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イベント告知・レポート

農業分野の研究からビジネスを創出するための知財活用法とは 「アグリビジネス創出フェア2024」で知財セミナーを開催 知財セミナー「スタートアップの知的財産活用。あなたの研究開発をビジネスにつなげるために」レポート

 スタートアップ向けの知財戦略ポータルサイト「IP BASE」を展開する特許庁スタートアップ支援班は、2024年11月26日から28日の3日間、東京ビッグサイトで開催された農林水産省主催の技術交流展示会「アグリビジネス創出フェア2024」に出展。最終日の28日には、農林水産省との共同による知財セミナー「スタートアップの知的財産活用。あなたの研究開発をビジネスにつなげるために」を実施。農林水産分野に詳しい知財専門家とアグリテック・スタートアップの知財担当者が登壇し、アグリビジネスの課題と必要な知財支援について意見を交わした。

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農業分野特有の知財知識やガイドラインなどをブース来場者に紹介

 アグリビジネス創出フェアは、全国の大学や研究機関、企業が有する農林水産・食品分野などの研究成果を紹介し、研究機関同士の連携を促す技術交流展示会だ。特許庁は農林水産省と共同でブースを出展し、研究開発や社会実装へ知財を活用した事例や特許庁の支援施策を紹介した。

 特許庁スタートアップ支援班 スタートアップ支援係長 松田絵莉子氏によると、農業分野の研究では、いざ事業化となった際に「必要な特許や商標を取っていなかった」、あるいは「特許を出しているけれど実装には向かないことが発覚し、頓挫してしまうケースが少なくない」という。また、出展にあたり事前調査を行ったところ、「知財資金の確保が難しい」、「専門家の探し方がわからない」といった意見が多かったとのこと。



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特許庁×農林水産省のブース。
特許庁スタートアップ支援班 スタートアップ支援係長 松田 絵莉子氏(写真左)

 ブースでは、「そもそも農業分野にどのような知財があるか」という説明から、農業知財の入門テキスト、種苗法やノウハウ保護などに関するテキストやガイドライン等の紹介、出張講座の案内、中小企業の知財活用事例をパネル展示。また、特許料等の減免制度や補助金の紹介をしていた。なお、知財専門家については、スタートアップの知財コミュニティポータルサイト「IP BASE」に会員登録すると、技術分野別に知財専門家を検索が可能だ。

3.jpgブースでは「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書」をはじめとした知財活用に関する資料や、
大型のパネルで「知財を活用する中小企業」の事例などを紹介

農林水産分野ならではの知財の守り方・活用方法とは――知財セミナー「スタートアップの知的財産活用。あなたの研究開発をビジネスにつなげるために」

 知財セミナー「スタートアップの知的財産活用。あなたの研究開発をビジネスにつなげるために」は、法律事務所LAB-01の大堀健太郎氏、衛星データとAIを活用した農業アプリを開発するサグリ株式会社において知財を担当する和久田真司氏、特許庁 総務部 企画調査課 宮成圭氏、農林水産省 輸出・国際局 知的財産課 平川さやか氏が登壇。1)知財専門人材、2)資金調達の知財活用、3)秘密管理・契約の3つのテーマでトークセッションを行った。

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農林水産分野と技術・ビジネスに精通した知財専門家と出会うには

 最初のテーマは、「どのような場面で知財専門家の支援が必要になるか」。

 特許庁と農林水産省知財課が合同で実施した調査によると、「農業知財の保護には専門人材の支援が必要」と感じている企業が多かったという。一方で、アグリテック・スタートアップにとっては専門人材の確保に課題を抱えている。

5.jpg法律事務所LAB-01 弁護士・弁理士 大堀 健太郎氏

 専門人材の確保に関連して、外部専門家としてスタートアップを支援している大堀氏によると、支援については、権利取得や権利侵害、ライセンス契約に関する相談など、「目の前の課題を解決するための支援」のほかに、「スタートアップの事業戦略に即した知財戦略の策定支援」があるという。大堀氏は知財戦略の策定を支援する際のポイントとして、「せっかく知財を取っても事業に活かせなければ資金が無駄になってしまう。競合他社がどのような知財を取っているのか、業界のトレンドなど、市場の動きを意識しながら、経営戦略の一部として知財を考えることが大事」と話す。

 和久田氏がサグリ株式会社の知財で特に力を入れているのは、競争優位性の確立だそう。同社は自治体の耕作放棄地のパトロールや作付け調査を効率化するサービスを展開しており、AIで衛星画像から農地の区画を識別する技術に関する特許を有することが競争優位性となっている。ただ、アグリテック系スタートアップ全体では知財を戦略的に運用している企業は少ない。前々職の大手農機メーカーで研究開発に携わっていた和久田氏は、大手とスタートアップの知財意識の違いとして「大手企業は、事業の中で蓄積された他社との知財係争の事例を踏まえた、実践的かつ体系的な研究者の知財教育を行っている。知財知識が研究開発や事業に活かされている。スタートアップが成功するには社内の知財人材の育成が必要」と指摘する。

6.jpgサグリ株式会社 和久田 真司氏

 知財トラブルを防ぐには、現場の技術者の知財知識を向上させることが大事。スタートアップの知財コミュニティポータルサイト「IP BASE」には、スタートアップが陥りやすい知財の落とし穴や先輩スタートアップの取り組み事例を紹介している。また、ビジネスと知財の専門家が伴走支援する知財アクセラレーションプログラム「IPAS」の事例集も、スタートアップが知財戦略を考えるうえでの参考になりそうだ。

7.jpg特許庁 総務部 企画調査課 宮成 圭氏

 農林水産分野には、新品種を開発したときの育成者権、地理的表示(GI)保護制度など特有の知的財産もあり、アグリテックに精通した専門家自体の少なさも課題だ。農林水産省では、「農業知的財産保護・活用支援事業」において、令和6年度は弁護士・弁理士・行政書士向けの実践セミナーおよび、自治体や生産団体向けの基礎セミナーを開催している。また、企業や学生等向けに農業分野の知的財産に関する出張講座も実施しているそうだ。

 スタートアップの場合、相談すること自体が思いつかないことも多い。大堀氏は、「スタートアップ支援では、見えている課題だけでなく、まだ認識できていない隠れた課題を発掘できるかどうかも知財専門家の腕の見せ所」と話す。

 課題の発掘には、知財や法律の知識だけでは難しく、クライアントであるスタートアップの事業への理解が欠かせない。スタートアップにとっては、自社の技術や事業についてしっかりと耳を傾けてくれるかどうかが、知財専門家選びのポイントになりそうだ。

8.jpg農林水産省 輸出・国際局 知的財産課 平川 さやか氏

 とはいえ、技術やビジネスへの理解があり、農林水産分野にも精通した知財専門家をどうやって探せばいいのだろうか。農林水産省では、全国の各地域の農政局に「知的財産総合相談窓口」を設置するなどし、農林水産分野の知的財産に関する相談を受け付けている。また、JATAFF(公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会)にも農業知的財産総合窓口が設けられている。さらに令和7年度からは、「農業知財総合支援窓口」を新設。外部の専門家と相談者をマッチングし、各種相談への対応や伴走支援する取り組みも開始予定だ。

特許庁では、IPBASEでIPAS(知財アクセラレーション事業)の支援に関与した専門家を公表しており、各専門家が支援可能な分野も確認しながら専門家を探すことができる他、全国の都道府県に設置されているINPITの「知財総合支援窓口」でも経営と知財の両面から支援を行っている。

投資家が評価する知財戦略のポイント

 次のテーマ「お金・投資につなげるVC支援」では、大堀氏がIP BASEに公開されている「ベンチャー投資家のための知的財産に対する評価・支援の手引き」をもとに投資家が評価する知財戦略のポイントを解説した。同手引きは、スタートアップの成長段階に応じて対策すべきことが書いてあるのでスタートアップとしても一読しておくのがおすすめだ。

 投資を受ける側から見たVCの評価ポイントについて和久田氏は、「VCによって重視するポイントに多様性がある。シリーズAであれば、成長の期待値を多角的に見極めようとする。実績だけでなく、例えば、経営層はどのような人材がいるか、といった定性的なところも見られている」と前置きしたうえで、「知財は重視されている」と話す。コンタクトがあったVCの半数からは、資料に記載した知財について、より深い質問があったそうだ。

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広めたい情報、秘密にしたい情報の切り分けが重要

 最後のテーマは「秘密管理・契約」。農林水産分野の特徴としては、公的資金が使われる研究成果がこれまで多かったため、技術を普及することが重視されてきた点が挙げられる。そうした特徴を踏まえながら、秘密にすべきノウハウをいかに保護していくべきかが課題である。

 
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 大堀氏は、「研究実証のフェーズでは、自社のスタッフはもちろん、実証協力者に秘密の保護の重要性を理解していただくことが大事」とアドバイスする。また、何を秘密情報とし、秘密情報をどう取り扱うかや、IoT関連の研究で農家の圃場にセンサーを取り付けて取得するデータの取り扱いについては、将来的なデータの利用方法も考慮して契約書や利用規約などで取り決めをしておくことが大事だ。

 オープンな圃場での技術検証では、秘密にしたい生産ノウハウなどが他社に知られないようにするための工夫も必要になる。過去の農林水産省の調査によると、農業法人の4分の1は、意に反して生産ノウハウが知られた経験があるそうだ。具体的な対策については、農林水産省が「農業分野における営業秘密の保護ガイドライン」を作成・公開しているので、活用していただきたい。

 オープンイノベーションで留意する点として大堀氏は、「秘密保持契約を結ぶのは大前提として、開示する情報と開示しない情報を予め区別して、実際に開示する情報の範囲を必要最小限にすることも重要。秘密保持契約を取り交わしたところで、情報が無断で開示されてしまった場合には、ビジネス上で取り返しがつかないことにもなりかねない。」とアドバイスする。

 和久田氏は、「スタートアップは相手企業との関係を構築するために、リップサービスで技術情報を漏らしてしまいがち。オープンイノベーションでは、技術の詳細よりもビジョンを共有できることが大事。社内での情報漏洩のリスク対策も徹底することも大切です」と話した。

 特許庁のオープンイノベーションポータルサイトでは、「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書」、「オープンイノベーション促進のためのマナーブック」を公開している。企業との連携での契約の際には参考にしていただきたい。

 
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文●松下典子 編集●ガチ鈴木(ASCII STARTUP)

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