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知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方

【「第5回IP BASE AWARD」スタートアップ支援者部門奨励賞】飯塚国際特許事務所 弁理士 飯塚 健氏インタビュー
経営の文脈で知財を話せるコミュニケーション力と事業戦略から知財ポートフォリオを描く力が必要

第5回IP BASE AWARDのスタートアップ支援者部門で奨励賞を受賞した飯塚国際特許事務所 弁理士 飯塚健氏は、企業の知財部で得たスキルを生かし、知財ポートフォリオの作成から組織の体制構築、知財訴訟対策に至るまで幅広い支援に取り組んでいる。10年のスタートアップ支援から見えてきたスタートアップ支援のポイントや専門家としての働き方について伺った。

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飯塚国際特許事務所 弁理士
飯塚 健(いいづか・たけし)氏
早稲田大学理工学部機械工学科、同大学院創造理工学研究科修了(工学修士)。同大学院在学中に弁理士試験合格。在学中は理化学研究所脳科学総合研究センターに在籍し、人工ニューラルネットワークとロボットについて研究。大学院修了後、ソニー株式会社に入社。同社知的財産センターにてAV機器に搭載される発明の発掘、権利化、評価、他社特許対策等に従事。同社退社後、飯塚国際特許事務所に入所。入所後は大手メーカーやスタートアップ企業に対する国内外における知財支援を行う。2014年から1年半米国の特許法律事務所にて研修。2015年、米国パテントエージェント試験(U.S. Patent Bar)合格。2022年、株式会社Unicorn IP Advisory設立。

 飯塚氏は機械工学科の出身。大学院の修士課程では理化学研究所の脳科学総合研究センターにも在籍し、ロボットに搭載されるAIの研究に携わっていたという。その傍らで在学中に弁理士の資格を取得した。

 飯塚氏は当時を振り返り、「博士課程に進んでAIなどの研究を続けるかどうか迷いました。しかし、弁理士の資格を取ったことで、早くビジネスに携わりたいという思いが強くなり、企業への就職を選びました」と話す。大学院修了後は大手電機メーカーに入社し、知財部に配属となる。

「その会社では入社してすぐに発明の発掘、特許出願、知財評価、他社対策など、知財のいろいろな側面に関わることができ、知財部における業務のイロハを学ばせてもらいました。当時身に付けたことが今のスタートアップ支援に生きていると思います」(飯塚氏)

 その後、現在の飯塚国際特許事務所に入所。米国での研修から帰国した2015年頃は日本でスタートアップブームが起きており、大学やメーカー時代の友人が次々と起業したのがスタートアップ支援を始めたきっかけだったそうだ。

「スタートアップ支援を始めた理由は、企業の知財部で培った経験をそのまま生かせると思ったからです。例えば、特許出願を行う場合、外部の知財専門家は、社内の知財部員等があらかじめスクリーニングした発明について、出願書類の作成を行うことが一般的です。これがスタートアップとの仕事の場合、知財に詳しい内部人材を望むことが難しいため、そうした上流の業務から外部専門家がサポートする必要があります。そうしたときに、私は企業の知財部での経験があるので、そのままスタートアップの役に立てると考えたのです」

スタートアップの知財ポートフォリオ構築とリスクの排除をサポート

 飯塚氏の支援は、出願業務はもちろん、知財戦略の立案や社内の知財体制構築など幅広い。中でも力を入れているのが知財ポートフォリオの構築だ。

「事業計画に従ってどのような知財ポートフォリオがあるべきかを見いだし、逆算的にそれを構築していきます。具体的なフローとしては、経営者や事業担当者との対話を通じて、事業や製品・サービスのどこが強みなのか競争力の源泉を特定します。次に、事業に知財をどう役立てるかを検討し、必要な調査を行い、知財ポートフォリオのゴールイメージを定めて構築していきます。普段の知財活動ではどうしてもミクロな視点に捉われてしまいがちですから、このゴールイメージを持ってマクロな視点からもポートフォリオを構築していくということは非常に大切だと思います。特に、スタートアップの場合、外部への説明機会も多いですから、このマクロな視点は重要だと思います」(飯塚氏)

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 また、飯塚氏がスタートアップの知財活動で一番大事にしていることは定例会議を開くことだという。

「月に1度でいいので、ミーティングをすること。スタートアップは忙しく、事業の成長に集中したいのでどうしても知財活動がおろそかになりがちです。だからこそ定例会を設けて、1時間でもいいので、頭を知財に向ける時間を必ずつくっていただくようにしています。すると、ミーティングの中で事業上のさまざまな課題や構想段階の技術や製品アイデアも出てきますから、知財についての問題に早めに対処することができます。また、こうしたことを繰り返していくと、何を専門家に共有しておくべきかが明確になり、社内の意識も変わっていきます。最終的には余裕を持った安定した知財活動ができるようになります」

 飯塚氏のスタートアップ支援のテーマとして、ポートフォリオの作成に加えて、リスクを排除することを挙げる。

「スタートアップは投資対象でもありますので、リスク管理も非常に重要になります。他社の権利を踏んでいないかといったことは当然ですが、特許などの財産権をクリーンな状態に保つこともすごく意識しています。特に、法務デュー・デリジェンスにより確認されるような事項については意識しています。例えば、発明者や職務発明のような社内に知財人材がいない場合に見落としがちな問題には目を配っています。こうした第三者からクリーンに見えるような財産権に整えることも、知財専門家の役割だと考えています」

 飯塚氏がテーマとする知財ポートフォリオの構築とリスク排除で共通するのは、出資者から見た評価だ。

「競争力の源泉となる技術について秘匿化してノウハウとするか、特許化するかについては各事業者の判断に委ねられます。しかし、現実問題として研究開発型スタートアップのようなケースでは、目に見える形で特許を持っていないと外部からの評価が難しい場合があります。きちんと可視化され、行政による審査を経て新規性等が担保された発明に関する権利のポートフォリオを保有していることには、やはり一定の価値があると思います。また、大手企業のCVCのように、知財部が特許の中身まで評価することもあります。そのため、スタートアップといえども、専門家から見ても耐え得る知財ポートフォリオを作成するように心がけています」

弁理士の多様な働き方でエコシステムの質が上がっていく

 飯塚氏の専門であるAI・ロボット分野について、今後の展望について聞いた。

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「近年のAIの発展は目覚ましくその進歩の速さに驚くばかりです。特に、生成AIの登場は多くのAI研究者にとっても驚くべきものだったと思います。これからAIはクラウド、エッジともに当たり前のものとして社会のあらゆる分野に浸透していくと考えています。社会への浸透の過程では多くのスタートアップが必要となると思います。AI関係の特許出願件数も世界的に右肩上がりの状況です。現状ではAI、特に生成AI関係に関しては、主に著作権が注目されていますが、いずれ、特許権をはじめとする他の知財権についても企業間で何らかの解決が必要になると思います。

 また、ロボットは伝統的に日本が強みを有している分野だと思います。そして、行動生成AIとの組み合わせにより、これからますます有望な分野になると思います。ただし、米国や中国をはじめとする諸外国の技術開発の進展も目覚ましく、かつてのような市場環境ではないと思います。スタートアップについても、資本等の面において、残念ながら、諸外国にはなかなか及ばないのが実情だと思います。知財はそうした厳しい競争環境の中で勝ち抜くためのひとつの有用なツールになり得ると思います。ぜひクライアントのみなさまとともに勝ち筋を考えていきたいと思います」(飯塚氏)

 スタートアップが世界の競合と渡り合うには、知財専門家やエコシステムの役割もますます重要になってくる。では、飯塚氏にとってスタートアップ支援の醍醐味、専門家に求められるスキルとは?

「大手企業などでは経営者・事業部と外部の専門家の間に知財部があり、外部専門家の直接のコミュニケーションの相手は知財部の担当者であるのに対して、スタートアップでは経営者や事業責任者と直接コミュニケーションします。そのため、資金調達やM&Aなどの場面で知財活用の効果をより身近に感じられるのが醍醐味です。

 一方、スタートアップ支援では、そのように経営者と直接知財についてコミュニケーションをとることになるため、経営の文脈で知財について話せるコミュニケーション能力が必要になります。経営者がメリットとして理解できないことを社内に浸透させることはできないためです。また、すでに述べた通り、事業戦略から知財ポートフォリオのゴールイメージを描けることが必要です。さらに、スタートアップの場合、あらゆる角度から問題が起こり得るため、弁護士などの専門家のネットワークを築いておくことも大事だと思います。

 経営者とのコミュニケーションでは、知財への期待のコントロールも重要です。経営者は、過度に知財に期待しているか、あるいは過度に悲観的かのどちらか極端なことが多い。これは十分な知識がない領域においてしばしば起こることです。過度な期待を抱いている相手にはそう簡単ではないことを説明する必要がありますし、悲観的な方にも事例を挙げつつメリットを伝える必要があります。このように知財への期待値を適切な位置に戻すことがすごく重要だと思います」

 最後に、これからの専門家の働き方について考えを伺った。

「一つは、クライアントに応じて弁理士の仕事の再定義が必要ということ。例えば、スタートアップ支援を行う場合、良い特許出願書類を書くのは当然として、より上流の、事業に役立つ評価される知財ポートフォリオを作ることまでを自分の仕事の範囲として定義する必要があるように思います。もう一つは、専門家の働き方の多様化です。人口減少社会で専門家が不足する一方、社会は高度化し、専門家のニーズと価値はますます高くなっています。今後は、新たな風潮として、専門家が多様な形態で働くようになっていくのではないでしょうか。実際に、私の周りでも特許事務所で働く弁理士が週のうち数日は企業や大学、あるいは公務員として働いたり、企業の知財部員が副業としてスタートアップや大学で働くケースが増えてきています。そうして専門家がさまざまな経験をすることで、それぞれの立場からお互いの状況や気持ちがわかるようになり、スタートアップエコシステム全体の向上にもつながっていくように思います」

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文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 撮影●曽根田元
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