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CEOが語る知財

【「第5回 IP BASE AWARD」スタートアップ部門奨励賞】アスエネ株式会社 代表取締役 CEO 西和田 浩平氏インタビュー
世界に広がる脱炭素経営を支援 オープン&クローズ戦略で市場拡大と事業成長の両立を図る

アスエネ株式会社は二酸化炭素(CO2)排出量の可視化サービスをはじめ、企業の脱炭素経営を支援するクライメートテックスタートアップだ。国内で大きくシェアを伸ばしているだけでなく、米国・アジア圏への海外展開も進めている。同社では知財戦略を持続的なビジネスモデルを構築するための重要な手段と位置付け、150件に及ぶ特許を取得・出願し、強力な知財網を築いている。その知財戦略と社内体制について、アスエネ株式会社 代表取締役 CEOの西和田浩平氏と同社執行役員CPOの渡瀬丈弘氏に伺った。

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アスエネ株式会社 代表取締役CEO
西和田 浩平(にしわだ・こうへい)氏
慶應義塾大学卒業、三井物産にて日本・欧州・中南米の再生可能エネルギーの新規事業投資・M&Aを担当。ブラジル海外赴任中に分散型電源企業に出向、海外のM&A・PMI・事業投資・新規事業などを経験。2019年、アスエネ株式会社を創業。「次世代によりよい世界を」をミッション、「次世代を変える会社」をビジョンに、CO2排出量見える化クラウドサービス「アスエネ」、サプライチェーン調達におけるESG評価サービス「アスエネESG」、カーボンクレジット・排出権取引所「Carbon EX」のマルチプロクトを展開中のClimate Techのスタートアップを経営。2023年よりCarbon EX株式会社の共同代表取締役Co-CEOも兼任。Forbes Japan Rising Star Award受賞、Forbes Japan 100選出など多数のアワードを受賞。

CO2排出量の可視化サービスを基盤に企業のESG経営を支援

 アスエネ株式会社は、「次世代によりよい世界を。」をミッションに、企業のサスティナビリティ経営を支援するスタートアップだ。CO2排出量の可視化・削減・報告クラウドサービス「アスエネ」、ESG評価クラウドサービス「アスエネESG」、カーボンクレジット排出権取引所「Carbon EX」の3つの事業を中心に国内外で事業を展開。CO2排出量の算定にとどまらず、削減支援コンサルティング、ESG評価、カーボンクレジットの取引までを幅広く提供しているのが同社の特徴だ。

 競合が国内外に複数あるなか、「アスエネ」の導入企業数は9000社以上、「アスエネESG」は1万4000社以上、2023年10月にスタートした「Carbon EX」も1200社を突破するなど、3事業のすべてで導入社数を拡大している。

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 同社が急速にシェアを伸ばしている背景には、顧客からの強いニーズがあるという。CO2を含む温室効果ガス排出量の開示義務化の動きは国際的に進んでおり、日本でも東証プライム市場上場企業を対象に、自社拠点からの直接排出(スコープ1)、自社拠点でのエネルギー使用にともなう間接排出(スコープ2)、さらに原材料の調達や製造、輸送などサプライチェーン全体での排出(スコープ3)までの開示が段階的に義務化される見込みだ。

 開示情報には正確性が求められるが、多くの企業はスコープ1、2の情報だけでもとりまとめに苦労しているところに、スコープ3まで含めると膨大な情報の管理と複雑な計算が必要になってくる。また、表計算ソフトを使った属人的な管理の仕方では、ミスも起こりやすい。正確さを期するためにも、第三者が検証したシステムで管理するというニーズが高まっているのだという。

「『アスエネ』では、AI₋OCRによるデータの自動取り込みや他のソフトウェアとのAPI連携などによって、なるべく人が入力せずに済むシステムを目指しています。また、サプライヤーからの一次データを効率的に自動収集する機能や、製品のライフサイクル全体(資材調達から製造、流通、廃棄まで含めた)のCO2排出量も積み重ねて計算する機能があるのも特徴です。今後、社内にAI専門チームを作り、AIを活用して機能を拡充し、将来的には完全な自動化の実現を目指しています」(西和田氏)

 海外展開の早さでも競合をリードしている。現在はシンガポールとロサンゼルスの現地法人が販売拠点として稼働しているほか、フィリピンに開発拠点を設置。今後さらに海外拠点の拡大に力を入れていく計画だ。

 日本のスタートアップがここまで順調に海外展開を進められているケースも珍しい。

「私自身が海外でのビジネス経験があるのが大きいと思います。商社に勤めていた頃にはブラジルに駐在するなど、仕事の7割ほどが海外事業でした。また、我々はスピードを重視していますので、方針を決めたらすぐに実行します。日本の新事業と海外事業を私の直下で進めていますが、海外展開は日本で新しい事業を起こすことよりも圧倒的に難しいと感じています。海外では知名度がないので、認知度を上げるための営業やPRなど、まさに“ゼロイチ”から始めないといけない。リモートワークだけではうまくいかないので、現地責任者も必須になります」

 アジア圏ではシンガポールのほかにマレーシアやインドネシアで売り上げを伸ばしており、今後はタイや台湾にも進出する計画だという。

多くのプレーヤーが参入するビジネスだからこそ知財が重要

 社会的にも新しい領域であるGX(グリーントランスフォーメーション)関連事業は、市場を拡大するための共創と同時に競争優位性を築くことのバランスが難しい。

 アスエネ株式会社はこのバランスを取るために、創業時からオープン&クローズを意識した知財ポートフォリオを構築している。今回のIP BASE AWARDでは、標準化のためのオープン化と競合に対するクローズド化が、アジアやアメリカへの海外展開を含めた事業成長の大きな鍵になっていると評価された。

 まず、創業当初からの知財への取り組みについて西和田氏に伺った。

「創業当初は、知財は守備のために必要だと考えていました。スタートアップが知財トラブルで苦労した先行事例を見ていたので、早めに対策をとっておくべきと考え、創業時から弁理士の方に相談して一緒に議論する中で、特許や知財について学んできました。

 最近では、社員にも知財の意義や重要性を意識してもらうために、社内で発明コンテストを開催しています。いいアイデアを出したくれた人には褒賞を授与し、みんなで特許について考えていこうという意識と仕組みづくりにも取り組んでいます」(西和田氏)

 現在はCPOの渡瀬丈弘氏が中心となり、知財体制を構築しているそうだ。渡瀬氏は2021年にアスエネに入社。前職で手掛けていたソーシャルサービスで知財訴訟を経験したことが、知財対策を意識するきっかけになったという。

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アスエネ株式会社 執行役員 CPO 渡瀬 丈弘氏

「当時の経験から、多くのプレーヤーが参入するビジネスでは特許や知財を押さえておくことが非常に重要だと強く認識させられました。

 アスエネにおいても、CO2排出量の可視化サービスや脱炭素経営支援サービスはこれからますます普及し、プレーヤーもさらに増えてくるだろうからこそ、自分たちのビジネスを守るために特許網を広げていく必要があると感じていました。この点に関しては、西和田も同じ認識でしたので取り組みやすかったです。

 我々のサービスはCO2排出量の算定が、やはり最重要です。私が入社して知財活動に取り組みはじめた頃は、算定に関わる部分の特許を押さえていくことに注力しました。算定の効率化や自動化、あるいはほかの側面について、どのような特許が取れそうなのかを西和田やエンジニアの責任者と議論し、特許事務所にも毎月相談して権利化を図っていく――そういった取り組みから始めていきました」(渡瀬氏)

 こうした活動に地道に取り組みながら、「アスエネESG」や「Carbon EX」が立ち上がって社内メンバーが増えてきたところで、前述の発明コンテストも行うようになった。コンテストは2カ月に1度開催しており、渡瀬氏も「社内全体に知財の意識が高まって、文化として根付いてきている」と手応えを感じているそうだ。

標準化のためのオープン化と競合に対するクローズ化で市場拡大と事業成長を両立

 次に、IP BASE AWARDの受賞理由となった、「標準化のためのオープン化」と「競合に対するクローズ化」について、その方針を渡瀬氏に伺った。

「CO2排出量の算定や情報開示などについては、グローバルで基準づくりやルールメイクが行われています。国内においても、省庁や業界団体が中心になって、企業や業界を横断したデータ連携のための基盤整備が進められており、データを共通化・標準化してオープンにしようという流れが進んでいます。

 そのうえで、このようなデータをいかに連携し、データの取得や算定などの作業を効率化してユーザーの作業負担を軽減するか、他社に先駆けて我々は取り組んできました。しかし、そうした仕組みやシステムまですべてオープンにしてしまったら、他社に模倣されてしまいかねません。そこで、共通化・標準化すべきシンプルな仕様はオープンにし、自分たちの競争領域となる独自の仕様についてはノウハウとして秘匿することで、優位性を保てるように意識しています」(渡瀬氏)

 海外にも多くの競合が存在する。海外展開をスムーズに進めるために、コア技術はすでに海外特許で押さえているそうだ。

「とはいえ、どんどん海外特許を出願するほどその分コストもかかってしまいますから、進出先での事業展開の仕方を考えながら、出願の優先順位を決めています。また、海外でどの特許を押さえるべきかを経営会議の中で議論しており、知財戦略を検討する『トップダウン』と知財を生み出す『ボトムアップ』がうまく機能していると実感しています」

 アスエネでは2024年6月時点で、温室効果ガス排出量算定において業界最大級となる特許150件を取得・出願している。社内に知財部門を持たないスタートアップとしてはかなりの数だ。出願手続きは社外の特許事務所と連携しながら進めているという。

「スタートアップに理解のある特許事務所で、弊社の求めるスピード感と専門性があり、柔軟に対応してくださっています。一方で、社内の開発メンバーたちも『これは特許をとれるだろうか』と自分たちで考え、担当者やプロダクトデザイナーがアイデアを文章化し、明細書のたたき台を作成してから特許事務所に相談しているので、必要以上に弁理士さんの時間を奪うことなく、スピーディーに出願できるオペレーションができています」

 社内全体に知財マインドが浸透している背景には、チームの連携力と個人の主体的な意識の高さがあると渡瀬氏は説明する。

「弊社では行動指針を『10バリュー』として定めており、そのうちコアバリューである『インテグリティ(誠実に相手目線に立つこと)』や『オーナーシップ(当事者意識を持つこと)』を社内文化としてみんなが意識しています。そうした背景もあり、全員が『立ち上げ時期の産業領域だからこそ、特許が大事』と認識して動き、意見をオープンに発信できていることが、組織全体としての良いサイクルにつながっていると思います」

 加えて、2023年に経済産業省関東経済産業局が実施する「知財経営定着伴走支援」の支援先企業に採択されたことで、知財に関する社内体制のあり方や攻めの知財戦略といった不足していた知識も強化できたという。

「我々は大企業出身者が多いこともあって、ある程度の知財の知識があり、それぞれがやってきたベストプラクティスをもとに知財活動に取り組んできました。それでも専門家の伴走支援を受けることで、気付いていなかった点が補完され、とても勉強になりました」

 最後にあらためて西和田氏に今後の展望を伺った。

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「事業を拡大していくことはもちろんですが、単に自社のビジネスモデルを拡大するというのではなく、産業を変革する企業になっていきたい。これからはすべての産業において、脱炭素化やESGの考え方が取り込まれていくでしょう。このグリーントランスフォーメーション(GX)導入を牽引する事業者になることが我々の目標です。

 いまは特に製造業や建設業に我々のサービスが導入され、脱炭素化やESG経営に取り組んでいこうという流れができつつありますが、目指すのは、この領域のエコシステムをつくりあげることです。GXに取り組んだ企業が経済的なインセンティブをきちんと得られ、企業価値が上がるという好循環を作り上げていかないと、この流れは持続していきません。我々はビジネスを通じて、これを実現しようとしています。

 自ら事業を仕掛け、M&Aやパートナーシップを組むことで、こうした仕組みを構築できる体制が整ってきました。『ネットゼロ(温暖化ガスの実質排出ゼロ)』の実現は、多くの人や企業を巻き込んでいかないと本質的な達成は難しいと思っています。実現に向けて、グローバルな規模で多くの企業や投資家を巻き込み、一緒に取り組んでいくことが今後の大きな目標です」

文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP 
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