知財のプロが語るスタートアップとの新しい働き方
【「第5回IP BASE AWARD」スタートアップ支援者部門奨励賞】 森岡 智昭氏インタビュー
経営者との密接な対話を通じて知財戦略を総合的にサポートし、知財エコシステムの構築を目指す
さくら国際特許法律事務所 弁理士 森岡智昭氏は、約20年の大手企業での知財業務経験を生かし、中部地区を中心にスタートアップに伴走した知財戦略支援と知財コミュニティの構築に取り組んでいる。現在の知財支援の取り組み、知財エコシステムを構築するためにこれからの弁理士に求められる要素についてお話を伺った。
さくら国際特許法律事務所 弁理士
森岡 智昭(もりおか・ともあき)氏
1997年、名古屋大学理学部物理学科卒業。1999年、東京大学大学院工学系研究科修了。大学院修了後、住友金属工業株式会社(現日本製鉄株式会社)入社。2001年からは株式会社豊田中央研究所で知財業務に従事(2009年弁理士登録)。2020年に弁理士事務所を設立(現さくら国際特許法律事務所)、2022年に弁理士法人を設立(現コスモリンク弁理士法人)。2020年には特許庁「知財アクセラレーションプログラム(IPAS)」のメンター補佐、2021年以降はIPASにメンターとして参加。2023年度は「ベンチャーキャピタルへの知財専門家派遣プログラム(VC-IPAS)」の専門家チームとして活動。
森岡氏は前職の株式会社豊田中央研究所で約20年間、知財業務に携わってきた。その後独立した理由として、「大手企業の知財部で研究開発の現場から生まれるアイデアや発明を扱う仕事をずっとやってきました。知財の仕事から研究開発と事業戦略、経営との関わりを経験して、知財は自社の事業だけでなく、さまざまな事業領域の世界に広がっていると感じ、いろいろな業界の知財活動に携わりたい、という思いが強くなりました」と森岡氏は語る。
また、社内に知財部門を持つ大手企業でも研究開発と知財、経営の部門との間には距離感があると感じていたという。この垣根を埋めることを目標に独立を決意したそうだ。
「知財は事業を進めるうえで重要なツールや財産になるにもかかわらず、それを考えることなく事業が進むケースがままあります。出願権利化するだけでなく、事業や経営にどう生かすか、知財のメリットの部分を可視化していかなければなりません」(森岡氏)
2020年に個人事務所として弁理士事務所を設立し、大手企業から中小企業、スタートアップまで幅広く支援している。また、2022年にはコスモリンク弁理士法人を設立して、知財を生かした経営戦略や事業戦略などのコンサルティングにも取り組んでいる。
知財戦略の支援は経営者とのビジョン共有から始まる
現在、森岡氏が伴走支援している企業は十数社で、そのうち約半数がスタートアップ企業だ。支援としては、まず経営者とビジョンを共有し、知財との関連性の可視化を図る。そこから経営ビジョンを実現するための課題を抽出し、具体的な対策を実行していくという。
「スタートアップは事業の現場との距離が近いのが魅力のひとつです。事業の動きやスピードを肌身で感じられる手応えもあります。一方で、スピード感が求められるゆえに、契約が整いきらないうちに動き出さなくてはならない、特許を取得する前に情報公開せざるをえない、といった場合もあり得ます。こうした際にリスクを見極め、事業とのバランスをうまくとっていくのがスタートアップ支援ならではの難しさであり、醍醐味でもあると思います」(森岡氏)
森岡氏は電気機械系や材料開発系の技術開発を得意としている。収益化までに長い時間がかかるディープテック系の知財戦略では、出口の見極めも重要だという。
「出口がM&AなのかIPOなのかによって、外部へのアピールポイントが違ってくるからです。まず、出口を定めて、そこに向けて事業価値を最大化するための知財ポートフォリオを整えていきます。そのためには、『企業として何を重視しているか』という価値観を、経営者と早い段階で共有しておくことがとても重要です」
ビジョンと出口が共有できていない状態では、せっかく特許を出しても事業の方向性とかみ合わず無駄になってしまうこともある。発明があるからとすぐに出願するのではなく、長期的な視野で計画的に知財活動に取り組むことが大事だ。
知財エコシステム構築に必要な2つのサイクルと3つのサポート
第5回IP BASE AWARDにあたっては、スタートアップ企業の知財戦略支援のほかに、大企業・中小企業・スタートアップ企業による共存共栄と共創のための知財エコシステム構築への取り組みが高く評価された。
森岡氏が描く知財エコシステムの中心には2つのサイクルがある。
「これまで知財立国を実現するために推進されてきた知財支援は、上図左側の『創造 → 保護 → 活用』のサイクルを回すというものでした。当時の知財戦略はこれだけでもよかったのですが、スタートアップの支援にはこれだけでは足りません。
図1の上部右側に示すサイクルのように、『創造』したアイデアや技術をオープンなコミュニティの中で『共有』し、『進化』させたほうがいい領域もあります。自分たちの創造したアイデアや技術を左右どちらのサイクルに回していくのかと考えることが、『オープン/クローズ戦略』にもつながります」(森岡氏)
こうした知財エコシステムを構築していくために必要なサポートとして、①知財機能サポート(行政手続きや契約、渉外など)、②知財戦略サポート(知財に戦略的な意味を持たせる)、③共創サポート(マッチングや成長などの場をつくる)の3つがある。その中でも森岡氏が特に注力しているのが、②の知財戦略サポートだ。加えて、③共創サポートとして、スタートアップコミュニティに参加して知財支援活動にも取り組んでいる。
このほかに森岡氏は、知財エコシステムを確立するためには、その効果を可視化していくことも必要になってくるだろうと考えている。
「知財活動の効果を定量的に測ることは難しいが、企業の持っている財産の中で無形資産の割合は年々高まっており、スタートアップは特に高い。無形資産をうまく活用すれば企業価値を上げられる、という定性的な考え方は間違っていないと信じています。今後は効果を可視化する方法も考えていかなくてはいけないでしょう」
知財専門家がコミュニケーション力を磨くための場づくりが必要
森岡氏のクライアントは、大企業から中小企業、スタートアップまで幅広い。スタートアップ支援の醍醐味とは。
「スタートアップ支援の醍醐味は知財と事業の距離感の近さですね。ただ、大企業であってもスタートアップであっても、知的財産の視点では本質はあまり変わりません。私はその本質を探ることにおもしろさを感じています。
企業から相談を受ける際は表面的な課題であることが多いですが、それだけを対処しても本質的な解決にはなりません。例えば、『知財と経営をより密接に関連付けたい』という相談をいただくことがあります。その場合、関連付ける方法を提案するよりも、まず関連性がない原因を探ります。すると、『研究テーマの設定プロセスに問題がある』、『研究開発リーダーの知財マインドが低い』いった問題が見つかるわけです。それらを解決すれば、おのずと知財と経営はつながっていきます。本質にたどり着くにはしっかりと相手の話を聞く必要があるので、スポット支援では難しい。だからこそ、伴走型支援の意味があると思います」(森岡氏)
スポット支援は、特許出願するときにだけ依頼を受け、その都度、支援する形だ。この場合は出願手続きをサポートするのみとなり、経営者とビジョンを共有したり知財の戦略的な相談に乗ったりすることがなかなかできない。
これに対して伴走型支援は、知財の使い方の相談から始まり、知財戦略や出願計画を経営者と二人三脚で進められる関係性を築いていくものだ。スタートアップは事業をピボットすることもありうるが、伴走型支援を通じて継続的にコミュニケーションをしていれば、事業の方向転換を議論する段階から知財戦略の見直しにも参加できる。インハウス(社内)の知財部門ほどには企業内部の情報がわかるわけではないが、外部から見た客観的なアドバイスをできるのも伴走型支援のメリットだ。
こうした伴走型支援を実践するには、なにより経営者との直接の対話が欠かせない。しかし一般的な知財業務は専門職としてのデスクワークが大半で、明細書の文章を記述するのは得意だが、外部の人とのコミュニケーションを不得手とする人も多い傾向にあると森岡氏は指摘する。では、知財専門家がコミュニケーションのスキルを磨くにはどうすればいいだろうか。
「経験を積む場が必要です。そのためにも、企業の知財部員や特許事務所の弁理士がスタートアップの経営者たちと対話をする場をつくりたいと考えているところです。人ともっとコミュニケーションを図りながら仕事をしたい、という若い弁理士はけっこういるので、そういう方々を巻き込める場をもっとたくさんつくりたい。愛知県は東京ほど多くの知財専門家がいるわけではありません。地域の特許事務所から人材を集めることにも真剣に取り組まなければならないと思っています」
最後に、これからのスタートアップエコシステムにおける弁理士に求められる働き方について考えを伺った。
「知財業界では長い歴史の中で弁理士の働き方が固定化されており、その枠を打ち破れる人はまだ少ない。知財コンサルティングが事業として成り立つように、新しいビジネスモデルをつくることが知財業界の大きな課題です。今までのやり方にとらわれず、知財の世界を広げられる人材を1人でも増やすことが、知財エコシステムの実現には必要です。特許事務所に勤めていると、個人のカラーを出しづらくなるかもしれませんが、弁理士はもっと自分らしさを出していいと思います。これからの知財エコシステムを支えるための人材育成として、弁理士にはある程度の独立性を重視して、弁理士個人として指名してもらえるような文化ができていけばと思います」