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知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

【「第4回IP BASE AWARD」知財専門家部門グランプリ】高島国際特許事務所 馰谷剛志氏インタビュー
知財専門家こそ視野を広く。複合的な視点から将来のビジネス展開を見据えた知財戦略の検討が重要

知財領域におけるバイオ・化学・医薬分野の専門家として国内外で知財戦略立案や権利化に携わってきた馰谷剛志弁理士。2010年からスタートアップ支援に積極的に取り組み、バイオ分野の大学発スタートアップの企業価値向上に貢献してきた。近年は、神戸大学をはじめとする各地の大学で知財やアントレプレナーシップの啓発活動にも取り組んでいる。こうした活動が評価され、第4回「IP BASE AWARD」では専門家部門のグランプリを受賞。馰谷氏が知財専門家を志した経緯、スタートアップとの関わりについてお話を伺った。

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高島国際特許事務所 馰谷 剛志(こまたに・たけし)氏
東京大学大学院薬学系博士後期課程修了(博士(薬学)、薬剤師)、慶應義塾大学大学院法務研究科修士課程修了(LLM、グローバル法務修士)。仏ストラスブール大CEIPI IPコース修了。弁理士(付記)。スイス・ロシュ社の前臨床部で4年間基礎研究に従事。臨床・薬事のEU認証のPharmaTrain修了、製薬医学認定士。Boston大学/大阪大学提供の技術商業化プログラムG-TEC修了。特許法律事務所を経て、2023年7月に高島国際特許事務所に入所。2021年4月より神戸大学客員教授も兼任。
2019年度よりIPASメンタリングチームに参加。

海外の製薬会社での経験から知財の重要性を認識

 馰谷氏は東京大学薬学部修士課程在籍時に、スイスのロシュ社にインターンとして参加し、博士課程では同社の博士候補研究員(Doktorand)のポジションを得て研究を継続した。世界有数の製薬会社で過ごした約4年間の経験が、知財に関心を持ったきっかけだという。

「博士候補研究員だったのですが毎月の開発者会議に出席していました。日本人は私ひとりだったので、会議の前には、いつも同僚が日本語の特許公報を持ってくるんです。彼らは日本語が読めないので、カタカナで書いてある物質名を英語やドイツ語、構造式に直して、上司や同僚研究者に説明していました。先行特許があると開発に支障があるということで、毎回の会議でやっていました。上司や同僚は論文だけでなく、各国の特許公報を日常的に読んでおり、ここで特許の重要性を認識しました」(馰谷氏)

 こうして知財に興味を持ち、博士課程修了が見えてきたときの就職活動の際には同社の知財部やライセンス部に応募したこともあったそうだ。

「日・英・独・仏の4カ国語が話せて博士号を持っている、といっても、『そんな人はいくらでもいる』と門前払いされてしまいました。『プロフェッショナルとして生きていくには、経験と資格は必要だ。武器を持っておきなさい』と言われました。今から考えるといわゆる「ジョブ型」の採用をするので当然といえば当然です。専門性を生かせる薬事の部門という道もありましたが、やはり社会実装するための機能は知財にあると考え、まず実務経験を積むために、日本に帰国して特許事務所に就職しました」

 帰国して2年後には弁理士資格を取得。2000年から数年の間は弁理士の実務に注力し、明細書の記述、中間処理、無効審判の申し立て、審決取消・侵害訴訟などの業務をこなして経験を積んだという。務めていた事務所には米国の案件が多く、英語の明細書を読み込み、米国企業とやりとりを行うことで、グローバルでも戦える自信をつけていったそうだ。

企業が本当にやりたいビジネスモデルを聞き出し、必要な知財をそろえていく

 馰谷氏はロシュ社での経験から「海外から見ると日本には技術シーズがたくさんあるのに、日本の企業は十分に生かしきれていない」と感じており、これを何とかしたいという思いがあったという。知財以外に自分の武器を身に付けるために、医薬品開発の人材育成を目的とする教育プログラムEU認定の「PharmaTrain」を受講して製薬医学認定士の資格を取得。さらに研究成果や科学技術を事業化するためのプログラム「G-TEC(※現在は中止されている様子)」を修了するなど経験を積み重ね、徐々にスタートアップの支援へと軸足を移していった。

 馰谷氏のIP BASE AWARDグランプリ受賞は、知財専門家としての支援に加えて、こうしたシーズの事業化や医療・医薬関係の知見に基づくバイオ系スタートアップへのサポートが評価されたものだ。

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 馰谷氏は2000年代初頭の大学ベンチャーブームの頃からスタートアップ支援に取り組みはじめたという。

「当時から私の支援の仕方は大きくは変わっていません。単に特許を出願するというのではなく、企業が本当にやりたいビジネスの全体像を聞き出し、そのために必要な知財をそろえていくのが本来の知財専門家の役割だと私は思っています。最終的に特許を出願するか否かに関わらず、まずは”特許のマップ”――最近でいうIPランドスケープのようなものを作ります。バイオ分野では、特許そのものだけではなく、学術文献や学会発表が多く、臨床試験や薬事のデータにも重要な情報が含まれているので、これらをすべて知っておかないと、その分野のビジネス全体の状況がわからないからです」(馰谷氏)

 当時、地方公共団体と製薬会社が大学のシーズに投資をする案件に関わったことが最初の成功体験だそう。

「知財ポートフォリオをつくるために、大学の先生にインタビューしたところ20件ほど出願できそうなネタが見つかり、そのうち重要なものを特許出願しました。最初に出願した1件が非常に良いもので、大学に研究棟が1棟立つほどの成果が得られました」

 強い特許となったのは、米国流の明細書の作り方にポイントがあったという。

「米国流の明細書では「請求項の1」にはコンセプトを記載することで、そのフィールドを俯瞰し、出願自体が知財ポートフォリオ化されていることが多いです。また、仮想実施例を利活用するのも特徴です。事業領域を幅広く想定して、総合的に知財ポートフォリオをつくってから出願することが重要です。一方で、情報の中にはノウハウとして隠さなくてはいけないこともあります。それらのデータをどのようにマネジメントするのかも大事です」

 その後、スタートアップからの相談は徐々に増えていった。2008年にはリーマンショックが起こり多くの企業が倒産することになった一方で、馰谷氏が支援していたスタートアップの中には、特許が評価されて出資を得、生き残ることができた企業もあったという。馰谷氏も「自分がやってきたことが間違いではなかった」とあらためて実感できたそうだ。

交渉に知財ポートフォリオは必須

 当時支援していた企業の社長からの推薦で、ゲノム編集技術を研究開発する神戸大学発バイオベンチャー、株式会社バイオパレットの知財顧問に就任する。

「当時、ゲノム編集技術は日本では産業導入できなかったため、バイオパレットでは米国企業との交渉を進めようとしていました。交渉準備に当たり、まず始めたのが徹底的な知財分析です。相手の特許と自分たちの特許、欧米における関連する知財の状況、周辺の企業についても調べました。交渉に当たるとき、こちらの知財ポートフォリオを導入する必要があると相手に思わせなければなりませんから。当時の法律では先発明主義で、日本や欧州の先願主義とは異なることを踏まえて説得力のある書面を用意し、交渉に臨みました」(馰谷氏)

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 相手側の特許出願数が100件以上だったのに対して、バイオパレット側は10件程度。かなり交渉は厳しかったそうだが、最終的に交渉は成立し、日本で初めての技術導入に至ったという。出願数では大きな差がありつつも、権利を主張できたのはバイオパレットが強力な基本技術を持っていたからこそという。

「別のあるスタートアップと欧州の企業との交渉案件では、導入した大学特許出願が2件あるだけで、自社では相手との交渉に使える特許出願は1件も持っていませんでした。これに対して、私が調査したところ相手企業側は100件ほどの特許を持っていました。100対0では交渉にすらなりません。そこで、戦うための武器をつくるため、まず相手を徹底的に調査し、特許だけでなく、臨床試験やIR情報から方向性を先読みし、向こうがほしがる権利を先取りしていきました。その際研究者の先生にもご協力いただき実験データを取っていただきました。そうすることで、権利の範囲が狭く数が少ないとしても、相手にとって無視できない存在になります」

 こうして交渉直前に2件の特許を出願し、その結果、100対2ながらも交渉では良い結果を得られたという。特にバイオ分野では、こうした知財交渉を想定してポートフォリオを意識した出願をしておくことが必要で、馰谷氏は研究者に伴走しながら広い権利が取れるような実験を提案するなど、定期的にポートフォリオをアップデートしているそうだ。

将来のビジネス展開も見越して戦略的に考えていくことが大事

 知財ポートフォリオを築いていくには、リソースや費用、時間がかかる。それらを捻出するかどうかはスタートアップの知財の重要性への認識次第だという。

「最近は、分割出願しますか、と質問すると、特許が取れたので必要ないと言われることがよくあります。もちろんスタートアップにとっては、分割出願を含む特許ポートフォリオに基づき長期的な視野で戦略を立てるよりも、投資家に向けて説明するためにも特許を取ったという事実のみが重要になる場面もあるでしょう。しかし、私は、特にバイオ医薬では20年後、25年後が勝負であって、特許出願はその間ずっともっておくべきものと考えています。最初の特許取得後こそ、どのように展開するかが勝負だと思っており、ビジネスが将来いろいろな方向に展開したとしても使えるような特許にしていくことを心がけています。

 米国では企業は特許出願から20年の間、継続出願をするケースもまれではありません。それは、親出願が攻撃を受けたときの保険という意味合いもありますが、戦略的に継続出願をするわけです。例えばABCDEの発明があるうち、最初はAだけの特許でよかったとしても、後にBやCが重要になってくることがあります。そのときのために、せっかくの武器を最初のAだけで手放すのか、後のために20年間持ち続けおくのか、考えていくのがいいと思います」(馰谷氏)

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 例としてお話しいただいた米国の医療機器の出願では、将来の展開を見越して10~20種類の実施形態を明細書に書いているものがあるという。

「最初の出願の段階ではその時点で抑止効果があるものとクレーム(特許請求の範囲)の上位クレームにいれるわけです。単一性の問題やその他の拒絶理由があってすべてが特許にはならなくても、分割出願で抑止力として持ち続ける、改良発明として次の出願で出すなど、継続的にポートフォリオをアップデートしていくことが大事です。それをアシストできるのが、知財の実務家だと思っています」

 将来のビジネス展開を見越して戦略的に特許を出願し、情報をアップデートしながら知財ポートフォリオを構築していくことで事業拡大につながる。

「スタートアップ企業を経営する方はビジネスの情報をたくさんお持ちの一方で、知財の観点で分析している方は少ないのではないでしょうか。自社の製品を守るだけでなく、マーケット全体を捉えて、競合が類似品を出す可能性までを考える必要があります。薬の発明であれば、がんの治療方法には、低分子医薬品や抗体医薬品もあれば、手術もあり、最近だと免疫チェックポイント阻害剤などもある。これらは発明単位では領域が異なりますが、マーケットでは競合します。もちろん、抗体医薬の会社が陽子線治療の特許を取れるわけではありませんが、情報を持っておくことは大事です。陽子線治療の技術を持つ企業に、陽子線と組み合わせて自社の治療薬の使用を提案するなど、連携もしやすくなります」

知財専門家は専門性のみに捉われず、視野を広くもってほしい

 2021年からは、神戸大学の客員教授として研究者への知財教育にも取り組んでいる。講義では、研究成果を社会実装する際の知財の役割、知財戦略の事例、特許資料の読み方、知財情報を調べ方のポイントなどを教えているそうだ。

 最後に、これからの専門家としての働き方、エコシステムのあり方について考えを伺った。

「私は薬学の博士のほか、法務の修士を持っています。ダブルメジャーは欧米では珍しくありません。複数の専門性を持つメリットは、複合的な視点を持っていること。特許の書類もいろいろな見方がありますし、いろいろな出願方法があります。多様な視点を持つために、知財専門家は弁理士の資格が取れたら終わりではなく、ほかの分野の専門を持つことを躊躇しないでほしい。出願さえ行えばいいという時代はとっくに終わっていて、お客様に寄り添って、何のために出願するのか、しっかりと話を聞いてほしい。専門性を深化させることはもちろん重要ですが、複合的な視点を持ち、専門家だからといって専門性に捉われないようにすることが重要だと思います。

 エコシステムとしては、もう少し知財専門家の人材が増えるといいですね。知財戦略は頭脳ゲームなので、いろいろなものを調べて戦略を立て、世界のルールや判例から学び、仕込んでいく作業は非常に面白い。バイオ系は成功まで時間がかかるので10年、20年後に花開くこともあり、やりがいを感じます。世の中を変えるような製品を社会実装するために、知財は重要な役割を果たしています。知財専門家が魅力的な仕事として、志す人が増えることを願っています」(馰谷氏)

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●高橋智
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