スタートアップエコシステムと知財
【「第2回 IP BASE AWARD」エコシステム部門奨励賞】株式会社ゼロ ワンブースター 共同代表 合田ジョージ氏・知財スペシャリスト 木本 恭介氏インタビュー
NDAの文言ひとつで炎上リスクも 日々変わるスタートアップ×大手の事業創造の現在
株式会社ゼロワンブースターは、事業創造プラットフォームの構築を目指し、数多くの大手企業コーポレートアクセラレーター運営を手掛けている。オープンイノベーションを成功させるための組織づくり、知財の取り扱いのポイントについて、2021年発表「第2回 IP BASE AWARD」エコシステム部門奨励賞を受賞した同社の取締役共同代表 合田ジョージ氏と知財スペシャリストの木本 恭介氏に話を伺った。
オープンイノベーションへ向けた中長期的なプログラム設計
株式会社ゼロワンブースターは、事業創造プラットフォームの構築を目指し、大手企業向けのコーポレートアクセラレーター・社内起業家の育成プログラムをはじめ、高校・大学生向け起業家教育など各種プログラム、スタートアップ向けの投資事業を展開している。
この10年で日本のスタートアップエコシステムは急激に成長している。VCやCVC自体の数が増え、官公庁や自治体も支援を強化し、スタートアップが頼れるコミュニティーが徐々に充実してきた。その中でアクセラレーターの立ち位置も変わってきている。
同社のプログラムは、将来的なオープンイノベーションにつなげるための社内風土の醸成や人材育成に力を入れているのが特徴だ。中長期的な視点で新規事業を生み出せる組織に変えていきたい、という意識の強い企業に向いているという。
「コーポレートアクセラレーターはオープンイノベーションの1ツールに過ぎません。ツールとして機能するには、いかに社内を動かせるかにかかっています。そのため、社内カタリスト(触媒となって社内を動かす人材)を育成し、プログラムに巻き込むことで社内を変えていく流れを作ることが重要です。プログラムに関わる人を増やすため、事業に挑戦する人だけでなく、社内でサポートする人も募り、いろいろな関わり方ができる場を作っています」(合田氏)
直接事業に結びつかないため成果は目に見えにくいが、3年目くらいから少しずつ変化が表れてくるという。社内でのプログラム認知度が上がるに連れて、事業部側からスタートアップを紹介してほしい、といったアプローチが積極的になってくるそうだ。
同社が株式会社リコーとともに運営するアクセラレータープログラム「TRIBUS(トライバス)」は今年で3年目となるが、メディア発表日には株価も上昇。継続してアクセラレータープログラムに投資し続けることが、マーケットに好材料ととらえられたという。
コロナ禍の2020年度以降、プログラムは完全オンラインで進められることも。直接会えないことによるストレスはあったが、半面、リモートによって地の利不利がなくなり、地方のスタートアップや大手企業の事業拠点の担当者と気軽にコミュニケーションがとれるようになったのはメリットでもあると合田氏は語る。
時代に合わせてNDAの形は進化していく
このようなアクセラレータープログラムを経て生まれるオープンイノベーションでは、スタートアップや大手企業双方のさまざまな知財がからんでくる。そのような際、大手企業の知財部や法務部とのカウンターパートとして対応しているのが、同社知財スペシャリストの木本恭介氏だ。
同氏は、2020年入社。前職のNGB株式会社では18年間勤務し、旧調査部(現在はIP総研)で大手企業の特許調査や侵害や訴訟に関する業務を担当。MBA取得の勉強を通じてさまざまな業界の人と出会ったことが転職のきっかけだ。特にベンチャーファイナンスに興味をもち、アクセラレータープログラムに関わるためゼロワンブースターへ参画した。
「NGBは安定した会社だったので、ギャップは相当感じました。18年同じ会社にいると、挑戦する機会自体がなくなってしまう。ここでは入社してすぐにプログラムに踏み込ませてもらえたことに感謝しています」(木本氏)
木本氏の入社前は知財担当者はいなかったが、当時は知財でトラブルになることもまだまだ少なかったそうだ。現在は、スタートアップへの支援が増えたことで情報が入りやすく、スタートアップ側も知財の知識が身についてきた。
「私自身は法律家ではないので、マインドセットの話をするのがメインです。大手企業の法務部、知財部の方々の主張は法律的には正しいけれど、それではプログラムが目指す形にはならない。これを理解していただくことに苦心しています」
オープンイノベーションでは、NDAの文言ひとつでSNS炎上することもあり、大手企業側も慎重になってきている。トラブルを防ぐため、公正取引委員会の動向、経済産業省・特許庁の取り組みなどを伝えながら、大手企業側の意識を変えていくように努めているという。
また、アクセラレータープログラムの過程で生まれる知財の取り扱いについても木本氏が担当している。
「本来、アクセラレータープログラムは仮説検証や顧客探索等が目的なので、知財の問題は起きないはずなんです。最初の契約から知財条項を書くとスタートアップ側が警戒してしまうので、プログラムの中でお互い情報を出すことになったタイミングでNDAを出すほうが建設的です。弊社で作成したNDAのひな型は、あえて知財の文言を外し、プログラムに合った文言に落とし込むように協議させていただいています」
法律や事業創造の環境は日々変わっていくため、NDAひな形は毎年のように刷新しているそうだ。
知財を攻めの道具として使う意識改革が必要
知財に関する活動では、エコシステム全体を意識したものも行われている。木本氏はプログラムに採択されなかったスタートアップに対しても個人的にアドバイスしているそうだ。
「残念なのは、特許を取るかどうかをジャッジしたうえで出願しないのであればいいが、知らずに通り過ぎる人が多いこと。考えるタイミングを提起するだけでも変わってきます。
今後スタートアップの出口としてM&Aが増えてくると、知財デューデリジェンスが増えてくるはず。知財権があるからといってバリューが上がるとは言えないけれど、ないからバリューが下がることは大いにある。特に研究開発型の企業はかなり知財を重視しますから、バリュエーションを下げられないために知財権をしっかりと取っておくことは大事です」(木本氏)
日本では、まだまだ知財活用への意識が不足している。お二人に、今後エコシステムでの知財面を強くしていくために何が必要なのか聞いてみた。
「日本は知財を守る道具に使おうとする意識が強いので、これからは攻める道具に意識を変えていかないといけない。大学や企業の知財も大部分が休眠していてもったいない。スタートアップが出願するときは、何のために使うのかをよく議論してほしい。我々としても知財の事業化プログラムを進めるなど、地道に知財活用の支援をしていきます」(合田氏)
スタートアップだけでなく、ここには大企業側の知財部も意識も変えていく必要があるという。
「知財権のマネジメントは経営戦略に直結しますが、大企業の知財部にその認識を持っている人は少ない。イノベーション=インベンション×コマ―シャリゼーションと表しますが、僕らはインベンションよりもコマーシャリゼーションのほうが圧倒的に重要だと考えています。大手企業知財部の方はインベンション志向が強いので、この意識を変えるプログラムに力を入れていきたいです」(木本氏)