもこういうシステムがないと、製薬・バイオ産業の将来は危ういのではないかと感じました」

 製薬業界は転職が少ない業界といわれる。オープンイノベーションが推進されるようになったが、スタートアップへの人材流入はまだまだ少ない。大手よりもスタートアップほうが待遇が良く、自由闊達な環境で面白いチャレンジができる、という土壌を米国同様に育てていくことが必要だと島田氏は話す。

 島田氏がUTECに参画したのは2018年。当初はVCに入るつもりはなく、バイオテック企業を志望しており、UTECが立ち上げようとしていたスタートアップの経営者候補としてUTECパートナーと面談した。その際に、ライフサイエンス分野のベンチャーパートナーとして誘われたのだという。

「キャピタリストのみなさんはそれぞれに強みを持っていらっしゃいますが、私の場合は弁理士の知財知識や製薬会社での事業提携、海外での事業開発経験が強みになっています。特にライフサイエンス分野は知財が必須です。VCが投資するタイミングで重視するのは大きく言えば、①モダリティや研究成果のデータ、②対象疾患等のマーケット、③経営陣、④知財の4つであり、知財の知識はかなり役に立っています」

創業前から知財とビジネスのすべてを継続的にサポート

「第4回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞の受賞は、島田氏の知財の知見を駆使したコンサルティングの実施と、知財分析に基づく事業開発、事業提携の締結に貢献した点が評価された。

 UTECの場合、東京大学の研究者が起業前から相談に来るケースが多く、知財戦略の構築、事業計画、資金調達、資本構成など、スタートアップの立ち上げに必要なことをすべてサポートするのが島田氏の役割だ。もちろん、大学側との知財譲渡/ライセンス交渉の場にも参加する。

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 スタートアップの中でもライフサイエンス系は、創業前から出口戦略を考えながら進めていくことが多いという。UTECでは、投資委員会で想定イグジット額を設定し、さらに定期的な時価評価会議でバリュエーションを再評価している。同時に、研究が進むことで新たな知財が出てくるため、知財戦略も随時更新していかなくてはならない。島田氏は、自身が担当する投資先からの相談だけでなく、社内の担当者を通じてほかの投資先からの知財の質問にも応じているという。

 こうした国内での活動に加え、2022年からは海外のアウトリーチ活動にも取り組んでいる。

「米国のVCやスタートアップを回ったり、現地の人材を探す活動をしていると、日本とのギャップを大きく感じます。VCからの資金調達額や上場時での調達額は米国の方が圧倒的に大きい。また、上場後も継続して市場から資金調達ができる点で、米国市場は資本のニーズが高いバイオテックには好適です。バイオや創薬へ投資するVCの数も日本とは比べ物にならない。これからは、イノベーションは日本だけれど、創業は米国で、という動きも必要になってくるのではないかとも考えています」

知財専門家がVCの中にいることで初めて知財の重要性に気付ける

 UTECのように資金と知財を両面でサポートしてくれるVCはまだ少数派であり、創業間もないスタートアップが知財面で自走するには資金もリソースもなく、現実として難しい。スタートアップの知財支援を盛り上げるために、島田氏はこう提案する。

「シリーズAまでは専任の知財担当者を雇うほどの業務量も予算もないので、外部の特許事務所や専門家にアドバイザーとして関わっていただくケースが多いでしょう。ただし、スタートアップは内部に専門家がいないので、大企業と比べて丁寧にお世話してあげないといけない。そこには報酬が発生しないこともあり、よほどスタートアップを支援したいという情熱がないと難しい。スタートアップ支援に何かのインセンティブが発生するような仕組みができると、特許事務所の先生方もスタートアップ支援に入りやすいのではないでしょうか」(島田氏)

 2023年度からは特許庁が進める「VCへの知財専門家派遣プログラム(VC-IPAS)」が始まっている。

「社内に弁理士を抱えているVCは少ないので、いい制度だと思います。ディープテックにおいて知財評価は必須ですが、専門家がVCの中にいないと、そのことに気付けない。特許庁から専門家を派遣してもらうことで気付きを与え、VCの知財意識が上がっていくのではないでしょうか」

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 UTEC社内では知財意識を高めるため、知財勉強会の開催や、投資先で発生した知財課題などをSlackで共有しているそうだ。

「知財はスポットライトが当たらない仕事。サッカーでいうゴールキーパーのような存在で、敵シュートを防いで当然、点をとられると責められる。知財業務もできていて当たり前で、できていないと何をしているんだとマイナスになる。売上○○億円達成しましたという華やかな世界ではない。しかしディープテック領域ではビジネスを成功させる上で必須の業務ですから、知財担当者はもっと社内の方に重要性を知ってもらえるようにアピールするといいと思います」

 2023年2月に米モデルナ社に買収されたオリシロジェノミクスに関しては、創業期から支援した。

「最初に着手したのは特許の明細書の文言修正でした。例えば、『〇〇℃で培養して~』と記載されていると、温度を変えればいくらでも特許回避できてしまうので、より権利範囲の広い表現に変更しました。地道なことですが、こうした知財の強化があってこそ、モデルナのようなトップ企業からの知財評価に耐え、買収がうまく進んだのだろうと考えています。またライセンス交渉に関しては、ビジネスの観点も必要になるので、製薬会社での事業開発や経営企画の経験を生かせたと思います」

 ライフサイエンス系スタートアップの場合は、最終的には製薬会社と提携することが多い。製薬業界の知見を持っていることはキャピタリストとしての大きな強みとなっているそうだ。

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 最近のグローバルなライフサイエンス業界の傾向として、初期から巨額の資本を築いているスタートアップが目立ってきている。創業期の資本構成について注意すべき点を伺った。

「株式の保有は事業に直接的に貢献している方に担っていただくのが本来あるべき姿であり、創業時に短期的にアドバイザーとして関わった方々とフルタイムでコミットする経営メンバーとの間で株の配分が問題になるケースがあります。資本構成が崩れていると資金調達にも影響するので注意が必要です。事業には関わらない方からは株式を譲渡してもらうなど、早い段階で資本構成を整理しておくことが大事です」

 VCが大学間の研究者をつなぎ、複数の大学の技術を組み合わせて会社を創設するケースも見られる。こうした起業モデルは今後も増え、そこに知財もからみあってくるだろう。

 最後に、スタートアップ支援で大事にしていること、支援者としてのこれからの働き方について伺った。

「一番重要なのは可能性を信じきる力。周りからはいろいろ言われますが、そこを耐え抜いて最初の信念を貫くのが大事だと思います。私はたまたまバックグランドが知財ですが、多様なバックグラウンドを持つ方がこの業界に入ってくるといいと思います。海外経験や、スタートアップ経営経験、VC経験者など多様なバックグラウンドをもった人材がエコシステムを回すことで、世界に伍するスタートアップが育ってくるのではないでしょうか」

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
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