イベント告知・レポート
弁理士や経営者が語る、スタートアップが外部の知財専門家をうまく活用する方法 知的財産セミナー「スタートアップ支援セミナー in 名古屋」レポート
日本弁理士会は2024年11月20日、愛知県と特許庁との共催による知的財産セミナー「スタートアップ支援セミナー in 名古屋」を、STATION Aiイベントスペースで現地とオンラインにて開催した。セミナーでは、スタートアップがビジネスを成長させるためのヒントとして、知財専門家との連携や知財支援の重要性について講義が行われた。
日本弁理士会では知的財産制度の啓発のため、全国各地でセミナーを開催している。今回のセミナーは、2024年10月にオープンした日本最大級のスタートアップ支援拠点「STATION Ai」にて、スタートアップ支援経験の豊富な専門家による講演と相談会が実施された。

開会の挨拶で登壇した日本弁理士会 副会長 岩倉 民芳氏
日本弁理士会のスタートアップ知財支援
冒頭では、日本弁理士会知的財産経営センター 副センター長の竹本如洋氏が日本弁理士会のスタートアップ向け施策を紹介した。

日本弁理士会知的財産経営センター 副センター長 竹本 如洋氏
日本弁理士会が実施している中小企業・スタートアップ向け事業は、1)セミナー、2)コンサルティング・相談、3)特許出願等援助制度や知財活用ビジネスプランコンテストなどその他の支援、4)情報発信――の大きく4つ。
セミナー事業では、今回のスタートアップ向けセミナーのほか、技術開発や商品開発等への知財活用を紹介する「JPAA知財活用講座」、商標を中心としたデザイン・ブランド戦略セミナーなども毎年実施している。

コンサルティング事業では、弁理士が2名1組で企業を訪問して知財支援をする「弁理士知財キャラバン」を実施。企業は費用負担なしに、商品化や知名度向上などの知財コンサルティングが受けられる。また、知的財産相談室を全国8拠点(札幌、仙台、金沢、東京、名古屋、大阪、広島、香川、福岡)に常設し、無料で知財相談を受けられるそうだ。

特許出願等援助制度は、特許出願や実用新案登録出願等の手続き費用の一部を援助する制度で、特許出願は最大15万円、実用真贋登録出願は最大10万円の援助が受けられる。(詳しくは日本弁理士会のサイトを参照)。知財活用ビジネスプランコンテストは、新たな技術・デザイン・ビジネスモデルを利用したビジネスプランや商標を使ったブランディングなどを表彰する制度で、グランプリには賞金50万円が贈呈されるという。

情報発信としては、中小企業・スタートアップ向けメール配信サービスを行っている。日本弁理士会が開催するセミナーやイベント情報、知財に関する最新情報を配信しているので、興味のある方は登録しておこう。
新規事業開発における知財専門家との連携
日本弁理士会東海会 弁理士 森岡智昭氏による講演「新規事業開発における知財専門家との連携」では、スタートアップと知財専門家との関係の築き方をテーマに、(1)新規事業における知財戦略、(2)知財専門家との連携について講義が行われた。

(1)新規事業における知財戦略
企業の経営資源には不動産などの「有形資産」と発明やデザインなどの「無形資産」があり、世界的に無形資産の価値が年々上昇している。米国のS&P 500構成銘柄の企業価値全体に対する無形資産の価値の割合は、1975年の17%から2020年は90%を占めている。つまり、企業価値の拡大には、無形資産をどのように活用するかという戦略が重要だ。
森岡氏は、スタートアップの知財戦略として「独自のポジションを築くこと」を提案。既存技術との競争ではなく、将来を見越して新しい価値観の技術や形状を権利化することで、独自の立ち位置を築く、というわけだ。

(2)知財専門家との連携
新規事業における知財の活用方法としては、ステークホルダーに対する企業価値の可視化や、独占排他権による競争優位性の確立、オープンイノベーションなど連携時の信頼獲得などが挙げられるが、スタートアップ経営者が自力で特許戦略を構築することは難しい。社内に知財担当者を置かない場合は、外部の知財専門家の力を借りる必要がある。
従来のような特許出願手続きのみを専門家(特許事務所)に依頼する関係とは異なり、特許戦略の策定では、専門家と密に相談しながら二人三脚で知財活動を進めていくことになる。専門家は支援先の事業に深く関わることも少なくない。森岡氏は、支援先の新規事業開発や、開発の方向性の見直しといった相談も受けているそうだ。

最後に森岡氏は、「知財戦略は奥深く、専門家によって戦略の立て方にも個性がある。いろいろな専門家と出会い、自社に合った専門家を見つけてうまく連携してほしい」とまとめた。
スタートアップの中から見た知財支援の重要性
株式会社エアロネクスト 知財技術部部長であり、TopoLogic株式会社 取締役COOの澤井周氏は、「スタートアップの中から見た知財支援の重要性」と題して、知財支援を受けるスタートアップの立場から、経営者の知財への関わり方、支援に期待することを語った。

澤井氏は、東京大学発の材料系スタートアップTopoLogic株式会社のCOOを務めており、その業務は、契約、採用、経理、財務、経営、技術開発のマネジメントなど多岐にわたるという。そのなかで知財に割ける時間は業務全体の3%程度というが、契約や資金調達、開発などさまざまな業務に知財が関わってくる。
特に知財が重要となる場面として、(1)大学とのやりとり、(2)金融機関や投資家からの資金調達、(3)大手企業とのパートナーシップ・契約、(4)公的機関からの補助金・助成金獲得といった4つを挙げて注意点を説明した。

大学からの特許ライセンスや譲渡、共同研究開発での知財の取り扱いの契約については、IPOやM&Aの妨げにならないか注意が必要だという。資金調達では、特許の帰属やライセンスが問題になりやすい。特許が個人帰属になっていると投資が受けられないこともあるので、速やかに法人に変更しておきたい。また、資金調達の段階で知財予算も織り込んでおくといいそうだ。
企業とのオープンイノベーションでは、NDAを締結する前に情報を出しすぎないこと。契約は条項を詰める前にパートナーとの関係を構築し、ゴールを共有することが大事だそう。また、知財帰属が共同の場合、事業が成立しなかった際に使えなくなるので最悪のケースを見込んだ契約内容にしておくことも大切だ。助成金・補助金については、特許補助金だけでなく、NEDOやJST助成金は知財費用を計上できることを紹介した。
次に、弁理士がスタートアップを効果的に支援する方法について考えを述べた。澤井氏は自身が弁理士であっても、COOの立場では知財に十分な時間を割くことができないという。スタートアップが外部の専門家の支援を活用する場合、スポット支援では経営戦略を共有しづらいため、顧問契約などで伴走してくれる専門家を見つけることが大事と話す。
また、専門家にとってのスタートアップ支援に必要なマインドとしては、スタートアップに寄り添い経営者の信頼を得ること、スピード感を重視するスタートアップの文化になじむこと、知財の制度を使い倒せることを挙げた。
最後に、スタートアップ支援は大変だが、次世代の技術やプロダクトに誰よりも早く触れられる楽しさもあるという。「ぜひ支援に挑戦してほしい」とまとめた。
スタートアップが陥りやすい知財の落とし穴、Webショートドラマ「スタートアップは突然に」から学ぶその回避策とは

最後のセッションでは、日比谷パーク法律事務所の弁護士 井上拓氏、特許庁総務部普及支援課 主任産業財産権専門官の高田龍弥氏が登壇し、INPIT(独立行政法人工業所有権情報・研修館)が制作したWebショートドラマ「スタートアップは突然に」を題材に、スタートアップが陥りやすい知財の落とし穴を解説した。


Webショートドラマ「スタートアップは突然に」は、幼馴染3人で立ち上げたスタートアップがさまざまな知財トラブルに見舞われる、全5作のストーリーだ。
第1話「共同研究は突然に…」(ライセンス契約の失敗)
第1話は、新型バッテリーを開発し、念願の大型契約を結んだ。導入先は世界的メガヒット製品。ついに掴んだチャンスに浮かれるが、その契約内容には大きな落とし穴があった……という、ライセンス契約の失敗事例を描いたストーリーだ。
この動画では、「コア知財を10万円で渡してしまう」という極端な例だが、井上氏によると、一定の条件を達成することでライセンス料を支払う「マイルストーン契約」で資金繰りに苦しむケースはままあるそうだ。契約書は必ず自分でしっかり読むことが大事。わからない点は弁護士や弁理士など専門家に支援を仰ぐようにしたい。INPITでは、弁護士・弁理士に契約についてアドバイスしている。相談は無料なのでセカンドオピニオンとしても気軽に利用しよう。
第2話「救世主は突然に…」(転職者の情報持ち込みで失敗)
第2話は、倒産後、新たにモビリティ系企業を立ち上げた3人。完成まであと一歩のところで、最後の壁にぶつかってしまう。そんな中、ある天才エンジニアを採用して製品は完成したが、彼が前職の設計図を勝手に使っていたことが発覚する。という、転職者の情報持ち込みによる失敗事例だ。
井上氏は、このケースでは3つの問題点があると指摘する。まず、人材採用の際に十分な経歴を調べなかったこと。2つ目は前職から持ち込んだUSBメモリーを使っていたこと。ヘッドハンティングの場合、前職から持ち込まれた情報と、自社情報との切り分けをしておくことが大事だ。3つ目は、情報を持ち込んだ本人だけでなく、転職先の会社も損害賠償責任等が問われる場合がある。逆に退職した社員に自社の情報を持ち出される場合もある。トラブルを防ぐには、関係性の良好な入社時に誓約書を交わしておくのがおすすめだそう。なお、INPITでは、知財戦略エキスパートが秘密情報の適切な管理方法も支援している。ぜひ活用していただきたい。
第3話「共同研究は突然に…」(共同研究開始前の準備不足で失敗)
第3話は、2度の倒産後、バイオ系企業を立ち上げた3人。老舗企業との共同開発を始めるが、自社が開発した技術を相手企業に特許出願されてしまう。という共同研究における知財帰属に関するトラブルだ。
共同研究開発では、契約自体に問題がなくてもこうしたトラブルはよく起こる。高田氏は、「大手企業は悪意なくやってしまうことがある。フロントの担当者は相手側の技術だとわかっていても、バックオフィスの法務部や知財部が知らずに権利化してしまうのです」と話す。共同開発ではお互いのもつ技術を開示して、どちらの技術なのかをあらかじめ特定しておくことが大切だ。また、共同研究開発契約では、競業避止義務の規定にも注意が必要だ。契約条件によっては共同研究の終了後も他社との協業ができなくなる可能性がある。INPITでは、こうした知財の問題を整理し、共同研究をスムーズに進めるための支援を行っている。PoCや共同研究の際に相談することができる。

セミナーの終了後は、来場者向けに弁理士による知財相談会が行われた。日本弁理士会は、9つの地域会(北海道、東北、北陸、関東、東海、関西、中国、四国、九州))があり、各地域会でセミナーやイベントや無料相談会を開催している。詳しくは地域会のホームページを確認していただきたい。
文●松下典子 編集●ガチ鈴木(ASCII STARTUP) 撮影●高橋智